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スパークリング・スプリング

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スパークリング・スプリング
スパークリング・スプリング スパークリング・スプリング

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第8章


「ウィンターちゃんっ!! 私と勝負だよっ!!」
 ようやく茅野 菫のボディプレスから解放されたウィンターを待っていたのは、御神楽 陽太(みかぐら・ようた)のパートナー、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)であった。
「お、お主ノーンでスノー!? また変わり果てた姿になって……!!」

 決して今のウィンターも人のことは言えないのだが、確かにノーンの体重も、今は普段の10倍である。
 身長110cmの身体に250kgの体重は、なかなかの迫力だ。
「話は聞いたよ、ウィンターちゃん……私と勝負して!!
 もし、私が勝ったら……一緒にスプリングちゃんの処へ謝りにいくの……どう?」

「……分かったでスノー」
 同じ精霊同士、ウィンターとノーンの仲は深い。ノーンの狙いも分かっている。
 ウィンターがスプリングに対して、どうするべきなのかということを考えさせるために、勝負というきっかけを与えているにすぎないのだ。
 そのことにウィンターも気付き、心の中ではノーンに感謝する。
「分かったでスノー……勝負は、何でつけるでスノー?」
 だが、ウィンターにはひとつ誤算があった。

「うん、お互いこの体型なんだから――相撲で勝負だよっ!!」

「……スモー!?」

 誤算とは、ノーンもまた春の嵐の影響を深く受けてしまっていた、ということである。


                    ☆


「え、スモーがどうしたって?」
 そんな空耳に振り返ったのは、霧島 春美(きりしま・はるみ)である。
「……気のせいか。っと、こうしちゃいられない。街に溢れた太った人たちの原因を……」
 偶然ツァンダの街に居合わせた彼女であるが、事件に出くわしてしまったからには解決に乗り出さざるを得ない。それが彼女、マジカルホームズである。
 情報収集自体は彼女の得意分野、まったく問題はない。
「ふむふむ……どうもヨーグルトと春の精霊……スプリングちゃんの力の暴走が重なった……と。じゃあやっぱりスプリングちゃんを追わないとダメね。ところで……」


 ところで、街角にさっきから映り込んでいるお相撲さんは誰なのかと。


 言うまでもないが霧島 春美ご本人である。
「ど、どどどどうしよーっ、これ私だよっ!!」
 珍しく動揺をあらわにする春美だが、慌てていても事態は解決しない。
「お、落ち着けマジカルホームズ……まずはスプリングちゃんの確保だ……風は南風……春の香りを追えばたどり着くはず……」
 超感覚のうさ耳を出して気配を探る春美。

 その上空を、一人の精霊が大きく跳ねて行った。
「――なあに、春美でも健康とか美容とかやっぱり気にするんだ?」
 ちょっとだけ笑いを含んだその言葉に空を見上げる春美。
「――スプリングちゃん!」
 だが、スプリングは春美の呼びかけに振り向きもせず、そのまま建物の屋根伝いにぴょんぴょんと跳ねていく。

「……まずは追わないと。話はそれからね……って結構動きにくいなぁ、これ」
 どうにかスプリングの跳ねる方向を予測して、追跡を開始する春美だった。


                    ☆


「はーい、スプリング♪ 一緒に遊ばなーいっ♪」

 スプリングに最初に追いついたのは、ルカルカ・ルーだった。

「やぁ、ルカルカ。けっこうあちこち跳ね回ったと思ってるんだけど。さすがの身体能力だね」
 スプリングはそれでも冷静に語る。
「まぁ、鍛えてるからねっ♪ でも細かいことは気にしないっ気にしないっ♪」
「――そう」
 スプリングは、まるでルカルカを無視するかのようにまたひとつ跳ねて、高く舞い上がった。
 春の嵐に浮かれた気分のルカルカもすぐに気付く、スプリングに対する違和感。


「――ねぇ、どうしていつもみたいに喋らないの、ピョンって?」


「――そうね。疲れたから? イヤになったから? ――よくわからないわ。
 そうだと言われればそうな気もするし。
 ――そうでもない気もするし」
 曖昧な回答で誤魔化しているワケでもない。
「――ねぇ、ルカにもあるよ? なんだかいろんなことがイヤになっちゃう時。
 そういう時はさ、パーッと体を動かしたり、思いっきり身体を動かしたりするんだ、気持ちいいよ!!」
「うん、そうだね」
 共感するスプリング。街中を跳ねながら、器用に飛び回るルカルカは相好を崩した。
「ね、だからさっ!!」
 しかし、スプリングが共感したのはそこではない。

「うん――相手の話をよく聞いて、共感してみせるのは相談事の基本だよね。『あなただけじゃないよ』って教えてあげるの。
 いい意味で『あなただけが特別じゃない』っていうことに気付かせてあげて、問題ごとを解決する糸口を見つけさせてあげるんだよね」

「――スプリング」
 ルカルカの表情が凍る。
 誘いを断られたからではない。
 スプリングがルカルカを見る瞳に、光がない。


「――ありがと、ごめんね。そんな優しさに、乗れる気分じゃないんだ」


 一瞬の隙をついて、スプリングの姿が消える。
「あっ!」
 ルカルカの前に残されたのは、一枚のピンクの花びらだけだった。

「……おいルカ、スプリングは見つかったか?」
 すぐにダリル・ガイザックが追いついてきた。ルカルカの様子が明らかに先ほどまでと違うことにすぐに気付く。
「……逃げられた、のかな……でもダリル、このままじゃいけない」
「……ルカ、どうした」
「このままじゃ……危ない気がするの……誰でもいい……早く追いついてあげないと……」


                    ☆


「――ふぅ」
 ルカルカをまいて着地したスプリング。場所は街の死角、路地裏だ。
「――油断したな」
「!!」
 毒島 大佐である。街の上空を跳ねるスプリングをターゲットとしてロックオンしていた大佐は、さきほどルカルカに幻術をかけて逃げ出したスプリングをずっとマークしていた。
 路地裏の壁の向こうで待機し、壁抜けの術でスプリングの背後に現れた。
 うまく人目を避けて着地したスプリングの隙、心のゆるみをついて勝負に出たのである。
「しま――っ!!」
「遅い!!」

 跳ねて逃げようとしたスプリングの行動を奈落の鉄鎖で阻害する。限定的に重力に干渉できる鉄鎖は、跳躍に頼って移動するスプリングを捕まえるのにはうってつけだ。
「さらに!!」
 しびれ粉を撒いて、スプリングをさらに拘束した。
「あぅっ!!」
 路地裏にスプリングの悲痛な声が響いた。あっという間にロープで縛られ、首輪まで取り付けられたスプリングはずるずると大佐に引きずられる。
「よっし、確保だ!!」
 春の嵐で結構な興奮状態にある大佐だが、ここまでの動きは実にスムーズ。そのまま、スプリングをさらに人気のない路地裏の奥へと連れ込んでいくのだった。


                    ☆


「――やぁ、スプリングじゃないか。ウィンターともども息災かな?」
 ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)はとある事件を今日も解決して、ツァンダの街をパートナーのキリカ・キリルク(きりか・きりるく)と共に歩いていた。
 ごく間単にその『事件』のあらましを紹介しよう。

 エターナル帝王インパクト!! 効果――事件は解決する!!


 事件のあらまし、終了。


 それはそれとして、ヴァルとキリカはスプリングに遭遇した。
「――どうしたスプリング、今日はウィンターと一緒じゃないのか?」
 いつも通り気さくに声を掛けるヴァルだったが、スプリングの視線、その表情から様子がいつもと違うことを読み取る。

「……うるさい、帝王。今日はあなたと話したい気分じゃないの」

「――!!」
 無表情に告げるスプリング。一瞬のうちにヴァルの前から跳躍すると、風が吹き、二人を押し留めた。


 そして、帝王が太った。


「……」
 自らの身体の変化として、何が起こったかは分かった。もちろん驚きはしたものの、現象と原因の因果関係はおおまかに想像がつく。
 そもそも、帰り際に街に太った人が溢れているのもおかしいと思ってはいたのだ。


「……まさか『肉体の完成』のその先があるとは……」


 いやそれ違うから。


「ヴァル、動けますか」
 やや呆然としているヴァルを尻目に、キリカはスプリングが消えた方向を見据えている。
「ああ、キリカも見たか……あの顔」
「ええ。いつも明るいスプリングが、あんな無表情……それに、口調もいつも通りじゃなかったですし」
「……無表情……そうだな……」
 何とかバランスを取りながら、走り出すヴァル。うかつに動くと転倒しそうになるのを、キリカにサポートを頼みつつ。
 懸命に走りながら、ヴァルは呟いた。


「無表情……じゃない……スプリングは……」


                    ☆


「……そうくっつかれると、さすがに動きにくいんだがな」
 と、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)はぼやいた。
「だ、だって……なんだかとっても抱きつきたいんだもん!!」
 そのぼやきに真っ向から反論するのは、パートナーのロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)である。
 エヴァルトの右手側から、胴体にしっかり張り付いてしまっている。
「そ、そうなんです! 動きにくいかもしれないですけれど……でも、くっつきたいんです!!」
 そして左手側にはミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)。お兄ちゃん大好きな典型的アリスである彼女もまた、スプリングの春の嵐にしっかりあてられて、エヴァルトに抱きつかなければどうにもならないのである。

「ねぇねぇ、どっか遊びに行こうよ!! たまには3人で仲良しなことしたいよー!!」
 エヴァルトの右腕を引っ張って、ミュリエルごと連れて行こうとするロートラウト。
 対するミュリエルも特に異論はないようで、春の気にあてられながらも提案する。
「わ、私はその……みんな一緒ならどこでもいいです……。
 あ、でもロートラウトさんのお買い物はいいんですか?」
 ロートラウトはちょっと考えるフリをして、即座に切り返した。
「いいのいいの、そんなのまた今度で!!
 パーツ屋さんは逃げないしさ!!」

 テンションが徐々に上がっていく二人に対して、エヴァルトは逆に春の気に陰鬱な気分にさせられているのか、かなりのローテンションだ。

「ああ……買い物って何だろうって思ってたけど、やっぱりパーツ屋か、そしてまたペンキか?
 おまえの修理や改造代がどれだけ俺の財政を圧迫していると……」

 辛うじて苦言を呈しようとするエヴァルト。と、そこに一人の少女が降ってきた。

 スプリングだ。本当に街中をあちこちと跳ねているのだろうか、エヴァルトの傍にも一人で着地する。


「――」


 今まさにローテンションに両手に花をしているエヴァルトを、スプリングは見つめる。
「やぁ、スプリングさんか……」
 エヴァルトをじっと見つめる。その目つきは不機嫌そうで、鋭い。
「どうしたんだい、そんなに怒って」

 女性には特に紳士的なエヴァルトなので、ローテンションなままでも基本的な姿勢は変わらない。
 スプリングはそのエヴァルトに、やや鋭い言葉を投げかける。

「やぁエヴァルトさん――相変わらずパートナーに振り回されてるね。
 そんなに好かれてるのに――自分からは何もしてあげないの?
 どうせならハッキリとフっていっそ楽にしてあげたら?」

「――え」
 びく、とロートラウトとミュリエルの身体が震える。
 エヴァルト一人にパートナー二人がエヴァルトに好意を寄せているのは、この状態を見れば誰にでも分かる。
 だが、エヴァルトには恋愛感情というものがない。

「……」

 エヴァルトは答えない。答えられない。
 それは日頃から――今でも――感じていた問題。誰かに好かれているのに、その感情に応えることが出来ない。
 相手が嫌いなわけではもちろんない、問題は、自分の中にあるのだ。
 自分の中にしかないからどうにもできない葛藤を、エヴァルトはもう長いこと続けてきた。
 今日はたまたま春の嵐のせいでその感情が膨れ上がっているだけで、エヴァルトの心の片隅で累積してきた感情のひとつではある。

「……どうなの勇者さん」
 怒っているような、冷徹なような口調で、スプリングはエヴァルトを責める。

 だが一歩。ロートラウトがエヴァルトの前に出て、スプリングに反論した。
 ロートラウトとスプリングは初対面だ。
「ちょ、ちょっと!! いきなり降ってきて何言ってるんだよ!! いいんだよ、ボクたちはこのままで――」
「――本当に? 本当に、そのままでいいって思ってるの?」
「……」
 鋭いスプリングの眼光に、一瞬気圧されるロートラウト。
 エヴァルトに恋愛感情がないということを誰よりも悲しんでいるのは彼女自身。このままでいいと思っているはずもないのは明白だった。
「ロートラウト……」
 エヴァルトが呟く。その呟きにロートラウトは振り返った。
 こんな時、どんな顔をしていたらいいのだろう。

「ふふ……ほら、そうでしょ? 誰だって、やっかいな問題からは目を逸らして生きたいものだよね」

 しかし、困惑するエヴァルトとロートラウトのさらに前に、ミュリエルは出た。
 まるで、スプリングの視線から二人を守るように。

「……それは、違います」

 静かな、しかし強さを含んだ声だった。
「何が違うの? あなただって、大好きな『お兄ちゃん』とはずっとこのままではいられないんだよ?
 あなたがどんなにエヴァルトさんのことを好いていても、その人はあなたのことを愛してはくれないよ?
 どうせ何も応えてくれない相手なら、あきらめた方が――」
 普段は見ることのできない、意地悪い薄ら笑いを浮かべて、スプリングは続けた。
 しかし。


「違います!!」


 スプリングの言葉を遮って、ミュリエルは叫ぶ。
「そうじゃありません、スプリングさん。
 私は……私達は、お兄ちゃんが大好きなだけなんです。
 だからいつも一緒にいたいって思ってるし、できるだけそうしています。
 お兄ちゃんに迷惑をかけているかもしれないけれど、お兄ちゃんも――私達が傍にいることを受け入れてくれています。
 だから――うまく言えないけれど――それだけで……それだけで、いいんです」

「……ふぅん」

 興醒めしたような表情で、スプリングはまた跳ねた。あっという間に視界から消え去るスプリング。
「……何があったのかは知らんが……それこそ恋愛のひとつもしてみたらどうだ。
 俺なんかと違って、ちゃんとそういう感情があるんだからさぁ……」
 エヴァルトの呟きが風に乗る。春の風とともに、耳元で誰かがささやいた。


「……うん、考えてみる……ピョン」