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SPB2022シーズン 二年目の実りの秋

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SPB2022シーズン 二年目の実りの秋

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【四 混沌のツァンダ】

 SPB公式戦、第29節。
 ワイヴァーンズのホームグラウンドツァンダ・パークドームに、ワルキューレを迎えての三連戦である。
 初戦はワルキューレが取り、第二戦はワイヴァーンズが取って、一勝一敗で迎えた三戦目。
 ワイヴァーンズの先発マウンドは、秋月 葵(あきづき・あおい)。バッテリーを組むのは当然、正捕手月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)である。
 一方ワルキューレの方は、先発投手は新人の葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)、そしてその球を受けるのはこちらも正捕手の鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)であった。
 序盤の三回を終えた時点で、両チーム得点無し。
 そして四回表のマウンドに葵が向かおうとしたところで、あゆみがキャッチャーマスクを被りながら声をかけてきた。
「葵ちゃん、気づいてる?」
「うん……あちらさん、二巡目に入って、あんまり振らなくなってきたね」
 あゆみが言外にいわんとしている点については、葵も薄々気づいてはいた。
 一巡目こそは積極的にバットを振ってきていたワルキューレ打線が、二巡目に入った途端、随分と慎重になってきていたのである。
 とにかく葵に多くなげさせようとしているのか、徹底的に待ちの態勢に入り、際どいコースはいやらしい程にファールで粘ろうという意図が、マウンド上でも嫌という程に実感出来た。
 これは、ワルキューレの打者が揃って優れた選球眼を持っているからこそ出来る芸当である。
 少なくとも、ワイヴァーンズの今の打線では到底真似の出来ない策であった。
「正子さんっていう核をなくして、バタバタっと崩れるかなって思ってたけど……」
「どっちかってぇと、その反対になっちゃったね。打線全体が高レベルで平均化されたっていうか……変ないい方だけど、直線になったって感じ」
 決定的な一撃を放つ四番が消えた代わりに、打線そのものが一本の線として繋がるようになったという。
 プロのチームとしては、寧ろこういう形の方が遥かに破壊力が増す。
「……どこを抑えて良いのかが、分からなくなってきちゃった」
 あゆみがぼやいたのも、無理は無い。
 基本的に捕手というポジションは、一回から九回までのどこをどう抑え、打線の中で誰を封じれば良いのかというプランを試合前に立てるものである。
 しかるに、今のワルキューレ打線は波というものが無く、全員が抑えるべき相手と化しているのである。
 これ程厄介な相手は、そうそう居ないだろう。
 そして、この回。
 最初の打者として、真一郎が打席に入った。
(……多分、待ちに入るよう指示を出したのは、鷹村さんだね)
 マスク越しに真一郎の打撃姿勢をじっと見つめながら、あゆみは半ば直感的に、そう悟った。
 ところが、その真一郎は――。
「あーっ! しまった〜!」
 あゆみは思わず、素っ頓狂な声をあげた。
 というのも、真一郎はいきなり初球攻撃を仕掛けてきたのだ。
 二巡目のワルキューレ打線が待ちに入っているというあゆみと葵の先入観を逆に利用され、不用意に真ん中へと入ってきた直球を、バックスクリーンまで運ばれてしまったのだ。
 出会い頭の一発を浴びて、葵はマウンド上でがっくりと項垂れた。
 そして気落ちする間もなく、続く打者は投手の吹雪。
「こ、ここで葵殿を打てば、新人王への道がまた一歩……!」
 気合を入れてバットをぶんぶんと振り回す吹雪だが、本職は投手である彼女に、打撃で新人王云々は全く意味が無い。
 だが今の勢いならば、何が起こるか分からない。
 あゆみと葵のバッテリーは、相手が投手である吹雪だとしても、決して手を抜くという腹は無かった。

 しかし結局、吹雪は粘りに粘ったものの、サードへのファウルフライに討ち取られ、敢え無く凡退。
 すごすごと肩を落としてダッグアウトへと戻ってきた吹雪を、真一郎が苦笑混じりに出迎えた。
「打撃はまぁ、気にせずに……本職の投球で頑張れば良いことです」
「そうそう。打つのはあちきらに任せて欲しいですね〜」
 入れ替わりにネクストバッターズサークルへと向かうレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)が、吹雪の肩を笑いながらぽんぽんと軽く叩いた。
 打順は一番に戻り、この試合、トップバッターとして三塁に入っている霧島 春美(きりしま・はるみ)が、既にバッターボックスに入っていた。
 当然ながら、あゆみがバッターボックス後方から早速茶々を入れてくる。
「わーい、はるみん今日もバッティングフォームが決まってるねー」
「駄目駄目、あゆみちゃん。褒めたって何も出ないよ」
 その宣言通り、春美はあゆみの思惑など知ったことかといわんばかりの勝負に徹する姿勢を表して、さんざん粘った挙句に鋭い打球を左翼方向へと叩き込む。
 そこは丁度、シルフィスティが新たに守備位置を任されたポイントであり、外野の中でも唯一のウィークポイントとなっているところであった。
「はるみんの人でなし〜!」
 本塁付近から、あゆみの精一杯の口撃が飛んでくるも、一塁ベース上の春美にはどこ吹く風であった。
 続く二番打者レティシアの打席では、ここでも大いに粘り倒す作戦に出てきた。
 が、バッテリーがレティシアのひたすら待つ作戦に気を取られ過ぎたのか、或いはまさかここで、という油断のようなものがあったのか、五球目に葵がボール球を投げたところで、春美が二盗を成功させてきた。
 こうなってくるともう、完全にワルキューレのペースである。この中盤の流れは、ワイヴァーンズにとっては不利であった。
 この直後、レティシアの打球は三塁線を抜け、長打コースに。
 春美は三塁ベースを回るまでは全力疾走だったが、本塁手前辺りでは流し気味に走り、あゆみの前で悠々とホームベースを踏み去ってゆく。
「じゃ、また後でね〜」
「ぐぬぬぬぬ……」
 余裕たっぷりにダッグアウトへと戻る春美の背中を、あゆみは歯軋りを鳴らす勢いで見つめている。
 一方のレティシアも余裕で二塁に達しており、この回ワルキューレは早くも二点目。
 ここから更に、葵とあゆみはクリーンアップを迎える訳だが、正子が抜けたからといって、舐めてかかれる打線でないことは重々承知していた。
 二点目を取られてようやくエンジンがかかってきたのか、葵はこの後、クリーンアップの三番四番を連続三振で討ち取り、何とかそれ以上の失点は防いだ。
 これで攻守交代となる訳だが、真一郎はキャッチャープロテクターを身につけながら、ふと嫌な予感を覚えて小首を傾げた。
「どうしたでありますか?」
 吹雪が、幾分不安げな表情で覗き込んできた。
 女房役の真一郎が見せる真剣な顔つきに、胸騒ぎを感じたのだ。
「あぁ、いや、これは失礼……ちょっと、流れが嫌な方向に転がるかも知れないと思いまして、色々考えたまでです」
 曰く、下位打線と二番打者で二点を先制したものの、肝心のクリーンアップが凡退したというところで、また流れが変わってしまうのではないかという嫌な考えが真一郎の脳裏にかすめたのだという。
「ですが、ここできっちり抑えれば、また流れはこちらに来ます。まずはさっきまでの投球を続けましょう」
「了解でありますっ」
 吹雪は、真一郎のリードに全幅の信頼を置いている。
 彼女にしてみれば、ただただ真一郎の要求するところに投げ込む以外に、やるべきことは無かった。

 四回表にワルキューレが二点を先制したものの、その後は再び膠着状態に陥り、ゲームはすっかり落ち着いたものとなっていた。
 しかし八回裏のワイヴァーンズの攻撃で、ゲームは再び動き始めた。
 投手の打順で、新人野手の弁天屋 菊(べんてんや・きく)が代打に入ったのであるが、この菊が得意のバット捌きを見せ、フェンス直撃の二塁打を放ったのである。
「いよっしゃぁ! 正子、見てるかぁ!?」
 二塁ベース上で菊は腕まくりする仕草を見せながら吼えてみせたが、当然ながら正子が見ている筈もない。
 だがそれでも、正子へのライバル心からワイヴァーンズ入団を選んだ菊の心理からすれば、取り敢えずそう叫んでおかなくては、何とも格好がつかなかったのだろう。
 打順は一番に戻り、俊足の外野手ソルラン・エースロード(そるらん・えーすろーど)が打席に入った。
 最低限の仕事は菊を三塁に進ませることだが、出来れば自慢の快足を活かして何とか自分も生き残り、無死一三塁の形を作りたい。
(よし……ここは強いゴロを……!)
 ソルランはバットを、短く持って構えた。
 ワルキューレの現時点での最大のウィークポイントは、中継ぎ投手陣の貧弱さにある。
 昨年はセットアッパーを任せられるリリーフエースが終盤をきっちり締めにかかってきたのだが、今季のワルキューレには、そういった中継ぎ投手が不在である。
 ソルランの狙い通りにことが運ぶ確率は、そこそこ高いと考えて良い。
 勿論真一郎もソルランの思惑は察しており、外角低めに集中して引っかけさせてやろうという配球でソルランを攻めてきたが、しかし最後には、ソルランの脚力が優った。
「やった……成功です!」
 一塁線上にボテボテのゴロを放ったのが幸いし、投手が打球処理に手間取る間にソルランは一気に一塁ベース上を駆け抜け、菊はあっさり三塁へと達していた。
 野球ではよく、脚にスランプ無し、という。
 ソルランのゴロを転がしての快足内野安打は、まさにその格言を自ら体現したようなものであった。
 続いて打席には、イングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)が相変わらずの派手なパフォーマンスを振りまきながら、にゃーにゃー騒ぎながら入ってくる。
 流石にホームラン予告はやり過ぎだったが、それでも彼女の底抜けの明るさはファンの間でも十分に認知されており、スタンドからはやんやの喝采が沸いた。
「ジェイコブたんや鯉くんが居なくても、関係無いよ! 優勝して、美味しい食べ物ゲットするにゃー」
「……もう良い加減にするネ。ボールインプレーに入る気が無いなら、守備妨害でアウトにしちゃうわヨ」
 主審を務めるキャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)から厳しいひと言を投げかけられ、イングリットは慌てて打撃姿勢に入った。
 日頃は妙な方向にアピールする癖のあるキャンディスだが、実際のところ、公式戦では極めて有能な審判ぶりを見せている。
 金のお菓子だの袖の下だの吹聴している割には、いざ試合に入るとがちがちに厳しく、そして公平なジャッジを身上とする審判員であった。
 ともあれ、イングリットの打撃である。
 ソルランと並んでチーム屈指の俊足を誇る彼女にしてみれば、ソルランの時と同じような強いゴロを打てば何とかなるという好条件が揃っており、ここはあまりあれこれ考えず、普通の打撃を心がければ良かった。
 一球、二球と外角低めを見逃し、ツーボールとなったところで気合を入れ直したイングリットは、三球目にややシュート気味の抜けた球が入ってくるのを見逃さなかった。
 恐らくは失投だったのだろうが、これを仕留められないイングリットではない。
 打球は、中堅手の頭上を越えた。
 まず菊が、ゆったりとしたペースで本塁を踏んだ。ここまでは、真一郎にとっても計算のうちであったが、問題はこの後である。
 ソルランが、一塁から一気に生還するかどうか。
「おらっ、来い来い来い! 躊躇すんな!」
 菊が本塁斜め後方で、突っ込んで来いとのジェスチャーを見せると、ソルランも三塁を回ったところでトップギアへと切り替えた。
 一方で、外野からの返球を受けた真一郎だが、僅かにコースが逸れてしまい、後追いでタッチを試みる。
 結果は――。
「セーフ!」
 キャンディスの両腕が、大きな仕草で左右に広げられた。
 ソルランの足先が一瞬早く、真一郎のキャッチャーミットをかいくぐって本塁ベースに触れていた。
 ワイヴァーンズは、土壇場で同点に追いついた。
 ここで流れは一気に傾き、結局次の九回裏で、あゆみのサヨナラ犠飛で勝負が決した。