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空の独り少女

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空の独り少女

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第二章 老翁と骸
 
 小さな寝息が聞こえ始め、体育館内に霜月達以外に起きている者が居なくなった頃、
和輝達はそびえ立つ城門を見上げていた。門に華美な装飾等は無いが、威厳を感じさせる佇まいを残している。
「……静かだな」
「和輝〜……」
「あ?」
 怯えた子犬の顔でアニスは和輝の服の裾を摘んでいた。
「おい、早く来い」
「ぅ〜、待って〜」
 後ろの声にお構いなしに和輝はサッサと歩いていく。

 「へぇ、なかなか良い城じゃねえか」
 騒々しく門の前に現れたのは柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)だった。
「城に来た感想はどうだ?」
 隣を歩く雅羅は居るはずのない少女を探すように周囲を見回している。
「……慌ててもあの子には会えないぜ」
「ですが、探さずには居られません」
「分かってるさ、だから俺達は此処にいる」

 「雅羅さん……」
 ネーブルは遠慮めいた声で雅羅に呼びかけていた。
「どうしたの、悲しそうな顔をして……」
「女の子が……雅羅さんの『カラミティ』に惹かれてるって聞いたけど……。それって……女の子が自分の不幸を望んでるって事になるの……かな?」
「それは分からない」
「なんだか、雅羅さんの悪口を言ってるみたいになっちゃうね……ごめんなさい」
 悲しそうな顔で頭を下げるネーブルに雅羅は笑う。
「私を望んでくれた。その子の助けになれば私は良いの……」

「カッパー……」
 画太郎は筆と巻物を持ってそれにさらさら書き始める。
(「ええ、貴方ならそういうと思って、それなりの準備はしてましたよ。取り敢えず、夢で少女を探す事を目的としましょうか。その場所を目指してお城を探索することにしましょう。お会いできたら……そうですね。『ティータイム』でお茶のセットを出させていただきますよ。どんな時でも休息は必要ですからね」)
 クスリと雅羅は笑い、
「ええ、ぜひ御願いするわ」
 画太郎の手を取る。
「カッパっぱー♪」

 「これから城内に入る。全員気を付けてくれ」
「おう、任せときな!」
 拳を打ち合わせウォーレン・シュトロン(うぉーれん・しゅとろん)が嬉々と笑う。
「……じゃ」
 誰もが気付かないようにルファン・グルーガ(るふぁん・ぐるーが)が涼司に視線だけを送った。
「……」
 ルファンの視線だけを確認すると涼司は城内へと歩を進めた。
「ダーリン♪何したの?」
 イリア・ヘラー(いりあ・へらー)がルファンの腕に抱きついてくる。
「何もしとらんよ」
「ふーん。ま、イリアはダーリンが傍に居ればそれで良いけどね」

 「……始めるかのう!」
 轟音が城内に轟く。ルファンの『ドラゴンアーツ』が近くにある壁を力強く打っていた。だが、同時に城の門が豪快な音を立てて閉じた。

 「おい、閉じ込められたぞ」
 後ろを振り返ったウォーレンが正気か?と後ろを指差し、半眼でルファンを見た。
「もー、しっかりしなさいよ。レオ!」
「俺が悪いのか!?」
「予定通りじゃよ……」

 「ほ、獲れたネズミは4匹か……わが城へ何用かな?ネズミ共……」
 城の松明に明かりが灯り、暗がりから老翁が這い出る様に姿を現した。
「よお、じいさん。会いに来てやったぜ!」
「あの少女は何処に居るのかな?」
 挑発的な笑みでイリアが笑う。
「あの少女とは?」
「あの女の子は何処に居るかって聞いてんだよ!」
 我慢できなくなった振りをしたウォーレンが間に割って入ってきた。
「……」
「ちっ、白々しいぜ」
「ふん。貴様らが何を求めているのかは知らぬが、我の城に無断で立ち入った非礼を詫びて貰おうか?」

 「骸達よ、招かれざる客人達を始末しろ!此処は我の城だ!」
 小さな黒点の染みがぽつぽつと床に現れる。染みは松明の明かりに照らされ、黒の度合いを深くさせている。
「嫌な黒だぜ……」
 ウォーレンが舌打ちする。

 床に現れた染みを凝視した。
 黒の染みは徐々に広がり、人の通れる位の大きさへと膨張していく。
「ぅ……ぅう……」
 小さな呻き声が穴から湧き出し、黒点の膨張した穴から骸が這いずり出て行く。
「ぅぼぉおお!!」
 叫び声にも聞こえる声を発し、骸達は老翁に頭を垂れた。

「……ふん」
 骸達の行動に満足すると、老翁は持っていた杓杖を振り上げる。
「片付けよ!」
「待て!何処へ行く?」
「王が居るべき場所は玉座と決まっておろう。まあ、貴様ら来れるとは思わんがな」

 「う”ぉおおお!!」
「おい、来たぜ!」
(『遠当て』)
「!」
 拳から放たれた闘気が骸の頭蓋を叩く。
「やれやれ、始まってしまったのう」
 ゆったりした構えでルファンは『遠当て』を放つ。
「ウォーレン!」
「わんさか出てきやがる、おっもしれぇの!」
 『一角獣の聖槍』を振り上げ、悠然と骸達の中へと飛び込む。
「はっはー!」
 横に大きく槍を薙ぎ払う。
「せいぜい俺を楽しませな!」
 「イリア、骸達をここへ閉じ込めるのじゃ!」
「任せて、ダーリン♪」
 手を併せ、『氷術』を詠唱する。
「!」
 氷壁が城の通路を塞いでいく。 
「護って、『炎の聖霊』」
 炎から聖霊が具現化し、氷壁に群がる骸を焼き払い共に消滅する。

 「ふ――」
 息を吐き出し、 
(『則天去私』)
 ルファンの拳が輝きを持って突き出される。
 突き出した拳は衝撃波を生み、骸達を光の衝撃が包み込む。
「ぉおおおおおお!」
 猛る気合を持って、骸達を押し潰していく。

 「さっすが、ダーリン♪イリアも愛しのダーリンの為に頑張るわ」
 『禁忌の書レベル3』を宙へと抛る。
「『禁じられた言葉』」
 イリアの真上で本が静止し、頁が高速で捲れていく。イリアの笑みが消え、身体から余剰な魔力が発光現象として溢れていく。
「『アシッドミスト』」
 強酸の濃霧が前方に展開し、骸達の身体を酸が急激に溶かしていく。
「酸の霧で消えなさい……」

「わしらは此処で囮に徹するとするかのぅ」
 ルファンの『金城湯池』、骸が振り翳した斧を初動で弾き、掌で頭蓋を叩き潰した。

 涼司達は城へと歩を進めた――ただし、別の場所から。
 「朽ちている訳ではないのか……」
 城の中は朽ちることなく来訪者である高円寺 海(こうえんじ・かい)を迎えていた。ただ城の調度品は黒く染まり、人の居る生活感は全く感じられなかった。
「暗いな……」
 城は静まり返っており、人の気配は感じる事はない。

 「アニス、止まれ!」
「ふぇ、何で?」
「走るぞ」
 和輝がアニスの手を取り涼司達とは逆方向に走り出した。
「和輝、どうするの?」
「俺達は別のルートで行かせて貰う」
「え、良いの?」
「良いんだよ!」
 言葉だけを残し、和輝とアニスは門の外へと消えていった。
「和輝!」
「合図はしてやる!」

 「来てる……」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)の『禁猟区』と『超感覚』の五感が先程は感じなかった足音を拾っていた。
(何処から……足音は複数……集団……)

 後ろを振り返り、骸達を一瞥し溜め息を漏らす。
「面倒事は嫌いなんだけどね――リオン!露払いの時間だよ」
「承知しました。では涼司さん、私達はここで……」
「ああ、任せたぞ!」

 『行動予測』で敵の動きを読み、北都とリオン・ヴォルカン(りおん・う゛ぉるかん)が仲間を先に行かせるように通路に立ち塞がる。
「悪いけど、邪魔はさせないよ」
「来た!」
 高く飛び上がり、空中で背後へと向き直る。
(『エイミング』)
 北都の狙い澄ました一撃が骸の頭部を吹き飛ばす。
「気を付けて、恐らく小隊規模だよ!」
 着地し、バックステップで骸達から距離を取る。

 「ぼぉおお!」
 リオンの眼が強く光り、
(『サイコキネシス』)
 投擲された斧が右方へと逸れ、壁面へと突き刺さる。
「物騒ですね。北都、大丈夫ですか?」
「うん、僕は大丈夫」

 「『フィナルレジェンド』」
 北都の詠唱後、地面が発光し、白光が骸達を飲み込む。
「敵の能力が見た目通りとは限らない、遠距離攻撃で対応するよ」
「北都の指示のままに――迂闊に接近して毒や呪いを掛けられたら困りますからね」
(『我は射す光の閃刃』)
 閃光が駆け、骸達の肌を焼く。
「ぅぉお……」
 ブスブスと黒煙を発し、骸達が消滅をしていく。
「効いているみたいだね」
「ええ、このまま此処で足止めに徹しましょう」

 「ぞろぞろと現れたわね!」
 行く手に立ち塞がったゾンビみたいなものに芦原 郁乃(あはら・いくの)に毒づいた。
(雅羅を守るためにも、戦うしかないかな)
 ファイティングポーズをとる郁乃。小さなステップに併せて、小刻みに肩が上下している。
「あれを相手にしてもキリがありません。それよりもこの世界の核となる鍵を見つけるのです。そのほうが早いです」
 蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)が今にも郁乃の肩を掴んでいた。
「そうね!そうとなりゃ、中に突入ゅ〜〜〜っ!!」
(私としては少女は雅羅にまかせて、ゾンビを操る老翁を捕まえることにしようかな。ゾンビの群れを止められるし、少女を捕らえてる理由を聞き出せるし一石二鳥!)
(ここはわたしらしく、すぱっ!!と、びしぃっ!!と、ちゃちゃっと片付けようとしようかな)
「こういう姑息なのは大っっっ嫌い!正面から来いってんでしょ、今に見てなさい!」
(不安定でごく小さい場の“中途半端な世界”があって、まれにその世界のそこそこにある引力に運悪く引っかかることがあるとは聞いたことがあるのだけれど……これもその一例なのでしょうか)
 マビノギオンが思索を巡らす。
(魔道書として生を受けて永き世を生きてきたけれど、全く飽きるということはありませんね……)
「主、この世界の核となる鍵を見つけるのです」
(おそらく……その鍵は件の少女かゾンビを操る老翁かであるに違いない)
「接触するなり、捕らえるなりすれば大きく状況をかえることができますから……そのほうが早いです」

 「いきなりかよ!」
 担いでいた銃のセーフティを解除し、ザワリと肌が何かを感じた時には、恭也は既に銃の引き金を引いていた。
「『スプレーショット』!」
 前面に大挙する骸達に鉛玉をばら撒く。弾丸が肉を喰らい、千切り飛ばす。

 骸は怯えることなく、恭也達の前に身体を曝していく。
「もう一回だ!」
 連続して放たれた『スプレーショット』が再度骸達に襲い掛かった。
「効きが浅い……ッ」
 スキルの結果に恭也が歯噛みした。
 痛みを感じない骸は鉛玉の2、3発では進攻を止める事が無い。

「だけどよ……」
(『弾幕援護』)
「「!」」
 骸達の意識を雅羅達から此方へと引き付ける。
「だが、時間稼ぎはしてやるよ!」
(ハッ、いきなりこちらを迎撃するくらいだ。あのジジイ、きっと碌でもない事を考えているんだろうな)
「ありがとう……」
 走り際に雅羅がペコッと頭を下げる。
「へッ、早く行けよ」
 機関銃を担ぎながら恭也は思わず笑ってしまう。そう簡単に行く訳がない……でもきっと大丈夫だろう。
「雅羅が本気なんだ、どんな不幸も跳ね除けるに決まってる。不幸体質の雅羅の為に走り回ろうじゃないか!」

 (『シャープシューター』)
 恭也の正確な射撃が骸の頭部を穿つ。
「ぼっ……」
 頭部を破壊され、骸が膝から崩れ落ちていく。
「せいぜい引っ掻き回してやるぜ!」