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スパークリング・スプリング

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スパークリング・スプリング
スパークリング・スプリング スパークリング・スプリング

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第3章


「なるほど……騒ぎの発端は春の精霊か……」
 街中に咲き乱れる春の花に『人の心、草の心』で事情を聞いたエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は立ち上がった。突然太った人間が頻発する、理由もなく浮き足立った気分になるなど、普通ではない事態を感じた彼はとりあえず情報を収集するところから始めたのである。

「だ、そうだよ。たぶん普通のダイエットをしても無意味じゃないかな」
 振り返ると、そこにはホワイトマントでどうにか体型を隠したリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)の姿が。
「だ、だってっ!! こんなに太っちゃうなんて!! 走って少しでも痩せないと!!」
「まぁ……そうだな。じゃあ走りこみも兼ねて春の精霊を追ってみるのもいいかな……?」
 だが、すっかり混乱しているリリアにはエースの言葉は届いていない。

「ああ……どうしてこんなことに……ケーキの食べすぎかしら……だってダリルのケーキ、おいしいだもん。
 ……ダリルがいけないのよ……ダリルが……」

 そのダリルとは、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)のことである。
「……呼ばれた気がしたな」
 ふと街角を振り返るが、そこには太った人々とカップルさんしかいない。パートナーのルカルカ・ルー(るかるか・るー)は春の気にあてられてなんだか終始ご機嫌だ。

「ふんふーん♪ なんだか気持ちがいいわねーっ」

 その上空を、一機の飛空艇が飛んでいった。天城 一輝(あまぎ・いっき)の乗るアルバトロスだ。
 普段からスプリングとの交流も深い彼は、街の騒動と春の嵐の原因をスプリングにあると睨み、街中を跳ね回るスプリングを追跡中なのだ。

「コレット、そっちはどうだ!?」
「うん、悪くないよっ!!」

 上空の一輝と連携してスプリングを追うのはコレット・パームラズ(これっと・ぱーむらず)。銃型HCを使って一輝と情報を集め、不特定多数の人間がスプリングを追えるように一揆がデジタルビデオカメラで撮影した追跡の様子を共有化していた。
 目的はひとつ。街の騒動を治めるために、スプリングを止めること。

 と、そこに大きなボールに乗って玉乗りを楽しむ少女が現れた。
「キャハハハハ!!!」
 玉乗りの少女は、アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)。アリスは大きく太ったアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)を転がしながら自身はその上でぴょんぴょん跳ねてスプリングを追っている。

 つまるところ、玉乗りのボールはうにょーんと太ったアキラ自身である。

「あ〜、なんかこう、ぼーっとするよなー」
「キャーハハハ!! ホラホラ、ボーっとしてる場合じゃないネー!!」
 春の嵐の影響か、アキラは450kg超の体重になりながらもぼんやりと転がり、アリスのなすがままだ。

 その横には対照的にテンションの高いコンビが並んで走っていた。

 クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)ミルチェ・ストレイフ(みるちぇ・すとれいふ)である。
「さあじーちゃん! 私のためにあのうさみみをおいかけるのです!!」
「が、がんばりますよーっ!!」
 ミルチェは未来人、血縁関係はないがクドの娘ということである。だが、今回の事件に関してはその辺はまったく無視していい。


 無視できないのは、彼女が今、クドが引く人力車の上でブリッジをしながらスプリングを追っているという現状であろう。


 ヨーグルトのせいで軽く10倍ほどに太ってしまったクドは、ビリビリに破けてしまった服をものともせず、どうにか伸び伸びになりながらも抜群の伸縮性を発揮したピンクの花柄パンツを最後の砦として、ミルチェがブリッジしながら乗った人力車を懸命に引いているところである。

 さらにやっかいなことに、春の嵐のせいでミルチェはスプリングの『うさみみ』に恋をしてしまったことである。

 そして、その状態を見たダリルの目が光った。傍らのルカルカに語るともなく話し掛ける。
「なるほど……春の精霊スプリングのせいでこの状態が起きているということは……」
「ダリル?」
「つまり、これと逆の現象を起こすことができるならば、ダイエット産業に革命を起こすことができると思わないか?」
「……ダ……リル?」
「いいか? この世にどれほどのダイエットを求める人間がいると思う? そして、痩身のためにどれほどの経済効果が……!!」

 ダリルさん、珍しくすっかりぐるぐる目。

 パートナーの異常を感知したルカルカは、一足先に魔法で上空へと飛び上がった。
「ダリル、せっかくの陽気にそんなのつまんないよっ!! 私はスプリングと遊びたいから、先に行くね!!」
「あ、待てルカ!! 協力しろ!!」


 かくして、街中を跳ね回るスプリングとそれを追う飛空艇。地上から追うデブの玉乗りとブリッジ人力車。空飛ぶふわふわ乙女とぐるぐる目のイケメンという構図が完成したのである。


 何この状況。


                    ☆


「ふんふん……分かりました。どうも街中で太った人が続出しているのと浮ついた気分の人が多いのは、春の精霊さんの『春の嵐』のせいらしいです」
 リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)はパートナーのアガレス・アンドレアルフス(あがれす・あんどれあるふす)に説明した。
 たまたま所用でツァンダを訪れていた二人、滞りなく用事も済ませたところでイルミンスールに帰ろうとしていたのだが、ちょっとしたアクシデントでそうもいかなくなってしまった。

 アガレスが急激に太ってしまったせいである。
 もちろん、原因はヨーグルトを食べたせいである。
 リースが買っておいたヨーグルトをこっそり盗み食いしたからである。

「まったく!! 我輩のぷりていなぼでえがこれではバレーボールのようではないか!!」

 と、白い身体を震わせてアガレスは憤怒している。リースはというと、アガレスが太った原因を突き止めようと、一時イルミンスールに帰って調べようとしていたのだが、桜の樹が満開になっているのはおかしいと、直接草花に聞いてみたところだったのだ。

「あ、あれじゃないですか!?」
 リースがふと桜の樹の上空を見上げると、今まさにウサギ耳を揺らしたスプリングが跳ねていくところだった。

「おのれ! このような狼藉、許すわけにはいかぬ!! 春の精霊とやらに制裁を加えてやろうぞ!!」
 一人憤慨するアガレスだが、パートナーのヨーグルトを勝手に盗み食いした彼にもひとつまみくらいの罪はあると思う。

「ほう……スプリングか……ウィンターはさっき見たけど、デブ専の気はないし」
 と、その様子をまた眺めていた毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)はニヤリとほくそ笑んだ。
 手にしたデジタルビデオカメラの調子をチェックしつつ、上空を跳ねるスプリングとそれを追うリースを視界に入れる。
「……うまくいけば、楽しいことになりそうだな」


                    ☆


「……で、どうしてオレが荷物持ちをしなければならないのか、という説明を受けてないぞ」

 シェイド・ヴェルダ(しぇいど・るだ)は呟く。その相手はレラージュ・サルタガナス(れら・るなす)だ。
 二人とも神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)のパートナーだが、紫翠は今ここにはいない。
 紫翠は友人と会う約束があるということでツァンダの街を訪ねていたわけだが、レラージュがそのついでに買い物に行きたいと言い出したので、ツァンダの街を別行動することになったのだ。

「あら、いいじゃない別に」
 仏頂面のシェイドをよそにレラージュは上機嫌に買い物を続けている。
「……まぁ、別にいいといえばいいんだがな、紫翠もいないし」
 ショーウィンドウの水着を指差して、レラージュは笑う。
「ねぇルダ。赤と黒、どっちが似合う思う?」
「……そうだな、正直どっちも似合うと思うが……赤は派手すぎるか? 銀髪は黒に映える気もするし……緑の瞳も個人的には黒に似合うと思うが」
「うーん、そうねぇ……やっぱり緑の瞳には……ってそれわたくしじゃなくって紫翠様でしょう? あれは女物よ?」
「冗談だ。まぁ、紫翠だったら女物でも着こなせると思うが。レラだったら黒でも赤でも……」
「もう、ルダったら……あら、風が……」
「おっと」
 他愛もない言い合いを続ける二人の間を暖かい風が吹き抜ける。髪を押さえるレラージュをかばうようにシェイドが身体を盾にした。
「……季節はずれだな、こんな強い風は……レラ、平気か?」
「……ええ……平気……でも……平気じゃない……」
「?」
 ちょっと陰にこもったレラージュの声に、シェイドは違和感を覚えて顔を覗き込む。

「……紫翠様に……会いに行かなくっちゃ……」

 するりと、シェイドの腕をすり抜けてレラージュは走り出した。
「おい、待てレラ!!」
 シェイドはあわててその後を追う。
 春の嵐にあてられてすっかりサキュバスとしての本能に目覚めてしまったレラージュは、最愛のパートナーの元へと走り出したのだ。

「うふふ……パートナーっていうのは便利ね……感じるままに向かえばいいのだから……!!」

 その頃、友人との用事を済ませた紫翠はツァンダの街角を一人で歩いていた。
「……ふぅ、何なのでしょうか今日は。やたらと太った人が多いかと思えば、人違いや特に用のない人からやたらと話しかけられますね……」
 彼らコントラクターだけではなく、ツァンダの一般人にも春の嵐の影響が出ている。
 中性的な美しさを秘めた容貌の紫翠は、春の気にあてられた通りすがりの人々にやたらと声を掛けられて疲れきっていた。

 まぁ、要するにナンパである。

 だが、いささか世俗に疎く鈍感な紫翠は自分がナンパの対象にされていることに気付いていない。

「……ん? 風が……それに、誰かに……?」
 暖かい風に乗って、誰かが自分の名を呼んだ気がした。
 そんな気配を感じて紫翠が上空を見上げた時。


「紫翠様ーーーっっっ!!!」


 横一直線にロケットのようなレラージュが突っ込んできた。

「レ、レラージュ!? よくここが分かりましたね……」
 何の前触れもなく抱きついてきたパートナーを前にしても、紫翠は比較的冷静だ。
「ええ、だってパートナーですもの、居場所くらいはなんとなく、ね」
 しなをつくって紫翠の胸元に指を這わすレラージュ。
「あの……どうして探していたのか分かりませんがその……街中で抱きつかれるのは……恥ずかしいのですが……」
「あら、いいじゃないですか……こんないい陽気の時には、そういう気分になるものですわ……」

「あ」

 やっと追いついてきたシェイドが止める間もなかった。
 かぷりと、紫翠の白い肌に歯を立てるレラージュ。
「ひゃうっ!?」
 ちょっと間の抜けた声を上げて、紫翠の腰が砕ける。
「うふふ……紫翠様……おいしい……」
「あ、ちょっとレラージュ……待っ……」
 恥ずかしさで真っ赤になった紫翠は、そのままレラージュの腕の中でぐったりとしてしまう。
 そこに、シェイドが割り込んできた。
「そこまでだ、少し離れろよ!? この暑さの中で精を吸われたんじゃ紫翠がもたない……それに、お前ばっかりいい思いさせるかよ」

 後半本音がだだ漏れではあるが、日差しの中を歩いていたせいで紫翠の体調が崩れているのは本当だ。
「あ、ありがとう……シェイド」
 眩暈を抑えながらも、シェイドと目を合わせて弱々しく微笑む紫翠。
「……っと」
 その視線にこちらも抑えが利かなくなったシェイドは、すばやく紫翠の唇を奪う。
「――んむ、シェイ……ド……」
「油断大敵だぞ? ……日射病になっても良くないな。よしレラ、あっちの木陰で休憩するか」


「……もう、ひどいですよ二人とも……」
 結局、落ち着くまで木陰で涼みながら紫翠の体力が回復するのを待つことになった。
 木の根元にシェイドが腰を下ろし、紫翠の頭を膝に乗せて冷たいタオルを用意する。
「まぁそう言うな。なんというか、そういう気分なんだ」
 シェイドの用意したタオルを紫翠の額に乗せ、レラージュは紫翠の着物を少し緩める。
「……紫翠様って、もともと色白だけど……今日はまた一段とキレイ……頬ずりしたくなるほど」
 そのまま、紫翠の胸元に吸い込まれるようにしているレラージュを、シェイドは牽制する。
「悪戯するなよ、レラ……まぁ気持ちは分かるけどな……ほら、水分補給」
 冷たいドリンクを口に含んだシェイドが、紫翠に口移しでドリンクを飲ませる。

「……ん、もう二人とも……看病するならもっとちゃんとしてくださいよぅ……」

 体力が回復して家に帰れるのはしばらく先になりそうだ、と紫翠は思った。