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夏休みの大事件

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夏休みの大事件

リアクション

   九

 カタカタとキーボードを忙しく打つ音だけが響く。
「おぉ〜い、ちょっとおやつにしねぇか?」
 カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が、騎沙良 詩穂と一緒に入ってきた。
 ――カタンッ。
 リズミカルな音が中断される。
「……カルキノス。邪魔しないでくれないか?」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が睨みつける。
「そんなに根を詰めたって、いい仕事は出来ねぇぜ?」
「お茶をどうぞ♪」
 詩穂が高級ティーセットで手早く準備を進める。
「そうだね、少し休もっか」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)も資料から顔を上げ、詩穂とカルキノスの席に移動した。
「黒い犬から連想するのは、獣人、ゆる族、ポータラカのゲルバッキー」
 ルカルカがカップに口を付けながら指折り数えた。
「ゲルバッキーさんじゃないといいんだけど」
とは詩穂。
「奴は兎も角、そもそも獣人かどうか」
 ダリルも席を移ってきて、会話に混ざった。が、紅茶やお菓子には手を突けない。テクノコンピューターにこぼれたら、困るからだ。
「まだ素直に父さんって言えないのね」
「誰が父親だ」
 ルカルカが笑う。ダリルはゲルバッキーに作られた剣の花嫁だった。男性型にも関わらず、「娘」呼ばわりされることが気に食わない。
「ゲルバッキーの力で当時の現場に行けりゃ手っ取り早えよな。ダリル、おめぇ奴に連絡してよぉ……」
「断る」
 ダリルがきっぱり断った。よほど嫌らしい。もっとも、連絡を取ろうとしたところで、そもそもあの犬に繋がるかどうか分からないのだが。
「一族の里に記録が残っていれば、助かったんだがな」
 武神 牙竜が忌々しげに呟いた。彼は途中からやってきたルカルカと共に、黒い犬について詳しく聞かせてほしいと頼んだ。ルカルカは記録が残っているなら、隠れ里に赴き聞き取りたいと申し出たが、口伝であること、そもそも隠れ里に他人を案内するわけにはいかないと断られてしまった。
 その後、資料室で情報を突き合わせたが、セルマ・アリスが聞き込んできた話や、詩穂が見つけた「覚書」以外に、黒い犬についての記録は一切なかった。ダリルと武神 雅は手分けをして、その情報をまとめていた。
「そういえば、オーソンも黒い犬だったわよね」
 ふと思い出したようにルカルカが言った。
 ダリルと雅は顔を見合わせ、競うようにテクノコンピューターに向かった。
 ルカルカは【記憶術】を使い、【ソートグラフィー】で写しておいたオーソンの写真をオウェンのところへ持って行った。だが、
「俺も話に聞いただけだからな。長老も知らんだろうよ。だからここに来たのだ。だが、同じ獣人ということはあるのか?」
と逆に訊かれてしまった。
 戻ってくると、ダリルと雅はテクノコンピューターの前で腕を組んでいた。
「どうしたの?」
「どうもこうも……」
 ダリルは苦々しげだ。
「ミシャグジ事件」の少し後、空京を天使が襲う、という事件が起きた。その首謀者がオーソン――黒い犬の姿をした、元ポータラカ人だった。 
 それについて、検索をかけると、十万近い情報が出てきたのだ。ただし、ほとんどが憶測や都市伝説、冗談の類で、コピーしただけの記事も少なくなかった。更にオーソンがゲルバッキーを嫌っていたことから、妄想だらけの小説を書く者もいた。
 ゲルバッキーを父親として認めたくないものの、笑うべきか嘆くべきか、ダリルには複雑この上ない。
「しかしよぉ、オーソンだとしたら、奴の目的は何だ?」
「『真の王』のためだろう」
 オーソンはかつて、手駒を探していると言っていた。己の目的のために。そこに「真の王」が絡んでいることは間違いない。
「だけどよ」
 カルキノスが首を傾げる。「おかしかねぇか?」
「あ」
 雅が小さな声を上げた。
「どうした?」
「分からんか、愚弟よ。漁火がミシャグジを復活させるのは、真の王のため。オーソンのしていることも真の王のため。だが、オーソン――黒い犬がそうだと仮定してだが――奴は五千年前、ミシャグジ復活を邪魔している」
「そうか、あのお方とやらに協力して、イカシの能力を利用している。漁火とオーソンは敵対していたんだ!」
「そうそう、それだそれ、俺が言いたかったのは」
「じゃ、黒い犬とオーソンは別のもの?」
 せっかく名前が決まったのに、と詩穂はやや残念そうだ。
「ちょっとまとめようよ。一、黒犬は獣人だった」
「その場合は、今更当人が生きているとは考えづらい。伝承も少ない以上、はっきり言って、カタルの『眼』の力を抑える術は分からないだろう」
「そんな……」
 ダリルのきっぱりした答えに、ルカルカが絶句する。
「だが、二のオーソンだった場合、奴はまだ生きていることから、可能性はまだある」
「そのオーソンって奴は、教えてくれると思うか?」
と牙竜。
「無理だろうな。奴から情報を引き出すのは相当難しい。一癖も二癖もある奴だ」
「だが、可能性はゼロではない?」
 ダリルは頷いた。「うまく取り引き出来れば」
「つまり問題は、なぜ黒い犬があのお方とやらに手を貸したか、だ」
 雅がぬるくなった紅茶を啜りながら、疑問を口にする。酒が欲しいな、とちらり考えながら。
「親切ってわけじゃなさそうだしね」
「覚書」の著者がどうなったかを想像し、詩穂は顔をしかめた。
「漁火が生きてりゃ、訊けるのによぉ。あの女、結構お喋りだったみてぇじゃねぇか」
「しょうがないでしょ。『もし』の話はしないこと」
「黒い犬がオーソンだったとして、元ポータラカ人なら、ゲルバッキーさんが知ってたりしません? 色々と」
「ダリル、やっぱおめぇ、奴に連絡してよぉ……」
「断る」
「少しは考えたら?」
「何度考えようと、答えは変わらない。絶対に断る!」
 ダリルはきっぱりはっきりと答えたのだった。