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【神劇の旋律】ストラトス・チェロを手に入れろ

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【神劇の旋律】ストラトス・チェロを手に入れろ

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第一章 「カフェ・ディオニウス」 2

「なるほど、確かにいい店ですね」
 コーヒーのカップを置いて、アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)は満足げに言った。
「でしょ? 絶対アンタだったら気に入ると思ったのよ」
 彼のその言葉に、この店を紹介したヴェルディー作曲 レクイエム(う゛ぇるでぃさっきょく・れくいえむ)も楽しそうに笑う。
「コーヒーも絶品ですし、適度に賑やかであっても騒がしくはない。
 ここなら、ゆったりと落ち着いた時間が過ごせそうです」
「そうね。それに、この店は音楽のセンスもいいと思わない?」
 その名の通り、レクイエムはもともとがスコアであるから、音楽への造詣は深い。
 そして彼のパートナーであるアルテッツァも、やはり音楽には相当のこだわりを持っていた。
「そうですね。先ほどから流れているのは、かのファウスト・ストラトスの曲ですか。
 それに……これは、ストラトス楽団の演奏によるものですね。いい選択です」
 かつて「神劇の旋律」と称えられたストラトスの曲の数々。
 アルテッツァはそのほとんどを覚えていたし、多くについては実際に演奏してみたこともあった。
 だからこそ、このストラトス楽団の演奏がどれほど素晴らしいかを実によくわかっていた。
「叶うならば、もう一度生で聴きたいものですが……」
「そのストラトスも今は亡く、楽団は雲散霧消。
 楽器どころかスコアまで散り散りになって見当たらなくなった、って話だしね」
「ええ。惜しい話です」





 それからさらにしばらく経って、客の数もやや減ってきた頃。
 蔵部 食人(くらべ・はみと)の代理として、蔵部 明(くらべ・あける)が「カフェ・ディオニウス」を訪れていた。
 もともと三姉妹と面識があるのは食人であり、彼としてもぜひ協力したかったのだが、あいにくスケジュールの調整がつかなかったのである。
 とはいえ、助けを求められて手をこまねいているわけにもいかないので、代わりにパートナーの明を向かわせることにしたのだった。

「あ、あなたが明くん? はじめまして」
 シェリエ・ディオニウス(しぇりえ・でぃおにうす)の言葉に、明はその容姿に似合わぬ鷹揚な感じで一度頷くと、シェリエをもう一度見つめてこんなことを言いだした。
「なるほど、美人三姉妹と聞いてはいたが、貴女一人を見ても噂に勝る美しさよ。
 特にそのつややかな長く青い髪には、ただただ感嘆するばかりである」
「え? ……ふふ、ありがとう」
 褒められて悪い気のする人間はそうはいないし、その褒められたポイントが自分も気を配っている部分ならなおさらである。
 少し照れたように笑うシェリエに、しかし、明は最後にこう言った。
「まぁ、我の母上の方が上であるがな!」
「……って、何よそれ」
 見事にオチをつけられ、さすがにむすっとした表情になるシェリエ。
 そこへ、大人の余裕で長女のトレーネが割って入った。
「あらあら、明ちゃんはお母様が大好きですのね」
「うむ。当然である」
 そう答えると、明は続けてこんなことを言いだした。
「食人に言われて手伝いに来たのであるが、その前に一つ聞いてもいいか?」
「ええ。答えられることでしたら」
 予防線を張りつつも承諾するトレーネに、明はこう尋ねた。
「貴女たちの父親とは、どんな人、あるいは貴女たちにとってどんな存在だったのであろうか?」
 その問いに、シェリエとトレーネは顔を見合わせる。
「我が産まれた時には、我が父に当たる人物は既に亡くなっておったのである。
 故に、我は『父親』というのがどういうものか、今一つよくわからぬのだよ」
 明が続けた言葉に、二人はさすがに驚いた表情を見せ――やがて、シェリエが口を開いた。
「近すぎるから、いいところも悪いところも全部見えてしまうから、100%手放しで褒めることはできないけど。
 それでも、やっぱり大切で、特別な存在……に、なるのかしら」
「ふむ。そういうものであろうか」
 腕組みをして考えている明に、トレーネが微笑みながらこう言った。
「きっと、明ちゃんのお父様も、素敵な人だったと思いますわ。
 だって、明ちゃんのお父様ということは、明ちゃんのお母様が選んだ人なのでしょう?」
 それを聞いて、明が納得したように手を打つ。
「ふむ、それもそうであるな。母上が選んだ人であれば間違いはないはずである。
 それなら間違いはないはずであるが……えぅ、何かこうスッキリとせぬ……」
 少年が母親をめぐって自分の父親に無意識の嫉妬心を抱く、というのは、別に珍しい話ではない。
 そんな明の少年らしい様子に、トレーネはくすりと笑ったのだった。