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遊覧帆船の旅を楽しもう!

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遊覧帆船の旅を楽しもう!

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 割り当てられた客室の脱衣所の中で、村主 蛇々(すぐり・じゃじゃ)は鏡の前で悩んでいた。
 それはそれはとても悩んでいた。
 白いワンピースを両手で掴み、ぶるぶると震えるほど悩んでいた。
「う……アールが当選したことが羨ましくて、私が外れたことが悔しいとかそんなんじゃないのよッ。でも、でも、そのアールが一緒にどうだって、私が――誘われる、だなんて……」
 気づけばワンピースを胸に抱きしめていた。
「いきなりどうしたのかな」
 誘われて、嫌だからとかで参加することに悩んでいるわけではない。ただ、よそ行きの服をそれほど持っていなく、結局選んだこの白いワンピースをパートナーの前でお披露目することに対し悩んでいるのだ。ぎりぎりまで着ることを躊躇っている。躊躇いながら、着ないという選択を選べない。
 鏡の前で自分の体にワンピースを合わせた。
「笑われ、ない、かなぁ」
 変ではないだろうか。そればかりが気にかかる。気にかかるほどに、何故だか気恥ずかしい。確かに、彼の前では滅多にしない格好ではある。
「……うん。よし」
 心がようやく決まった。
 客室の小さな丸い窓から見える景色を壁に寄りかかるようにしながら眺めているアール・エンディミオン(あーる・えんでぃみおん)は着替えから中々戻ってこない蛇々をただ静かに待っていた。
 晴天と大海原。窓から見えるのは二色の異なる青色。境界線にはパラミタの大陸が見える。
「良い天気だ」
 最近イコン搭乗時の連携率が思わしくないと感じていたアールは、偶然にも当たったこの試験航海が現状改善の良い機会なのではと直感した。
 当選通知が来たと知った蛇々は明らかに不機嫌そうで誘ってみればますますと機嫌を悪くしたが、二つ返事で了承してくれた。
 しかし、一緒に行くと頷いてくれた時から何か悩んでいる様でもあった。今も着替えをするには長すぎる時間を待たされている。
 何か思いつめているのだろうか。そんな疑問がアールの脳裏を過ぎった頃、扉が開かれた。
 薄地の布を二枚重ねにした、シンプルなシルエットながらふんわりと優しく裾の広がる白いワンピースに身を包んだ蛇々の登場に、アールは思わず目を細めた。
「ほう……俺が見たことない服を着てきたな? 馬子にも衣装とはこの事だな。……フフ」
 やはり、笑われたと、機嫌を損ねようとした蛇々に空かさずアールは自分の手を彼女に差し出した。
「では、行こうか」
「ねぇ、アール。な、何かこれ……デートみたいね!」
 そんなものした事は一度もないが、客室がまるで待ち合わせ場所みたいで、リードしようとするアールに日常には無い観光気分な蛇々の声は硬い響きのまま上擦った。
「……? デート? 何の話だ?」
 対してアールの態度は素っ気ない。
「まぁ、そうむくれるな。それより、どこから見てまわる? 俺はそれなりに考えてきたが蛇々が見たいところからでも一向に構わないぞ」
「え、えーと、そうだなぁ、可愛い海の生き物とか見てみたい。あ、船の一番前の方にも行ってみたい! かなぁ」
 言う蛇々にアールは了承と頷き、二人は歩き出した。



 ヴァイシャリーの三つ星シェフが料理を提供する帆船内のレストランでは一通りの船内見学を終え料理を食しデザートを堪能したエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が食後の紅茶に一息をついた。
「その顔は及第点ってところ?」
「スタッフが接客慣れしていない」
 問いかけに即答したメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)にエースは苦笑する。
「厳しいなぁ」
「だが、教育は行き渡っている。経験を積めば自ずと改善されるだろう」
 クルージング経験や料理は星の数で評価するべきではないと考えているエースは、現実的な目を持っているメシエの忌憚ない意見が聞けて、やはり笑った。
「内海だから陸地が見えるけど、うん。なかなかの景観だよね。わざわざ陸地に近づいたり運行予定ルートはきちんと考えられているんだって感じだよ」
 甲板に出ていた時のことを思い出しエースは緩やかに両目を閉じた。
「ジャタの森を横切った時に見えた鳥は、鮮やかだった。パラミタの海にあんな麗しい鳥がいるなんて知らなかったよ。試験航海のツアーだから見れないのは残念だけどエリュシオンの海の中から眺める夜景は星のように煌めいて綺麗だろうな」
 これでまだお見えしていないパラミタイルカの群れが拝めればもっと良いのだが、こればかりは時の運に任せるしかない。
「危険地帯には変わらないが今のところ全く危機感を感じさせないところも評価できる」
 海域調査とは違い、流石一般参加者を募っただけはある。航海を無事に終わらせるために相応の戦力を搭載しているのだろうが、そんな気配、欠片も感じさせない。
「そしてこのまま何かあっても平然と展望できればこの試験航海は成功したも同然だろうな」
 メシエの言葉にエースは同意と頷く。
「そうだね。パラミタイルカを鑑賞するように魔物もウォッチングできればこの危険な海は何よりも得難い観光スポットになりそうだ」
 危険だとわかっていても魅せられるのがこの雄大な自然であり、その脅威を感じさせずに見ることが叶うなら、願ってもないことだ。
 天気に恵まれ、海は穏やか。やや強い潮風も肌に心地良く、もてなしは合格。出される料理も美味しい。物足りないといえば、少々の刺激か。さて、試験航海で求めるにはハードルが高いか、娯楽としてどこまでバランスを取れるのか、メシエの目は厳しい。



 そんな二人から幾つかテーブルを挟んだ窓側。その肩書きからは想像もできないほど優雅な空気を纏い椅子に座っているのはセシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)だった。
「お嬢様」
「バフォ、友人知人も乗っている船をいきなり襲撃するほど見境なくないですわよ。それに契約者だらけで相手にするのも骨ですし、まぁ、そんなに期待されてるのなら次からは海賊船で来ますけど?」
 八木山 バフォメット(やぎやま・ばふぉめっと)にセシルは丁寧に答えた。
 彼女は確かに海賊ではある。しかし、略奪メインの同業者とは一線を記す彼女はこの船に無理を押してでも襲いかかりたい魅力を感じていない。
 何より安全を保証された船旅というものをたまには満喫してみたかった。それがこの船のエスペランサ号の歴史に刻まれる航海の一つとなるのなら尚更だ。
「いえ。お嬢様のご意向であるのなら結構です」
 不敵に笑うセシルのバフォメットとは反対側の席で禁書 『フォークナー文書』(きんしょ・ふぉーくなーぶんしょ)はボーイを呼んだ。
 メニューを催促し、広げられたリストのデーザートの欄を人差し指で示し、
「とりあえず、ここからここまで一つずつね。気にったのがあったら追加させてもらうわ」
決して少なくない種類のデザートの一斉注文という暴挙を眠そうな顔でしれっと行った。
 次々と運ばれる料理とスィーツ。それのひとつひとつを丹念に吟味していくセシル達は一度その手を止めた。
「ふむ、流石に三つ星、悪くない味ね。バフォメット、貴女に再現できるかしら?」
「ええ、それにこのケーキは絶品といってもいいわ。バフォ、今度同じ物を作りなさい」
 セシルと禁書 『フォークナー文書』の無茶振りに、同じテーブルに付き、同じ物を食べていたバフォメットは右手を自分の胸に添えた。
「これはこれはお嬢様方、珍しく謙虚でいらっしゃる。同じ物を出されても満足なのですか?」
 何故これ以上の物を作れと命されないのか。
 現在進行形で腕を振るっているシェフに対しなんと挑発的な言葉を吐き出すバフォメットにセシルは口の端を持ち上げた。
「頼もしい言葉だわ」