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第四章 霧の高みのタコヤキの塔


 タコヤキタワーのてっぺん、TACO−CHUワンダーパークのコントロールルーム。
「女の子、6歳……ピンクの……ピースに、白い……グ……ウゥゥゥゥゥ」
 途切れ途切れにスピーカーから流れるセレンの声のピッチが急上昇し、耳障りな音波になって空気を震わせた。
 モニターしていたティー・ティー(てぃー・てぃー)は咄嗟にボリュームを落とし、息をついた。
「通信状態、良くありません。電波状態もですけど、妙な音波が干渉していて……」
 源 鉄心(みなもと・てっしん)は難しい顔で頷くと、傍らの痩身の老人を振り返る。
「では園長、パーク側で把握している状況をご報告願いたい」
「は、はぁ……」
 言い淀む園長に向き直り、鉄心は静かに言った。
「下でも協力者たちが避難誘導に当たっていますが、パニック等による二次災害も考えられます。まずは事態を正確に把握したいのです」
 園長は力ないため息をついて、説明を始めた。
 
「……新オーナーの経営方針転換に絶望したマスコットキャラが、邪神を召喚してパークに放った……?」
 言いながら自分で突っ込みたくなるような話だ。が、園長は青白い顔を更に悲痛に青ざめさせて、うなずいた。
 ただのマスコットが、邪神などという危険なものを呼び出せるとはとても思えない。鉄心の考えを察したのか、園長は声を潜めて続けた。
「コンちゃんは、もともとはある邪神教団のマスコットだったのです」
 ……邪神教団が、マスコットを使うのか?
「それが、少しも怖くない、という理由ですぐにクビになってしまったとか」
 ……マスコットに怖さを求めたのか?
「ですから、タコとしては少々異形寄りの姿なのですが、このパークに来てからは「タコのコンちゃん」として子供たちの人気者になっておりました……が……」

……新マスコットの企画は進んでいるかね?

……新キャラはポップでキュートな萌えキャラで頼むよ。
  いつまでも、あんなボロタコでは困るからな、HAHAHA!


「あの心ない新オーナーの言葉に、私は黙って愛想笑いを浮かべていることしかできませんでした。なんとかしなくては……このパークは、たこ焼きと子供たちの夢の楽園です。コンちゃんはその大切な案内人なのですから……パークとコンちゃん
を守らなくては、そう思いながらも、私は……」
 その会話を、コンちゃんは聴いていたのだろう。何も反論のできなかった園長の姿も、また目にしたに違いない。
 そして、絶望した……。

「あのう、そのコンちゃんなんですけど」
 ふいにティー・ティーが口を挟んだ。
「断片的な情報ですけど、迷子の女の子と同行しているらしいです」
「迷子?」
 まさか、危害を加えるつもりでは……という考えが脳裏をよぎったが、ティーはさらに続けた。
「女の子は、コンちゃんがパパを捜してくれてるんだと言っていたそうです」
「……コンちゃんは、子供が大好きなんです」
「その子供たちが……」
 鉄心は思わず声を荒げた。
「今、逃げ惑っているんですよ!」
 園長の顔が悲し気に歪むのを見て、鉄心は息をつき、気持ちを落ち着けるように小さく咳払いをした。
「失礼。それで、他に何か情報は?」
「コンちゃんは、<輝くトラペゾヘドロン>を奪って行きました。ですので、今、ミュージアムゾーンにあるファクトリーのたこ焼き製造システムがダウンしています」
「シャイニング・トラペゾヘドロンだと!?」
 思わずぎょっとして聞き返す鉄心の形相を不思議そうに見て、園長は頷いた。
「はい、たこ焼き製造システムの起動キーなんです。コンちゃんが面白がってそう呼んでいました」
「呼んでいた、か。……また、悪趣味な名前をつけやがる」
 拍子抜けして鉄心がため息をつく。
「……なるほど、認識による役割の固定か。面白い」
 振り返ると、ローブを纏った銀髪の少年が、奇妙な笑みを浮かべて立っていた。
「イルミンスールの鵜飼じゃ。古き者どもに連なる異形が暴れていると聞き、参上した」
 鵜飼 衛(うかい・まもる)は鉄心にそう挨拶をすると、窓の外に視線を移した。
「どうやらアレは、かなり変則的な魔術によって呼び出されたようじゃな。しかし、クトゥルフの姿と<輝くトラペゾヘドロン>の名を使った以上、わしらで制御できる筈じゃ」
「アレを止められるのか?」
 鉄心が思わず聞き返すと、鵜飼はちらりと傍らのルドウィク・プリン著 『妖蛆の秘密』(るどうぃくぷりんちょ・ようしゅのひみつ)に目をやった。妖蛆は優雅な仕草で軽く首を傾げ、答える。
「不可能ではありませんが、その為にはパーク全体に魔方陣を布かねばなりません。現実的ではありませんね」
「では……」
 鉄心は少し考えて、今一番求められていることに思い当たる。
「通信環境を整えることは?」
 妖蛆は眼下の広場に目をやり、頷いた。
「それでしたら、グランドコンコースを魔術結界で保護して、あのチャイムを止めれば容易に」