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空の独り少女

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空の独り少女

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第三章 装置と少女

 「朔夜さ――いや桜さんか」
「はい、何かな?」
 海の呼び掛けに笹野 朔夜(ささの・さくや)に憑依した笹野 桜(ささの・さくら)が後ろを振り返る。
「実は……」
 一通り話を聞くと、桜が二つ返事で承諾した。
「ええ、良いですよ。私達の目的と合致しますから」
「では――」
「ええ、少し調べてきますね」
 クスッと微笑み、別の通路へと溶ける様に消えていった。
(「桜さん、皆さんと別れましたが大丈夫ですか?」)
「大丈夫ですよ、戦闘をしに行く訳ではありませんから」
 大小の扉を駆け抜け、目的の書庫へと速度を上げていく。
(「桜さん、来ましたよ!」)
 朔夜のスキルである『用意は整っております』が骸達より一つ早く行動を可能にする。
 美術品や像の隙間へと身を潜め、其処から『バーストダッシュ』により通常は不可能な立体軌道の移動により骸達に気付かれる事無く通路を縦横無尽に駆け抜けていく。

 「ありましたよ、朔夜さん♪」
(「入りましょう」)
 薄暗い書庫へと身を滑り込ませる。
「鍵を掛けてと!」
 扉を閉め、『火術』で灯りを取る。小さな火球が朔夜の顔を薄らと照らしている。
(「気を付けて下さいね」)
 桜は手近にある本を取っては戻しを繰り返し、中身を確認していく。
(「人様の家を物色するようで気が引けますが――」)
「でも、此処でしか解らない事も多いですから」
 棚に並べられている本を1冊ずつ取り出して流し読み、棚を開けて棚の中を漁っていく。
(「自分だけの空間が欲しいだけならお城なんて質量が多くて空間に固定するのが大変そうな建物じゃなくて良いでしょうし、自分以外の人間がいないと維持出来なさそうな方法を選ばなくても良いと思いますが……」)
「あ、日誌です!」
 山積みになった本の中に一冊の日誌が隠すように紛れ込んでいた。
(「何か解りそうですか?」)
「少しお待ち下さいね。今、ページをめくりますから……」

 「え、海さん?代わるの?はい、ちょっと待って下さいね!海さん、桜さんからだけど!」
 コール先は綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)だった。
「すまない、借りる」
 取り出した『銃型HC』を海に手渡した。
「海です。ええ……」
「そういう事みたい。だから――」
「はい……ありがとうございます」
「涼司さん。桜さんに調べて貰った事で確認をしてもらいたい事が――」
「――分かった。こちらで動く」
 
 「ルカ!ダリル!」
「はいはい、何かな?」
 ヒョコっと現れたルカが涼司に並走する。その後ろをダリルが追走している。
「城の地下へ行けるか?」
「うーん、探してみないと何とも」
 首を傾げるルーに対し、ダリルから尤もな意見が出る。
「山葉、そもそも地下があるのか?城は空に浮いているが?」
「海の聞いた話では城には地下が存在するらしい。真偽は別にして、調査を頼む」
「……ま、良いよ。行くよ、ダリル!」
「――分かった」
 肩をすくめ、ダリルは了承を示す。
 広い城内の二手に分かれる通路で、ルーとダリルが分かれていく。

 「ちょっと待って!いきなり何処に行くつもり?」
「ぇ……?」
 雅羅の呼びかけに綾原が疑問の声を上げる。
「あまり離れないで下さい、さゆみ。護衛が出来ません」
 アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が雅羅に追従する。この広い城で絶望的方向音痴のさゆみが迷子になるなど想像に難くない。

 「……嫌な予感がしましたけど、やはりこうなりましたか……」
 アデリーヌは頭を抱える。
「……何で戻ってきたんだ(です)?」
「はは……私の所為?」
 絶望的方向音痴のさゆみを探し、連れ戻す。その繰り返し。
 てんやわんやの末、さゆみとアデリーヌは元の場所に戻ってきてしまった。
(雅羅さんのカラミティの影響もあり、何故か骸達に発見され……戦闘の末に逸れてしまいました)
 思わず遠い目で過去を振り返りたくなってしまう。
(……自分の役目は、骸達から一行を護りつつ、道を切り開いていくこと――だった筈なのですが)

 ――少し前。
 「あ……」
 『スキル』を駆使し罠等に警戒している中、ある筈の無いトラップが……。
 誰も触っても動きもしなかった筈なのに、雅羅がふと手を触れた瞬間、鉄製の大扉が倒壊し轟音を奏でたのだ。
 無論、それに気付かないほど骸も馬鹿ではない。
 「っ、武器を取れ!」
 骸達の怒号が飛び交う中、
「派手にやったわねー、雅羅!」
 嬉々とさゆみが笑う。
「っ、さゆみの方向音痴の所為でしょう!」
 負けじと雅羅も言い返すが五十歩百歩もいいところだ。
「何ですって!」
「さゆみ……喧嘩をしていないで戦って下さい」
 『賢人の杖』を振り回し、襲いかかってくる骸達を『凍てつく炎』で焼き払う。
「雅羅達を護りなさい、『炎の精霊』」
 
 「私も負けないわ」
 『富士の剣』を抜き、さゆみは単身果敢に骸達の中へ飛び込んでいく。
「待ってください、さゆみ」
 後を追う様に、アデリーヌも前衛の中に身を投じた。

 「アニス、ここに居るのか?」
「うん、間違いないよ♪和輝」

 「あ……」
 ふわりと少女の黒髪が揺れた。風の流れが変わった為だ。
(誰……)
 風の流れる方向――扉へと少女は振り向いた。
(雅羅に助けを求めていたのに、他の人間が来れば驚くだろうから、少し軽い調子で接してみるか……)
「こんにちは……お嬢さん。貴方をこの城から盗みに来た泥棒です」
「泥棒さん……?」
「ああ……俺は――」
 ドンと背中を押し出され、和輝は転びそうになる。
「もう!何格好つけてるの、和輝!」
 プクッと頬を膨らませたアニスが和輝の後ろから入ってきた。
「む〜っ!」
 黒髪の少女は和輝の後ろに隠れたままのアニスを見やる。
 「貴方は……?」
 少女の問い掛けにアニスは急に緊張した顔で少女を見た。
「ア、アニスは……」
「アニスさん?」
「う、うん……」
 ギュッと強く和輝の服の裾をアニスが摘んでいた。気まずい沈黙が部屋に満ちていく。
「あのな……」

 「誰ッ?」
 突然、キッとアニスが誰も居ない虚空を見上げた。
 ゾクリと視線を感じ、瞬時に『曙光銃エルドリッジ』を抜き虚空に向かって引き金を引いた。
(『クロスファイア』)
「きゃっ!」
 『二丁拳銃』により強化した弾丸を十数発と空に放つ。

 「何……」
 ――弾丸が空に止まっていた。弾丸が何かに阻まれ静止している。弾丸の着弾地点と思われる場所は波紋を打っていた。
「……見つかってしまったか」
 ぬぅっと空間を揺らし、老翁が姿を現した。
「『ディテクトエビル』があるから隠れて近づいても無駄なのだ」
「くくっ、貴様らの考えなどお見通しだ。じきに残りのネズミも現れるだろう」
 
「やらせないよ!『レジェンドレイ』!」
 身を焼く白光が空より降り注ぐ。
「ふん……」
 老翁が手を翳すと翁の真上に魔力が集まり、白光を弾いていく。
「我が城にアレが居る限り、ワシは無敵だ!」
「むー!!」

 「おい、アレを見ろ!」
 時を同じくして、廊下を走る涼司達は空から降り注ぐ光の雨に気付いた。
「向こうだ!行くぞ」

 「次はどうする?」
「……」
 クィックドロウ、最速を持って和輝は銃を放つ。
「効かんよ……」
 弾丸は再び虚空で静止、落下する。
「ちっ……」

 広大な城を駆け、骸達と幾度の戦闘の末に城の最奥にある少女へとへと雅羅達は至った。
 「居たぞ!」
 ――老翁は居た。
 尊大で強者の凄惨な笑みを浮かべ、ただ独り此方を見下ろす城の主として。
 
 「大丈夫!あんた達?よくもやってくれたわね!」
 郁乃が吼えた。
「ふはは――来たか!我が宝物の間に!」
 紅のマントを翻し、老翁は声高々に笑った。
「このッ……」
 ギリリと郁乃の拳が強く握られる。追い詰められている、そんな気配は老翁から微塵も感じられない。
「ぶっ飛ばしてや――」
「待って!」
 不意に柚が郁乃の手を取り、自らへと引き寄せた。
「!」
 火柱が斬線となり、近づく郁乃の足元を斬り抜けた。
「ほ、避けたか!こちらへ来れるかな?」

 「流石だな王様、いや魔術師キオ・アズラインと言った方が良いか?」
 三月の言葉に老翁キオの眉が不快気に動いた。
「お前、何人殺した?」
「ふん、まさか我の名を知る者が居るとは……」
「答えろ、魔術師!何人殺した?」
「三月ちゃん……」
 
「骸達は自らが殺された場所から現れている様だった。現に書庫等からは骸達が現れる事は無かった」

「そうとも。馬鹿な王に仕える馬鹿な家来共。皆、殺してやったわ!」
 愉快そうにキオは笑う。
「此処なら近衛を幾人も殺した。さあ、我を護れ骸達よ!」

 「来る!」
 魔術師キオの周囲が黒い染みに覆われた。
「ぅおぼぉあああ!」
 絶叫に近い叫びと共に甲冑を着込んだ骸達がキオの周りへと溢れてくる。 
 「近衛が5体か……」
 
 「おりゃ〜っ! !」
「「!」」
 轟音が鳴り響き、骸の一体が空を舞う。『則天去私』、郁乃により放たれた拳が鎧ごと骸の身体を打ち上げる。
「ぶっ潰すわよ、マビノギオン!」
「おい!待てッ!」
「『禁じられた言葉』発動……」
 止める海を他所にマビノギオンがスキルを発動させる。
「っ……此処で片付ける。老翁に近づき過ぎるな!」
 『妖刀村雨丸』を抜き、猛然と近衛へと斬りかかる。
「行くよ、三月ちゃん」
「分かってるよ、柚」

 増幅された魔力により、マビノギオンの身体から蒼白い発光が漏れる。
「……『天のいかづち』」
 『超賢者の杖』を近衛の骸へ向け振り上げた。
「ヴぉおおおお!!」
 紫電が空を呑み込み、落雷が骸へと降り注ぐ。
「貴方も……」
(『凍てつく炎』)
 キオに向け、杖を振るう。空中に現れた冷気を帯びた炎が指向性を持って地を這い、キオへと殺到する。
 「……護れ」
 冷めた目で炎を見ると、一言呟いた。
 黒い染みから骸から飛び出し、炎へと立ち塞がる。『凍てつく炎』は骸の肉体を焼き、瞬時に氷結させた。
「「!」」
「……こいつ」
「ふむ、今度は此方だ。骸達よ出でよ!」

 「はあああ!!」
 上段からの斬り下ろし、剣の隙間を縫い刀が閃くが、近衛の堅い鎧に阻まれ刀が弾かれる。
「ちッ!」
 近衛が剣を振り上げ、
「『氷術』」
 その腕が空で縫い止められた。
「今だよ、三月ちゃん!」
「海、動かないでよ!」
 三月の『征服英霊のサーベル』が跳ね上がり、骸の腕を肩から切断していく。
「間接から攻めるよ、海」
「ああ、今ので要領は掴んだ。次は……決める」

 「柚、隙は作れるか?」
「わ、分かった」
 杖を握り締め、コクリと頷く。
「僕も手伝うよ」
 サーベルを鞘に戻さず、三月はそのまま抜刀の姿勢に入る。
「僕に合わせて、柚」
「う、うん」
 一拍置いて、サーベルを抜き放った。
「『霞斬り』」
 無数の斬撃が空を舞い、近衛の鎧を刻み甲高い音を立てる。
「『歴戦の魔術』」
 『歴戦の魔術』により発生した衝撃が近衛達の鎧の中身を叩く。
「今だよ、海君!」
「おおおぉ!」
 作られた隙を突き、海の斬撃が近衛の首を刎ねる。