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戦火に包まれし街≪ヴィ・デ・クル≫

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戦火に包まれし街≪ヴィ・デ・クル≫

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第六章 不穏の始まり


 ――要塞内部
「やはりここからではだめですか。もっと中枢に行かないと……」
 富永 佐那(とみなが・さな)は火薬庫の端末から内部情報を引き出せないか試みたが、うまくいかない。
「仕方ありませんね。せめて砲台だけでもどうにかしましょう」
 そう言って佐那は木箱に詰められた爆薬を拝借し始めた。彼女の後ろにこの火薬庫を守っていた兵が二人倒れていた。
 風呂敷替わりにしようと広げたマントの上に大量の爆薬を並べる佐那。しかし、かなりの量の爆薬を確保したにも関わらず、佐那は難しい顔をしていた。
「邪竜の心臓相手じゃ、まだ足りませんかね?」
 佐那はミッツの言葉を思い出す。
 ≪三頭を持つ邪竜≫の心臓を消滅させるべきだと告げると、ミッツは再生能力が高い心臓は一度破壊しても時間が経てば復活することが調査でわかっていると話した。
 そして、今は封印するしか手がないが、そのためにはある程度ダメージを与える必要があることを教えてくれた。
「砲台の破壊用と心臓へのダメージ分。いくらあっても足りませんね」
 包めるだけ爆薬を集める佐那。
 すると、突然閉じていた火薬庫の扉が開く。
「侵入者で――うわっ!?」
 地面を蹴り飛ばし、侵入者に斬りかかった佐那の手が――喉を目の前に止まる。
 侵入してきた方も佐那の額に銃口を向け、引き金にかける指をどうにか止めていた。
「ふぅ、危うく撃っちまう所だったぜ」
「私もです、恭也さん」
 二人は苦笑いを浮かべながら武器をしまった。
 火薬庫に入ってきたのは柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)だった。彼も要塞を爆散させるために爆薬を調達しにきたのだ。
「爆散ですか。それなら、内部の構造を把握していた方がいいですね」
「そうだな。新しい情報が手に入ってないか聞いてみるか……あ、あ、聞こえているか? こちら柊。要塞内部の詳細情報を誰か手に入れてないか?」
 恭也は銃型HC弐式を取り出し、要塞に潜入している生徒に呼びかける。
 波のようなノイズ音が暫く続く。
 そして――
『今、調べるわ。少し待ってて――』
 聞こえてきた女性の声は、それだけ告げて通話を切ってきた。
 恭也と佐那が顔を見合わせる。
「「今の誰?」」


 恭也からの通話に割り込んで回答した天貴 彩羽(あまむち・あやは)は、マイクをミュートにした。
「さて……」
 籠手型HC弐式で室内の端末にアクセスした彩羽は、要塞内の通路の隔壁を一部解除する。
 これにより、中央指令室への道が開いた。
 目的は先ほど恭也に応えた通り情報の引き出しと、ハッチおよび防衛システムの掌握である。
「ただいま」
 そこへビキニに茶色のロングコートを羽織ったセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)と、黒いロングコートの下にホルターネックタイプのメタリックレオタードを身につけたセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が入ってくる。
 彩羽はキーを叩き、画面を見つめたまま尋ねる。
「どう? 尋問はうまくいった?」
「まぁね。はい、これカードとパスは……」
 セレンフィリティは彩羽に、下士官から奪った端末操作用のIDカードと聞き出した中央コントロール室のパスワードを伝える。
 話を聞き終わった彩羽は、籠手型HC弐式と端末を繋いでいたケーブルを抜いて立ち上がる。
「それじゃあ、行きましょうか。ハッチは解放してあるわ」
 部屋を出た三人は、セレンフィリティとセレアナが先導して中央コントロール室を目指した。
「セレン、ストップ」
「敵?」
「ええ、そこの曲がり角の先に……二人ね」
 セレアナは【殺気看破】で、要塞への侵入を許してピリピリしている兵の気配を感じ取る。
「じゃあ、あたしが前衛を担当ね」
「了解よ。私は後衛。最初に相手の目を潰すわ」
「頼むわ。彩羽はここで待ってて」
 セレンフィリティとセレアナは壁に身体を張りつかせ、指で数を数えつつタイミングを計る。
 そして、軽く物音を立てて注意を引くと、セレアナが【光術】を発動した。
 突然の光に兵は目をやられる。
「いまよ、セレン!」
「任せて!」
 両手に銃を持ったセレンフィリティは廊下に飛び出すと、確実に仕留められる距離まで相手に駆け寄る。
 足音に気づいた兵が銃を乱射するが、セレンフィリティは華麗な動きで銃撃を回避していった。
「もらった!」
 セレンフィリティが放った弾丸は見事に相手の胸元を撃ちぬき、警備をしていた二人の兵は息を引き取った。
「もう大丈夫ね」
 周囲に敵の気配がないことを確認して。セレアナが彩羽と共に歩いてくる。
「コントロール室はこの先よね?」
「そうね。じゃあ、ささっと進みましょう!」
「ちょっと待ってよ。その前に仕掛けを解除しちゃうから」
 彩羽は壁に設置された端末にIDカードを差し込んで、罠を解除した。
「これでいいわよ。さぁ、先に進みましょう」
 少し進むと、三人は中央コントロール室を見つけた。
 彩羽が事前に監視カメラを操作したということもあって、周辺の警備は思っていたほど多くなく、三人は短い時間で制圧を成功した。
「私とセレンは外で見張りをしているわ。終わったら呼んでちょうだい」
 中央コントロール室には彩羽だけが残り、情報の引き出しと掌握を開始した。
 手に入れた情報は生徒達に全送信。邪魔なシステムは停止してロックをかけた。
 室内の監視カメラの映像にはちょくちょく生徒達の様子が映し出され、善戦しているのがわかった。彩羽はついでに偽の情報を流して生徒達が動きやすいようにする。
 いくつもの機械音とキーを叩く音だけが、一人だけの空間で時が流れているのを教えてくれる。
「……これで完了ね」
「終わった?」
「ええ、いまちょうど」
 様子を見に来たセレンフィリティに完了を知らせる。
 広げていた荷物を片づけ、操作できないように端末を破壊する。
 ふいにセレンフィリティが声をあげた。
「何、あれ?」
「……?」
 彩羽がセレンフィリティが指さしたモニターを見上げる。
 すると、画面がブラックアウトする直前、要塞内の兵を取り込む異形の化け物(エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす))の姿が映った。


*****



「もう、限界ですか?」
 グレゴリー(メアリー・ノイジー(めありー・のいじー))は、目の前でボロボロになって膝をつくアンネ・アンネ 三号(あんねあんね・さんごう)を見下ろしていた。
「ま、まだだ……僕はまだ、お前から何も聞いていない……」
 三号は歯を食いしばって立ち上がる。
 どんなに傷ついても、失った自分の過去を知りたい。
 その想いが三号の手を、足を、動かした。
「……はぁ、やれやれですね」
 必死に立ち上がる三号の姿を見てグレゴリーがため息を吐く。
「あなたが……過去を忘れているのなら、その方がいいと思っていたのですが……いいでしょう。
 そこまで聞きたいと申されるならお話いたしましょう
「え?」
「なんですか? 聞きたくないんですか?」
「いや聞きたい! 聞かせてくれ!」
 グレゴリーの突然の申し出に一瞬戸惑った三号だったが、自分の過去が分かるという思いにうちから興奮が湧き上がってきた。
「わかりました」
 三号の回答にグレゴリーは静かに頷くと、一端思い返すかのように瞳を閉じ、ふと首を傾けて天井にポッカリと空いた穴から空を見上げた。
「……そうですね。まず初めに、『先生』はとても素晴らしく優しい方でした。そして、あの人は僕の『先生』であり、あなたの『先生』でもありました」
 グレゴリーが胸に手を当て、目を細める。
「あの頃は本当に楽しかったんです。『先生』は皆に慕われていましたし、恋人だっていました。自分で言うのも可笑しいかもしれませんが、僕やあなたに対して本当の家族のように接してくれて、先生の傍で助手としてお手伝いをしていられる何気ない日々がとても幸せでした。
 でも、ある日――」
 空を見上げていたグレゴリーが視線をゆっくりと三号の方へと移す。
 その瞳には先ほどの日々を懐かしむ優しい印象は感じない。ただ冷たく、それでいて深く暗い感情が渦巻く瞳。
お前が殺した
「――え……いま、なんて……」
「お前が『先生』を殺したと言ったです」
 三号は暫しグレゴリーの言葉が理解できなかった。何の変哲もない文字の羅列だけが、耳の中へと流れていく。
「『先生』もその恋人も……僕の大切な人や幸せな日々を、お前が全部奪ったんだ」
 グレゴリーの目に涙が浮かぶ。
「……なぜ……お前だって、楽しいって言ってたのに……自分にとっても大切だと言ってたのに。
 それなのに! なんであんなに楽しそうに笑いながら人を殺せるんだ!!」
 グレゴリーは三号の肩を掴んで訴えかけた。
 しかし、三号にはその時の記憶など残っておらず、自分でも信じられずひたすら首を横に振っていた。
 グレゴリーが俯き、袖で涙を拭う。
「運よく生き延びた僕は決めたんだ。強く生きるって……悲惨な日の事は忘れ、せめて『先生』の研究だけは完成させようって……でも、お前が現れた。
 また、僕から全てを奪うために現れた」
「違う。俺はただ……」

「違わない!」

 グレゴリーは剣を振り下ろすが、三号は腕を逃れて咄嗟に転がるようにして回避した。
「奪われるくらいなら、奪ってやる」
「待って! 俺は――」
「僕は『先生』の意志を継ぐんだ! 誰にも邪魔はさせない!」
「――くっ、聞き耳も持たないということか……」
 グレゴリーの周りに機械兵器が並び、三号を狙い始める。
 三号は応戦の構えをとった。
「それなら仕方ない。倒してでも待ってもらうよ。
 なぜそんなことをしたのか、俺は知りたいから……でないと『今』を支えてくれる人達と向き合えないから!」
 三号は唇を噛みしめ、グレゴリーを捕えにかかった。