天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

早苗月のエメラルド

リアクション公開中!

早苗月のエメラルド
早苗月のエメラルド 早苗月のエメラルド

リアクション



LOST-1


「ジゼル、ジゼル!」
 ゆっくりと開かれた瞼。
 雅羅のどうしようもない程不安そうな顔が見ているのに気付くと、ジゼルは自覚した。
「……私”また”?」
 泣きそうな顔で頷く友人に、耐えきれない思いだった。
 兎に角状況を変えようとジゼルは手に力を込めて起き上がる。そこは船の甲板だった。
 しかし安定していたとはいえ常にゆらゆら揺れているはずの地面が、それ程動いて感じられない。
「ここ……海じゃないの?」
「どこかの島に漂着したみたい、今ターラ達が様子を見に行ってる」
 ジゼルを残した乗組員は何十分か前に既に目覚めて既に下船している。
 比較的軽症者だけで済んでいる上、ヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)が彼等を診ていたし、
雅羅と同じく比較的早くに目覚めたターラ・ラプティス(たーら・らぷてぃす)が「面白いものは無いかしら〜」と、食えない笑顔で島の偵察に出かけて行っていた。 
「……あ!! 皆は!?」
「今下で点呼取ってるけど、多分全員無事よ」
「そっか、良かった……」
 目を覚まそうと頭を振っているジゼルに、雅羅は声を顰めて話しかける。
「ねぇジゼル、”大丈夫”なの?」
「うん、多分ちょっとの間だったから」
 笑顔で答えるジゼルに雅羅が未だ納得出来なさそうにしていると、その背後からヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)がやってきた。
「雅羅お姉ちゃん、ジゼルお姉ちゃん大丈夫ですか?
 やっぱりヴァイスお兄ちゃんに看て貰った方が」
「大丈夫よヴァーナー、ジゼルならもう目も覚めたし、調子もいいみたい。
 さ。船を降りましょ」
「……はいです」
 甲板を歩いて行く雅羅と心配そうに何度か振り返っていたヴァーナーの背中が消えるのを見て、ジゼルは船の向こうを見つめた。
「――何処の島なのかな……」
 白い砂浜と木々が生える島が彼女の前に広がっていた。




 ジゼルが降り立った島の海岸では、バックパックの中身を全開にしたヴァイスがセリカ・エストレア(せりか・えすとれあ)の手を借りながら軽症者の治療にあたっていた。
 ――まだちょっと気分悪い人いるっぽいな。
「皆、ナーシングで治療するから、遠慮なく言ってくれよ」
 大声で呼びかけると、ヴァイスは目の前に座っていたアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)の打身の治療に戻る。
「アディ、大丈夫? 痛くない?」
 彼女の横には不安げな表情で恋人の綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)が寄り添っていた。
「大丈夫ですわさゆみ、ちょっと転んだ傷程度ですもの」
「二人ともそんな不安そうな顔すんなって。
 そうだ、オレ料理得意だし、有り物になるかもだけど後で美味い飯作ってやるからさ」
 言いながらヒールをかけてくれているヴァイスに、さゆみとアデリーヌは少し気持ちを軽くして微笑みあった。


 航海日誌に空いたページを開きながらそれとにらめっこしてた椎名 真(しいな・まこと)原田 左之助(はらだ・さのすけ)の後ろから、雅羅は彼の書き込みを覗き込む。
「点呼は取れたの?」
「ああ、なんとか。
 鉄心さんが双眼鏡でチェックしてくれて、助かったよ。
 でも……」
「うちの生徒が一人足りねェンだわ」
 皆の動揺を招かない様に押し殺した低い声で、カガチが言った。
「え、誰……」
蔵部 食人(くらべ・はみと)さんが居ないんだ。
 彼のパートナーの魔装侵攻 シャインヴェイダー(まそうしんこう・しゃいんう゛ぇいだー)さんはさっき船の近くで見かけたんだけど」
「…………そいつは大丈夫よ。何処に居るのか見当はついてる」
「あ、そうなの、ならまぁいいのか?」
 話していた二人の所に、島を探索していたターラと、
 彼女に続いてうきうきと出かけ行った(端正な顔に似合わずかつては旅生活を送っていたらしい)冴弥 永夜(さえわたり・とおや)と、緋宿目 槙子(ひおるめ・てんこ)ロイメラ・シャノン・エニーア(ろいめら・しゃのんえにーあ)が戻ってきた。
「思った通りの無人島ね。
 人っ子一人というより、文明の痕すらなかったわ」
「割と小さい島だったな。
 軽〜く調べた限りだと、港からはもそれ程距離は無いみたいだったけど――」
「とは言っても永夜、行き戻った訳じゃないんだから港に帰る迄最低でも7時間は掛かるって事だが」
「今は四時ですか。
 これから港まで7時間以上掛けて戻るというのは少々ハイリスクですね」
 彼等の話しを聞いていた志位 大地(しい・だいち)が、腕時計の文字盤を見てそう分析する。
「そうねぇ。
 特別用心の居る島でも無さそうだし、この際ここで一晩明かしちゃったらどうかしら?」
 ターラの提案に、パートナーの佐々良 睦月(ささら・むつき)を伴って佐々良 縁(ささら・よすが)が割って入る。 
「それもいいけど食料は? 苺くれーとか無茶は言わないけど今夜と明日のせめて朝位は食べないと流石にキツいかもよぉ」
「お昼に食べるための一食分なら準備があるわ、それから毛布も一枚ずつ」
 雅羅が船を振り返りながら言った。
「泊まれない事は無い訳か」
「船は所々濡れてるし、野宿ね」
「――え、此処で野宿……ですか……」
 ――嫌ですけど、我慢するしかないですね……
 そう考えこんでいたパートナーのロイメラの困惑顔に気づいているのかいないのか、永夜は気持ちよさそうに伸びをしている。
「はーっ、久しぶりの野宿だー!」
「何だ、野宿は慣れていないみたいだなロイメラ」
「慣れる慣れないというか、普通に暮らしていれば早々経験しませんよ。
 永夜さんは随分と慣れているようですが」
「まあ、これは人生の半分以上を旅に費やしてたからな。
 船旅にはこういうものもある、良い経験だろう?」
「その前に遭難なんてしたことないですから……確かに凄い経験ですね……」
「俺は野宿は別に気にしないけどさ」
 匿名 某(とくな・なにがし)が言いながら大谷地 康之(おおやち・やすゆき)とやってくる。
「それより問題はさっきのアレだと思うぜ」
「アレとは――鯨の事か」
 溜息混じりにそう言う鉄心の周囲には彼を見上げる二人のパートナー、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)ティー・ティー(てぃー・てぃー)が居た。
「アレを果たして鯨と言っていいものか迷う所だが……」
 某や鉄心らは鯨の姿を見ていた。
 船に一度目の衝撃が来た時に全体が完全に見えた訳ではないが、少なくともそれで大体の大きさくらいは推察出来たのだ。
「ああ、ホエールというよりケートスに見えた」
 彼等の横で武器をチェックしていた無限 大吾(むげん・だいご) がそう言う。
 大吾の声は負傷者の治療を続けていたヴァイスに聞こえたらしい。
「ハハハ、ちょっと誰かペルセウス呼んできて〜!」
「ヴァイス、ふざけている場合ではないぞ」
「ホントにねセリカ。
 多分オレから見た距離だとあの鯨140から160は有りそうだったし、そう簡単に倒せそうにないぜ?」

「ね。助けを呼ぶってのは? あの鯨も生身なら兎も角イコンとかなら……」
 暫しの沈黙の後、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が提案した。彼女の後ろから夏侯 淵(かこう・えん)カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が付いてくる。
「連絡を送って、無事に誰かに見てもらって、助けがくる迄ココにあるもので暫く生きていけるならね。
 皆で暮らすにはちょっと狭すぎる島よ」
 お手上げとばかりにターラが両手を広げた。
「はぁ……やっぱり明日出港するしかなさそうだな」
 某が空を仰いでいると、ルファン・グルーガ(るふぁん・ぐるーが)が口を開いた。
「もし……というか恐らく確実に、鯨に遭うと思うのじゃが、
 またあの歌を歌われるとやっかいじゃのう」
 そこで雅羅の横で押し黙ったままだったジゼルが確信を持って答えた。
「それは――大丈夫。
 あの鯨は私の声を聞いて歌を辞めたわ。だから……あれ、は――」
「詳しくは後でにしましょう。
 皆疲れているし、ね」
 中々次の言葉が出てこないジゼルを助けたのは火村 加夜(ひむら・かや)だ。
 ジゼルの両肩に手を置くと、安心させようと微笑みかける。
「ああ。
 一応食料があるとは言え、缶詰だけでは寂しいし力にもならないしな」
御宮 裕樹(おみや・ゆうき)がそう言うと、彼の隣にいた五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)もまた口を開く。
「食材集め、料理等役割で担当を分けよう。
 全員で当たる必要はなさそうだから得意な人が行く方向で」
 皆が各自出来る仕事を話しあい始めた時だった。

「ひとつ、提案していいかしら」
 雅羅がそう話しだした。
「明日の航海、無事に港まで着ける確率はそんなに高くないと思うの。
 だか戦いに出るのは全員ではなくて……」
「何人か残るって事かい?」
 真の質問に、雅羅は頷く。
「出来ればパートナー達に船腹に残って貰って、負傷者の手当てをしたり、船の制御を手伝って欲しいの。
 それから……万が一の事があったらせめて――」
「そういう言い方は承服しかねるね」
 遮ったのはカガチのパートナー、東條 葵(とうじょう・あおい)だった。
「でも雅羅、おまえの言う通りでもある。確かに全員で戦うにはあの甲板は狭すぎる」
「どんぱちやったら確実に流れ弾にやられるな」
「別にわざとやってもいいんだよ」
 カガチと葵の冗談めかした言葉に、皆が一斉に笑いだした。
 
「いいぜ。その案、飲んでも」
「その代わり無理そうな時には交替する、作戦名は」
「命を大事に?」
「そう言う事」
 カルキノスに槙子、左之助らの助言を受けて、明日の方針が固まってきたらしい。
「じゃァ、決めるのはこの辺りで中断。取り敢えずの解散という事でいきますか」
 カガチが場を締めると、彼等は皆自分の仕事を探して歩き出した。

「私は船のチェックをするわ」
「じゃあ私も」
 雅羅が船に戻ろうとするところへ、理沙らが付いて歩く。
「雅羅、私も――」
「ジゼルは休んでて!」
 雅羅を追いかけようとしたジゼルは、大声に制止されて足を止めた。
 咄嗟に強く言いすぎたと雅羅は苦い表情を浮かべ得ている。
「……明日の事もあるし、それにさっきも――」
「……分かったわ」
 微笑んで小さく頷いて雅羅達と逆の方向へ歩き出したジゼルに、加夜は声を掛けた。
「ジゼルちゃん、雅羅ちゃんと喧嘩でもしちゃったんですか?」
「違うの加夜。大丈夫だから。
 ごめんね、なんかビックリさせて……」
 微笑むジゼルの顔に、加夜は何か言いようの無い不安が込み上げてきているのを感じていた。