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第六章 最奥部にて


「露払いはできるだけするけど気をつけてね。フリューネ」
 要塞の最奥部にて。 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は桜の小太刀を構えると、タン、と軽やかに地を蹴った。
 空賊たちが祥子を目に止め銃を構える――時には、既に祥子の姿はない。
 千里走りの術で加速した祥子の小太刀が一閃、目にも留まらぬ早さで空賊たちを切り伏せる。
「こんな程度で倒れる奴に興味はないなあ。もっと強い人がいると思ってたんだけど」
 緋柱 透乃(ひばしら・とうの)は、通路から次々と現れる空賊たちに目を留める。
「私は透乃ちゃんが楽しく命を懸けて戦えるように、肩を並べて戦うのみです」
 訃刃の煉鎖をぐっと握りしめ、緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)はにこりと笑う。
「防御のことは私に任せて、攻撃に集中してくれ。負傷者の盾になろう」
 霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)は混沌の楯を翳す。
 言葉もなく、透乃が飛び出した。空賊との間合いを一気に詰めると、その頬へと拳を叩き込む。
「一番強いやつはどこにいるの? 教えてくれる?」
 透乃は殴り殺すためのパンチを容赦無く叩き込みながら、問う。
「この、奥……」
 空賊は泡を吹いて倒れる。
「弱くてつまらないなあ。こんなんじゃ、殺し合いにならないよ」
 透乃を追い越すようにして、陽子は手にした鎖を空賊に巻きつけた。
 そこにフリューネの連撃が入る。陽子は鎖を引きながら、空賊を地に叩きつけた。
 と、陽子目掛けて空賊が火炎をまとった飛び蹴りを仕掛けた。
 すかさず泰宏は陽子の盾となって、その攻撃を弾いた。
 フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)は残る空賊たちを次々と天馬のバルディッシュで薙ぎ払う。
「残るはこの部屋だけ――」
 駆け抜けた最奥部の扉の前で、フェイミィがバルディッシュを構えて、呟く。
「フリューネ――これで全てを明らかにして、戦いを終わらせるわよ」
 カナンの剣を翳すリネン・エルフト(りねん・えるふと)に、フリューネは頷く。
「相手の正体が不明な以上時間は掛けたくないわ。突っ込むわよ!」
 祥子の言葉を聞いて、フリューネは静かに扉を押し開けた。

 コンピュータで埋め尽くされた部屋の中央、一際大きなモニター前の椅子に男が座っていた。
 三十代前半ほどだろうか。男の傍には、四人の空賊が控えている。
 その中には、ローグ・キャスト(ろーぐ・きゃすと)フルーネ・キャスト(ふるーね・きゃすと)の姿もあった。
「あなたが村を襲う空賊を束ねる頭領ね。話があるの」
 フリューネが声を掛けると、頭領は無言でフリューネを正面から見据えた。
「まずは子供達を返して、この無意味な争いを止めてほしいの。
 それから、あなたの話を聞かせてくれるかしら」
「ほとんどの話は、もう聞いたはずだ」
 頭領は要求には答えず、あくまでも堂々とした態度で答える。
「俺たちの元いた時間軸では、村長が空賊を雇って獣人の村を滅ぼし、滅ぼされた獣人の村の生き残りが村を襲ったそうだ。
 リュイシラは村人たちが次々と殺されていくのを見て発狂した。
 魔力を帯び、超能力にも似た格闘術で、敵味方の見境なくほぼ全てを殺したという」
「昔語りはいいわ。私たちは、今現在の問題として争いを止めるよう同意してもらいたいの」
 フリューネがもう一度要求する。
「現在は積み重なって未来となる。過去を知り、今を変えることが、未来を守ることに通じる。
 未来を守るために戦っている俺たちが、戦うのをやめるとでも?」
「いいえ、あなたは自分たちの見た過去にひきずられているだけ……!
 本当に未来を守る気があるのなら、リュイシラが捨てられていた時間に遡り、村長が拾う前に自分たちで助ければ良かったはずよ!」
 リネンが頭領に反論する。
「……そんな程度で、半世紀以上も積み重なった祖先、皆の怒りが治まるとでも?」
 あくまでも頭領は要求を飲む気はないらしく、おもむろに椅子から立ち上がった。
 そして、フリューネをじっと見つめる。
「――あなたが、フリューネか。俺は戦いよりもあなたに礼が言いたくて、この時代に戻ってきたようなものだ」
「……私に?」
「あなたは、俺たち空賊団の生みの親――。
 団員の曾祖父や祖父を義賊として育て、ペガサスやドラゴンたちをくれ、この地域で最も力を持つ空賊団のひとつにしてくれた。
 俺たちがこうしてこの時代にペガサスやドラゴンたちと共に戻って来られたのは、あなたのおかげだ」
 その言葉は、フリューネを動揺させるには充分だった。
 頭領の目を見ていたフリューネは、頭領が嘘をついているようには見えなかった。
「まず、子供たちを返せ。どこにいる」
 フェイミィが静かに問う。
「残りの子ども? 今頃ニルヴァーナだろうよ」
 今まで黙って話を聞いていたローグが、口を開いた。
「何……?!」
「突入される前に、奴隷として売っ払ったよ。数人の程度なら人質としては効果的と残しておいたが。仲間にもここに子供がいると言いふらしておいたから、知らなかっただろうがな」
 ローグは冷たい目をしたまま、淡々と答える。
「敵を欺くには、まず――ってことだね。あ、そうそう。勘のいい人は疑ってたみたいだけど、このボロい要塞自体トラップだから」
 フルーネはにっこりと笑うと、カタンと一つボタンを押した。

 刹那、爆音が轟く。黒い煙が部屋を満たす。
 フリューネたちの足元だけが崩落していく。
『動力炉が暴走、爆発した! 至急脱出を!!』
 ユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)は大型飛空艇のアイランド・イーリから、無線でリネンに通達をする。
『待機していた仲間や要塞内の味方は、あたしたちが助け…………』
 ヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)の言葉が途中で途絶える。
「お前たちが過去と現在を救おうとするなら……俺は、俺の信じるように未来を守る――!」
 崩れていく要塞を見ながら、頭領の言葉は決意するように一人呟く。
 と同時に、崩れた天井部から炎水龍イラプションブレードドラゴンとワイバーン四頭が一直線に空賊たちの元へ降りてきた。
 フリューネたちが態勢を立て直す間もなく、空賊たちはドラゴンに乗って飛び去った。

 崩壊しながら落下していく機動要塞に取り残されたフリューネたち。
 リネンは、ワイルドペガサス・グランツのペガサス“ネーベルグランツ”を騎獣格納の護符から解き放った。
「フリューネ、掴まって! 少し待てば、すぐにイーリが来てくれるはずよ!」
 フリューネはリネンの手を握りしめるも、その表情は沈んでいる。
「……フリューネ」
「私が、この空賊団を作ったの? 子供たちを攫って自分たちの行動を省みないような、そんな義賊を?」
 リネンは大きく首を横に振る。
「もし、本当にこの空賊たちがフリューネに救われた孤児の子孫たちなのだとしたって、
 彼らを救い育てたのはあの村がリュイシラに滅ぼされてしまった世界のフリューネよ!
 貴方が本当に救うべきものは、この世界の現在――貴方がすべきことは、賊に襲われ子供を攫われた村を救うことよ!!」
「リネン……」
 どこからか、船のエンジンの音が聞こえてくる。
『イーリとペガサスたちが傍で待機しています! 乗って下さい!』
 ヘイリーの遣わした伝令官が、フリューネたちに声を掛ける。
 どうにかフリューネたちは、無事にイーリへと乗り移ったのだった。