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闇に潜む影

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闇に潜む影

リアクション

   一〇

「髪斬り、何処にいる! 居るのであれば俺と戦え!」
 龍滅鬼 廉(りゅうめき・れん)は大きな声を張り上げながら、町外れへと向かっていた。まだ寝る時間ではなかったが、通り過ぎた家からは「うるさい!」と怒鳴られた。
 人気のない方へ近づくにつれ、誰かに叱られることはなくなり、代わりに野良犬にやたら吠えられたが、廉から滲み出る殺気に文字通り尻尾を巻いて逃げてしまった。
 髪を切られるのは、武士にとって最大の恥。そんなことをするというからには、武士に何らかの恨みを持っているはず――。
「妖刀紅桜・魁」の柄頭にかけた手が微かに震えていた。それに気づき、廉は微かに唇の端を上げた。
 納涼大会を無事に開くためという理由はあるが、それはただの口実だ。強い者と戦う喜びは、廉をいつになく興奮させていた。
 だが、己のことばかり考えているわけにはいかない。廉は勅使河原 晴江(てしがわら・はるえ)を少し離れた位置に控えさせていた。晴江の傍には青い火の玉のような物が浮いているため、あまり廉に近づけないのが難点だ。もっとも、「髪斬り」が襲ってきたところで、廉がすぐに倒されることはないのだから、これぐらいの距離でちょうどよいと晴江は考えていた。
「――!!」
 巨大な刀――おそらく斬馬刀だろう――が晴江の脇に振り下ろされた。避ける間もなく、衝撃で吹き飛ばされる。
 人とは思えぬ力、その大きさ、そして額に生えた角。
 まさしく鬼だった。
 ――よもや、こちらを狙おうとは。
 廉を囮にし、逃げ切れぬよう罠を張る作戦だったが、直接自分が襲われることは想定していなかった。
 鬼が斬馬刀を振り上げた。――と、その刀身が弾かれる。しかし鬼は、柄を握り締め、堪えた。
「逃げて!!」
 東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)だ。青い火の玉を頼りに、【シャープシューター】を使ったのだ。
 その隙に簾が駆け寄ってくる。
「『髪斬り』か!!」
【疾風突き】が繰り出され、鬼は大きく飛びのいた。そして再び、晴江へと襲い掛かる。
「させるか!」
 鬼は斬馬刀を、己が右側に大きく引いた。その隙に、廉は鬼の懐に入り込み、足払いをかける。【ドラゴンアーツ】を使った渾身の一撃は、鬼のバランスを崩すのに十分だった。
 ずしん、と地響きを立てて、鬼は尻餅をついた。廉は鬼の喉元に、「妖刀紅桜・魁」を突きつけた。
「思ったより、容易かったな……」
「違うの! その人、『髪斬り』じゃないの!」
 晴江を介抱していた秋日子が叫んだ。
「何?」
 三人が見ている前で、鬼の姿が変わっていく。体つきが一回り小さくなり、角も消えた。
「【鬼神力】……」
 晴江が呟く。
「これは誰だ?」
「多分、刈谷典膳さん」
「何だと? 三人目の被害者のか?」
 典膳は悔しげに俯いている。「なぜ被害者が俺たちを狙うんだ?」
「さあ、それは……」
 秋日子は首を傾げた。彼女は、被害者である典膳の周りを見回れば、「髪斬り」の動きを抑制できるのでは、と考えた。ところが日が暮れる頃、典膳は一人でこっそり抜け出した。頭巾をかぶった彼をそうと認識できたのは、一雫 悲哀から背格好を聞いていたからだ。
 そしてなぜか、晴江を狙った。
 そうか、と晴江は一人で得心したように頷いた。
「間違えたのじゃな?」
「――なるほど」
「どういうこと?」
 秋日子は一人、きょとんとしている。
「小柄ゆえ、な」
 忌々しげに典膳は答えた。
「奴のことだ。お主ら契約者がうろつき回れば、喜んで出てくるだろうと考えた。その方を見て、てっきり奴かと早合点したのだ。……謝る」
「『髪斬り』は、小柄なのか? 晴江と同じぐらいか?」
 典膳はまじまじと晴江を眺め、いや、とかぶりを振った。「今少し、縦にも横にも大きかった気がする。そちよりも大きかったな」
 秋日子とも比べ、典膳はそう答えた。
「人騒がせだなー、もう」
 勘違いと分かり、秋日子はあははと笑った。が、その目が点になる。
 典膳が着物の前を開き、短刀に懐紙を巻いていた。
「ち、ちょ!?」
「面倒ついでに、頼まれてはくれぬか」
「な、何を?」
「介錯を。武士の情けじゃ」
「え、いや、ちょっと!?」
「わしは剣で仕官をした。このままでは、殿に対して面目が立たん。かくなる上は、腹を切る」
「いいだろう」
 廉は「妖刀紅桜・魁」を構えた。典膳の気持ちは、彼女にはよく分かった。「髪斬り」に敗れ、今また契約者にも敵わなかった。しかも【鬼神力】を使ってのことだ。武士にとって、恥以外の何物でもない。
「介錯いたす」
「頼む」
「やめて〜!!」
 そこから小一時間、何としても切腹しようとする典膳、介錯しようとする簾を相手に秋日子はあの手この手を使って説得を試みた。
 晴江はその様子を睨むようにして眺めていた、とのことだ。