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【第一話】動き出す“蛍”

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【第一話】動き出す“蛍”

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 敬意、信頼、そして友情――仲間たちからの思いを受け取り、唯斗の心に熱いものが湧き上がる。やがてそれは心に溢れ、唯斗は感無量の思いで通信機へと告げた。
『皆……感謝します』
 仲間への心からの感謝を礼の言葉に乗せて伝えると、次いで唯斗はエクスへと問いかけた。
「エクス……言うまでもないがこの勝負、明確な勝算は無い。むしろ、全力をぶつけて相打ちにさえ持ち込めれば御の字だろう。この一騎打ちは俺の私情による戦いのようなものだ。俺の私情に付き合ってお前まで死ぬことはない――だから、ここでこの機体から降りてくれて構わない。でももし、俺と共に征くのも良いと思うなら……もう少し、付き合ってくれるか?」
 するとエクスは相変わらず気位が高そうな声で、憮然としているようにも聞こえる声で唯斗からの問いかけに答える。
「何を今更、とんだ愚問だな。妾とお主は一蓮托生。契約が一度結ばれた時からもはや望むと望まざるとに関わらずだ。ならば、ここで改めて妾に問うまでもなかろう? それにこの魂剛は他の者共が駆る鬼鎧と同じく、一蓮托生の契りを結んだ者が二人揃わなければ真の力は発揮できぬ代物。よもや知らなかったとは言わせぬ。真の力を発揮できぬ鬼鎧を駆るつもりでありながら、何が『全力をぶつけて』だ? 笑わせるな」
「……エクス」
 憮然としているようでいて温かい言葉をエクスから貰い、唯斗は再び感極まる思いだ。その言葉で迷いが吹っ切れたのか、唯斗は一部たりとも曇りの無い表情になってエクスに語りかける。
「征くぞエクス。紫月唯斗、エクス・シュペルティア、そして魂剛。一世一代の大勝負だ!」
 雄叫びを上げる唯斗に呼応し、魂剛も雄々しい動作で鬼刀を構える。
「唯斗、ひとたび立ち合いが始まれば妾は一切口を挟まん。お主を信じ、すべてを任せるつもりだ。だから、今ここで伝えておこう。奴の太刀筋……先程から気になっていたが、どこかで見たような気がしてならぬ。よもや妾の知る流派ではないと思うたが、念の為記憶の糸を手繰った結果、どうやらそのよもやらしい。つい先ほど、記憶の底から浚い出し終えた――奴の太刀筋は葦原明倫館で見たことがあるやもしれん」
 その一言に唯斗は驚きを隠せない。絶句する彼にエクスは更に告げた。
「おそらく葦原島に伝わる古流剣術――とはいえ、葦原島には剣術だけでも無数の流派がある故、一概に何処の太刀筋であると断じるのは早計だろう。一考の価値は大いにあるが、それに固執し過ぎるものでもあるまい。ましてや、今は立ち合いの前。心の片隅にでも留めおいてくれれば良い」
 絶句するほどの驚きを見せる唯斗に冷静なアドバイスを授けるエクス。そのおかげで唯斗もすぐに平静を取り戻したようだ。
「ああ。あの剣術がどこの流派か……それは生き残った後でいくらでも考えられる。それよりも、今は――」
 再び唯斗が精神を集中し始めるのを見て取ったエクスは、それよりも早く口を開いた。集中が始まってからでは、またも彼の精神統一に水を差してしまう。エクスにとって、それだけは何としても避けなければならなかった。
「済まぬ、唯斗。もう一つだけ留め置いてくれ。先程から幾合となく打ち合っているうちに感じたのだが……もしかすると、奴は隻眼なのやもしれん。実際、左方からの攻めに対しては正面および右方よりの攻めと比してほんの刹那ではあるが反応が遅れていた上、返しも精細さをごく僅かにではあるが欠いていた。正々堂々の尋常なる真剣勝負でありながら、相手の弱点に付け込むような真似はしたくはなかろう。お主が望むなら、聞かなかった事にしてくれて構わん」
 控えめにそう付け加えるエクスに向けて、唯斗は静かに首を振った。
「いや。実に役に立った、感謝する。小さく、朧ではあるが……おかげで光明も活路も見えてきた」
 精神統一を終え、もはや完全に平静を取り戻した唯斗は魂剛に鬼刀を構えさせると、今まで溜め込んでいたエネルギーを一気に大量放出する。
 エナジーバーストを引き起こした魂剛の機体エネルギーは、その効果によるエネルギーフィールドを鬼刀を含む全身に発生させた。唯斗はこうして発生させたエネルギーフィールドで鬼刀の刀身を覆い、疑似的なエネルギーコーティングとして使用するつもりのようだ。同じ巨大な剣でありながら、敵機の持つ剣は高速振動の斬れ味に加えてビーム光のコーティングも施されている。この剣と互角に打ち合うには、自らも同じく強力なエネルギーで剣を覆う必要があるのだ。
 エナジーバーストの爆音が空の彼方までも残響して行った後、敵機が構える大太刀の刀身を覆っていたビーム光がゆっくりと消えていき、微塵の曇り一つなく磨き上げられた刀身があらわになる。
 思わず敵機の握る大太刀の刀身を凝視する唯斗。その直後、魂剛のコクピットのモニターにウィンドウがポップアップし、Seele―?のコクピットとそこに座るミルトの映像が表示された。
『唯斗兄貴、あの敵機……ビームコート機能を切っちゃったよ!』
 泡を食った様子で通信を入れてきたミルトは、次いで自分の言を裏付けるデータを送ってくる。それによれば、巧妙な偽装やステルス等の使用ではなく、本当に大太刀の刀身を覆うビームコーティングを切ってしまったらしい。
 それだけではない。先程からずっと辺りの空気を振るわせ続けていた、まるで耳鳴りのような甲高い長音――高速振動ブレードの放つ高周波もビームコーティングが消えるのに呼応するかのごとく収まっていき、やがて完全な静寂が訪れる。
『高速振動機能まで……!? 一体どうしてそんなこと!?』
 敵機がここまでの猛威を振るう存在足りえたのは、まるで生身の人間のような動きを可能とする機体性能とそれによって再現された人間同様の剣術があるがゆえであることは無論だが、それに加えて愛刀として振るう大太刀の刀身が高速振動ブレードとしての機能とビームコーティング機能を持つことが大きいのはもはや自明の理。だがしかし、敵機は自らその機能を二つとも停止させてしまったのだ。
 これら二つの機能は敵機にとって巨大なアドバンテージであるが、逆に言えば件の大太刀以外に武装を全く持たないこの機体にとってこれら二つの機能が制限されることはそれ即ち大幅な戦力ダウンに直結する。今までの戦い振りを見るに、敵機のパイロットは決して愚かではない。むしろ、戦において常に適切な判断を冷静に下し、それを同じく冷静に実行できるだけの優秀な兵士であることも自明である。ならばこそ、この状況において他ならぬ自らの手で自機の戦力を低下させるような判断をするなどとはミルトには思いもしなかったのだ。
 ましてや、優秀な兵士であることに加えて、唯斗が言うようにパイロットが『武人』であるならば、相手を見くびっての油断や、余裕を見せつけようと挑発などが理由であるとは到底思えない。ミルトにとって不可解極まりないこの行為は、いよいよもってミルトを混乱の極みへ誘おうとしていた。
 自主的なビームコーティングの解除に続き、意図的な高速振動の停止までも目の当たりにして輪をかけて泡を食うミルト。そんな彼は、敵機に続いて自らも同じく自主的に、エナジーバーストによるエネルギーフィールドで施した刀身のコーティングを解除する唯斗を見て、遂に混乱の極みへと達する。
『ゆ……唯斗兄貴までっ!? 何やってるんだい!? 一体全体、唯斗兄貴は自分が何をやってるかわかってるの!?』
 混乱の極みに達し、激しく泡を食ったミルトが口角泡を飛ばす勢いでまくしたてているのが、スピーカーから響く音声とモニターに表示される映像からありありと伝わってくる。だが、それとは対照的に唯斗はいつになく冷静だった。自分とは対照的にどこまでも取り乱すミルトを諭すように唯斗は諭すように彼へと言い聞かせ始める。
「やはりこのパイロットは本物の武人。一切の小細工を抜きにして、まさに己の技量のみで雌雄を決することを望んでいるんだ。ならば、俺がするべきことは只一つ。同じ武を求道する者として――全身全霊を以てそれに応えるのみッ!」
 完全にエネルギーコーティングを解いた鬼刀を構え直すと、唯斗が機外スピーカーを通して敵機に名乗り、エクスもそれに続いて名乗りを上げる。
「葦原明倫館陰陽科所属、紫月唯斗。推して参る!」
「妾はエクス! エクス・シュペルティア! 明日を切り開く剣である!」
 数多の戦士が見守る中、戦場に響き渡る二人の名乗り。それに対して敵機は大太刀を背部にマウントされた巨大な鞘に納刀すると、魂剛に向けて深々と一礼する。
 自らと同じく剣の斬れ味を補正するものをすべて断ち、ただ己の技量のみをもって雌雄を決することに応じた唯斗に対して、あたかも敬意を表するように。
 あるいは、威風堂々とした声も高らかに名を名乗った唯斗とエクスに対し、何某かの理由ゆえに声を上げて名乗れぬ無礼を償うかのように。
 敵機はできうる限り最大限の礼を持って、魂剛へと一礼した。
 プログラムに入力された動作でもなければ、ましてやAIが人間の動作を再現したものでもない。
 礼を学び、その学んだ礼をもって自らの確たる意志で、相手に礼を尽くすことを選んだ生身の人間だからこそできる本物の礼法。
 所作そのものは、簡素な一礼。
 しかしながら、本物の武人による、本物の礼法がそこにはあった。
 当然、唯斗とエクスもその礼に答えるべく、自分たちの学んできた礼法を執り行う。
 敵機と同じく魂剛の持つ鬼刀を納刀し、やはり同じく相手に向けて深々と一礼する。