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学生たちの休日9

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学生たちの休日9
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    ★    ★    ★
 
「やあ、よく来てくれたね。ささ、あがってくれ」
 お茶会の用意をレオン・ラーセレナ(れおん・らーせれな)と共に終えていた城 紅月(じょう・こうげつ)が、来客である長谷川 真琴(はせがわ・まこと)松嶋 環(まつしま・たまき)有栖川 桜(ありすがわ・さくら)を迎えた。
「呼ばれたから来ましたよ。これはお土産です」
 松嶋環が、お土産のターキッシュディライトの入ったつつみを手渡した。
「こ、これは……」
 超激甘のお菓子を前にして、レオン・ラーセレナがちょっと絶句した。
「いやあ、紅月とは久方ぶりでしたからね。ちょっと勝手が分かりませんでしたが、なんでも、パートナーはとても甘い物がお好きと聞いたので」
 その風貌とは似合わない丁寧な口調で松嶋環が言う。いったい、誰が流した情報なのだろう。
「そうですか。それでは、紅月が私と結婚したことも知らないと……」
「な、なんだってえ!」
 ボソリと嘘を言うシャルル・クルアーン(しゃるる・くるあーん)に、松嶋環が目を白黒させて驚いた。
「こら、シャルル、何を言う!!」
 城紅月とレオン・ラーセレナが声を揃えて怒鳴った。
「誤解しないでくれよ。俺の伴侶は、レオンの方だよ」
「な、な、な、なんだってえ!!」
 訂正する城紅月に、松嶋環がさっきよりもさらに驚く。松嶋環の嗜好は、いたってノーマルのようだ。
「まったく。変なことを紅月の友達に吹き込まないでください」
 レオン・ラーセレナに怒られて、シャルル・クルアーンがにまにまと笑う。それを見て、同類の臭いを敏感に感じたのか、有栖川桜がにまっと笑った。
「とりあえず、お茶をしつつ、相談に乗ってくれ」
 城紅月に言われて、一同が席に着いた。
 テーブルの上にはレオン・ラーセレナお手製のアップルパイとオレンジ・シャルロットやチョコレートなどが紅茶と共にならんでいる。
「まあ、レオンさんったらステキに奥様していらっしゃるのでありますね」
「奥様!」
 またもや固まる松嶋環に、有栖川桜が、チャンスとばかりに膝の上によじ登って収まろうとした。
「ええっと、早く本題にいこう」
 このままでは身が持たないと、松嶋環がよいしょっと有栖川桜をだきかかえて隣に座らせながら言った。
 チッと、陰で有栖川桜が残念のポーズをとる。
「発端は、先の教導団襲撃事件だ」
 城紅月が切り出した。
「このとき思ったんだよ。医療班としては、その設備、運搬能力、安全性、機動力、その全てを網羅するために大型飛空艇が必要なんじゃないかって」
「それで、飛空艇が、飛空艇がって電話のむこうで叫んでいたわけですね」
 やっと、状況が呑み込めて松嶋環が言った。
「そうですねえ。一応、基本スペックという物は一定ですから、こちらがベースとなりますね」
 長谷川真琴が、持ってきたカタログを広げて説明を始めた。
「大型飛空艇はイコンと似たところがありまして、機関部はブラックボックス化していて、どの大型飛空艇も同じパーツになります。ワタシたちがいじくれるのは、機関部とそれに付随する部分以外の所、つまり、内装や外装や艤装の部分ですね。逆に言えば、この部分で、特徴も出るし、オンリーワンの性能も出せると言うことです」
 今度はパーツのカタログを広げながら長谷川真琴が説明した。
「まずは、基本的な外観だね。環はどう思う?」
「そうですねえ。飛空艇の善し悪しは専門外ですが、戦場を駆け抜ける以上、頑丈なのに越したことはないと思いますが……」
 城紅月に聞かれて、松嶋環が答えた。
「妥当な意見ですね。耐久性や生存性を高めるとなると、外装にスルガアーマーを追加装甲として加えれば、かなり安全性が増すと思いますね。病院船という性格からは、小型飛空艇やイコンが離発着できるのが理想ですから、甲板か発進デッキがほしいところですが、そこが狙われやすいとも言えますから、離発着口のような物でもいいかもしれません。防御性能を考えると跳弾性を考慮して表面は球面カーブを持つ流線系がいいかもしれませんね」
 長谷川真琴が、城紅月の希望に合わせてテキパキとパーツカタログや、既存のカスタマイズされた大型飛行船の外観を提示していく。それに、松嶋環が実戦での有効性の疑問を提示して絞り込んでいくという感じだ。
 三人が真面目に飛空艇のチョイスをしている間、シャルル・クルアーンと有栖川桜は、なぜか二人でレオン・ラーセレナを言葉で弄んでこっそりと遊んでいた。無意識のうちに同類として意気投合してしまったらしい。レオン・ラーセレナとしても無視すればいいのだが、相手をしているとはつきあいがいいことだ。
「医療機器や薬品や当面の食料などは大量に搭載できないとだめだよね」
「それ以前に、病床数を確保する必要があるでしょう」
 他の大型飛空艇と根本的に違う特徴を城紅月と松嶋環が指摘する。
「そうすると、内部の機構はいらない部分を極力排して、コンテナ部を増設して多くのスペースを確保する必要がありますね。あとは、戦場での指示や負傷者探索のために外部スピーカーユニットがほしいところです。救助用の補助救命艇としてイコンホースもあればベストですね。次に、戦闘力ですが、まったくないのも問題ですので、最低限デッキガン程度はほしいところです。どちらかというと、防御の充実が望まれますので、可能であればビームシールドはほしいところでしょうか」
「じゃあ、こんな感じになっていくかなあ」
 みんなの意見を入れて、城紅月がだいたいのラインを決めていく。
 城紅月がさる人に命名を頼んだ「心の調和の女神の守りし聖域」――銀白色の大型飛空艇テマノス・コンコルディアが進宙式を行うのはそれから少ししてのことだった。
 
    ★    ★    ★
 
「キャンプ♪ 特訓♪ 山ごもり♪」
 山道の途中で拾った木の枝をタクトのように元気に振り回しながら、大きなリュックを背負ったイングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)が元気に進んで行った。白い虎縞模様のパワードスーツを着込んでいるので、ズンズンズンと進んでいる。
「ちょっと、イングリット、少し待ってよー」
 後ろからついていく秋月 葵(あきづき・あおい)が、そのノリについていけずにちょっとげんなりした。だいたい、どうしてこうなった。
 もとはと言えば、夏合宿から秋月葵たちが戻ったときに、なぜそんな面白いことに自分を連れていかなかったのかと、イングリット・ローゼンベルグが床の上に寝っ転がってジタバタとぐずったのが発端だ。おかげで、急遽山へキャンプに行くことになったのだった。当然、他のパートナーたちは体よく逃げてしまったので、秋月葵一人がつきあう形となる。
「ふう、やっとついたわね」
 目的のヒラニプラ山中キャンプ所に辿り着いて、秋月葵がやれやれと言うふうにリュックを下ろした。
 ところが、イングリット・ローゼンベルグの姿がどこにも見えない。
「イングリット? どこに行っちゃったの?」
「葵、遅いにゃー。さっそく特訓始めるにゃー」
 やる気まんまんのイングリット・ローゼンベルグが、軽く飛び跳ねながらファイティングポーズを取っている。
「えっ、今から……!?」
「いくにゃー!」
 問答無用でかかってくるイングリット・ローゼンベルグに、秋月葵としてもつきあうしかなかった。本当はテントを張ったり、いろいろと準備しなければいけないのだが、ぼーっと突っ立っていたら、それこそイングリット・ローゼンベルグにボコボコにされてしまう。イングリット・ローゼンベルグが、そういうところに気を回すはずがなく、遠慮なく攻撃してくるだろう。いや、事実、容赦なく攻撃してくる。オートガードとインビンシブルをフルに活用して秋月葵はイングリット・ローゼンベルグの攻撃をいなした。どうせ、しばらくのことだ……。
「飽きたにゃー」
 案の定、三十分もするとイングリット・ローゼンベルグは特訓に飽きてしまった。
「暑くってやってられないにゃー。水浴びして涼むにゃー」
 そう言うなり、ぱっぱと着ているパワードスーツとアンダーを脱ぎ捨てながらイングリット・ローゼンベルグが川の方へと駆け出していった。
「もう、グリちゃんったら、しょうがないんだもん……」
 イングリット・ローゼンベルグが脱ぎ散らかした物を拾い集めてから、秋月葵が一人でテントの設営を始めた。はなからイングリット・ローゼンベルグを当てにしてはいなかったとはいえ、こうも予想通りというのもちょっと溜め息が出る。
 飛び出していったきりなかなかイングリット・ローゼンベルグが帰ってこなかったが、このあたりで彼女がかなわない敵もいないだろうから、心配することはないだろう……たぶん。
 ということで、また邪魔されないうちにカレーを作り始めた。やはり、キャンプといったらカレーだ。持ってきた蜂蜜をたっぷりと入れて、イングリット・ローゼンベルグ好みの甘口にする。
 ぐつぐつとカレーを煮込んでいると、やっとイングリット・ローゼンベルグが帰ってきた。いつの間に着替えたのか白いスクール水着を着て、釣り竿を持っている。背中には、たくさんの川魚をそこらの蔓草で繋いだ物を背負っていた。
「それ、どうしたの!?」
「釣ったにゃー。今日の夕御飯にゃー」
 あまりに大量の魚を見て、秋月葵が目を白黒させた。これは、焼くしかあるまい。でないと腐ってしまう……。
 組み立て式の簡易オーブンの上にどんどん魚を載せて焼いていく。とても燃料が持ちそうにないので、あわてて拾い集めた木ぎれを薪にする。なんだか、気分はサバイバルキャンプだ。
 イングリット・ローゼンベルグの方は、疲れたから御飯ができるまで寝るーっとばかりにすやすやと寝息をたてていた。
「グリちゃん、できたよー」
「わーい、いただきますにゃー」
 秋月葵の声に即座に反応して飛び起きたイングリット・ローゼンベルグが、元気よくカレーと焼き魚を食べ始めた。
 頑張って特訓したから……ではなくて、充分に遊んだから、お腹が空いていたらしい。あれだけ大量の魚をあっけなく食べ尽くしてしまう。
「うー、もうお腹ポンポンにゃー」
 満足そうに、イングリット・ローゼンベルグが寝っ転がった。
「グリちゃん、ちゃんとテントの中で寝ないとダメだよ」
「ぐー」
「もう……」
 自由奔放なイングリット・ローゼンベルグをテントまで引きずっていって、なんだか一日お母さんの気分を味わった秋月葵であった。