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闇に潜む影

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闇に潜む影

リアクション

   八

 日が落ち始めると、辺りの景色がオレンジ色に染まっていった。
 通いの職人や商人は仕事を切り上げ、家路につく。心なしか速足に見えるのは、「髪斬り」の噂ゆえだろうかとプラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)は考えた。
 しかし、一方でこの時間帯から一日が始まる者もいる。飲み屋に暖簾がかかり、看板に灯が入る。それを目指して真っ直ぐ歩く者、ふらふらと吸い込まれる者、様々だ。
 丹羽 匡壱は「うーん」と腕を伸ばした。昼間、ずっと寝ていたせいで体が硬い。
「一暴れしなきゃ、すっきりしないな」
と彼は笑った。
「ツインバイクを用意してあります。サイドカーにお乗りください」
 しかし、匡壱はかぶりを振った。
「『髪斬り』が現れるのは、大抵人通りの少ない、狭い道だ。こいつは通れないだろう。第一、でっかい音を立てて走っていたら、奴に逃げてくれと言っているようなものだぞ?」
 プラチナムは、なるほどと思った。実をいえば、いざとなれば匡壱をサイドカーごと「髪斬り」に突っ込ませるつもりだったのだが、計画倒れに終わってしまった。仕方がない。ツインバイクは置いていくしかないだろう。
 匡壱はさっさと歩き出した。昨日までと違って、一人ではない。今日こそは犯人を捕まえてやる、と彼は思っていた。


 ダリル・ガイザックは着物の下に帷子を着込み、歩いていた。【ダークビジョン】があるので必要はなかったが、犯人への目印にダリルは提灯を持って歩いた。おかげでルカルカ・ルーは離れていても彼を見失うことはなかった。
 最初は普通に町中を歩いていたが、人目があっては襲ってこないだろうと判断し、ダリルは町の外れへと足を向けた。いくつか屋敷があったが、人が住んでいる様子はなかった。何でも明倫館が移設される以前の物らしいが、詳しいことは分からない。
 しばらくは何事もなかった。しかし、何者かが近づきつつあるのをダリルは逸早く察した。
 一人、二人……三人か。
 突如、闇の中から白刃が煌めいた。ダリルは提灯を手にしたまま、【剣の舞】で男たちの攻撃を次々に躱した。ふわりふわりと、優雅な踊りを見ているような動きだったが、生憎、男たちはそれどころではなかった。
 具現化した剣が、男たちの匕首を跳ね飛ばした。
「畜生!」
 罵る男たちに提灯を向けた。まだ若い。侍ではないし、真っ当な町人でもなさそうだ。
「チンピラ、か」
 ぎゃあと叫び声が上がり、ダリルは振り返った。
「ルカ!?」
 闇夜に桜吹雪が舞い散っている。どうやら「銘刀・桜雪」を使ったらしい。
 ダリルがよそ見をしている隙に、チンピラたちが駆け出した。しかしその足元に、オーラシューターの光線が突き刺さる。
「ヒッ!」
「若死にしたくなければ、そこにいろ」
 ぺたりと尻餅をつく男たちとダリルの元へ、ルカルカが見張りをしていた男を引きずってくる。こちらは気絶しているようだが、それがいい脅しになったようだ。男たちは渋々と、自分たちが模倣犯であることを白状した。
「賭場でよ、浅川の旦那が『髪斬り』にやられたって話しててよ……」
 ――今なら全て「髪斬り」のせいにできるぜ。
 ちなみにセレンフィリティ・シャーレットが置いていった金は、胴元がほとんど懐に入れてしまった。
「じゃ、『髪斬り』のことは何も知らないの?」
 ルカルカはしゃがみこむと、男たちの目を覗き込みながら尋ねた。男はふいと顔を背けた。
「知るわけねえだろ」
「どうする、ルカ? 役人に突き出すか?」
「んー、どうしよっか」
 ルカルカは考え込んだ。それから男の顔を掴み、自分の方に無理矢理向けた。
「何だよ!?」
 しばらくその目をじっと見つめ、「……逃がしてあげようよ」と、ルカルカは立ち上がった。
「いいのか?」
「本物の『髪斬り』じゃないし。その代わり、二度とこんなことしちゃ駄目だよ?」
 男たちは「分かってる」「もうしねえよ」と口々に言い、ダリルが顎をしゃくると、気絶した仲間を連れて立ち去って行った。いいのか、とダリルはもう一度尋ねた。
 たとえ「髪斬り」の件が解決したところで、彼らはまた同じようなことをするだろう。次は怪我人が、悪くすれば死人が出るかもしれない。今ここで役人に引き渡すべきだったのではないか、とダリルは考えた。
「……でも、あの人たちがどうしてこんなことをしたのか、ルカたちには分からないし」
 もしかしたら、同情すべきところがあるかもしれない。それを知らずに捕えれば、もっと悪い方向へ転がるかもしれない。或いはダリルの言うように、きちんと処罰を受けさせるべきなのかもしれない。
 これは賭けだった。
「でも信じる価値はあると思う」
 本当の悪人は、人の目を真っ直ぐに見返す。誰が相手であれ、恥じる必要がないからだ。だがあの男は、目を逸らした。
「だから、賭けてみる」
 ルカルカは、もう一度呟いた。