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リアクション
「へっくしゅ」
セレアナがそう、祈りを捧げた時――
当のセレンフィリティは、カラスの巣の中で盛大なくしゃみをしていた。
「大丈夫ですか? 寒くありません?」
そのくしゃみを聞いたアルセーネ・竹取(あるせーね・たけとり)が、心配そうに声を掛ける。
なにしろセレンフィリティの格好は、上着を落としてきてしまったのでトレードマークのビキニ水着一枚。セレンフィリティ的には「上着が無いだけでいつもの格好」なのだが、事情、というか彼女の普段の様子を知らなければ、水辺ではしゃいでいたところをカラスに連れてこられた様にしか見えない。アルセーネの心配顔も尤もだ。
「ううん、大丈夫。セレアナかしら……」
ずず、と鼻を啜りながら、心配性のパートナーの事を思い浮かべる。
どうせ、大人しくしててちょうだい、とでも思っているのだろう。が、そんなのセレンフィリティの性には合わない。
「さてと、どうやって脱出しましょうか、っと」
「その話、俺にも協力させてくれ」
呟くセレンフィリティの言葉を聞いて声を掛けてきたのは、遠野歌菜のパートナー、月崎羽純だ。
歌菜を庇ってうっかり攫われて仕舞ったのだが、このまま黙って捕まっていては男として、夫としての沽券に関わる。なんとしても脱出の糸口を掴みたいところだ。
カラスの巣は、「カラスの巣」という一般名詞からは想像も付かないほどに巨大だった。一応、構造としては木の枝などを組み合わせて外側を固め、内側に羽毛や藁のような柔らかい素材を敷き詰めてある、というごく普通のカラスの巣なのだけれど、とにかく大きさが規格外だ。
なにしろ、十人以上の人間が中に居ると言うのに、窮屈さを感じないのだ。派手に立ち回りが出来るほどの広さは無いとはいえ、ちょっとした部屋くらいの床面積は軽くある。
石化したままの龍杜 那由他(たつもり・なゆた)が真ん中に置かれていて、その隣には彼女を気遣うようにアルセーネが座っている。他にも、連れてこられた男女がそれぞれに腰を落ち着けていた。中には、気絶して仕舞っている者もいる。
「あたし一人なら何とかなるけど、この人数見捨てて行く訳にもね」
「ああ、そうだな……多分、俺のパートナーが探しに来てくれてるとは思うけど、これだけ巨大な木の中じゃ……」
羽純はそう言って肩を竦める。パートナーの事は信頼しているけれど、人間、物理的に出来ることと出来ないことがある。
「そうね、あたしのパートナーも勿論、みんなのパートナー達だって来てるでしょうけど、いつ見つけて貰えるやら」
セレンフィリティは同意を示すように、両手を開いて肩の横に持ち上げた。
「近くにカラスの奴は居ないようだが、油断はできんな」
外の様子を伺っていた夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)が重々しく呟く。パートナーのホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)は魔鎧形態となって、甚五郎に纏われている。
「脱出すること自体は容易そうだが」
「やっぱり、動けない子達が問題よね……」
甚五郎の言葉を受けて、セレンフィリティが周囲の面々を見渡す。
石化されている那由他は勿論動けないし、彼女を心配して居るアルセーネも、巣を離れる気はないだろう。
そのほかにも、ユーリ・ユリン(ゆーり・ゆりん)は気絶してひっくり返っているし、それからもう一人。
「えーっと、あのね、地面にね、下ろしてくれないかしら」
ぽやんとした口調で誰かに向かって話しかけている、セリーナ・ペクテイリス(せりーな・ぺくていりす)に、一同の目が集まる。
彼女の下半身は、まるで人魚のような尾ひれになって居て、自分で歩くことは出来ない。
――いや、今注目を集めたのはそのこと半分、突然の中空に向けた独り言半分なのだけれど――
注目されて居る事に気づいたセリーナは、きょとん、とした顔で一同を見渡すと、こくん、と首を傾げる。
「どうか、しましたか?」
「あ、いや……誰と話しているのかな、と」
少し遠慮がちに羽純が問いかける。するとセリーナはにっこり笑って、
「木と」
と答えた。
人の心、草の心というスキルがある。植物と心を交わす事が出来るようになるものだ。それは契約者たちもよく知っている、知っているけれど、やはり、目の前で声に出して会話されると、ちょっとびっくりする。
「えと、それで、木はなんて?」
「みんなをここから下ろして下さい、ってお願いしたんだけど、無理みたいなの」
「ま……まあ、木、だもんね……」
「だな、自由に動けるなら助けてくれたかも知れないが――」
「どうしましょう、ナディムちゃんにね、お出かけするって言わなかったから、一度帰ろうと思うんだけれど」
「そうね、それは――みんなもそう思ってると思うわ」
「そうか? 我としては、刀真達が来るまで囚われのお姫様気分も悪くないと思うが」
余裕たっぷりに悠長な事を言うのは玉藻 前(たまもの・まえ)だ。
カラスから特に何か攻撃をしてくるとか、危害を加えられそうな様子は今のところ無い。おそらく本能としての収集癖が自分達を攫わせたのだろうと、玉藻は髪に挿したかんざしに触れた。
特に退治の必要も感じられないし、パートナー達が迎えに来てくれたら、そっとお暇すればいい。そう判断した玉藻は、すっかりくつろぎ、巣の壁に背中を預けている。
「それに、此所に居た方が安全な輩も居るようだしな」
そう言って玉藻はちらりと巣の端を見遣る。そこには少女達が三人、身を寄せ合って居た。
ノア・リヴァル(のあ・りう゛ぁる)とチェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)、それからイコナ・ユア・クックブックの三人だ。
ノアはまだ瞳に力があり、座る姿にも油断が無い。実戦での経験もある程度豊富であることを伺わせているが、チェルシーはおっとりとしたまなざしで、ノアの影に隠れている。契約者とはいえ、実戦での経験は少なそうだ。
そして、残りの一人のイコナは。
(か、カラスの奴ったら、めめめ、めておだって撃てるわたくしをこんな目に遭わせて、ただで済むとでもおもっているのかしらっ……)
心の中で強がりながら、ノアとチェルシーの影に隠れてぷるぷる震えていた。
彼女がメテオスウォームさえ使いこなす程の、一流と呼ぶにふさわしい実力を持っていることは事実である。パートナー達の元で本気を出し、万全の状態で戦うのであれば、ノアやチェルシーを遙かに凌駕する戦闘力を発揮するだろう。
だがしかしいかんせん、精神年齢がどこまでもおこさまだった。
「大丈夫ですわイコナさん、わたくしたちがついています」
「そうです、きっとパートナーさんがお迎えに来てくれますよ」
パートナー達から無理矢理引きはがされ、しかも攫われる際にティーに見捨てられ(た、とイコナは思っている)、イコナのガラスハートは今にもひび割れそうだ。ノアとチェルシーが励ましてくれているが、イコナの目には大粒の涙が溜まっている。それを落とさないのは、イコナのせめてものプライドだ。
こんな状態では、万が一カラスやガーゴイルなどに襲われたとき、足手まといになることは避けられないだろう。ならば、パートナー達が迎えに来るまで、此所で大人しくしていた方が安全というもの。
「そうね……これは、救援を待った方が安全ね」
セレンフィリティは改めて状況を把握して、やれやれと呟く。
囚われのお姫様なんて彼女の性に合わないこと甚だしい。けれど、弱い者を無視して勝手をするほど周囲が見えない訳ではないし、全員が確実に脱出出来る方法を正しく選択する事が出来る程度には、軍人として訓練されている。
「全く、さっさと助けに来なさいよね……」
巣の外を見遣り、セレンフィリティは小さく呟いた。
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