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【第一話】動き出す“蛍”

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【第一話】動き出す“蛍”

リアクション

『了解。俺の相手はホーミングミサイルか』
 眼下で滂沱の如く発射されていく無数のミサイルの群をレーダーで捉えながら、庚はカメラアイからの風景を映し出すモニターを見据えた。ちょうど上空から迫ってくるソルティミラージュの存在に気づいた敵機が両肩部のミサイルポッドを開き、ホーミングミサイルの群を発射したところだ。
『ハル、あのミサイルはエナジーバーストのバリアで防げそうか?』
『ん〜ちょっと待って……エナジーバーストの最大出力でも正面突破できるのはさっきのバラバラになるミサイルの小さいやつだけだよ。少なくとも、あのウネウネ曲がるミサイルはエナジーバースト中でもぶつかったらヤバいかも……』
 庚の問いかけに少女の声が答える。その声の主こそソルティミラージュのサブパイロットであるハルだ。
『そうか……なら避けるだけだ……ッ!』
 静かな声ながらも凄まじい気合を感じさせる庚の雄叫びとともに、ソルティミラージュは更なる上空へ向けて飛翔を開始した。背面の推進機構の出力を引き上げ、一気に高高度まで上昇する。
 当然ながらホーミングミサイルの群はそれに反応し、敵機の前方で全弾が一斉に先端を上げ、ソルティミラージュを迎え撃つように急上昇を始めていく。通信回線がオンになりっぱなしだったからなのだろう。ミサイルが軌道を変えたのに反応して、ソルティミラージュのコクピットで自機がロックオンされたことをパイロットに知らせるアラート音が大量のミサイルの数だけ一斉に鳴り響いたのが03小隊の通信帯域すべてに聞こえてくる。
『お、お、おおお……追ってきたよっ!』
 次いで聞こえるのは驚きと狼狽が重なっているハルの声。
 それをかき消すように大量のミサイルがたてる騒がしいまでの豪快な噴射音がスピーカーを通じて各機のコクピットを震わせる。
『問題ねぇよ。全部避けりゃあ済む話だッ!』
 咆哮する獣のように吠える庚の声とともに、ソルティミラージュは更に推進機構の出力を引き上げ、最大パワーまで上昇させると、現行機の中でも最速部類に入るであろう圧倒的なスピードで更なる高度へと上昇していく。
 だがホーミングミサイル群もさるもの。まるで糸のように噴射口から噴煙を引きながらも全弾が一発も欠かすことなく追ってくる。
 上昇を続けるソルティミラージュにホーミングミサイル群が距離を詰め、着弾の寸前まで追い詰める。それに対しソルティミラージュは、上方向に向けた直線軌道での飛行から一転、横方向への高速飛行へと唐突に軌道を変える。
 しかしながら相手はホーミングミサイル。その程度の軌道変更などものともせずに自分たちも即座に軌道を変え、一発も脱落することなく追ってくる。
 ソルティミラージュは速度を維持したまま180度ターン。手にしたビームアサルトライフルの銃口を群れを成して向かってくるホーミングミサイルたちに向けて構える。
 密集しているホーミングミサイルたちに向け、ソルティミラージュがビームアサルトライフルのトリガーを引いた瞬間だった。可能性としては、発射時に銃口部分に発生したエネルギーを内蔵されたセンサーで感知したのだろう。今まで足並みをそろえて飛んでいたホーミングミサイルの群は一斉に散開してビームアサルトライフルの銃撃を回避すると、各々が異なった軌道で飛び始め、多方向からソルティーミラージュを撃墜せんと殺到する。
『随分お利口なミサイルだな……!』
 歯噛みしながら言う庚の声には、心なしか焦りの色も感じ取れる。一方のホーミングミサイルたちはそんなことなどお構いなしにソルティーミラージュへ向けて着々と距離を詰めてくる。
 まずソルティミラージュに最接近したのは、ビームアサルトライフルの銃撃にもさほど軌道を変えずに、直線軌道を維持しながら飛んでいるミサイル群だ。
 前方から『面』の制圧をかけてくるミサイル群をソルティミラージュは横方向へのマニューバで回避しようとする。だがしかし、先程散開した際に別れたホーミングミサイルの一団が抜群のタイミングで合流してくる。その一団を形成するジグザグの変則的な軌道を描いて飛び、左右からソルティミラージュに迫ってくる。飛行軌道こそ滅茶苦茶だが、左右に描くジグザグ軌道は思いのほか広範囲をカバーすることに成功しており、ソルティミラージュに残されていた左右への退路を完全に奪っていた。
 前方と左右を押さえられたソルティミラージュは次なる退路として更なる高度へと上昇を図る。しかしながら、その退路にも既に別のホーミングミサイル群が迫っていた。あたかもソルティミラージュの機動を先読みしたかのように頭上と更には背後にまで回り込んだその一団は、まるで振り下ろされる鉄槌の数々のようにソルティミラージュを追い詰める。
 已む無くソルティミラージュは残された最後の退路――下方向への垂直急降下を開始する。推進機構のフル稼働に加え、重力による加速も上乗せされ、凄まじい速度で飛行するソルティミラージュ。しかし、これほどの速度で飛んでいる以上、行き止まり……即ち、地上への激突はすぐそこだ。だからといって速度を少しでも落とそうものなら多方面から肉薄してくるミサイルに追いつかれて終わりだ。
 今度は被ロックオンや接近警報だけでなく、高度センサーもアラートを鳴らしているようだ。相変わらず入りっぱなしになっているソルティミラージュの通信回線はそうした諸々の警告音が無数に重なり合って大合唱となっているのを通信帯域へと余すことなく垂れ流していた。
 途中、幾度となくソルティミラージュが小刻みに方向や軌道を変えてミサイル群を振り切ろうとするも、数々のミサイルは一発も置いて行かれることなく追従してくる。先程、ホーミングミサイル群を形成するうちの一団がしたように、ソルティミラージュもジグザグの軌道を描いて飛行するが、それでもミサイル群は全てが揃った状態で追ってきた。
 上下左右へと巧みに軌道を変えながら飛行しつつ、高度を回復しようとするソルティミラージュだったが、凄まじい執念深さのホーミングミサイル群の前に、次第に地表へと追い詰められていく。
 遠くに見えた地表が、ほんの数秒も経たないうちに、すぐ眼前まで迫りつつある状況の中、ソルティミラージュは急降下を続けながら推進機構からの放出を微調整し、バレルロールで機体の向きだけを変える。一転して背中を地表に向けた飛行姿勢に変わったソルティミラージュの姿は、傍目にはまるで仰向けで落下しているようにも見える。
 重力による加速で更に落下を続けた末にソルティミラージュへと遂に地表激突の瞬間が訪れる。だが、ソルティミラージュは激突の0コンマ数秒前に推進機構からエネルギーを全力で噴射。地表と接触するギリギリのタイミングで急制動をかけたばかりか、その勢いを副次的に利用して仰向けの姿勢から跳ね起きるように直立の姿勢へと力技で姿勢を変更する。
 この急激な方向転換の影響をもろに受けたのが、ソルティミラージュを追尾していたホーミングミサイルたちだ。直線軌道を維持する傾向のあったミサイルたちはソルティミラージュの急激な方向転換に対応しきれず、そのまま地表へと激突して次々に爆発する。ジグザグ軌道が持ち味のミサイルと、先回りが特徴のミサイルたちは何とか標的の方向転換にも対応し、地表激突寸前で方向転換をかけて追従を続行するが、その為に行った旋回軌道が命取りとなった。
『いくらお利口でも……旋回中は避けられねぇよなぁ……!』
 通信帯域を庚の声が流れると同時、ソルティミラージュは直立姿勢で構えたビームアサルトライフルのトリガーを引いた。武器を構えたままソルティミラージュは背面の推進機構を噴射し、機体をコマのように回転させることで、ビーム光を周囲360度へとまんべんなく掃射するに乱射していく。旋回中のホーミングミサイル群に向けて乱射したビーム光は残存していたミサイルを次々と撃墜していく。
 結果的にに、ただの一発もホーミングミサイルを被弾しなかったソルティミラージュ。だがしかし、機体を酷使する短時間での連続ハイマニューバに加え、そう離れていない距離でミサイルを多数撃墜したことによる爆発の余波を受け、そのダメージは決して小さくない。むしろ、ハイマニューバを繰り返し、エネルギーを大量に消耗した今のソルティミラージュでは、大量の爆風を急速な機動で避けることも、爆風を防ぐのに十分なバリアを張ることもできなかったのだ。
『……ク……ソッ……こ……いつ……は……予……想以上……の……衝……』
 再び通信帯域を流れる庚の声は途切れ途切れだった。どうやら、ソルティミラージュの機体自体に何らかの不具合が発生しているらしく、その関係で通信機も不具合を起こしているようだ。
「庚機、応答されたし! 繰り返す! 庚機、応答されたし!」
 取り乱す寸前の剣幕で通信機にに向けて白竜が叫ぶも、ソルティミラージュからの返信はない。
「白竜、こっちもヤバいぜ……!」
 自分を落ち着けるべく深呼吸していた白竜に、隣のシートから羅儀が告げる。
 モニターに届いたカメラアイからの映像の中では、敵機が両肩部、両腰部、両脚部のミサイルポッド、そして胸部のハッチを開き、更には手に持っていたアンチマテリアルライフルを構えていたのだ。
『隊長……どうするよ!』
 慌てたように入る黒月からの通信。咄嗟に白竜はマイクに向けて叫んだ。
「総員、敵機射線より退避! 付近の建造物等を利用し遮蔽を確保してください!」
 白竜がそう叫んだ直後、敵機の有する重火器が一斉に火を吹いた。弾薬の無駄遣いも全く厭う気配を見せず、それどころか狙いもろくにつけず、圧倒的な火力に任せて滅茶苦茶にただひたすらに撃ちまくる。
 敵機の一斉射撃を受け、まるで自然災害の直撃を受けたかのように施設が破壊されていく。
『おいおい……こんな壁で大丈……うぁぁぁ! ――……』
 黒月からの通信は途中で途切れた政敏のその声を最後に途絶えた。
『なんて射程距離なの……! ミサイルがこんな距離にまで……小さくバラけたミサイルの何発かは超電磁バリアで防げるから、残りは機体の機動性で避けて――それでも避けきれない分は……あたし自身の手で撃ち落とすッ!』
 施設を通り越し、遠方の荒野まで飛んで行ったミサイルはグレイゴースト?にも牙をむいたようだ。最小単位まで分離した多弾頭ミサイルを超電磁バリアでしのぎ、あるいはグレイゴースト?の機動性を活かした緊急回避で避け、残るホーミングミサイルをローザマリアは卓越した精密狙撃の腕を頼りにスナイパーライフルで撃ち落としていた。
 高速で飛来するミサイルを次々と撃ち落とす――もはやローザマリアの腕は超人技だ。
 それに驚嘆と感嘆を禁じ得ない白竜だったが、唐突に何かに気づいたのか、マイクに向けて叫ぶ。
「いけない……! 敵の罠です! ただちにそこから退――」
 しかし、白竜が警告を発するよりも早く、超弩級の轟音が三連発で鳴り響く。敵機のアンチマテリアルライフルが三連射で火を吹いたのだ。
『……ッ! これは……カウンター……スナイプ……迂――……』
 三連発の轟音の残響が消え入らないうち、グレイゴースト?から届いたその声を最後にローザマリアからの通信も途絶える。
 そして、敵機のアンチマテリアルライフルから三発の巨大な薬莢が排出されたのと重なるタイミングで、グレイゴースト?の機体反応を表すシグナルもロスト――消失した。
 敵機はあえて弾薬の無駄遣いを厭わずにミサイルを広範囲へと無差別に散布し、隠れていた標的――グレイゴースト?に自機へと迫るミサイルにわざと対処させることで、バリアに激突して爆発させられたミサイルや迎撃により撃墜されたミサイルの分布地点からグレイゴースト?の潜伏位置を割り出し、更にはグレイゴースト?が卓越した機動性で避けてくることを予測し、動きを先読みした上であたかもライフル弾を回避進路上に設置するかのように撃つ――さながら射撃の先回りをやってのけたのだ。
 まるで、長いこと戦場で戦い抜いてきた人間――歴戦の古参兵だからこそできる柔軟な発想と鍛え抜かれたコンピュータによる計算すら上回る超々高精度の勘による、咄嗟の機転と精密射撃。まさに相手の心理の裏をかいた奇策にして、命懸けの激戦の中で鍛えられた達人のみに可能な絶技であった。
「グレイゴースト?……シグナルロスト……!」
 血を吐くような声で言う白竜に、同じく血を吐くような声で羅儀が言う。
「俺らもここまで……かも……しれないぜ……」
 友軍機はもとより、枳首蛇自体の機体状況も危険域に達しつつあった。羅儀の巧みな操縦技術でマイクロミサイルやアンチマテリアルライフル弾は避けているものの、胸部のガトリングガンによる二門の掃射はすべて避けきれず、機銃弾一発一発による小さなダメージが積み重なっていたのだ。
 装甲は少しずつ剥がされていき、機体各所に散在する機関部も幾つかが既に撃ち抜かれている。やがて自機の被害状況がもう無視できないレベルにまで達したのか、コクピット内をアラート音が埋め尽くす。
 圧倒的火力を前に攻撃を仕掛けてくる敵機。
 果たして教導団の兵士と救援に駆け付けた者たちは、どう戦うのか――。