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【第一話】動き出す“蛍”

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【第一話】動き出す“蛍”

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 時を同じくして、光龍とスマラクトヴォルケが敵機へと立ち向かっている場所から少し離れた場所に、四人の教導団員が到着していた。
 隊長の三船 敬一(みふね・けいいち)以下白河 淋(しらかわ・りん)コンスタンティヌス・ドラガセス(こんすたんてぃぬす・どらがせす)、そしてレギーナ・エアハルト(れぎーな・えあはると)の四名からなるパワードスーツ隊――カタクラフト隊である。彼等は重装騎兵の名を持つパワードスーツ――カタフラクトを運用することで有名だ。
 レギーナの運転するパワードスーツ隊輸送車両の前に陣取り、既にパワードスーツを装着した残る三名は光龍とスマラクトヴォルケの二機と未確認機が激しい戦いを繰り広げている戦場を油断なく見据えていた。
「これより俺たちカタクラフト隊は朝霧機および月島機の援護に向かう」
 歴戦のベテラン兵らしく威厳に満ちた声で敬一は三船隊の仲間へと指示を出していく。
「一撃で隊員が全員戦闘不能になることを避けるため、戦闘中はお互いに固まらず、単独で移動しろ。単独行動中も、隊員同士の連絡を密にし、単体ではなく一つの集団として機能するようにしておけ」
 そこで一度言葉を切ると、敬一はあえて溜めてから言い放った。
「相手がどれほど強力だろうと、味方機との連携を取って行けば、勝機はあるはずだ……! 小兵の攪乱戦術をあのデカブツに味あわせてやる!」
 敬一に続き、今度は淋が口を開く。
「動きを止めず、地形全てを利用すれば、きっと……!」
 それに同調するように、コンスタンティヌスが大きく頷いた。
「うむ。城塞の如く重装……だが、付け入る隙はあろう――」
 淋の言葉に賛意を示した後、コンスタンティヌスは思慮深い語り口調で仲間たちへと語りかけた。
「しかし、一つ気になることがある――敵の偶像…装甲に覆われた、正に城塞とも言うべき姿だが、装甲が全身を覆っているのであれば、甲冑を着込んだ騎士と同じく内部に熱が溜まっているのであろうな……であれば、放熱板を探し破壊するのが常道というものだが……果たして、そのような構造上分かり切っている弱点をそのまま放置しておくものであろうか? ……もしかしたら内部に溜まった熱をそのまま攻撃か防御に転用できる術を持っているのかもしれないな……」
 端々に自然と思慮深さの滲み出る声でそう語りかけた後、コンスタンティヌスは仲間たちへと静かな声音で言い聞かせる。
「戦闘中は敵の動きを注意深く観察せねばなるまい。あれだけの巨躯を動かす過程で生まれた熱量だ。もし、攻撃に使われたとなると、その威力は想像を絶するものであろうな――」
 コンスタンティヌスの見立てに思わず戦慄する三船隊。思わず全員が一様に黙り込んでしまった中で、いち早く口を開いたのは、レギーナだった。
「今のところ、遠距離に対応した武装は見当たりませんが、注意しておかなくてはいけませんね……しかし、こうも連続して襲撃が起こるとは……嫌な予感がします」
 PP!
 レギーナがそう呟いた直後のことだった。カタクラフト隊の擁するイコン輸送車両に搭載されたコンピュータがビープ音を鳴らしてアラートを告げる。味方機の搭載コンピュータと連動して戦況をモニタリングしていた輸送車両のコンピュータが何かを感知したらしい。
 すぐさまモニターに目を走らせたレギーナは焦燥を抑えながら、隊長である敬一へと告げた。
「味方機の被害拡大……! 敵機からの近接攻撃で朝霧機が動力源を損傷した模様です! それにより朝霧機は現在も大幅に出力低下中!」
 それに対し、敬一は冷静に応える。
「了解。確か輸送車に積んであったパワードスーツ用の予備パーツの中にはバッテリーもあった筈だ。大型のタイプならばイコンにも流用できるだろう」
 その一言を受けて、既にレギーナは輸送車の運転席でキーボードに指を走らせていた。すぐさま表示された積載物品の一覧表を高速でスクロールさせた後にとある一点で止め、レギーナは叫ぶように言う。
「大型のバッテリー……一機ありました! 確認した所、規格が共通する箇所が多数存在するようで、簡単な配線で十分に流用は可能なようです!」
 レギーナからの報告に頷くと、敬一は淋とコンスタンティヌスの顔を順繰りに見据えた後、落ち着き払った声で言い放つ。
「味方イコンが撃墜された場合も救助を優先――当初の予定に基づき、作戦内容を一部変更だ。俺はこれより大型バッテリーを持って朝霧機の応急修理に向かう。淋とコンスタンティヌスは応急修理が完了するまでの間、敵機をかく乱して注意を引き付けてくれ」
 それを聞き、仲間たちは三人ともが敬一を止めにかかる。
「ちょっと……いくらなんでも危険すぎます!」
「淋殿の申す通りぞ。偶像同士の熾烈な戦いの渦中において足を止め、修理を行うなど無謀の極致。どうか再考なされよ」
「そうですよ。イコン同士の周囲で、しかも何とか動き回れる二人はともかく……一番巻き添えを食う場所でまったく動けない状態でもし巻き込まれでもしたら――」
 声音の一つ一つ、言葉の一つ一つにも隊長である敬一を心の底から心配していることが伺える仲間たちからの制止。しかし、それでも敬一は断固として譲らず、トラックの荷台から大型のバッテリーを担ぎ上げ、更にはパワードスーツのハードポイントの工具箱をマウントする。
「敵機の性能が当初の予想をはるかに上回る以上、友軍各機の連携が必要不可欠だ。その為にも、朝霧機をここで無力化させるわけにはいかない」
 そう告げ、バッテリーと工具箱を持って一歩踏み出そうとする敬一の背中に再び淋とコンスタンティヌスからの制止の言葉がかかる。
「なら、私たちも一緒に!」
「左様。我も工兵としては微力ながら、可能な限り助力致そう」
 すると敬一は振り返らず、ただ一言を即座に返すのみだ。
「駄目だ」
「どうして!?」
「何故ぞ!?」
 その返事に思わず食って掛からんばかりに問い詰める凛とコンスタンティヌス。やはり振り返らずに敬一は、二人に向けて諭すように告げる。
「確かに、お前たちの協力があれば修理は速く済むだろう。だが、敵機が修理を待ってくれるのか? 仮に俺たちの事は無視してくれたとして、月島機はどうなる? お前たちに陽動を任せたのは、何も俺や朝霧機の為だけじゃない。お前たちが敵機の注意を引き、月島機への攻撃を止めさせ、あわよくばそのまま月島機から引き離すことが目的だからだ。こうしている間にも月島機は敵機撃破の要となるメインウェポンの一つを破壊されようとしている。あのパイルバンカーが使用不能に陥れば、月島機自体は勿論、俺たち友軍全体の戦力低下に繋がる――それを未然に防ぐ為にも、お前たちには陽動に徹し、敵機の注意を引き付けてもらいたい。頼む……わかってくれ」
 真摯な言葉で訴える敬一の意を汲み、ついぞ淋とコンスタンティヌスは納得する。
「わかりました。でも……約束してください。くれぐれもご無理はなさらないと」
「承知仕った。敬一殿のご武運をお祈り致す」
 淋とコンスタンティヌスの二人は敬一に最敬礼すると、各々のパワードスーツのハードポイントに装備された武器を手に、今もイコン同士が熾烈な戦いを繰り広げる戦場へと踏み出していく。
 それを追って戦場へと繰り出した淋とコンスタンティヌスも即座に敵機へと攻撃を開始する。
 ワイアクローを使用した立体機動を心がけ、敵機が暴れまわった結果出来た瓦礫の間といった隙間をイコンでは有り得ない圧倒的な小ささを生かし、すり抜けられる所はすり抜けて移動することで敵機よりも格段に優れた小回りの利く機動性を見せつける淋。彼女はそのままパワードスーツのハードポイントにマウントされていた武器――パンツァーファウストを構えた。
 兎にも角にも、相手にこちらの位置を掴ませないように動きまわり、撹乱し、常に思いもよらない位置から攻撃することを常に意識しながら淋はパンツァーファウストの安全ピンを抜いてその先端を敵機に向け、射撃体勢へと移行する。
 攻撃時は基本的に可動部分を狙った狙撃するつもりでいた淋だが、敵も愚かではなく、加えてこの敵機も重装甲を売りにしているだけのことはあり、可動部もきっちりと装甲で覆われていたのだ。
 可動部分も装甲で覆われていたら、パンツァーファウストで装甲の破壊を試みるつもりだった淋は、この時とばかりに用意しておいたこの武器を構えたのだ。
 狙いをつけ終えると同時、淋は躊躇なくパンツァーファウストを発射する。しかし、光龍とスマラクトヴォルケの重火器による同時攻撃をを正面から浴びるように受け続けても平然としていた敵機は、対戦車兵器であるパンツァーファウストに対しても特に損害を受けた様子はない。
「……!」
 思わず淋は悔しげに歯噛みする。だがしかし、彼女のこの攻撃が全くの無駄だったわけでは決してない――。
 今の一撃で淋たちカタクラフト隊の存在に気づいた敵機は、スマラクトヴォルケの右腕を捻っていた手を放すと、関節技をかけていたのを邪魔されたのことに怒ったかのように標的を淋へと変えて襲ってきた。敬一の意図した通り、淋による援護攻撃によってスマラクトヴォルケは救われたのだ。
 一方、淋はパワードスーツのサイズと小回りの利く機動性を活かして必死に敵機から逃げ回っていた。
 たとえ高出力の機体パワーと背面ブースターがあるとはいえ、やはり敵機は重装甲特化の機体。その動きは鈍重で、自分の足元を逃げ回る淋を未だ捕捉できずにいた。重厚な脚部装甲に覆われた脚をまるで鉄槌のごとく振り下ろし、淋を踏み潰そうとするも、淋は危機一髪のタイミングでそれを回避していく。敵機が幾度となく足踏みを繰り返すせいで、施設一帯は凄まじい地響きに見舞われ続け、アスファルトの舗装面にはクレーターが量産される。
 一向に踏み潰せない淋に業を煮やしたのか、敵機は戦術を変えた。ガントレットに覆われた剛腕で施設の建物を殴り、瓦礫となった鉄筋コンクリートの一部を掴むと、それを投石の要領で淋へと投げつけたのだ。
 パワー重視の設計がされた機体から投じられた鉄筋コンクリート塊は、もはや砲弾――いや、さながらレールガンのような速度で淋へと迫る。咄嗟の反応で直撃こそ避けたものの、つぶてがパワードスーツの胴部装甲をかすめた淋は、その衝撃で激しく吹っ飛ばされる。
 吹っ飛ばされて路面を転がり、倒れる淋。動きが止まった彼女に起き上がる暇を与えまいと、敵機は再び彼女を踏み潰しにかかった。
「させぬ!」
 その危機を救ったのはコンスタンティヌスだった。別方向から敵機へとかく乱を兼ねた攻撃を繰り返していた彼は淋の窮状を見て取るや全速力で疾走し、彼女を抱え上げてその場から離脱を試みる。とはいえ、淋もパワードスーツを装着している以上、その重さは常人の比ではない。その様相は淋を抱え上げてというより、彼女に肩を貸してその場から動こうとするといった方が正しいだろう。
「コンスタンティヌスさん……! 無茶です……! 私は置いてここから離脱してください!」
 泣き出しそうな声で言う淋をコンスタンティヌスは毅然とした声で一蹴した。
「敬一殿はまだ朝霧機を修理中だ。ゆえにまだ我等の戦いは終わっておらぬ。敬一殿の修理が終わるまでカタクラフト隊の一員として、敬一殿の友として、この場を死守すると誓ったのだ。その為にも淋殿の力は不可欠」
 更にコンスタンティヌスは誇り高く宣言するように淋、ひいては戦場すべてに向けて言い放つ。
「それだけではない、我が身可愛さにまだ戦える仲間を見捨てて己だけが逃げ出すなど、兵の命を預かる将たる皇帝としても、そして一介の騎士としても末代までの恥晒し。それに忘れるな、得難い仲間たる淋殿も、このパラミタに生きる文民同様に我の守るべき者――双頭の鷲の名に賭けて!! こんな所で死なせはせぬ!!!」
 最後の最後――その瞬間が訪れるその時まで、コンスタンティヌスは諦めることなく全霊の力を全身に込め、淋を連れ出そうとする。だが、そんな二人を嘲笑うかのように、敵機の脚が迫る。

「勇気ある者たちよ、その素晴らしき勇気と友情に敬意を表し、この戦い……及ばずながら私も力を貸そう――」
 
 朗々と響き渡る男の声。だが、その声の主と思しき者の姿はどこにも見当たらない。
 驚愕と同時に困惑する教導団員たち。そんな中、何かを察知した様子でレギーナが仲間たちへと通信を入れた。声の間に軽快なタイプ音が混ざるのは、輸送車に取り付けられたレーダーからのデータを捌いているからだろう。
『所属不明の巨大移動物体が物凄いスピードでこちらに接近しています。 推定されるサイズは……に、20メートル!?』
 算出されたその驚くべきサイズに、通信機の向こうでレギーナの声が上ずった。十メートル級が殆どのイコンですら十分に巨体なのだ。二十メートルともなれば、イコンの倍はある巨体ということになる。しかも超高速で接近しているというのだから、レギーナが驚愕に声を震わせるのも無理からぬことだ。それを境にタイプ音が不規則になったのは、驚きで手が震えているからだろうか。
 その後、レギーナの声は更なる驚愕に震えることになる。
「教導団施設を襲っての乱暴狼藉の数々! 見逃すわけにはいかん!」
 空の彼方から飛来したのは黄金色に輝く鎧を纏った鋼鉄の巨人――まさにそんな姿をした機体だった。
 先程からの声の主はその機体のようで、威風堂々とした態度で戦場すべてに響かんばかりの声を張り上げ、名乗りを上げる。
「私は蒼空戦士ハーティオン! そして我が仲間たる龍心機 ドラゴランダー(りゅうじんき・どらごらんだー)、そして龍帝機キングドラグーン! ここに参上! 傍若無人に悪逆非道の限りを尽くす狼藉者め、私たちが相手だ! 覚悟しろ――正々堂々、勝負!」
 威風堂々とした口上を戦場に響かせ、コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)は件の機体で戦場の中心へと飛来する。
『なんだありゃあぁぁぁっっ!? アレもイコンなのかっ!?』
 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった垂の叫びが通信帯域にこだまする。彼女のように叫んでこそいないものの、彼女だけではなく他の教導団員たちも内心同じ気持ちだった。
 皆が一様に唖然とする中、グレート・ドラゴハーティオンは地上へと飛び降り立った。
「仲間の危機を見過ごすわけにはいかん! 待っていろ! 今、助ける!」
 降り立ったハーティオンはその腕力を活かしてコンスタンティヌスに協力し、パワードスーツを装備した淋を安全圏まで連れ出すことに成功する。淋とコンスタンティヌスからすれば、敵機に踏み潰されそうになった所をグレート・ドラゴハーティオンの介入に助けられた形だ。
 グレート・ドラゴハーティオンは淋たちを助けた後、敵機へと向き直ると、先程と同じく威風堂々とした態度で朗々と名乗りを上げ、まるで見得を切るように武器を構える。
「黄龍合体! グレート・ドラゴハーティオン!! 心の光に導かれ、勇気と共にここに見参!!!」
 黄金の鎧を纏い、青空に輝く太陽からの光を受けて輝く鋼鉄の巨人。
 ここに新たな蒼空戦士が参上した。
 その名も――黄龍合体グレート・ドラゴハーティオン
『は、はは、ははは……なんかもう、わけわかんねえ……やっぱアレも……イコンなのかよ……』
 予想も想像も遥かに超える驚愕につぐ驚愕で、もはや声を上げる気力すらも残っていないのか、垂は乾いた笑い声を上げるだけだ。
 そんな彼女の疑問に答えるように、スマラクトヴォルケから悠の通信が割り込んだ。
『聞いたことがある。正義の為に戦う戦士が……蒼空学園にいると――』