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アキレウス先生の熱血水泳教室

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アキレウス先生の熱血水泳教室

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【二時間目!】


 一見すればこの施設の中で目立たない何本かのウォータースライダーのチューブ。
 その入り口の前にスクール水着の少女が立っている。
『と言う訳でやっとこさ授業スタートだね。
 この流れるプールは百合園の突猛進アスリートことミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)が担当します!
 宜しくね!』
『アキレウスの奴が何考えているのかは知らないが、このウォータースライダーはあくまで水に慣れる訓練だ。
 泳ぎに自信の無いものはサポート役を頼んだり、ゴムボートを救命胴衣を使ってくれて構わない』
『ははは、高円寺さんは甘いなぁ。
 だいじょうぶ! 無理も突っ切れば道理が引っ込むってね。
 降りてる間に勢いでどうにかなっちゃうよ!』
『はあ……』
 ミルディアと海のやり取りをバックに、訓練に参加する者立ちはいそいそとゴムボートを準備している。
 その中でたった一人だけ、茶色の髪の少女がチューブの入り口で出発準備を始めていた。
「あ、もう行く?」
「うん! 教官さんお願いしまーす」
「じゃあ一番乗りでスタートって事で――』
 少女、遠野 歌菜(とおの・かな)の前でミルディアがスタートの合図を出す直前。
「止(と)めてくれ!」
 月崎 羽純(つきざき・はすみ)が慌ててスタート音が出るボタンを押そうとしている海の手を止め、歌菜の前へやってくる。
「ま、待て歌菜。まさかそのまま行くつもりか?」
「え、そうだよ? 羽純くん、どうかした?」
「どうかしたってお前……
 このプール見て何とも思わないのか? その……ヤバいとか、怖いとか」
「え? 怖くないよ
 こんなプール普通ないもん! 楽しまなきゃ損だよ〜。
さぁさぁ行こう!」
 至極楽しそうにする歌菜に、常識人の月崎は単純に戸惑っていた。
 そもそも彼女に連れられて来た瞬間から理解不能なのだ。

 大体ここはプールなのか、そうではないのか。

――しかも何で歌菜は楽しそうでノリノリなんだ?
 そもそもウォータースライダーに躊躇せずビキニのまま挑戦しようとしているけど……水着が脱げたらどうするんだ!

 ヤバイとか怖いとか、そんな事より要するに本音はここなのだ。
 愛する歌菜の裸を周囲に晒さない為に。うっかり見てしまった自分がどうにかならないように。

「二人で乗れるしゴムボートで川下り風に降りよう!」



 その頃、ゴムボードの準備をする杜守 柚と三月の元へ、ジゼルがやってきていた。
 しかし彼女の異様な様子――顔面蒼白で肩を落とした――に、柚と三月は顔を見合わせる。
「どうかしたんですか?」
 柚がおずおずと声を掛けると、ジゼルはボソボソと小さい声で呟いた。
「……見ちゃった……」
「……何を?」
「ヴァイスとローズが骨折者の為の器具? とか担架とか準備してるの……」
「……あの、それってつまり……」
「そして受け入れたく無くて目を反らしていたのデスガ、 私このプールから伸びたチューブが校庭に向かってほぼ直角に落ちているのも登校時に見ていたノデス」
「うわ」
 と、反応出来たのは三月だけだった。
 耐えきれなくなった柚とジゼルは、今の状況から温もりへと逃れるべくひしっと抱き合っている。
「ジゼルちゃん、私スキルとか使ってみて安全にするつもりですけど、でも、でも!!」
「はわわわわわどうしよう柚! 前に三月に貰ったお守りもロッカーに置いてきちゃったし、これってあれかな。
 もう何か色々諦めろ的な神様のお告げなのかな」
「二人とも、取り敢えず落ち着いて」
 取り乱している二人を何とか落ち着かせようと三月が試みていると、小鳥遊 美羽とコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)の二人がやってくる。
「大丈夫、何かあったらライフセイバーの人たちが助けてくれるよ」
 美羽がそう言って、プールサイドをゆび指す。
 そこには鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)が、監視台の椅子の上からホークアイを使い監視する姿があった。
「浮き輪も救命ボートも準備してくれてるよ。
 それからあっちにももう一人――」
 逆側のプールサイドの監視台に居る蔵部 食人を示して、美羽は眉を顰めた。
「――何だか変な動きしてる。 むむむ? ごめんちょっと行ってくるね」「おー? いてらー」
 美羽が言いながら去って行くのにジゼルが手を振っていると、コハクがそっと声を掛けてきた。
「ジゼル」
「なぁに?」「これ、良かったら使って」
「……アクセサリー?」
 コハクに渡されたリング状のものを、ジゼルが如何使うのかと手に頭に乗せてみたりしていると、コハクが笑いながら頭の上からジゼルの腕に嵌めつつ説明する。
「流石に頭には乗せないけど。
 持っていると水中で息が出来る様になるんだ。
 全部の訓練受けるなら、この位あってもバチは当たらないよ」
「うわぁ……! ありがとう!!」
「僕もプールサイドで控えてるから、必要になったらすぐに助けに行くよ」
「まずは助けられる状況にならない事を願うけどね」
 三月の言葉に四人は吹き出していた。



「高さほぼ45度。地上に一番近い所まで20メートルくらいか?
 それで、チューブと言いつつ壁は全面無い、と。
 これ……落ちたら死ぬよな」
 樹月 刀真(きづき・とうま)が真面目に分析して振り向いたその先では、彼のパートナー達が何か言いたげに、期待の眼差しで彼を見つめていた。
 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)のスレンダーな体型を生かす黒のビキニ。
 封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)のグラマーな身体を包む白のホルターネックのワンピースは羽根が出せるように背中がぱっくり開いている。
 玉藻 前(たまもの・まえ)は扇情的な紫のビキニとシースルーのパレオでそのグラマーな体型を惜しげも無く披露していた。
 彼女達の愛らしく、美しいその姿はいじらしくもたった一人の彼の為だ。
 成る可く余裕に見せつつも、内心固唾を飲んで見守っていると、少々遅れて刀真が口を開く。 
「うん、似合ってる可愛いよ。刺激が強いけど」
 最後の部分に向かって尻すぼみにボソボソと。
 視線も思わず反らしてしまったものの、それが逆に良かったようで、少女達は「意識してる!?」「褒めてくれました!」と大喜びだ。
「かなりのスピードが出るだろうし、カーブで曲がるのも大変そうだから基本的な操縦は俺がやる、皆にはフォローを……
 って聞いてるか?」
 刀真の心配をよそに、三人娘はかしましくおしゃべりを続けている。
「そういえばここも一応プールだったんだな」
 殺伐としたここの様子思わず何時もの様に戦いを思い出し真剣になっていた彼だったが、本来なら彼女達のように思い切り満喫して楽しのが正しいのだろう。
 そういえば今迄も、彼女達が必死に刀真にアピールしてきていたのを、状況が状況だとスルーしてきたのだ。
――今日くらいはいいか
 そう思いながら刀真は、ゴムボートに空気を入れ始めた。



「かがっちゃんも今のうちに水に慣れておこうよ〜」
「せっかくこういう施設になったんだからこれを機に克服してみれば?
 ほら真もあっちでゴムボート用意してくれてるみてえだしよ」
「ほら、これだよカガチ。救命胴衣にボート。
 そんなに心配しなくてもさっき救命胴衣もボートも用意したから大丈夫だよ」
 ウォータースライダー近くのプールの壁、先ほどまで壁に凭れるイケメンを演出していた東條 カガチは、
もはやなりふり構っていられないのか、夏休みの子供に追いつめられたカブトムシ宜しく壁に腹をつけてぴったりと動かない。
 そんな彼を捕獲しようとしている”子供達”は佐々良 縁(ささら・よすが)瀬島 壮太(せじま・そうた)
 それから少し離れた場所でゴムボートを膨らます椎名 真(しいな・まこと)の三人だ。
「まああんまりプールに近づいても邪魔だからねぇ。俺はこの壁際で見守ってるから皆楽しむがよいよハッハッハ」
 なんて誤摩化してきたものの、この三人の友人を前にそんな小手先のお芝居のごまかしは効かないのだ。
「動かねえ! 俺はぜったいここから動かねえ!
 誰がプールに入りますか泳げないのも個性だろ!!
 こないだだって葵ちゃんに騙されて気が付いたら無人島だよ」
「その無人島だか何だかだって泳げたらもっとリア充出来たかもしんねえじゃん?」
 少々言葉多めに叫ぶカガチを、やんわりと説得しつつ壮太はペリペリと壁からはがして行く。
 縁はと言えば、二人の様子を面白そうに見守っていた。
 因にその間真は顔を真っ赤にしながら必死にゴムボートを口で膨らましていた。
 海とミルディア、それに既にゴムボート準備済みの月崎に柚と三月、刀真は、
彼のそんな様子を「空気入れ使っても良いのよ」と思いつつも面白かったので何も言わずにそのままにしておいたのだが。
「離しなさいっ生徒会長命令ですっ
 イヤーーーー」
「その生徒会長が泳げねえっつーのも格好悪いし。
 そもそも、泳げねえと海行けねえじゃん
。 海行けねえとナンパの機会減るじゃん。
 ナンパの機会減ったら童貞卒業できねえじゃん
。 だから滑ってみようぜー」
「それ関係ないよねぇ!! 前と後ろ繋がってないよね!! っていうかいくつか聞き捨てならない単語も含まれてたよねぇ!!
 もう帰る。俺帰るよ」
 カガチは言いながら踵を返してプールから脱出しようと歩き出した。
「新婚ほやほやでふにゃふにゃの山葉には任せておけねえじゃねえですか爆発しろ とか責任感持ってきてみたけど、
幸いな事に副会長もいるし?」
「あぁん?」
「はいすいません」
 反射的だった。
 縁に、腕を掴まれて、すごまれて、膨らませたてのゴムボートに放り込まれる。その間三秒。
 壮太にテキパキと救命胴衣を着付けられて、泳げない蒼空学園生徒会長東條 カガチは、気合いを入れて覚悟を決めた。