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シャンバラ大荒野にほえろ!

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第一章

1 空京警察・前


「狐樹廊、本当に一人で行くの?」
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が心配そうに声をかけると、空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)が振り返ってちょっと顔をしかめた。
「調査程度で心配されるとは、少々心外なんですが」
「そういうんじゃなくて、ええと、むしろ相手が心配っていうか……」
 地祇として空京に危険が及ぶのは見逃しておけない、と言う狐樹廊に引きずられるように空京警察までやって来たのに、着いた途端に当の狐樹廊がリカインを置いて飛び出していこうと言うのだ。
 なんとなく、嫌な予感を感じるのも無理はない。
 警察の前であまり剣呑な会話はしづらいのか、困ったように言い淀むリカインに、狐樹廊がにこりと笑った。
「ああ、そういう意味ですか。大丈夫。一応、警察関係の依頼ですし、自重しますよ。あなたはここで連絡係でもやっててください」
 釈然としない顔をしていたリカインも、仕方ないというように肩をすくめて微笑んだ。
「わかった……狐樹廊がそう言うなら、任せるわ」
「では、お願いしますね」
 飛ぶような足取りであっという間に走り去る狐樹廊を見送って、リカインは軽く息をついた。
 ……もしかして、私を暴走させたくない、とか?
 ちらっとそう思ったが、あまり考えないことにする。
 そして、背後のオフィスを見上げて、つぶやいた。
「空京警察、か……」
 

2 空京警察・一係

 クロス・クロノス(くろす・くろのす)がやって来たとき、空京警察の中は予想以上に騒然としていた。捜査員らしいスーツの男たちが強張った表情で忙しそうに行き交い、オペレーターの声や電話の呼び出し音が、あちこちから聞こえてくる。
 受付けでも要領を得ず、散々待たされてようやく通された捜査一係の部屋は、予想外にがらんとして人気がなかった。
「えーと、お邪魔します……」
 今時珍しい手動のドアをそっと開けて、クロスはおずおずと声をかけた。
 ずらりと並んだデスクはすべて空だ。誰もいないのだろうか、と不審に思いながら中に踏み込む。
「西園寺の協力者の方ですね」
 ふいに返って来た声の方を振り返ると、部屋の奥、窓を背にしたのデスクのむこうに、人影があった。
「すみませんね、今、捜査員は全員出払っておりまして」
 胴回りに多少ボリュームのある恰幅のいいシルエットだが、立ち上がると意外に長身でスタイルは悪くない。
「はじめまして、係長のルートヴィヒ・シュトロンハイム・藤堂です」
「空京大学のクロス・クロノスです。西園寺さんも消息を絶たれたと伺って、捜索のお手伝いに参りました」
 慇懃な対応に少し驚きながら、クロスは丁寧に挨拶を返す。それから、すぐに本題に入った。
「さっそくですかけど、消息を絶たれる直前の西園寺さんの報告、確認させていただけますか」
「では、こちらに」
 藤堂は頷いて、レーダーや無線の並ぶコンソールに向かった。
「今、ウチの者はテロ警戒の捜査で手が離せない状態でね。私の立ち場で言うべきことではないのですが……ご助力、助かります」
 苦い微笑に複雑な心境を覗かせながら、署内の人員管理システムを起動する。それから、出入り口に一番近いデスクを指して、
「西園寺のデスクはあれですので、そちらもご自由に……と、失礼」
 藤堂のデスクの電話が、内線のコール音を響かせる。
「……俺だ」
 受話器を取って答え、二言三言やりとりをすると、受話器を戻してクロスを振り返る。
「皆さん、集まっていらしたようです。確認ができ次第お通しするので、協力して進めてください」
「わかりました。あの……藤堂さん」
 モニターに向かいかけて、席に戻った藤堂に声をかける。
「もしかして、受付で待たされてる間……私の身元とか、確認してました?」
 藤堂は軽く微笑むと、黙ってデスクの書類に目を落とした。