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All I Need Is Kill

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All I Need Is Kill

リアクション

 多くの契約者と言葉を重ねるうちに、ナタリーの気も紛れたのだろう。
 まだいささかの緊張は残るが、いつの間にか年相応の無邪気な笑顔を自然に浮かべていた。

「……そろそろ、聞いてもいいか」

 ナタリーを囲む契約者の輪の中で、ハイコドは誰にも聞こえないように呟くと、ナタリーに向けて一歩足を踏みだした。

「ナタリーちゃん。ちょっと教えて欲しいことがあるんだけど」
「? はい。なんでしょうか、ハイコドさん」
「……ナタリーちゃんは、シスターに何を頼まれたの?」
「へ? えーっと、ちょっと待ってくださいね」

 ナタリーはショルダーバッグから小さなメモ帳を取り出し、ペラペラと捲る。

「あ、あった。えーっと、『廃倉庫で人と会う』ことですね」

 廃倉庫とは、空京の外辺にあるもう使われていないぼろぼろの倉庫のこと。
 以前はどこかの企業が使っていたらしいが、その企業が倒産して以来放りっぱなしになっているのだ。

「廃倉庫? そんなところで誰と?」
「それは……教えてもらっていないです」

 しゅんと沈むナタリーに、ハイコドは少し考えるそぶりを見せてから、宥めるように優しく声をかけた。

「危ないよ。あそこ人通りも少ないし。それに最近、神隠しっていう連続誘拐事件が起こっているのは、ナタリーちゃんも知ってるよね?」
「……はい」
「それにさっきだって襲われて、危うく怪我しそうになったんだ。正直、行くべきじゃあないと思うけど?」
「で、でも! その、シスターが、初めて私を頼ってくれたんです!」

 ナタリーが突然発した大きな声に、ハイコドは目を丸くした。

(ナタリーは自ら覚悟をしているようだ。自分が危険なのを承知で決意をしているような)

 円はナタリーの言葉を聞きながら、思う。

(たぶん自分の為にでは無いんだろうなぁ。この子はそんな真っ直ぐな子に思える)

 だから、円は一つその小さな少女に質問をすることにした。

「なんで、そこまでシスターのために頑張るのかな? ……死ぬかもしれないのに怖くないの?」

 死、という単語を聞いたナタリーの身体が強張った。
 しかし、それでも少女は意思のこもった大きな瞳で円を見上げ、意を決して小さな唇を開いた。

「怖いです。考えるだけで身体が震えちゃいます。
 けど、シスターは、生まれたときから孤児で、教会に引き取られた私にとても良くしてくれて。
 ……でも、私はなにもお返しできなくて。そんなシスターが今日、初めて私に頼みごとをしてくれたんです」
「……だから、頑張るかな?」
「はい。シスターは今日、同じぐらい大切な用事があるのでそこには行けないそうです。
 だから、その。普段のお礼の代わりに大切なことを、シスターのためにしてあげたいんです!」

(子供らしいというか、純粋だというか。守ってあげたくなる子だね。……気に入ちゃった)

 ナタリーの気持ちのこもった言葉を聞いて、円はそう思い口を開いた。

「そう。なら、ボクは最悪体を張ってでも、キミが死なないよう努力しよう。
 でも、なんか一人で抱え込んでるようなその顔は止めておくといい。可愛いらしい顔が台無しだよ。
 ……これだけの仲間が集まっているんだ。今すぐじゃ無くていいから、一人で背負えなくなったら、相談してね」
「……そうですね」

 二人の傍に一雫 悲哀(ひとしずく・ひあい)も近寄り、優しく声をかける。

「人は理由なく人を傷つけます……。私は、それを身をもって知ってます。
 ナタリーさん。貴方がどうしてそうなっているかとかは、私には判りません。
 ですが……私は貴方を放っておく事はできません。だから、いつでも頼ってくださいね。ね? アイラン」
「んー? えっと、悲哀ちゃんはナタリーちゃんを助けたいの?」

 悲哀に呼ばれたアイラン・レイセン(あいらん・れいせん)は話をあまり聞いてなかったのか、首を傾げた。

「うーんと……。良く判んないけど判ったー! 悲哀ちゃんはナタリーちゃんを守るんならあたしもナタリーちゃんを守るー♪」

 底抜けの明るさでそう言うアイランを見て、悲哀は小さく吹き出した。

「ふふ……ナタリーさんもアイランのように明るく行きましょう。
 あなたの周りには頼もしい仲間がいるのですから。例えば、円さんや耀助さんのように――」
「呼んだ?」
「ひゃい!?」

 突然悲哀は背後から耀助に声をかけられ、驚いて素っ頓狂な声をあげて振り返る。

「よよよ耀助さん!?」
「そうだよ。呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!」

 悲哀は耀助が古いネタを披露している間に、一つ咳払いをして自分を落ち着けた。

「コホン。ですので仁科さん……。私にもナタリーさんを守らせて下さい。
 貴方が生きる事は……私が私として生きる事への……糧となりますから」

 悲哀はそう言い終えると、ナタリーに向けて少しだけ微笑んだ。
 そして何かに気付いたのかあっ、と声を発して顔を林檎のように赤くさせながらごにょごにょと言葉を続けていく。

「……あ、あの……! に、仁科さんが頼りないからとかじゃ……ないですからね?
 ……む、寧ろ…頼りがいがあると……言いますか……」
「?」

 残念ながら、最後のほうの言葉は耳に届かなかったのだろう、彼は不思議そうに首をかしげた。

「で、ですから……私も一緒に……戦わせて下さいね……?」
「ん? ああ、そういうことか。もちろん。願ってもない。いいですとも!」

 一人納得した耀助は笑みを浮かべて、そう頷いた。

 ――――――――――

 空京の繁華街。とあるビルの屋上で葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)が<殺気看破>を使い、周囲の警戒を行っていた。
 それはナタリーが見知らぬ男に襲われたから、というのもあるが、吹雪自身気になることがあったからだ。

(あまりにも物騒であります。今日の空京は……)

 吹雪がそう思う原因は、今日の空京の雰囲気。
 いつもどおりの喧騒だけではなく、冷気の刃に似た鋭い気配。言い換えるのなら、それは殺気。
 一般人には気付かれないように上手く隠してはいるが、戦闘を経験したことのある者ならば気付くことの出来るほど、多くの殺気に空京は包まれていた。

「そっちはどうだ? 吹雪」

 吹雪の背後。彼女と同じように周囲の警戒に当たっているソイル・アクラマティック(そいる・あくらまてぃっく)が声をかけた。
 吹雪はあちこちの殺気が動きを見せないことを感じて、口を開く。

「特に動きはなにもありませんね」
「そうか。……このままなにごともなく、終わればいいんだがな」
「ですね」

 軽く会話を交わしたあと、二人はまた警戒に集中する。
 と、その時。吹雪は複数の殺気が繁華街の近くまで動いてきたことを察知した。

(これは……やっぱり、なにも起こらずにナタリーの頼みを遂行することは出来そうにもありませんね)

 吹雪は心の中で嘆息して、ソイルに声をかけた。

「ソイル。皆に連絡をお願いします」

 吹雪は静かな声で続けるために言葉を紡いでいく。

「――不審な人物達が、動き始めました」

 ――――――――――

「どうだった?」

 ハイコドは契約者の輪から少し外れて、ナタリーの様子を伺っていたオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)に声をかけた。

「そうねぇ〜。あの子を心理学で観察したけど、嘘はついてないみたいだわぁ〜。というか、それ以外は知らないって感じかしらぁ〜」
「そうか。ありがとう」

 ハイコドはオリヴィアにお礼を言うと、顎に手を添えて考え始めた。

(だとすると、やはりシスターが怪しいな。こんな物騒なときに、一人でナタリーちゃんを外に出すなんて。
 それに、廃倉庫で人に会うことが大事な用事という点。なにか、嫌な感じが……)

 思案顔のハイコドの横で、オリヴィアは契約者の輪を見ながら呟いた。

「円に誘われてやって来たのはいいけど、中々厄介なことになっているわねぇ〜」
「……厄介?」
「ええ。だって、ナタリーさんは自分の意思で行動しているじゃない〜。
 いっそのこと脅されてでもいれば、上手いこと相手の裏をかければ何とかなるかもしれなかったのにぃ〜」

 オリヴィアは残念そうに呟く。
 その隣のハイコドの籠手型HC弐式が反応する。
 それはパートナーのソイルからの連絡だった。

「どうした、ソイル?」
『……複数の人間がこちらに向かっている。戦闘の準備をしておいたほうがいいかもしれない』
「っ。……分かった。それで、ソイルはどうする?」
『俺に戦闘能力はないからな。ここから退避して裏方に回る。でしゃばり、俺が殺されるのはおまえらのためにならん』
「そうか。すまないな、いつも」
『……気にするな。できることをするまでだからな』

 ソイルの連絡は、その言葉を最後に切れる。
 ハイコドはソイルから得た情報を他の皆に伝えるために歩き出した。