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かしわ300グラム

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【二 いじめっ子、世に憚らず?】

 チェバン家は、ツァンダ領内ではデュベール家とほぼ同格の中流貴族として席を連ねている。
 しかもただ同格であるというだけでなく、デュベール家とは古くからの血縁関係にあり、もっと端的にいってしまえば、デュベール家を支えることを代々の使命としている、というのである。
 今回、チェバン邸を訪れた数名のコントラクター達は、ブランダル・チェバンとイーライの決して良くない関係から、まさかチェバン家がそのようなポジションにあろうなどとは想像すら出来なかったようだが、しかしその疑問は、チェバン邸でブランダル本人と直接会うことによって、ほとんど一瞬にして氷解したといって良い。
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)五十嵐 理沙(いがらし・りさ)セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)黒崎 天音(くろさき・あまね)ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)アレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)早川 呼雪(はやかわ・こゆき)ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)、そして雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)といった面々は、ブランダルが噂に聞いていたのとはまるで別人の如き様相を見せていたことに、戸惑いを禁じ得なかった。
「何とまぁ……まさか、こんな展開が待っていようとは、ね」
 チェバン邸の応接室で、ブランダル自身の口から事の真相を聞かされたリカインは、どう対処したものかと思案に暮れていたが、それ以上に困っていたのは、ブランダルのいじめっ子気質を叩き直してやらんと鼻息を荒くして乗り込んできたアレクセイであった。
「こいつぁ……かなり方針転換しなきゃならねぇかな……」
 優希の座すソファーの隣で、仏頂面をぶら下げているアレクセイではあったが、真相を聞いて妙に納得した部分も否めない。
 一方。
「何か……この変装、全く意味無かったよな」
「いや、まぁ……こんな展開、普通読めないって」
 慰問を口実にパトロンを求めて売り込みにやってきた音楽家スノ、という設定で女装してきた呼雪と、超美少女音楽家スノちゃんの支援者にして妙なオネェ言葉を操るマネージャーのトーノさん、という設定でスーツを着込んできたヘルの両名は、そのいでたちだけでも、この応接室の中ではものの見事に浮いてしまっている。
 しかも真相を聞いた瞬間、自分達の演技が全て無意味なものになってしまったときたものだから、何ともいたたまれない空気がその空間だけ充満していた。
 だがその一方で、理沙、セレスティア、天音、ブルーズ達は逆に読みが当たっていたといって良いだろう。
 四人はこれまでのブランダルの言動から、彼がイーライを決して嫌っているのではない、との推測を立てていたのだが、それが見事に的中していたのである。
 しかしブランダルが口にした事実は、この四人の予測を更に上回っていたともいえる。
 即ち、単にブランダルの少年的な気質によるものではなく、デュベール家とチェバン家の古くからの関係に大きな要因が隠されていた、というのだから驚きであった。
「薔薇的な意味なら『ブランダル・チェバンは、イーライ・デュベールに気があるんじゃない?』というところだけど、実際はもっとスケールの大きい話だったって訳だね」
 ブランダルの説明を聞いて、天音は納得半分、驚き半分といった調子で小さく頷いた。
 天音の左隣に席を取るブルーズは、すっかり沈み込んでしまっているブランダルを幾分気の毒そうに眺めつつも、たった今聞き出したばかりの内容を、天音持参のHCに次々と打ち込んでゆく。
「まぁ、事実は小説より奇なりとはよくいったものだな」
「でも……そういうことならもっと劇的な演出も、可能になってくるって話じゃないかしらぁ?」
 リナリエッタが、ブルーズと挟む形で天音の右隣に腰を下ろしているが、その扇情的な美貌は相変わらず、ブルーズの中の妙な敵愾心のようなものを誘わないでもない。
 それはともかく、リナリエッタはリナリエッタで、ブランダルにある進言を持ってこの場に臨んでいるのであるが、しかし今はまだ、その時ではない。
 少なくとも、目の前のブランダルはリナリエッタの提案を受け入れるだけの余裕は無さそうであった。
 それ程までに、ブランダルは憔悴し切った様子で沈み込んでしまっていたのである。
「真実が分かったのは良いけど、これからどうするかが問題よね。やっぱ、こっちはこっちで、ネックレスを奪い返しに行くしかないんじゃない?」
 理沙の声に、ブランダルはどこか覚悟を決めた様子で、静かに面を上げた。
「それは、俺も考えてた……だけど、あいつらの数は半端じゃないんだ」
 あいつらとは、ネックレスを奪っていった怪物集団を指す。
 ブランダル自身はまだ、敵の正体が何であるのかが分かっていない様子だったが、既にある程度の情報を仕入れている理沙やセレスティアは、幾分困った様子で互いの顔を見合わせた。
「わたくし達は何度も遭遇していますから、今更どうこういう程のものでもありませんけど……」
「やっぱ、素人が相手するには、かなり厄介な相手よね」
 セレスティアの声に、理沙が応と頷いた。
 ここでブランダルは再び、頭を抱えた。

 六本木通信社の一員である優希は、この面々の中では情報整理能力には最も長けているひとりであるといって良い。
 彼女は、ブランダルが語った内容に関して、その場で手早くメモを走らせている。
 傍らのアレクセイはすっかり毒気を抜かれてしまっていたが、優希は寧ろ、ブランダルがネックレス奪還戦への意欲が強いことに、少なからず安堵を覚えてもいた。
 ブランダルが語った真相――それは、デュベール家とチェバン家の古くからのしきたりそのものに、大きな関与があった。
 ひと言でいってしまえば、チェバン家はデュベール家の遠い分家筋に当たり、チェバン家に生まれた者は、デュベール家の当主となる者を代々支え、時には人間性を鍛錬する師匠としての役割も担ってきた。
 イーライはまだその事実を知らないのだが、ブランダルは物心ついた時から、その使命を強く要求されてきていたのである。
「イーライの奴は、今のままじゃ駄目だ。メリンダ様への思い出に閉じ籠もってばかりで、自分の殻を破ろうとは絶対にしない。あいつに必要なのは擁護者じゃなく、自分で自分を守らなきゃっていう強い意志なんだ」
 だからこそ、ブランダルは自分が悪役になってでもイーライを攻撃し続けてきたのだし、周囲もブランダルの行動を一切止めなかった。
 だが、イーライはブランダルや周囲からの期待に反して、何かあればすぐ、母メリンダの思い出へと逃げてしまっていた。実際、嫌なことがあれば形見のネックレスを抱えてどこかに引き籠もるという行為を十数年、続けてきているのである。
「だから、ブランダルさんは敢えてネックレスを奪った……でもそれが、思わぬ事態を招くことになった」
「あぁ……まさか、あんな化け物がメリンダ様の形見のネックレスを狙っているなんて、思っても見なかったよ……」
 優希の言葉に、ブランダルは自己嫌悪に満ちた表情で何度も頭を振った。
 ブランダルにとっては、イーライ以上に、メリンダのネックレスは大事なものであるかのようであった。
 実のところ、ブランダルは生まれてすぐに母親を亡くしている。
 その彼に対し、メリンダはイーライと兄弟であるかのように優しく接してくれた、本当の母親以上の大切な女性だった。
 ブランダル八歳、そしてイーライ五歳の時に、メリンダは病没した。
 メリンダはイーライを愛していたが、しかし余りに母親っ子であり過ぎたイーライの行く末を、息を引き取る寸前まで気にかけていた。
 そんなメリンダの思いを受けて、ブランダルは以降、イーライを人間的に独り立ちさせられるよう、敢えて憎しみを一身に背負う悪役に徹することを決めたのだという。
「成る程な……俺様なんざ、話を聞いただけですっかり騙されたぜ。当のイーライにしてみりゃあ、顔も見たくない相手になってるだろうな」
 勿論、その状況はブランダルにとっては願ったり叶ったりなのだが、しかし一向にしてイーライが自分に立ち向かおうしてこなかった為、変な焦りが生じていたのも事実だったのだという。
「だから俺、あいつがコントラクターになったって話を聞いた時、本当に嬉しかったんだ。これであいつもやっと、独り立ち出来る、ってな……なのに、俺ときたら、このざまだ。メリンダ様に、ナラカで何と申し開きすりゃ良いのか……」
「おいおい、縁起でもないことをいうんじゃない」
 呼雪が少女姿のままで、慌ててブランダルを遮った。
 チェバン邸に来るまでは、どうやってこのブランダルを懲らしめてやろうかとばかり考えていたが、真相を知った今は、逆にブランダルをどう助けてやろうかという発想が浮かびつつある。
 だが、ブランダルが死ぬ気でネックレス奪還に臨む覚悟であるのは、この場の全員に理解出来た。
「聞いた話じゃ、君を襲ったのはレックスフットっていう電子映像の怪物だね。怪物の種別としてはオブジェクティブっていうんだけど、聞いたことはあるかな?」
「いや……それは一体、何なんだ?」
 天音の問いかけにかぶりを振ったブランダルは、更に説明を求めるように天音の顔を真正面からじっと見据える。
 しかし、天音はそれ以上は敢えて何もいわず、別のソファーに腰掛けているリカインへと視線を走らせた。
「今から一年半前、蒼空学園に大量の河童が出現し、大勢の生徒をミイラ化させる事件が生じた……記録上では皿一文字事件、というコードで検索出来る。君がその当事者として、この場では誰よりも詳しい筈だね?」
「えぇ、そうね」
 天音に話を振られて、リカインは苦笑交じりに小さく頷いた。
 その場のほぼ全員が、乞うような視線をリカインに浴びせかけてきた。これに対しリカインは、ひと息入れてから、当時の状況を簡潔に説明し始めた。
 顛末としては、然程に複雑な話ではない。
 天音がいったように、蒼空学園に大量の河童が出現し、大勢の生徒をミイラ化させたのだが、親玉を倒すと全ての河童が消滅し、被害に遭った生徒も無事に回復したという、実に単純な内容であった。
「あの当時は、まだオブジェクティブという名前すら知られていなかったのよね。でも実際は、伊ノ木 美津子(いのき みつこ)という人物が深く関わって……あ、これはいっちゃ拙かったのかしら」
 理沙とセレスティアが幾分慌てて、ふたり揃って大きく首を振る仕草を見せた為、リカインもしまったという表情で己の口元を掌で隠した。

 妙なところで話が一旦止まってしまったが、リカインは気を取り直し、レックスフットそのものについての説明へと切り替えた。
「あいつの戦闘技能はずばり、相撲よ。それも、その歩法がずば抜けて優れていて、横綱クラスといっても過言じゃないわ」
「横綱とは、大相撲でいえば王者たる存在。そして横綱クラスの足捌き……成る程、だからレックスフット、王者の足か」
 リカインの説明に、天音が納得したように二度三度、小さく頷いた。
 だが、今回現れたレックスフットは、ブランダルからメリンダのネックレスを奪った後は、これといった攻撃もせずに素早く退去していたらしい。
 一年半前に蒼空学園を襲った河童の大群は生徒達の生命波動を標的としていたが、今回は狙いが異なる、ということになるのだろうか。
「んまぁ……敵の正体が分かってて、対処の方法もあるってんなら、四の五の考えずに取り返しに行けば良いってところじゃないかしらぁ……ところでブランダルちゃん、ものは相談なんだけど」
 ここでリナリエッタが、ようやく自信のテーマを掲げて口を開いた。
 実のところ彼女は、イーライの性根に嫌悪感のようなものを抱いており、出来ればブランダルとの一対一の勝負を実現させて、根性を注入してやりたいと考えていた。
 つまり、ブランダルとは根柢の動機は違えど、矢張りイーライを鍛えてやりたいという部分では思考が共通していたのである。
「ネックレスを取り返した暁には、改めてイーライちゃんの奪還勝負を受けて立つ、ってのはどうかしら?」
「それは、俺も望むところだ。あいつが、積年の恨みつらみを全部俺にぶつけてでも闘志を掻きたててくれりゃあ、俺としても文句無しだ」
 ブランダルの応えに、リナリエッタは少なからず好感を抱いた。
 少なくとも、イーライなんかよりは遥かに男として、そして人間として出来ている、とさえ思えた。
 と、そこで呼雪とヘルが、やっと出番を得たとばかりに揃って身を乗り出してくる。
「よし、それじゃ正式なタイマンの場の司会進行ってことで、天才音楽家スノのマネージャー・トーノが、場を取り仕切ってやるよ。六本木通信さんには、その模様を中継して貰うって案はどうだい?」
 いきなり話を振られて、優希は慌ててメモ帳から顔を上げた。
「えっ……まぁ、うちは別に、構いませんけど……」
「あーっ! そういうことなら私達もしっかり応援しなきゃ!」
 理沙が妙に張り切った声を上げて、勢い良く優希に迫ってきた。この手のイベントにはすっかり慣れっことなっている理沙が、ここが自分の出番だと咄嗟に心得ての申し出であった。
 だが、セレスティアは呆れるばかりである。
「んもう、理沙ったら……これは見世物じゃないのですわよ。野球と一緒にしてしまったら、イーライさんやブランダルさんに失礼ですわ」
「良いじゃん、良いじゃん。固いこと、いいっこ無しだって!」
 一部の間で変な方向に話が進み始めているが、リカインと天音、ブルーズの三人は、天音のHCに取り込んである皿一文字事件の調査ファイルを覗き込み、レックスフット対策を立てるべく額を突き合わせていた。
「問題は、レックスフットが今、どこに居るか、というところだね」
 天音の声に、リカインは渋い表情ながらも、ある種の確信を得た様子で小さくかぶりを振った。
「それなら心配しないで。うちの男連中に、マーヴェラス・デベロップメント社のエージェントと接触取るよういってあるから。あの会社なら、大抵のことは知ってる筈よ」
 具体的には、オブジェクティブ対策部門の現場責任者であるジェイク・ギブソン、通称エージェント・ギブソンと呼ばれる人物との接触を取らせているのだという。
「エージェント・ギブソン、か……いずれ僕達も、正式に顔繋ぎしておかないといけないだろうね」
「そうなれば、山葉校長の手を煩わせることもなくなるって訳か」
 天音とブルーズが新たなコネの入手に関して意見を交えさせていると、いきなりリナリエッタが振り向いてきて、両の瞳を爛々と輝かせている。
「エージェント・ギブソン? 何だか、とってもイケメンっぽい響きのお名前じゃない? ねぇ、良かったら私にも引き合わせてくれないかしら? どんなひとなの?」
「まぁ……イケメンっちゃあイケメンかもね。私達より、ひと回り近く年上っぽいけど」
 リカインの応えに、しかしリナリエッタは逆に意欲を掻き立てられている様子であった。経験豊富なイケメン中年男性は、リナリエッタのストライクゾーンからは外れていない。
「いやぁん! もう、楽しみだわぁ!」
 最早、何の話をしに来ているのか、よく分からない。