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スーパーモール:ヘッドマッシャー2

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スーパーモール:ヘッドマッシャー2

リアクション


【十 希望への遺伝子】

 今までのヘッドマッシャーとは、明らかに格が違う。
 もっといえば、これまで遭遇してきた敵とも、まるで次元が異なる。
 オリヴィア、ミネルバ、刀真、月夜の四人はメルテッディンを撃退するのに随分と苦戦を強いられたものの、それでも何とか勝利を収めることが出来た。
 だがこの若崎源次郎を相手に廻しては、どういう結果が待ち受けているのか――今回ばかりは、この四人のうちの誰ひとりとして、予測し得る者は居なかった。
 最早、スティミュレーターやメルテッディン相手に用いてきた対策や戦術は、意味を為さない。ここからは、純粋に命を削る覚悟だけが必要であった。
「ミネルバちゃん、いっきま〜す!」
 最初にミネルバが、空元気を吐き出して突っ込んでいった。
 次いで刀真、オリヴィアが接近戦に挑み、月夜が三人をサポートする形で遠隔攻撃を仕掛ける。
 が、そのいずれもが失敗に終わった。
 今まで同様、時間もしくは空間を圧縮され、かすることすら出来なかった。
「あの若崎源次郎だって、もとは普通の人間だった筈……それならきっと、何か、何か突破口が……!」
 刀真は戦いの中で何度も何度も、同じようなフレーズを口にしていた。
 世の中には完璧なものなど、存在しない。
 きっと若崎源次郎にも、何らかの弱点がある筈であろうと、刀真は必死にその糸口となるものを探ろうとしていたのだが、今の時点では芳しい成果は得られていない。
 逆に空間を圧縮されて一気に接近を許し、気づいた時には腹に重い打撃を受けてしまっていた。
「これじゃあ、ただ倒されるのを待つだけじゃないの……!」
 オリヴィアが苦しげに呻いているのを、少し離れた位置で月夜が漠然と聞いていた。
 刀真は更に二発、三発と、気づいた瞬間にはもう打撃を受けているという攻撃を食らい、その場に跪く格好で苦悶している。
 為す術は無いのか――誰もが諦めに近しい心境へ突き落されようとしていたその時、詩穂がふと、あることに気づいた。
「……そうだ、そうだよ……その方法が、あったよ」
 詩穂は慌てて、左右を見た。すぐ近くに、ドラゴンスレイヤーを携えて佇むエースの姿が視界に飛び込んできて、迷わず、
(これだ!)
 と、腹を決めた。
「ねぇ、お願いがあるんだけど」
 詩穂に切り出されて、エースは何事かと訝しんだが、彼女が告げたその内容に更に仰天した。
「そんな、いくら何でも……」
「でも、これしか方法が無いと思うの! お願い、協力して!」
 エースは渋りに渋ったが、しかし詩穂の提案した方法だけが、この事態を打開する唯一の方法であるとも思えた。
「……協力してあげなさい。他に方法は無いのだから」
「成功するよう、お手伝いします!」
 メシエとエオリアが、立て続けに言葉を繋いだ。
 ふたりにこうまで後押しされては、エースとしても腹を括らざるを得ない。
 依然として気が進まないというのはあったが、エースは詩穂の提案を受け入れることにした。
「やってみるよ……勿論、余り痛くないよう注意するけどね」
「ありがとう!」
 かくして、作戦は実行に移された。
 まず詩穂が、エースを背後に従えて若崎源次郎に挑みかかる。得物は愛用のケルベロスだが、武器の種類は何だって良い。
 肝心なのは、若崎源次郎に挑みかかるという、その一点だけなのだから。
 案の定、若崎源次郎は詩穂の攻撃を難なくかわし切った。問題は、この後である。
(……来るよ!)
(了解!)
 詩穂は覚悟を決め、エースは若崎源次郎に気づかれぬよう、詩穂の背後でその行動に入った。
 そして、次の瞬間。
「あら、こりゃ上手いこと、してやられたわ」
 若崎源次郎の呑気な台詞が、詩穂の頭上で静かに響いた。

 詩穂の読んだ通り、気づいた時には若崎源次郎の拳が、詩穂の腹部に叩き込まれていた。
 だが同時に、エースが詩穂の腹を、ドラゴンスレイヤーで後方から刺し通していた。
 若崎源次郎の拳は、詩穂の腹から突き出たドラゴンスレイヤーの切っ先に、自ら飛び込む形で軽く貫かれていたのである。
 感心した様子で若崎源次郎が囁いたのは、詩穂の覚悟と、その作戦の妙に対してであった。
「また思い切ったこと、したもんやなぁ」
「……最大の目的は、勝つことじゃ、ないもん、ね……」
 苦しげに応じながら、詩穂はあらかじめ白竜から借りておいたUSBメモリサイズのDNA分析装置を、自身の腹から突き出ているドラゴンスレイヤーの切っ先に軽く触れさせた。
「これで……DNA情報は、貰ったから、ね……」
「あ〜、成る程、成る程。あんたらの一番の目的は、それやったんやな」
 素早く詩穂から距離を取った若崎源次郎は、傷ついた自身の拳には然程の興味は抱かず、ドラゴンスレイヤーを引き抜かれて、その場でエースに抱きとめられた詩穂に、面白い物を見たというような視線をじっと投げかけた。
 詩穂は出血多量で顔が青ざめているものの、自分自身に仕掛けた回復術が致命傷となるのを防いでくれた。
 若崎源次郎は、静かに左手を上げた。
 すると、それまで破壊の嵐を撒き散らし続けていたエッツェルの異形が、ぴたりと動きを止めた。
「……今回はわしの負けやね。敗者は早々に立ち去らんとな」
 いってから、若崎源次郎は革ズボンのポケットから、一本の通信機能搭載式のUSBメモリを取り出し、手近に居たカイへと投げ渡した。
 カイは何事かと、訝しげ表情でそのUSBメモリを受け取る。
「これは?」
「ノーブルレディの暗号解除キーや。勝負に勝ったんやから、せめてそれぐらいのご褒美は無いとなぁ」
 いい終えるや、若崎源次郎は並外れた跳躍力を発揮し、吹き抜けの間を一気に跳び上がって、あっという間に姿を消してしまった。
 残されたエッツェルも若崎源次郎を追うようにして、その巨体を宙に舞わせた。
 その場のコントラクター達が呆気に取られる中で、エッツェルもまた吹き抜けを上昇していき、ガラス張りの天井を突き破って、どこかへと去っていった。
「……逃げられたというより、見逃してくれた、といった方が正しいかな」
 呆然と天井を見上げるカイの隣で、唯斗が低い吐息を漏らしながら呟いた。
 悔しい話ではあるが、今の彼らでは、若崎源次郎と互角に戦うことすらままならない。
 恐らく若崎源次郎自身も、自分より弱い相手と戦うことに嫌気が差していたのだろうが、引き際をどのようにしようかと、きっかけを探っていたのではあるまいか。
 その時、白竜の通信機に呼び出しコールが入った。
 指令本部でスタークス少佐の補佐に就いている、ルカルカからであった。
『今、DNA情報が届いたよ。これからダリルが対菌抗錠の製造に入るけど、モール内の人数分を先に作るだけで二十分はかかるみたい。そちらに届けられるのは多分三十分後ぐらいだから、それまでに、石化や氷漬けにしている一般市民を元に戻しておいて!』
「了解。これより、対菌抗錠の受け入れ態勢構築に入ります」
 応答してから、白竜は周囲のコントラクター達の顔をぐるりと見渡した。
 どの面々も酷く疲れ切っており、まだ数百という数でモール内を跋扈する赤涙鬼の群れを相手に廻して、どこまで戦えるのかが、まるで読めなかった。
「聞いての通りです。三十分後には一般市民の皆さんに対菌抗錠の投薬が出来るよう、手分けして準備をお願いします」
 と、一応の指示は出したものの、どの顔も疲労の色が激しく、動きそのものが極めて鈍い。
 果たして、三十分後までに対菌抗錠の投薬態勢が整うのか、甚だ疑問であった。
「白竜……ノーブルレディ対策は、どうするんだ?」
「それは、これから考えます」
 要するに、まだ何のアイデアも無い、といっているのに等しい。

 それからきっかり、三十分後。
 対菌抗錠を収めたジュラルミンケースを、カルキノス、淵、円、ヴィゼントといった指令本部詰めの面々が、教導団貸与の小型飛空艇等を用いて輸送してきた。
 エッツェルが破ったガラス天井が、うまい具合に降下口となってくれていた為、四人の運搬者がスーパーモール内に入るのは、非常に楽であった。
 しかし、モール内の正面ゲート前広場はというと、未だに血みどろの激闘が続いている。
 赤涙鬼の群れは後を絶たず、疲労困憊のコントラクター達を食い殺さんと、容赦無く襲いかかってくるのである。
「若崎源次郎との戦いが、余計といえば余計でしたなぁ」
 息を荒くしながら、ルースが次々に雪崩れ込んでくる赤涙鬼を一体ずつ、頭部を確実に撃ち抜きながら仕留めてゆく。
 そのルースと肩を並べる形で、リカイン、シルフィスティ、明日風の三人が、赤涙鬼の群れを右へ左へと薙ぎ倒しつつ、防衛網を徐々に広げつつあった。
「若崎源次郎を相手にしてなくても、これだけ数が多いと、流石にヘバってきたわね」
 リカインは素直に、己の消耗の激しさを仲間達に白状した。
 既に敵は、知性を持たない野生の猛獣と然程変わらぬ存在ばかりである。こちらがどれだけ愚痴をこぼしたところで、戦術的、或いは情報戦的には何の不都合も無い。
「もうさ……適当なところで切り上げても良いんじゃないかな?」
 当初は戦意を高揚させて張り切っていたシルフィスティも、いい加減余裕が無くなってきている。
 戦闘開始前の士気の高さはどこへやら、リカインにしてもシルフィスティにしても、相当にモチベーションが下がってきている様子である。
 逆に明日風は、もともと赤涙鬼を殲滅しようという意図を持っていなかった分、精神的な疲労はリカイン達よりも遥かに軽いと見て良い。
「戦いも人生も風の向くまま気の向くまま、下手に気張らない方が楽ってもんでさぁ」
「こういう時、そういう能天気な発想が羨ましく思わるわよねぇ」
 もう何十体目を仕留めたのか、考えるのも億劫になってきていたリカインが、明日風の至極のんびりした声に小さく肩を竦めた。
「お嬢、適度に疲れているようで、何より何より」
「それ一体、どういう意味よ!?」
 対菌抗錠入りのジュラルミンケースを携えて、これから一般市民達のもとへ向かおうとするヴィゼントが、疲労困憊といった様子のリカインに笑いかけた。
 リカインは冗談じゃないといわんばかりに、不機嫌そうな表情をヴィゼントの背中へ向ける。
 そのヴィゼントは、他の運搬者達と共にこれから対菌抗錠を配布して廻る訳だが、どういうルートを辿るべきかで意見を戦わせなければならなかった。
「赤涙鬼の数も多いし、それに、ノーブルレディの投下前に全部仕上げなくちゃいけないから、最短ルートを選ばないといけないよね」
「そいつぁ、その通りだが……この中で、効率的なルートを理解している奴は居るのか?」
 円の言葉に尤もだと頷きつつも、カルキノスは根本的な問題に、首を傾げた。
「それなら……私が!」
 声を上げてきたのは、シェリエだった。
 彼女はこれまで、少しでも多くの一般市民を救いたいという願いから、様々な避難ポイントや隠れ場所を走り回り、それぞれの箇所で多くのコントラクター達と協力しながら、一般市民達を赤涙鬼の脅威から守り続けてきていたのである。
 その為、どこをどう行けば最短ルートとなるのかを、最も理解しているのが、このシェリエであった。
「私が分かっているルートで良かったら、多分、三十分もかからないと思うの!」
「おぉ、それは助かる。是非、案内を乞いたい」
 淵もシェリエの案内役には前向きな様子で、ジュラルミンケースを抱えたまま、すぐに案内してくれと大きく頷き返した。
「シェリエが行くなら、私も行こう」
 それまでシェリエと共に赤涙鬼の殲滅戦に参加していたフェイが、素早く身を寄せてきた。
 シェリエが守っていた幼子や他の避難者達は、某が別の隠れ場所で守っている。その某に全てを任せる形でシェリエが打って出てきていたのだが、ひとりでは危険過ぎるということで、フェイがシェリエの援護に就いていたのである。
「ありがとう、フェイ。某のところも早めに廻りたいし、あの子のことも心配だから、一緒に来て、私を手伝って頂戴」
「もとより、そのつもりだ」
 話は、決まった。後は実行に移すのみ、である。