天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

SPB2022シーズン 二年目の実りの秋

リアクション公開中!

SPB2022シーズン 二年目の実りの秋

リアクション


【七 終盤、そして来季に向けて】

 シーズン後半戦に入ってから、スカイランド・スタジアムの内野スタンド席にちょっとした変化が現れた。
 名物売り子が登場した、というのである。
 大きな犬耳と犬の尻尾が特徴的な、ミニスカメイド服姿の美少女売り子ということで、特に男性客の受けが良いという評判だった。
 その正体は、リアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)であった。
 スタンドの階段を忙しく上下しながら、ビールやおつまみを売り歩く姿には、恐ろしい程の可憐さと色気が同時に漂うという二律背反の要素が混在していたが、しかし当の本人はその愛らしい姿とは裏腹に、普通にアルバイトで働く普通の売り子を地で突き進んでいた。
 そして葦原ホーネッツを迎えての二連戦が行われる、よく晴れた秋の週末。
「はい、どうぞ。毎度ありがと〜ございま〜す」
 中年の男性客にビールとホットドッグを手渡しながら、リアトリスは極上の笑顔を見せる。
 受け取った男性客は、妙に鼻の下を伸ばし、何故か照れ臭そうな笑みを浮かべていた。
「あの〜、こっちにもお願い出来ますか〜?」
 今度は少し離れた観客席から、リアトリスを呼ぶ声が届いた。
 売り子として、呼ばれたならば行かねばなるまい。
 軽い足取りで声の上がった席に行ったところで、リアトリスは思わず目を剥き、心の奥で仰天した。
 当たり前のように観客席で試合を観戦していたのは、ワルキューレの控え三塁手ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)と、正遊撃手の鷹村 弧狼丸(たかむら・ころうまる)だったからだ。
 試合にも出ず、観客席で何をやっているのか、と訝しんだリアトリスだが、後で話を聞いて納得した。
 実はこのふたり、監督の百合亜から休養指令を受けて、この日の試合はベンチ入りしていなかっただけの話である。
「やっぱ野球観戦は、スタンドでポップコーン食いながらってのが良いねぇ」
 リアトリスに代金を手渡して、受け取ったポップコーンを早速頬張りながら、弧狼丸が目を細めてグラウンドを眺める。
 プロ野球選手という立場上、のんびり野球観戦など中々出来るものではないのだが、時折与えられる休養指令の際には、チームメイト達の戦いぶりを離れたところから見るのも、それはそれで楽しめるものである。
 ミスティなどは、パートナーのレティシアが打席に立つ際には、応援なのか野次なのかよく分からない声援を飛ばしてみたりした。
「ここは足で勝負だから、ボテボテのゴロで良いよ〜!」
 こういう妙に具体的な声援に対し、打席のレティシアは苦笑なのか、迷惑そうな表情なのか判別のつかない顔色を見せ、一瞬だけ観客席のミスティに視線を送ってくる。
 どうやらその目線から察するに、余計なことはいうなという暗黙の返答であろうか。
「へぇ……選手のひとでも、野球観戦は楽しいものなんだね」
「そりゃそうさ。好きで選手やってんだから、見るのも楽しいってもんさね」
 更にバリボリと物凄い勢いでポップコーンを噛み砕きつつ、やや不明瞭な声ながら、弧狼丸が感心するリアトリスに応じた。
 それに、とミスティが言葉を繋ぐ。
「こうして外から見ることによって、自チームと相手チームのことが、別の角度からよく見えるしね」
 ベンチからだけでは、全ては見えない、というのである。
 よく野球評論家が尤もらしい台詞をテレビや新聞で披露しているのに対し、ベンチでは全く違う対応を見せたりしているのは、矢張り外からの視線と現場とでは、試合を見る角度が異なるからであるというのが、一番大きな理由であるらしい。
「だから時々、うちの監督は選手自身に休養という名目で、外から試合を見させることで色んなヒントを見つけさせようとしてるのさ」
 余所のチームでは、こういうことは中々出来るものではない。
 矢張りこれは、選手層の厚さが他チームより抜きんでているからこそ、出来る芸当なのであろう。
 そこには、不動の四番・馬場正子が抜けた痛手など、まるで感じさせない余裕のようなものがあった。
(これは、もしかすると……)
 リアトリスは、グラウンドに視線を転じた。
 レティシアが所属するワルキューレが、勝利の美酒に酔う瞬間が本当にやってくるのではないか、という予感めいた思いが、その胸中に去来していた。

 ワルキューレの攻撃が終わり、自身の守備位置である一塁へと向かおうとしている氷室 カイ(ひむろ・かい)は、この日の先発投手である吹雪が、いつになく緊張した表情でマウンドへ足を運ぼうとしているのに、それとなく気付いた。
 実のところ吹雪は、新人でありながら既に九勝を挙げている。
 これは、今季各球団に入団したルーキー達の中では、相当に活躍している方だといって良い。そして吹雪自身も、新人賞を視野に入れて日々、試合に臨んでいる。
 二桁勝利を手に収めれば、新人賞を獲得する可能性が格段に跳ね上がる――そんな思いから、吹雪はこの日の試合にはいつも以上の気合を入れていたのだが、打線が勝ち越した状態で五回のマウンドに上がろうとしている彼女は、この回を抑えれば勝利投手の権利を得られるということで、変な緊張感に見舞われていたのである。
 そんな吹雪の緊張感を、内野キャプテンであるカイは即座に見抜いた。
 日頃から投手を含む内野メンバーに対しては積極的に声をかけることを心がけてきているカイは、この日も、緊張でガチガチになっている吹雪の肩を二度三度、軽く叩いてやった。
「大丈夫だ。仮にこの回、点を取られたしても、裏ですぐに取り返してやる。俺達を信じろ」
「あ、ありがたい心遣いでありますっ!」
 決して社交辞令でも何でもなく、吹雪は本当に嬉しいと思った。
 外野から垂が、そして三塁からは春美が揃ってマウンドに歩を寄せてきて、カイに倣って吹雪に励ましの言葉を送る。
「しっかり守ってやるから、鷹村のミット目掛けて、思いっ切り投げりゃ良いさ」
「去年は春美達も、同じように毎日緊張してましたから、その気持ち、凄ぉく分かります。でも、負けないで!イッエレメンタリマイディア!」
 次々に投げかけられる応援の言葉に、吹雪もようやく、落ち着きを取り戻そうとしている。
 カイは、内心で胸を撫で下ろす気分だった。
 野球に於いては投手程、精神面の影響がプレーに色濃く出るポジションは無い。
 ここで吹雪が緊張したまま投球を続ければ、絶対に良い方向に転ばないのは誰の目にも明らかだった。
 やがて、主審を務めるキャンディスが、
「そろそろ、守備に就くネ」
 と、真一郎の肩越しに指示を送ってきた。
 野手陣はマウンドを離れ、それぞれの守備位置に向かう。
 吹雪がプレートを踏んで真一郎のサインを覗き込む姿勢を見せると、真一郎は吹雪の最も得意とするコースと球種を要求してきた。
 とりあえずは、一番投げやすいところに好きな球を投げさせて、気を楽にさせてやろうという配慮か。
 真一郎は言葉や見た目の動作などではなく、プレーの中で投手陣を気遣う態度を見せることが多い。
 そういう心遣いが出来る捕手だから、先発リリーフのいずれを問わず、投手達から絶大な信頼を得ていた。
 吹雪は、真一郎の要求通りに投球した。
 初球からいきなり、相手打者はバットを振ってきた。一塁線を破ろうかという痛烈なライナーだったが、カイの反応速度を敗れる打球ではない。
 相当な余裕を残しながら、カイはフォアハンドで打球を捌き、捕球を塁審にアピールして、早速ワンアウトを計上した。
 続く打者は、新人ながらホーネッツの扇の要であるサナギである。
「お手柔らかに〜」
 打席に入るなり、いつもの柔らかな笑みで飄々と挨拶を述べる。
 だが、その笑顔の裏には吹雪の投球を冷静に分析している勝負師の一面が隠されていることを、真一郎は見抜いていた。
(カウントが悪くなれば、歩かせるのも、ひとつの手ですか……)
 サナギは決して鈍足という訳ではなかったが、しかし俊足という程でもない。
 仮に塁に出したとしても、この後の打順を考えれば、一塁に置いても然程の危険性がある訳ではなかった。
 だが、結局サナギは、二塁への内野フライに終わった。
 垂がカイを制し、やや一塁寄りの位置で飛球を捕る。
「あか〜ん、全然さっぱりや〜」
 どこか気の抜けた声を放ちながら、一塁線上の途中で足を止めるサナギ。
 一方でカイは、ダッグアウトへと戻るサナギの背中を眺めながら、気合を入れ直した。
(この回の3アウト目が、投手にとっても一番緊張するところだ。しっかり守ってやらないと)
 カイの思いは、内野陣全員に共通する思いでもある。
 全員が集中を切らすことなく、3アウト目に臨む。
 結果、吹雪は無事に、勝利投手の権利を得たまま、五回の守りを負えることが出来た。

 2点ビハインドのまま、五回の裏の守備に就こうとするホーネッツは、ここで早くも継投に入った。
 リリーフとしてコールされたローザマリアは、ブルペンからマウンドへと足を運びながら、白球を持って待つサナギに、目線で頷きかけた。
「後半勝負ってとこかしら?」
「ん〜、せやけど、向こうさんはリリーフも盤石やしなぁ」
 珍しく渋い表情を浮かべるサナギに、ローザマリアは小さく肩を竦めた。
 ローザマリアは新人ではあるが、正直なところ、このホーネッツの首脳陣があまり戦略に長けていないのではないかと小首を傾げるシーンが、これまで何度もあった。
 確かに戦力としては、新規参入球団としては十分過ぎる程に揃えているといって良い。実際、元メジャーリーガーの実力者を多く揃え、単純に野球の経験という面では、選手達のそれは既存球団に全く劣っていない。
 それどころか、寧ろリードしている部分が多いとさえいえる。
 だが、チームの指揮を執る監督以下、各分野で戦略を練り、監督に進言するコーチ陣はどうか。
 少なくともローザマリアが見るところ、決して有能な人材が揃っているとは、お世辞にもいえなかった。
(選手を揃えるところに資金を使い過ぎて、頭脳である首脳陣に安っぽいのが集まった、ってところかな)
 口に出してはいわないが、ローザマリアの結論としては、現状をそのように評している。
 そしてその思いは、サナギの側にも伝わっていた。
「まぁ……選手は監督やコーチに従うしかあらへんからねぇ」
 どこか諦めた調子で、寂しげに笑うサナギ。
 こんな早い回でローザマリアのサブマリンを披露させるということは、終盤の大事なところで相手の強力打線を抑える術を早々に放棄するに等しい。
 素人にでも分かりそうな戦術の欠陥を、このチームの首脳陣はまるで分かっていない様子だった。
 だがそれでも、ローザマリアは構わないと思う自分が居ることに、心の隅で苦笑を禁じ得ない。
(ハイナの為……今の自分に出来る最高の投球を、ハイナに捧げられれば、ある程度は我慢するしかないかな……)
 何とも情けない話ではあったが、現状では、それが精一杯であった。
 しかしワルキューレの側は、逆に士気が高い。
 それは決して現場であるグラウンド上だけでなく、スタンドの方でも同じ景色が展開されていた。
「さぁ〜、盛り上がって参りましたスカイランド・スタジアム! ここから終盤戦に向けて、一気に突っ走って参りますよぉ〜!」
 ワルキューレのマスコットガールであるセレンフィリティは、いつものように外野スタンドでカメラクルーを率いて、観客席に飛び込んでの突撃リポーターを演じている。
 すぐ隣ではセレアナが、ワルキューレのユニフォームをモチーフとした法被を着込んでいる小さな女の子にマイクを向けて、インタビューを掻き集めていた。
 二年目ともなると、ふたりの外野スタンドで見せるこの光景もすっかり恒例となっており、観客の中には、この両人の来訪を心待ちにするファンの姿も、決して少なくない。
 セレンフィリティの場合は成人男性が、そしてセレアナは子供のファンの間で人気が高い。
 それは矢張り、お祭り騒ぎが好きなセレンフィリティと、落ち着いた雰囲気で、時には母親のように優しい表情を見せるセレアナの性格が、ファンの間に定着していることの表れといえよう。
「ひとのことはいえないかも知れないけど……あの飽きっぽい子が、よくぞここまで、長く続けられたものね……」
 男性ファンを相手に廻して、大いにはしゃいでいるセレンフィリティを眩しそうに眺めながら、セレアナは小さくひとりごちた。
 セレンフィリティがマスコットガールとして長くスタンドに居続けているのは、単純に向いているから、というだけの話でもない。
 本人は決して認めないだろうが、ガルガンチュアの敏腕GMにしてクイズ魔人のサニーさんとの熱き戦いの日々も、大いに関係している筈である。
 ここ最近は、セレンフィリティのテンションの高さがサニーさんを追い詰めようとするシーンも何度か見られたが、矢張り最後は『すんませんでした師匠』のひと言をいわされるオチで、セレンフィリティが苦杯を舐めるというのが、お約束となっている。
 しかし逆をいえば、その安定したパフォーマンスが観客に受け入れられているというのが、セレアナの分析でもあった。
(……まぁ、同じレベルでクイズに挑戦している私も、セレンのことをとやかくいえる立場じゃないわね)
 この調子だと、来年も同じことをしていそうだ――自分自身に呆れながらも、セレアナはマスコットガールの務めを果たすべく、子供達の間を忙しく駆け巡り始めた。