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スーパーモール:ヘッドマッシャー2

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スーパーモール:ヘッドマッシャー2

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【九 総力戦】

 屋上での対スティミュレーター戦を制したシャノン、グレゴワール、レキ、ミア、そして唯斗の五人は、ヘッドマッシャー・ディクテーターとしての若崎源次郎の姿を探し求め、スーパーモール内へと突入していた。
 スティミュレーターであれば、この五人でも十分対処出来ることが、今回の戦いで実証された。
 だが、時空圧縮を操るディクテーター相手では、どうか。
 話を聞く限りでは、もう次元そのものが違う。果たしてそんな化け物を相手に廻して、まともな戦いになるのかどうか。
 しかも若崎源次郎は、顔かたちを変えて詩穂と共に行動していた。ということは、ディクテーターにはプリテンダーと同様の変身能力がある、ということになる。
 もしかすると若崎源次郎は、他に何か別の能力も隠し持っているのではないか――そんな疑念が、五人の胸中に湧き起りつつあった。
「あらン。あなた達、早かったのねぇ」
 四階の東側の吹き抜けに出たところで、リナリエッタが声をかけてきた。
 見ると、コア・ハーティオン、ラブ・リトル、恭也の姿もある。
 彼ら四人は、メルテッディンとの戦いを制し、これから若崎源次郎捕縛の援護に向かおうとしていたのであるが、偶然、屋上から入ってきた五人と合流する格好となった。
「若崎源次郎もヘッドマッシャーだったなんてね、驚きだよ」
 レキが困った調子で溜め息交じりに呟いたが、これに対してリナリエッタは、妙に嬉しそうに身悶えした。
「あら、そーおぉ? でも、その若崎源次郎って結構なイケメンだそうじゃない?」
 これにはコア・ハーティオンとラブ・リトルも、呆れて肩を竦めるばかりであった。
「馬鹿なことをいっている場合ではない……今度の相手は、時空を操る怪物なのであろう? 油断していると手痛いしっぺ返しを食うのは、間違いない」
「……しかしA班からの情報によると、変に非戦主義者のようでもあるらしい」
 唯斗の声に、その場に居る者の半分以上が、妙な表情を浮かべた。
 屍躁菌という凶悪な細菌兵器を製造した上に、ヘッドマッシャーとしても最強ランクの戦闘力を誇る怪物だというのに、非戦主義者とは一体どういうことであろう。
 ところが、唯斗の説明に対してグレゴワールが、幾分重々しい口調で納得した台詞を口にした。
「実力がある輩程、無駄な戦いは避けるというもの……その若崎源次郎という男、相当に出来ると考えた方が良い」
 グレゴワールの言葉には、腹の底にずしりとくるような説得力があった。
 くだらない輩程、己の小物ぶりを隠す為によく吼えるし、よく手を出すものなのだという。三下の悪人が、その典型であるのが何よりの証拠であった。
 その時、別方向から大勢の気配が一斉に移動してくるのが感じられた。
 全員がその方角に視線を転じると、A班とB班の面々が慌てて一階へ向かおうとしているところであった。
「ねぇ、どうしたの!?」
 シャノンの呼びかけに、B班の指揮を執る白竜が僅かに足を止め、小走りに駆け寄ってきた。
「丁度良いところに、来て下さいましたね。実は今、若崎源次郎のDNAを奪う為に、総力戦を仕掛けようとしていたのです。是非あなた方も、加わってください」
 最初は何をいっているのかよく分からなかった一同だが、白竜の説明をよくよく聞いてみると、その方針がようやく理解出来るようになった。
「成る程……圧縮出来る時間すら与えないよう、ひたすら連続して攻撃を加え続けるってか……しかしそれをやろうと思ったら、相当に人手が要るんじゃないか?」
「えぇ、そうです。だから少しでも手数を増やす為に、あなた方の協力が必要なのです」
 恭也の言葉に、白竜が追認する形で頷いた。
 方針が決まっているのであれば、悩む必要は無い。後はただひたすら指示に従って、指定された場所で攻撃を仕掛け続けるのみである。
「中央の、正面ゲート前広場で仕掛けます。もし途中で他のコントラクターに出会ったら、協力を呼び掛けていって下さい。それでは」
 そこまで一気にまくし立てるようにいってから、白竜は一同の前から走り去っていった。
 恐らく、このスーパーモールには突入部隊以外にも、相当数のコントラクターがあちこちに散らばっているに違いない。
 そういった分散戦力を掻き集めれば、何とかなるかも知れない――そんな漠然とした希望を胸に、コントラクター達はそれぞれの考える方向に、脚を走らせていった。

 若崎源次郎の所在がはっきりしている以上、捜索活動とその補助に関する行動は、最早不要となった。
 警備員室を飛び出したアリーセとグスタフは、近くを走りかかったロアを掴まえて、現時点での突入部隊の動きなどについて問いかけた。
「どうやら、突入部隊を総動員して若崎源次郎に一戦仕掛ける模様です」
 答えてから、ロアは自身のパートナーの動向について思いを巡らせた。
 ロアの知るところ、グラキエスとウルディカはまだ、一般市民達と一緒に居る。少なくとも、監視カメラに映っていた突入部隊の移動には加わっていなかった。
 だが、それはそれで良いかも知れない、とも思った。今のグラキエスに、若崎源次郎との戦いに加われというのは酷に過ぎるというのが、ロアの考えだったからだ。
「本隊が皆、動きを揃えてるってんなら、こっちも合わせた方が良いだろうねぇ」
「……ですね。私達は、正面ゲート前広場の吹き抜けに向かいます。もし余力があれば、合流を」
 それだけいい残し、アリーセはグスタフともども、ロアの前を去った。
 残されたロアは、一瞬どうすべきか躊躇する仕草を見せたが、結局はグラキエス達のもとへ戻る方を選択し、アリーセ達とは逆の方向へ足早に去っていった。
 そしてアリーセとグスタフがものの数分もかからぬうちに正面ゲート前広場の吹き抜けへと到達した時には、既に突入部隊と若崎源次郎の戦闘が始まっていた。
 いや、戦闘と呼ぶには、いささか様子が異なる。
 大勢のコントラクター達が次々に連携して、絶え間無く攻撃を仕掛けているものの、その全てがかすりもしないばかりか、いつ反撃を受けたのか分からないうちに、ことごとく叩き伏せられているのが現状であった。
「くっ……どうしてだ……圧縮出来るような時間が、まだ残ってるってのか……?」
 大量の血反吐を吐き散らしながら、羅儀が白竜の肩を借りて苦しげに立ち上がった。
 周囲には、赤涙鬼の群れがそこかしこから湧き出てきており、これらの対処に一部のコントラクターが充てられているものの、それもいつまで持つか分からないという極限の状況である。
「うぅっ……ちーにゃんこさん、どうしよう? このままじゃ、皆やられちゃうよ」
 あゆみが、涙目で千歳に訴えかける。
 これだけの惨状を目の当たりにしてしまっては、いつものようにクリアエーテル、などと元気づけるだけの余裕も無くなってしまっていた。
 聞かれた千歳も、どうして良いか分からない。
 傍らではイルマが怯えた様子でしがみついてきているが、それよりも千歳が気にしていたのは、レオンであった。
 A班の指揮官であるこの国軍中尉は、全身血みどろの姿で、アサルトライフルを杖代わりにして何とか立っているというような状態であり、これ以上の戦闘は厳しいのではないか、と思えてしまう。
(これだけの人数でかかっても、かすり傷ひとつ負わせられないなんて……あの若崎源次郎というヘッドマッシャーは、本当に何者なんだ!?)
 千歳は喉の奥で、悔しげに呻いた。
 今の自分には、レオン程の気迫を出して挑んでいくだけの勇気が無い。それが、とても悔しかった。
 再び、あゆみの悲鳴があがった。
 今度は恭也とグレゴワールが、派手に吹っ飛ばされていった。
「いやぁ、狙いは悪くないんやけどねぇ」
 若崎源次郎は相変わらず、これだけの包囲網の中で飄々たる語り口調を崩さない。
 そこへカイ、レオナ、ザカコ、ヘルが目にも留まらぬ速さで連続攻撃を仕掛けてきたが、そのいずれもが、若崎源次郎に触れるか触れないかといった瞬間には少し離れた位置に通り過ぎてしまっていた。
「時間圧縮も出来んぐらいの素早い連続攻撃っちゅうのは、発想としては間違ってへんよ。ただなぁ……わしの時空圧縮は、時間だけやなくて、空間も圧縮出来んねん。そこら辺、考慮に入れとかなぁあかんわなぁ」
 つまり、攻撃者は攻撃する瞬間だけではなく、攻撃時の空間をも圧縮されてしまい、攻撃対象が無かったことにされてしまうのである。
 カイとザカコは愕然たる表情で、若崎源次郎に振り向いた。
「何ということだ……攻撃時間に加え、攻撃対象空間まで無かったことにされてしまっては……」
「幾ら頑張っても当たる筈がない、ということですか……」
 それでもふたりは、自身の得物を構えたまま、若崎源次郎との対峙位置を崩そうとはしない。
 ここまでの圧倒的な力量差を見せつけられて尚、戦意を喪失しないのは、それだけで称賛されて然るべきであったろう。

 その時、別方向から破壊の嵐を撒き散らしながら、黒い影が獰猛たる勢いで接近してきた。
「あれは……エッツェル・アザトース!」
 C班の傷ついた面々に応急措置を施していたゆかりが、苦しげな表情で叫んだ。
 マリエッタが慌てて、ゆかりを守る位置へと飛び出してきたものの、エッツェルの禍々しい姿を前にしては、どうしても全身が緊張でがちがちに固くなってしまう。
 ゆかりも思わず、手当てを進めていた腕の動きを止めてしまった。
 まさかここで、あの異形の怪物までもが現れるとは――戦局は更に混沌へと陥るのでは、と誰もが暗い気分になった。
 ところが若崎源次郎だけはひとり、相変わらずの呑気な表情でエッツェルの出現を適当に眺めている。
「ふぅん……おもろいのが出てきたな。まぁ噂には聞いてたけど、あんなんなんやな」
 裕樹、青夜、トゥマス、そして詠美古の四人が、エッツェルに何とか一矢報いようと必死に追いすがってきているのだが、エッツェルはまるでお構いなしに、正面ゲート前広場の吹き抜けへと殺到してくる。
 動いたのは、しかし意外にも、コントラクター達ではなく、若崎源次郎であった。
 エッツェルの獰猛な触手が、若崎源次郎を捕食と一斉に襲いかかってくる。が、若崎源次郎は軽く左掌を差し出し、最初に到達した巨大な触手の先端に軽く触れただけで、回避行動は一切取らない。
 この時もまた、時空圧縮でかわすのか――と誰もが思ったのだが、しかし意外なことに、若崎源次郎がかわすまでもなく、触手の方が先に動きを止めた。
 それはまるで、エッツェルが自らの意思で、攻撃を止めたかのように思われた。
 一体、何が起きたのか。
 若崎源次郎は特に顔色変えることもなく、動きを止めたエッツェルに背を向けて、コントラクター達にゆっくりと向き直った。
「もしかして……それが、生胞司電……!」
 ここまで若崎源次郎に同伴してきていた刹那が、事前に知らされていた情報をここでもまた、記憶の奥底から引き出してきた。
 若崎源次郎は可もなく不可も無くといった調子で、小さく肩を竦める。
「あんたらコントラクターも、筋肉細胞を動かすメカニズムについては知っとるやろ」
 曰く、筋肉細胞は神経細胞内の微弱な電流パターンの刺激を受けて、伸縮による運動を可能にする。
 そしてヘッドマッシャー・ディクテーターには、もうひとつの能力が隠されている。
 それが、生物細胞内の微弱な電流を自在に操る生胞司電であった。
「細胞内の電流は、何も運動機能だけやない。脳細胞にも、電流はある。その電流パターンが生み出すのが、理性であり、記憶であり、感情であり、或いは意志と呼ばれるもんやっちゅうことは知ってるやろ」
 若崎源次郎の説明を受けて、カイとザカコがまさか、と小さう呻いた。
 もし彼の言葉が事実であれば、ヘッドマッシャー・ディクテーターは細胞を持つ生物であれば、それがどんな存在であろうとも、完全に支配することが出来る、という話になる。
 エッツェルの場合とて、それは例外ではない。
 如何に不死の肉体を獲得し、最強の生命力を誇っていたとしても、その肉体や生命力を構築する細胞そのものを操られてしまっては、完全に下僕と成り下がらざるを得ない。
 若崎源次郎には、それが出来る、というのである。
「ほなエッツェル君。適当に遊んだりぃな。飽きたら帰ってエエで」
 指示を受けた魔獣エッツェルが、コントラクター達への攻撃を開始した。主な標的は、後方で待機しているあゆみや千歳といった面々であった。
「うっ、うっそぉ!? ちょっとちょっとちょっと! こっち来ないでぇ〜!」
「くっ……そう来たか!」
 あゆみと千歳は慌てて後方に飛び退るも、そちらはそちらで、赤涙鬼の群れが他のコントラクター達と交戦中である。
 ほとんど退路は断たれているに近しい。
 若崎源次郎の圧倒的な強さに加え、赤涙鬼の大群による包囲網、更にはエッツェルの出現。
 状況はますます、コントラクター達には厳しくなる一方であった。