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渚の女王、雪女郎ちゃん

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渚の女王、雪女郎ちゃん
渚の女王、雪女郎ちゃん 渚の女王、雪女郎ちゃん

リアクション

「じゃあ、これを着て。サイズ大丈夫かな?」

 衣装ケースから新品のエプロンを取り出して、レグルス・レオンハート(れぐるす・れおんはーと)に渡すのは、海の家くらげの店長。
 雪女郎が浜辺を占拠したせいで客足が途絶えるものかと思っていたのだが、実際はその逆でこれでもかというくらいたくさんの客が訪れていた。そのほとんどが男性客で、この時期に海でお目にかかれるような水着の美女の姿はどこにもいない。
 それもそのはず、最初の頃は何も知らずに海を訪れた女性客は片っ端から雪女郎に凍らされてしまったので女性客の客足は遠のいていた。
 しかし、女性客が遠のいているのに比べて男性客は増える一方で、浜辺は愉快な紳士たちで終日埋め尽くされていた。
 しかも客といっても数日に渡って居座り続けるような猛者ばかりで、海の家では近くに併設したログハウスを急遽貸し出し、宿屋のようなこともやっているのだった。
 その宿泊場所も連日満員で、深刻な人手不足に見舞われていた。
 レグルスも海の家を訪れた際に張り出された求人募集を見て店長の元を訪れたうちの一人だった。

「うん、よかった。大丈夫そうだね」
「ありがとうございます。頑張ります!」

 にこにこと笑いながらケースを片付ける店長に釣られて笑顔になるレグルス。
 がっしりとした体格と、低く渋い声。それに何よりも強面の顔のせいで実年齢よりも遥かに上に見られてしまうレグルスは、雇ってもらえるか不安だったが、人手不足なのもあり、調理場で働けることになった。
 接客で客に怖がられる心配はなくなったことでホッと安堵の息を吐く。

「カレー、あがったよ!」

 厨房に入るとそこには綺雲 菜織(あやくも・なおり)の姿があった。

「まず簡単な仕事からやって、慣れてきたらいろいろ教えてもらえると思うよ。それじゃあ頑張ってね」

 分からないことがあったら彼女や他の厨房スタッフに聞いてね、と店長は手を振ってログハウスへと戻っていった。

「レグルス・レオンハートです。よろしくお願いします」

 綺雲をはじめ、他のスタッフもレグルスに声をかけ、そしていざレグルスの戦いは始まろうとしていた。

「俺は厨房担当のシンドー。今日はよろしくね。じゃあとりあえず洗い物手伝ってもらっていいかな? もう少し空いてきたら他のことも教えるからね」

 意気揚々と返事をすると、ジュウッと鉄板の焼ける音とソースの香ばしい匂いが漂ってきた。
 ふと視線をうつすと、綺雲がやきそばを作っている姿があった。
 何という手際の良さだろう。
 無駄のない動きで、麺をソースと絡み合わせる。海の幸が大量に入った夏によく合うメニューは、食欲をそそる匂いとともにレグルスの目の前であっという間に出来上がっていく。
 鉄板の暑さに綺雲は時折ふぅと息を吐き出す。しかしその手は休むことを知らず、次々と料理を仕上げていく。
 綺雲にとって、これは修行の一環であった。
 無駄のない動きでいかに効率よく動くことができるか、この暑い鉄板の前でいかに料理を形作っていくか。
 ただ単純に作ればいいというものではない。
 その気持ちが綺雲の中にはあった。
 目の前の麺を手早く綺麗に盛り付け、目の前の鉄板に油を引きなおす。
 この瞬間はミッションを一つこなしたような爽快感さえ覚えた。
 暑さに額を腕で拭いながら、彼女は笑みを零すのだった。


「もぉ〜! どうして私が手伝っちゃダメなのよ!」

 客席側では、テーブルを片付けて戻ってきたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が、厨房に入ることを許可してもらえないことに嘆いていた。

「まあまあセレン。それにあなたはこうやってエプロン姿でお客さんの前に出たほうがいいのよ。とってもいい笑顔を持っているんだもの」
 パートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)がにこりと笑ってセレンへ告げれば、少し照れくさそうに笑う。

「そ、そうよね! 私たちが笑顔で接客しないとね! このむさくるしいビーチを少しでも良くするために!」

 変な方向にスイッチが入ってしまったがそれはそれでまあいいかと、セレアナは笑顔で頷いた。
 本音を言ってしまえば、セレアナはセレンに料理をさせたくなかった。
 それは彼女の作った料理を他の人に食べてもらいたくないから、などという嫉妬心からくるようなものでもなく、手を怪我したり火傷をされたら困るというような可愛いものでもない。
 もちろん、そういうことも考えないわけでもないが、それ以上に何よりも、周りに被害を出さないようにするためである。

 セレンお手製食物兵器。
 彼女が作った料理は、教導団の団員にそう言わせるほどの破壊力を秘めてこの世に送り出されてしまう。一口食べてスプーンをからん、と床に落としてそのまま倒れた者もいる。
 彼女が望まなくても、今彼女が作り出すものにはもれなく胃袋破壊の追加効果が含まれているのだ。
 その威力は折り紙つきで、非公式に生物兵器指定すらされているのだが、本人は自分の料理にそんな評価が付いているとは露ほども知らなかった。
 それを、この平和な海の家でやらかすわけにはいかない。
 今ここでクビになるわけにはいかないからだ。

「あー、しかしまぁ見事にむさくるしい男どもしかいないわねー。せめてカッコイイ男の一人でもいれば目の保養にもなるんだけど。こんなんじゃやる気も下がっちゃうわよー」

 ぶぅっと頬を膨らませて文句を言うセレンに、セレアナは溜息をついて答える。

「……バイトをすることになったのは何でだったかしら」

 夏休み前のあの日。
 セレアナはそれを思い出してさらに憂鬱な気分になる。

 『じゃーん! 買ってきちゃいましたぁ!』

 そんな言葉とともに机に並べられたのは、夢のようなもの。
 そう、宝くじだったのです。
 今年のボーナスを全額つぎ込んで買ったというだけあって結構な枚数が机に並べられており、セレアナは倒れそうになるほどに血がサアッと引いていくのを感じていた。
 仕事に疲れたくたびれたサラリーマンがドリームを求めて少ない給料から夢を買うとはよく言うが、これはさすがに買いすぎだろう。
 パラミタサマージャンボ宝くじの文字がゲシュタルト崩壊するまでに時間はそうかからなかった。
 しかもものの見事に全滅。これでもかというくらいセレアナはセレンに説教をしたのだった。
 宝くじとは、夢を買うものだ。
 夢というよりも『もし当たったら何をするのか』という妄想代に近いのかもしれない。
 妄想に金がいるのかと思いつつも、もし当たったらという希望を捨てきることが出来なくてつい買ってしまうのだ。
 しかし人の夢と書いて、『儚い』。
 セレンの買ってきた夢たちも、財布の中身とともに儚く散ってしまったわけである。

 そのことに関してはセレンもあまり強く出れないし、これ以上セレアナが怒ると怖いので大人しくアルバイトをして失った分を取り戻さなければならないのだった。