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戦火に包まれし街≪ヴィ・デ・クル≫

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戦火に包まれし街≪ヴィ・デ・クル≫

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第四章 要塞内の動乱


 要塞内のとある一室。
 兵から状況の報告を受けた下士官は、無線を通じて行動の指示を出していた。
 生徒達の強さは下士官の予想を遥かに超えており、兵と機械兵器を送りつけても撃退されてしまうのだった。
 頭を抱える下士官。
「頭が痛い。このままじゃ、ジェイナス様になんて言い訳をしたら……」
「その悩み、私が解決してあげるわ」
「!?」
 突然の声に下士官が背後を振り返る。すると、一瞬無重力になったかと思うと、いきなり床に叩きつけられた。
「うぐ――ぅ!?」
 仰向けになった下士官の喉に圧力がかかる。
 目を開けて見上げると、黒髪の女性月美 芽美(つきみ・めいみ)が優しい笑みを浮かべながら下士官の喉元を踏みつけていた。
 腰のホルスターに手を当てるが既に銃はなく、下士官は苦しそうにしながら声を絞り出す。
「な、なんだお前……」
「ふふ……ふふふ……」
 芽美の口角が徐々に吊り上がり、冷徹な笑みへと変わっていく。
「こ、これ以上は……やめ……」
 芽美が踏みつける足に力を込め始める。
 圧迫された喉では声もまともに発することができず、下士官は芽美の細い足を叩いて必死に助けを求めた。
「あなたは何秒くらい持ちこたえるのかしら?
 ほら、さらに強くするわよ。頑張ってね〜」
 芽美はさらに足に入れる力をあげていく。
 下士官が机の脚を掴んで必死に抜け出そうとするが、一向に苦しみはから逃れられない。
 机の上の物が次々と床に落ちる音に紛れて芽美の高笑いが室内に鳴り響く。
 空気の抜けるような音と共に下士官の口から泡の混ざった唾液が溢れ出し、絶望に染まった目からは大量の涙が流れた。

 ――限界を迎えた下士官の喉が潰れる。

 芽美が血に染まった足を退ける。
「あ〜あ、終わっちゃったわね。まぁ、そこそこ楽しめたからご褒美ね」
 言葉そのままに皮一枚で首が繋がった下士官に、芽美は投げキッスを送ると、再び笑いを浮かべていた。
「物音がしましたけど、どうかしました――!?」
 扉を開けて入ってきた兵の表情が真っ青になる。
「あらあら、感傷に浸る暇もないのね」
「お、おまえ、よく――」
 敵討ちのために剣を引き抜いた兵の胴体が、突如真っ二つになった。
「あら?」
「芽美ちゃん、大丈夫ですか?」
 身体が分かれた兵を踏みつけながら緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)が室内に入っている。
 その手には血の付いた訃刃の煉鎖が握られていた。
「隠れ身で一人先に行くから少しだけ心配したんですけど……やっぱりその必要は全然なかったみたいですね」
 陽子は返り血を浴びている以外に怪我がない様子の芽美を見て、優しい笑みを浮かべていた。
 その時、室内の壁が突如破壊されて緋柱 透乃(ひばしら・とうの)が突入してきた。
「あ、二人ともこんな所にいたんだね」
 透乃の手には血まみれの兵が息をひきとった状態で頭部を掴まれていた。
「あのさ、ジェイナスはどこにいるのさ!?
 このままじゃ満足できないんだけどっ!」
 イライラした透乃は兵の死体を壁に投げつけた。
 透乃はジェイナスと死闘を繰り広げるために要塞に乗り込んだが、なかなか居場所が掴めないでいた。
「これだけ広いと探すのも一苦労ですよね。
 送っていただいた情報だけではどこにいるかわかりませんし……」
「しらみ潰しに探すにしても時間がかかるわね。
 それに他の人達が倒してしまわないとも言い切れないのよねぇ」
「あぁ、もう! どこにいるんだよぉ!!」
 陽子と芽美の言葉に、透乃は血のついた手で髪を掻きむしっていた。
 そこへ霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)がやってくる。
「みんな、怪我はな……透乃ちゃんは苛立ってるみたいだね」
「やっちゃん、遅いですよ」
「遅刻は厳禁よ」
「ごめんごめん」
「ああ、どこを探せばいいんだよぉ!」


*****


 一方、要塞内の別の場所では、早見 騨(はやみ・だん)が生徒達と一緒に研究室と思われる場所の近くまで来ていた。
「研究室はこの先で間違いないな。薬品や機具を運び込んだ記録がある」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は兵から奪い取った小型端末にアクセスして、搬入記録を調べていた。
 だが、幅の広い通路の先には兵が機材の陰から銃を発砲して立ち塞がっていた。
 ダリルは荷電粒子銃を撃って対応するが、相手は物陰に隠れてしまってなかなか倒せない。
 手を拱いていると、背後からルカルカ・ルー(るかるか・るー)が尋ねてくる。
「どうするの、ダリル?」
「少し無茶しないといけないかもな」
「そうなるよねぇ」
「だったら、私に任せて」
 ルカルカとダリルが話していると、イーリャ・アカーシ(いーりゃ・あかーし)が話に入ってきた。
「私のパワードスーツはかなり厚い装甲があるの。だから私が盾になって進んで、後ろからジヴァが接近して攻撃を仕掛けるわ」
「ふんっ、ある程度接近してしまえば隠れてようがなかろうが関係ないものね」
 ジヴァ・アカーシ(じう゛ぁ・あかーし)は壁にもたれながら鼻を鳴らす。
 イーリャとシヴァは新式パワードスーツのB型とG型を装着していた。
 それぞれB型は厚い装甲の防御型、G型は高機動の攻撃型となっていた。
「……わかった。それでいこう。あまり時間をかけている暇もないしな」
「それならルカも一緒に前線に行くわね」
 ルカルカはブライドオブブレイドをかざして笑いかける。
「俺も援護をするが、気をつけろよ」
「うん。カルキはあゆむの護衛をお願いね」
「わかった」
 カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)があゆむを守るようにして立つ。
 イーリャが壁に身体を密着させて通路を覗きこむ。
「それじゃあみんな、準備はいい?」
 背後を振り返ると、ジヴァとルカルカが頷く。
 イーリャは仲間の準備が出来たのを確認すると、通路に躍り出る。
 すると、無数の銃弾がイーリャに襲いかかる。
「この程度なら!」
 イーリャが両手で顔を守りながら進む。
 背後からルカルカとジヴァが後を追い、さらにその奥からはダリルが銃弾を放って少しでも敵の攻撃を減らそうとしていた。
「よし! この距離なら!」
 距離が詰められたことでジヴァがイーリャの陰から躍り出ると、素早く狙いを定めて個人携行型プラズマライフルの引き金を引く。
 敵を倒しつつ、素早い動きで反撃の銃弾を回避する。
「そんな簡単に当たってやれないわ!」
「ふふん、ルカも負けてられないよね!」
 ルカルカは【稲妻の札】を使用して、敵に強烈な稲妻を浴びせる。
「もらったよ! 魔障覆滅!!
 目の前に降り注いだ稲妻の閃光に目をくらませた敵に接近したルカルカが、目にも留まらぬ速さで剣を振った。
 切り刻まれ、その場に倒れる兵。
「これで全部?」
 ルカルカが剣を収めようとする。
 だが、通路に放置された治療機器の背後に隠れていた一人がルカルカを狙っていた。
 それをイーリャが治療機器ごと隠れていた兵を吹き飛ばす。
「ありがとうね♪」
「どういたしまして」
 ルカルカとイーリャが、ハイタッチを交わす。
「ちゃんと手当てをしなさいよ」
 ジヴァは所々傷を負っているイーリャに告げると、先に歩いて行った。
 ――通路を塞いでいた敵が一掃された。

 後方で、敵影がなくなったのを確認してダリルが拳銃を収める。
 研究室を見つけたらしく、ルカルカが大手を振って呼びつける。
「よし。みんな、いくぞ!」
 ダリルを先頭に、騨達はルカルカが見つけた通路の先にある部屋の前まで辿りつく。
 金属製の扉の横には『第一研究室』と書かれた表札があった。
 中に入ると、大きな机の上に何に使うのかもわからない高そうな機器と大量の紙の資料が置かれ、さらに壁際には大量のパソコンが起動したままで設置されていた。
 ダリルはさっそくパソコンに触れ、不老不死の実験に関する資料がないか探り始めた。
「……かなり色んな研究の資料が残っているな。これだけ多いと本命を捜し出すのは一苦労だな」
「おい、ダリル」
 周りの部屋を確認していたカルキノスが室内に入ってくる。
「ここ以外にも研究室と名のつく部屋が隣接して二つ。それと通路のさら先には実験室があるらしい。どうにもそこが怪しそうだぜ」
 そう言ってカルキノスは持ってきた資料をダリルに手渡す。
 『疑似生命移植計画』
 そうタイトルのつけられた複数の資料を捲っていくと、≪猫耳メイドの機晶姫≫あゆむに行われたものと酷似した実験の結果について書かれていた。
 ざっくりと一通り目を通し終わると、ダリルは資料のタイトル部分を指さす。
「手がかりが掴めたな。後は実験室の方も調べた方がいいな。この資料によるとそこを使っていたのは明らかだからな」
 言い終わった後にダリルは室内を見渡す。
 並べられたパソコン。机の上の資料。さらに壁沿いに置かれた棚にはバインダーが並べられ、下段の引き出しにも同じ物があると考えられた。
「ここを放置するわけにもいかないか」
「じゃあ、ダリルは先に行っていいよ。ここはルカが担当するから♪」
「任せていいのか?」
「うん。何か見つかったら連絡するよ」
 ダリルは残って手がかりを探すと言い出したルカルカの申し入れを素直に受け入れることにした。
「それだったらワタシ達も残って探しましょうか。ねぇ、ツカサ」
「そ、そうですね。え、えっと
 こ、ここはミコっ子魔法少女ツカサにお任せだよ♪
 ……っぅ〜」
 シオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)に話を振られた【ちぎのたくらみ】の効果で十三歳の少女姿になった月詠 司(つくよみ・つかさ)は、愛らしいポーズをとって返事をした後、顔を真っ赤にして俯いた。
 司はシュナイダージムの効果で魔法少女風にアレンジした巫女服を着せられ、魔法少女ごっこをさせられていた。
「     」
 司の頭で薔薇のコサージュの姿になったミステル・ヴァルド・ナハトメーア(みすてるう゛ぁるど・なはとめーあ)が笑いを堪えるように小さく揺れていた。
「不安は残るが後は頼んだ」
 ダリルはため息を吐くと、騨と共に部屋を立ち去ろうとする。
「ルカ」
「ん?」
「もし危なくなったらすぐに俺を呼べ。いいな?」
「うん。ダリルも気を付けてね♪」


 研究室を後にした生徒達はカルキノスが手に入れた情報を頼りに実験室を目指した。
 だが、先を急ぐ彼らの前に侵入者迎撃のために防衛装置が行く手を塞いでくる。
 無限 大吾(むげん・だいご)は生徒達の前に立ち、レジェンダリーシールドで砲撃を受け止める。
 爆風が巻き起こり、シールドを通して大吾の手に振動を伝わってくる。
「さすがに守るだけじゃ、どうしようもないな。セイル!」
 大吾を背後を振り返り、セイル・ウィルテンバーグ(せいる・うぃるてんばーぐ)に呼び掛ける。
「セイル。敵の砲撃は発射後に数秒間隔がある。その間に俺が援護するから自動砲台の破壊してくれ」
「いいぜ、いいぜぇ!! 派手に暴れてやるぜぇ!!」
 セイルが金剛嘴烏・殺戮乃宴を振り回しながら、楽しそうに笑う。
 その後ろで騨も拳銃を手に援護をしようと構える。
「落ち着け……落ち着け……」
 だが騨は不慣れな戦場で緊張していた。
 何度も深呼吸して、激しくなる動悸を収めようとする騨。
 その時――カメラのシャッター音が聞こえた。
 騨が振り返ると、想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)でデジカメで騨のことを撮影していた。
「あの、これは……」
「勇ましくなった騨の姿を撮ってるの。
 自分からは見えないでしょ? 自分の成長した姿って。
 写真はあゆむちゃんにも後であげるわね♪」
「や、やめてください。僕はそんな勇ましいとか……」
 連続で撮影を行う瑠兎子に、騨は恥ずかしがって両手で顔を隠していた。
 すると、瑠兎子がシャッターを押す手を止めて騨に微笑む。
「少しは緊張が解けたみたいね」
「あ……うん」
 瑠兎子の意図を理解して、騨はなんだか申し訳なく思えた。
 騨はこれまでに一度も引き金を引くことが出来なかった。
 戦闘は生徒達が行い、騨は足を踏み出せず、いざという時には手が震えてしまう始末だった。

 自分には何もできない……

 弾が落ち込んでいると、その気持ちを読み取ったかのように瑠兎子が優しく声をかけてくる。
「あのね……人は好きな子のためなら、どこまでも強くなれるものなの。力は想いの後からついてくるの。ワタシが保障する。だから――」
 瑠兎子が騨の両肩を掴み、目を真っ直ぐ見つめる。
「自信を持ちましょう。『この戦いは勝てる!』。そして『あゆむを救える!』。
 それを強く……強く信じるの! その想いが強い力と自信になるから! わかった!?」
 騨は戸惑いながらも、瑠兎子の勢いに圧されるように頷いた。
 瑠兎子が満足した表情で騨から離れる。
 すると、瑠兎子の契約者である想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)がそっと騨の肩に手を置いた。
「だけど、無理はしなくていいんだよ。
 本当に必要な時に大切な人を守れる力は必要だけど、今はオレ達がいるから。
 だから焦らず、覚悟を決めてからその引き金を抜けばいいんだ」
 騨が自分の手に持った拳銃に視線を落とす。
 ずっしり重い拳銃が、さらに重く冷たく感じられた。
「すいません。ダメダメで……」
「謝る必要はないよ。オレだって騨とそんなに変わらない。
 ただ少し……少しだけ早く、守りたい想いと人のために戦う覚悟を決めただけなんだからさ」
 夢悠が騨の背中を叩く。
「ここは任せて!
 瑠兎姉、オレ達も援護に回るよ」
「おっけー!」
 夢悠が瑠兎子と共にセイルの傍に立つ。
 話を聞いていた大吾が夢悠に笑いかける。
「夢悠さん、覚悟はいいかい?」
「いつでも大丈夫」
「それじゃ、次の砲撃の後、一気に攻めるぞ!」
 大吾が盾を持つ手に力を込める。
 夢悠が緊張で生唾を飲み込む。
 そして――砲弾が盾に直撃する。
「今だ!」
 大吾が掛け声と共にインフィニットヴァリスタを正面の自動砲台に向けて放つ。
 しかし、床から飛び出した鉄板のその攻撃を幾重にも防いでくる。
 それでも大吾は攻撃を続けた。
「セイル!」
「任せろってんだ!」
 その間にセイルが鉄板で身を隠した自動砲台に向けて走り出す。
 その進行を阻むように壁から出てきた機関銃がセイルに向けて放たれる。
「ちぃ!?」
 セイルが回避行動をとろうとした時、突如機関銃の射線上に胴の鎧が入り込んだ。
 空中に浮遊した鎧が銃弾をことごとく防ぐ。
 振り返ると、【サイコキネシス】で胴の鎧を操作している瑠兎子が笑顔でピースサインを出していた。
「とまらず進むんだ!」
 夢悠が【雷術】を放ちながら叫ぶ。
 放たれた雷は機関銃に直撃し、システムごと破壊する。
 セイルが止めていた足を再び動かす。
「急げ、セイル!」
「わぁってるよ!」
 鉄板の向こうで激しい機械音と共に、バチバチと電流が流れる音が鳴り響く。
 大口径の弾丸に電子を加えた攻撃だ。
 その発射準備が間もなく完了しようとしている。
「まずいぞ! そんなの食らったら、たとえ直撃を防いだとしても――」
「止めるってのぉぉぉぉぉぉ!!」
 セイルが加速ブースターの出力を上げる。
 攻撃を防いでいた鉄板が少しずつ下がっていく。その向こうに紫色の電量が微かに顔を覗かせる。
 大吾が攻撃に備えて盾を握る手に力を込める。
 鉄板が下がると同時に大口径の弾丸を発射する銃口が顔を覗かせ、弾丸が――
「うらぁぁぁぁあああああああああああああああああ!!」
 飛び出した弾丸にごと、セイルが四枚の刃と無数の棘のついた大剣金剛嘴烏・殺戮乃宴を自動砲台に音速の速さで振り下ろす。
 金属同士がぶつかる耳障りな音が響き、剣と弾丸が激しく火花を散らす。
 セイルは吹き飛ばされそうになるのを堪え、柄を握る両手に力を込める。
「ぶちぬけぇぇぇぇぇぇ!!」
 叫びと共に大剣に炎が宿り、弾丸に亀裂が走る。
 そして――爆発が起きた。
 自動砲台とセイルが、閃光と同時に起きた灰色の煙の中に吸い込まれる。
 巻き起こる火薬の匂いと煙は通路を駆け抜け、大吾たちの方までやってきた。
「げほっげほっ……セイル……無事か?」
 大吾はむせ返りながら、盾を構えつつ、自動砲台の方へと近づく。
 ――攻撃の気配はない。
「セイル、無事なら返事を……セイル!?」
 煙の中で床に横たわるセイルを発見し、大吾は盾を捨てて駆け寄る。
 頭を支えるようにして上体を起こすと、セイルは瞑っていた目を開けた。
「大吾、ですか。砲台は倒せましたか?」
 戦闘モードが切れたらしく、セイルは普段の大人しい口調に戻っていた。
 確認のために大吾が視線を向けると、クレーターになった場所の中央に、真っ二つになった自動砲台がバチバチと火花を散らして機能を停止していた。
「ああ、大丈夫だ。よくやったな」
「…………」
 大吾が頭を撫でると、セイルは少し嬉しそうに鼻を鳴らしていた。

 戦闘が終わったことを確認したリース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)が緊張気味にあゆむに声をかける。
「こ、これで実験室まで行けますねっ、あゆむさん」
「はい! これもみなさんのおかげです。ありがとうございます」
「いいい、いえ。私もなにも、そんな……。
 と、とにかぅ、な、何か見つかると嬉しいですね!」
 リースは腕を振るいながら、何か気の利いた言葉を探したが、なかなかそれらしい言葉が見つからなかった。
「あ、みなさん移動するみたいですよ。あゆむ達も追いかけましょう」
「は、ひゃい!」
 リースの返事にあゆむがクスリと笑う。リースは恥ずかしくて顔を真っ赤に染めた。
 ボディーガードとしてついてきたのに、励ますどころか笑われてしまっている。
 リースの情けなさに悲しくなり、ため息を吐いた。
「せめて、行動だけはちゃんとしないと……」
 自分を励まし、ちゃんとボディーガードの家系として、しっかり役目を果たそうと決意するリース。
 その時、リースは未だ煙の舞い上がる通路にキラリと光る物を見つけた。
「あゆむさん、伏せて!!」
「へ!?」
「――っ!?」
 咄嗟にあゆむを押し倒したリースの肩にレーザーが掠る。
「くっ! そこかぁ!!」
 カルキノスがロンギヌスの槍Rを天井からレーザーを放つ防衛装置に投げつけ、破壊した。
「リ、リースさ――」
「いいから、このままじっとしていてください!」
 額に脂汗を浮かべたリースは、あゆむを隠すように覆い被り、敵の攻撃に備える。
 だが、それ以上攻撃はなかった。
「うぅ……」
 安全を確認すると、リースは肩を抑えながら離れ、あゆむは慌てて持ってきた救命道具を取り出す。
「い、いま手当を……あわわ」
 だが、身体が震えてしまい包帯さえうまく巻くことができない。
「どいていろ。俺が回復させてやる」
 代わりにカルキノスが【キュアオール】をリースにかけ始める。
「ごめんなさい」
「……謝ることはない」
 あゆむの膝の上で握りしめた拳に、ぽつぽつと水滴が零れ落ちる。
 ――悔しかった。ただ包帯を巻くこともできず震えているだけの自分が、情けなかった。
 唇を噛みしめて嗚咽が漏れるのを我慢する。
「あゆむ、怪我は?」
 そこへ心配して戻ってきた騨が近づいてくる。
 あゆむは顔をあげそうになるが、泣いてる顔を見せたくなかったのでそのまま俯くことにした。
 その行為に、騨は余計に心配した。
「どこか痛むの?」
 あゆむが首を横に振る。
「じゃあ、どうしたの?」
 黙っているあゆむに困惑する騨。
「だ、大丈夫です。あゆむさんは守りましたっ」
 治療を受けながらそう答えたリースを見て、騨はあゆむが助けられたことを察した。
 そして、床に転がる包帯……。
「迷惑かけちゃったみたいですね。ありがとうございます、リースさん」
「めめめ、迷惑なんちぇそんな。これが仕事ですからぁ!?」
 頭を下げて感謝を述べる騨に、顔を真っ赤にしたリースは顔の前で両手を振りながら照れていた。
 感謝を述べた騨。すると、いきなりあゆむの頭に手を置いた。
「あゆむはさっきの研究室に戻っていた方がいい」
「え?」
 思わず顔を上げたあゆむは、真剣な表情で見つめる騨と目があった。
 騨は真っ直ぐあゆむを見つめている。
「このまま進むとさっきみたいな危険が待っているかもしれない。
 それよりルカさん達と一緒にいた方が安全だよ。何かあれば、あの人たちと一緒に追いかけてくればいいよ」
「で、でも……」
「送るのはカルキノスさんに頼むから……お願いできますか?」
「ああ、俺はいいが……」
 カルキノスは腕を組みながらあゆむを見つめる。
 あゆむはどうしていいかわからず騨とカルキノスを交互に見つめ、結局何も言い出せずにいた。
「じゃあすいませんが、お願いします」
 騨が先へ進んだ大吾達を追いかけるために立ち去ろうとする。

 『このままでは置いて行かれる』

「待ってくださ――きゃっ!?」 
「うわっ!?」
 追いかけようとしたあゆむは、立ち上がった瞬間転んでしまい、そのまま騨を下敷きにした。
 騨は鼻を抑えながら身体を捻って、背中に乗ったあゆむを驚いた様子で見つめる。
「あゆむ!? なに!? どうしたの!?」
「一緒にいたい……」
 あゆむは騨の服を強く握りしめ、大量に皺をつくる。
「どうせ忘れるなら、その前に大切な騨様の傍に……少しでも長く……思い出をください。残させてください……おねがい、です」
 あゆむの声から徐々に嗚咽が漏れ始め、服に涙がこぼれる。

 忘れられるとわかっているから、これ以上思い出を増やして大切な人の哀しみを増やしたくない。
 それなのに、一緒にいたいという衝動は消えるどころか日に日に強くなるばかりだった。


「あゆむ……」
 騨は暫く黙って自問自答した後、小さく頷く。

 大切な人を守りたい。だから、危険な場所になんて来てほしくない。
 でも、本当は心配だからこそ傍にいたい。ずっと傍にいて幸せに過ごせるならそれが一番だと……


 結局、騨はあゆむを連れて先に進む。
 そして、生徒達は≪隷属のマカフ≫の実験室に辿りつく。