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リアクション
1
「はあい、料理完成しましたよぉ〜!」
朝日が昇ると共に、トゥーゲドアでは祭の準備に勤しむ人々の熱気に包まれていた。
そんな中を、縦横無尽に働き回る、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)の華やかな声が響き、その手が作る料理が、次々と並べられたテーブルを彩っていく。
肉料理、魚料理、果てはデザートまで、質だけでなく訪れるだろう多くの人々にあわせてどれも大盛りだ。次々と両手に溢れんばかりの料理を持った誌穂がきょろきょろ視線を回すと「おーい」とやや遠方から声が上がった。
「こっちのテーブルもお願いするよ!」
料理は苦手だから、と、テーブルを並べたりの手伝いをしていたレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)だ。彼女が並べたテーブルの上に、誌穂が料理を置いていくのを手伝い、皿やナイフ、フォークなどの食器を運び込み、とレキが忙しなくしていると、直ぐ近くで「こりゃ!」と声が上がった。
見れば、子供たちに混じっていたミア・マハ(みあ・まは) が、並んだ料理に手を伸ばそうとしていたのを、止めようとしているところだった。
「まだ祭りは始まっておらん。つまみ食いは行儀が悪いぞ」
見た目は子供たちと馴染んではいるが、そこはさすが年長者らしい説教に、子供たちは顔を見合わせると「はぁい」と素直に頷いてその手を引っ込めた。
「うむ、良い子じゃのう」
それに満足げにしつつ、更にもの言いたげにちらっと視線を投げてきたミアの目線に、レキははぁ、と溜息をついた。
「わかってるよ、あとでちゃんと埋め合わせはするから」
「当然じゃ。人を二度もロケットで飛ばしてくれおってからに……」
ふん、と鼻を鳴らすミア、はあ、と深く溜息を吐き出すレキという、対照的な二人の様子に誌穂がくすくすと笑っていると、ひょい、とその手の皿を取り上げる手があった。
「あ、ごめん。これあっちのテーブルに貰って良いかな」
ひょこりと頭を下げて見せたのは、笠置 生駒(かさぎ・いこま)だ。どうやら、町の中心に設置されているステージ周りの方は、まだまだ料理が足りていないらしい。
「どうぞ、持って行って。すぐに、追加を作って行きますね」
快諾した誌穂の言葉に、再度頭を下げながら、受け取った料理を、町の中心であるストーンサークルのある広場へと持ち込んだ生駒は、それをテーブルに並べながら「おーい」とステージに向けて声をかけた。
「ちょっと休憩したら?」
「なあに、まだまだじゃ」
応じたのは、パワードスーツを着込み、ステージの設置を行っているジョージ・ピテクス(じょーじ・ぴてくす)だ。重い機材などを運んでいるその姿は、大変たくましく頼もしいが、幾分張り切りすぎていているのではないか、と生駒は首を傾げた。何分、ジョージは高齢とは言わないが、若くは……無いのである。
「あんまり張り切りすぎると、ぎっくり腰やっちゃうよ?」
「わしを年寄り扱いするでないっ! この程度、朝飯前じゃ」
思わず、と言った様子でむきいと歯を剥き出したジョージの背後から、くつくつと笑う声があった。
「精が出るねぇ」
二人のやり取りを面白がりながら、そう声をかけたのは、シャンバラ教導団大尉の氏無だ。見れば、同じく大尉のスカーレッドや、トゥーゲドアの町長、そしてかつてこの町の地下で眠り続けていた巫女アニューリス・ルレンシアがその後に続いている。どうやら、町の案内のついでに、超獣事件後の様子を調査して回っているようだ。
「これが、そのストーンサークル、ですか」
アニューリスの言葉に、氏無は頷いたが、同時に意外な思いで、柱を見上げる目を細めた。
一時的とは言え、イルミンスールの森に結界の要として利用されたとは思えない程、遺跡としての空気を取り戻し、元からここにありました、と言わんばかりの威風で並ぶ八本の石柱を見上げながら、氏無は「大したもんだねぇ」と息をついた。
「すっかり元通り……って感じかなぁ」
「はい。凡その修復は完了しているそうですわ」
感心たような声に答えたのは、沙 鈴(しゃ・りん)だ。
「運搬時の欠損も無いようですし、結界として使用した痕跡も、取り払われているようですわ」
つまり、本当にこの町に設置された「最初の状態」へ戻されているようだ。
「現在、調査団の方々と、運搬前後のデータに相違が無いか確認中です」
「内部については?」
「既に調査の完了している場所ではありますが、見落としが無いか、アールキングに関連するものや、ニルヴァーナ由来となるものの痕跡が残されていないか等について、データと実地で再走査中です」
一通りの報告に、ふむ、と一瞬考えるように目を細めた氏無は、ぽん、とその肩を叩くとにっこりと笑った。
「ご苦労様、助かるよ」
そう言った一瞬後、表情をだらしなく崩した氏無が「で、どう、折角のお祭だし、この後お酒でも」と誘いをかけてくるのを「まだ業務中ですから」とさらりとかわした鈴に、アニューリスの呟きが耳に届いた。
「ステージ、と言うのですか。随分、大きいのですね」
「ええ」
物珍しげな視線をステージへ向けるアニューリスに、鈴は説明を続けた。
「このステージの場所は、地下の遺跡への入り口の上になりますので……」
ディミトリアスが開いた仮の入り口は、ストーンサークルの丁度中心にあり、町の中央である広場にステージを作るには、どうしても邪魔になるのだ。なので、あえてその上に、高さをとったステージを作り、その端を出入り口にすることにしたのである。
「昇りやすいように、階段状のステージにするのじゃよ」
そのために、どうしても大きなステージになってしまうのだが、重ねたケーキのようなステージは、どこからでも見えやすく、かえって良いかもしれない。
「とは言え、ずっとここを開きっぱなしにはしておけないからねえ」
あくまで緊急時、仮に開かれた入り口だ。空間を歪めてしまうような術は、あまり残しておくのはよろしくないだろう、と言うことで、本来の通路が修復出来次第、塞いでしまった方が良いだろう、と言うのに、町長は意外にもあっさり「そうですね」と頷いた。
「そうすれば、安全に地下の遺跡を行き来できますから、新しい観光名所にもってこいですよ」
「いいねぇ、そういう逞しさって」
前向きな町長の力強い言葉に、氏無がどこか眩しそうにしていると「そのことで、確認と提案が」と口を開いたのは、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)とダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)だ。
「町の被害状況ですが」
まず硬い声で口を開いたのは、ダリルだ。
「想定していたよりも軽微でしたので、引き続きの援助を要請しようと思いますが……」
ダリルの言葉に、ルカルカが後を引き継ぐ。
「町が支援に頼らず立てるように、この祭や遺跡について、マスコミに宣伝するのはいかがでしょうか」
それによって、観光客を誘致し、復興の足がかりにしよう、というのだ。
「そうだねぇ、それなら丁度良いかな」
氏無は少し考えたあと、その視線をひょい、とステージ脇へと向けた。
「おーい」
のんびりとした調子で声をかけられ、顔を上げたのは裏椿 理王(うらつばき・りおう)だ。相変わらずその周囲は、簡易スタジオと呼んでよいほどの機材が並んでいる。そんな彼に、氏無が簡単に事情を説明すると、なるほど、桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの) が応じた。
「つまり、PRの一環として、ネットライブを利用する、ということですね」
「頼めるかな」
氏無が言うのに、理王はこく、と頷いた。
「寧ろ願ったり叶ったりですよ」
言って、ライブ中継をしているサイトのアドレスをメモしてダリルに渡しながら「内容はどうしようか」と理王は首を傾げた。
「『一万年の深く長き眠りから今美しい巫女が蘇り、この町の新たな伝説が、今始まる……!』とか」
華々しい煽り文は、効果はありそうではあったが、氏無は苦笑して首を振った。
「ちょっと派手すぎるかな。それとできれば、巫女のことは伏せておいて貰いたいねぇ」
「何故です?」
ルカルカの問いに、氏無はちらりとアニューリスに目をやった。
「彼女の存在は、とても微妙だからねぇ。見世物にするわけにはいかないのさ」
古代からの生存者、というプロフィールは、それだけで大きく興味を引くものだ。余計な好奇心に晒される危険性は、なるべく避けたいというのに、ふむ、と理王は首を捻る。
「なら、そこはぼかして、恋愛成就のスポットとして扱うとか……」
「あぁ、それは名案かもねぇ。良いナンパスポ……じゃない、デートスポットになるかも」
氏無と二人、妙な具合に盛り上がっているのを他所に、ルカルカは「巫女と言えば」と町長を振り返った。
「確認しておきたかったのですが……町長ご自身は、彼女たちのことをどう……受け止めていらっしゃるのですか?」
その言葉には、アニューリスもきゅ、と掌を握り締めた。
元々、この辺りの土地はアニューリスたちの一族が、超獣と共に守ってきた場所だ。だが、そのために、町はその思惑や因縁に飲み込まれ、フライシェイドに始まり、超獣の復活に至るまで、いわばとばっちりを受けたに近い。その元凶とも言うべき存在が、今もこうして滅せずにあり続ける、というのは、どう感じられるのか。そんな問いに「……難しいですね」と現在の町長は静かに言った。
「私たちにとっても、後三方にとっても、思うところは様々ですから。一言でどう、とは言えません」
双方が双方に理由があり、歴史があり、思いがあるのだ。どちらが正しいというのすら難しいが、そんな複雑な思いを抱えながらも、町長は「しかし」と笑った。
「ここは、私たちの町ですが、彼らの故郷でもあるのですから……できれば、共に歩めたらよい、と思っていますよ」
穏やかな口調ではあったが、そう口に出すのに、どれだけの覚悟があるのか。アニューリスは深々と頭を下げ、ルカルカもぐっと唇を引き締めた。
「その言葉……伝えても、宜しいですか?」
迷いの無い頷きに、ルカルカは笑みと共に敬礼すると、スカーレッドと共に遺跡の入り口をくぐって行ったのだった。
そうして、それぞれが再び、準備やら役目やらに取り掛かる中。
「理王」
と屍鬼乃が短くその名を呼んだ。
ネットライブ『リメンバー・カーニバル・イン・トゥーゲドア』の掲示板に、見覚えのある名前が表示されていたのだ。
「やっぱり、来ると思った」
それは、ここで初めてライブを行ったときに、接触してきた相手であり、このトゥーゲドアを「作った」三人の内の一人であり、偽りながらも賢者と呼ばれた者であり、今は”愚者”を名乗っている相手だ。
相変わらずの攻撃的な文面は間違いない。確信と共に、理王が馴染んだ美少女アバターを使って接触を試みていると、そのモニターを不意に、ひょい、とレキが覗き込んできた。
「もしかしてこれが、例の”愚者”って人?」
表情にこそ出していないが、驚いて目を瞬かせている理王が頷くのに、レキは「お願いがあるんだけど」と続けた。どうやら、愚者に対して聞きたいことがあるらしい。
「真の王の正体はわからなかったみたいだけど……もしかしたら今は、何か思い当たることもあるかもしれないしね」
聞いてみるだけならタダだもん、とタダ、の部分を妙に強調しながらのレキの言葉を聞きながら、理王の扮する美少女アバターが代弁しつつ、やり取りを繰り返すこと暫く。愚者の返答第一声は、こうだった。
『”そんなに年寄りでも無いんだ”とは挨拶だな、お嬢ちゃん。一万年にゃちょっと足りねぇが、立派に年寄りだぜ』
笑い声が聞こえてきそうな文体が続けるには、心当たりは無いでも無い、ということだった。その内容については、何か口に出来ない理由でも有るのか、詳しくは語らなかったが、手を組むことこそなかったものの、真の王と関わりがあると思われる相手と、接触を持ったことが有るにはあるらしい。
『そいつの言ってたことが本当なら、他の場所で、なんて暢気なことは言ってられねぇ。こっちの大陸全部で、何かしら動き出すだろうぜ』
そんな物騒なことを書き込んでおきながら、まるでそれらがどうでも良いことかのように『それより』と愚者は続ける。
『こっちの情報は渡したんだ、今度は俺を楽しませてくれよ』
折角の祭だろ、と、続く文面は、からかっているというより、不思議と純粋に楽しげであるように感じられる。愚者が好奇心旺盛なタイプだと知っているとは言え、祭そのものが気になるというのを意外に思いながらも、理王は「了解」とキーを打ったのだった。
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