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学生たちの休日9

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学生たちの休日9
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    ★    ★    ★
 
「今日は、ファイにいっぱい美味しい物作っちゃうからね。期待しててよ」
「わーい……です」
 キッチンで張り切るウィノナ・ライプニッツ(うぃのな・らいぷにっつ)に、広瀬 ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)は単純に喜んだが、一抹の不安にちょっとだけ心配になる。
 なにしろ、ウィノナ・ライプニッツは広瀬ファイリアの実母ではあるのだが、はっきり言って日々の料理は全て広瀬ファイリアが作っている。まあ、そのせいで、ウィノナ・ライプニッツが一念発起したわけではあるのだが……。
さあ、始めようか。。見ててね。こう、包丁でまな板をトントントンと……」
 まな板の上のキャベツに、ウィノナ・ライプニッツが上から包丁を押しあてた。それを両手でぐいぐいと押して切ろうとする。
「あ、危ないです。野菜はちゃんと押さえないとです。それから、包丁は押すんじゃなくて、前後に動かして切るんです」
 指でも切っては大変だと、広瀬ファイリアがあわててウィノナ・ライプニッツを止めた。
「大丈夫。ちょっと力を入れれば切れるから……」
 ぐいぐいとキャベツを切ろうとするウィノナ・ライプニッツの手に、広瀬ファイリアが自分の手を添えた。
「一緒に切ろ、お母さん」
 そう言うと、広瀬ファイリアが重ねた左手でキャベツを押さえ、包丁に添えた右手をスーッと引いて動かした。必死に抵抗していたキャベツが、あっけなく真っ二つになる。
「できたわ」
 なんだか、一つの戦いが終わったという感じでウィノナ・ライプニッツが言った。ちょっと額に汗をかいている。
「あとは、猫の手を添えて、千切りにしていくのです」
「猫の手?」
 戸惑うウィノナ・ライプニッツに、広瀬ファイリアが千切りの仕方を教える。
 何度か空振りという危険な場面があったものの、なんとかキャベツの千切りがこんもりとできあがった。それを、冷たい水を入れたボールに入れて、とりあえず晒しておく。
「お肉は、筋斬りをして、ちょっと叩くのです」
「うんうん」
 広瀬ファイリアに教わりながら、ウィノナ・ライプニッツが肉の下ごしらえをしていく。母親が娘に料理を教わるというのはもの凄く本末転倒な気もするが、今はしょうがない。きっちりと覚えて、いつか立場を逆転させるのだ。やはり、母親としては、娘に美味しい料理を作ってあげたいものである。
 肉に小麦粉をまぶしてからよく払い落とし、溶き卵につけて、さらにパン粉をザクザクとくっつける。
「よし、じゃあ、揚げるよ」
「ちょっと待って、ちゃんと温度を確かめないとです」
 そう言うと、半分ほど油を溜めて火にかかっているフライパンの中に、広瀬ファイリアがパン粉を少し投げ入れた。あまり変化がない。
「まだ、温度が低いです」
「そうなの?」
 ちょっと気が急いていたウィノナ・ライプニッツが戸惑う。だが、低温で肉を入れたら、揚げ物ではなく油煮になってしまう。
「もういいかなです」
 再び温度を確かめて、広瀬ファイリアが言った。フライパンの中で、パン粉が綺麗に踊る。
「い、いくわよ……」
 ちょっと意を決して、ウィノナ・ライプニッツがフライパンにカツを投入した。
 じゅばあ!! っと、大きな音がして、少し油が跳ねる。
うおっ。
 思わず、ウィノナ・ライプニッツが後ろに飛び退いた。
「このくらい大丈夫です。暴れて、フライパンをひっくり返す方が大変です」
 広瀬ファイリアに言われて、ウィノナ・ライプニッツが気を落ち着かせる。
 天ぷら鍋ではなくてフライパンなので、衣に色がつき出したところで一度箸でひっくり返す。
「まあ、綺麗な色」
 一応自分の料理の製菓に、ウィノナ・ライプニッツがうっとりする。その間も、広瀬ファイリアが時間を計りつつ、揚げる音に耳をかたむけていた。
「そろそろです」
 広瀬ファイリアに言われて、ウィノナ・ライプニッツがペーパータオルを敷いた金トレイの上にとんかつを引き上げた。
「さてと……」
「少し待つです、お母さん」
 すぐに包丁で切ろうとするウィノナ・ライプニッツを広瀬ファイリアが止めた。とんかつは、ここからが勝負なのである。余熱でじっくりと中まで火が通っていくのだ。今切ってしまうと、熱が逃げて美味しくなくなる。
 我が娘ながら、手際がよすぎると、ウィノナ・ライプニッツがちょっと心の中で溜め息をついた。だが、ここでめげていてはちゃんとした母親にはなれない。
 しばらく時間をおいてから、ようやくとんかつを一口大に切っていく。包丁が入ると、さくさくと小気味いい音がした。
 あとは、さっきのキャベツをよく水切りして皿に載せ、その上にカツを載せるだけだ。
「ふう、できた」
 やれやれという感じで、ウィノナ・ライプニッツがちょっと額の汗を拭う。
わーい、やったです、やったです。お母さん、頑張ったです。さあ、食べようです」
 広瀬ファイリアにうながされて、ウィノナ・ライプニッツはできあがった料理をダイニングに運んでいった。他にも、コンソメスープ(こちらは、固形コンソメをお湯で溶かしてクルトンを入れただけだが)と御飯とお漬け物が食卓にならぶ。
「いただきまーす。うん、美味しいです♪」
「そう? 美味しい? これからも、もっといろいろ料理覚えて、ファイに食べさせてあげるからね」
 広瀬ファイリアの素直な感想に、意欲を燃やすウィノナ・ライプニッツであった。