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『アヴァロン』


 最初に異変に気がついたのは、天城 一輝(あまぎ・いっき)だった。
 彼は『小型飛空艇アルバトロス』に乗り、エスペランサ周辺を上空から警戒していた。
 が、海賊の騒ぎに関しては、彼はノータッチのまま警戒を続けていたのである。
 理由としては、既に機晶高速艇が対応にあたっていたため、じきに事態は収束すると思われたこと。
 また、一輝が降りてしまったら、万が一新たな災厄が接近した際に、感知できる人間がいなくなってしまうことが挙げられる。

「で、まさかその悪い予感が的中しちまうとはな……」

 その悪い予感というのが、仮面をつけた異形・エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)の強襲であった。
 クラーケンなどのモンスターが突然現れたのは、エッツェルが【フールパペット】で糸を引いていたからなのである。
 そうしてモンスターをけしかけ、エスペランサの護衛が散らばったところで、彼は手薄になった場所に降り立っていった。
 その一部始終を、一輝は全て目撃していた。

(さてと……急いで追いかけた方がよさそうだな)

 たった今、一輝はこの情報を本部に報告した。
 おかげで少し遅れたものの対応は間に合いそうだ。
 しかし、なにぶん敵の数が多い。どこも各々の持ち場の対応だけで、手一杯になるだろう。
 喜んでいいのかどうか、複雑な心境だった。

「くそっ、これだけ人手が足りないとなると、俺も援護に向かうしかなさそうだな」

 一輝は軽く舌打ちして、これ以上の警戒を断念する。
 慣れた手つきで『小型飛空艇アルバトロス』を制御。
 モンスターが比較的多く、劣勢と思われる場所に降下していく。

「やっぱり災いなんて起こらないに限るぜ───!」





「噂通り、光輝属性に弱いみたいだけど……っ」
「こうも防御を張り巡らされちゃ、攻撃を届かせることすらできないぞ!」

 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は苦戦していた。
 エッツェルを相手に、始めは『ブライドオブブレイド』や『日輪の槍』を持つことで効果的にダメージを与え、優勢だった。
 しかし、エッツェルが取り巻きの海洋モンスター共を盾に使い始めたため、戦局は膠着してしまう。
 そして、この膠着状態が厄介だった。

「………………」

 エッツェルの喉に見える部位から、かすかに呻くような音が鳴る。
 見ると、彼の躯につけられた傷が、コールタールのような液体に覆われて再生していく。
 おそらく【リジェネレーション】による回復作用だろう。つまり、長期戦になればなるほど不利を被るのだ。
 かといって退くわけにはいかない理由もあった。
 レストランと直結している厨房の奥……食料倉庫には、大勢の乗客達が避難しているのだ。
 しかも、エッツェルは一直線にそこを目指して進もうとしている……?
 本人に確認をとったわけではないが、コハクはそんな雰囲気を感じ取っていた。

「美羽、乗客を守るのが最優先だけど、攻めきる方法も考えないと」
「わかってるよ! 今考えてるんだから、急かさないでよね……っ!」

 相談しているからといって、海洋モンスターによる牽制は止まらない。
 美羽は『Sインテグラルポーン』を展開したり、『滅殺脚』で攻撃を弾いたりして、なんとかやり過ごす。
 コハクの方も、いちいち翻る美羽のミニスカートから目を逸らしつつ、【シーリングランス】で厄介な攻撃を封じて対抗する。
 しかし、このままではジリ貧だ……
 何か変化を求めたい、ちょうどそう思っていたところで、待ちわびた援軍が現れる。

「【ディテクトエビル】の強力な反応から、もしかしたらって思ったんだけど……やっぱり、エッツェルさん……?」

 戦々恐々といった感じで現れたのは、赤城 花音(あかぎ・かのん)だった。
 彼女の第一声は仮面の異形に対する問いかけであったが、その答えは得られない。

「………………」

 一瞬の沈黙があり、代わりとばかりに送られてきたのは、『歪な肋骨』による攻撃だった。
 6本の鋭い刃が中空を泳ぎ、花音に突き刺さる───!
 かと思われたその直前で、ウィンダム・プロミスリング(うぃんだむ・ぷろみすりんぐ)リュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)が間に割って入った。
 ウィンダムは【ファランクス】の構えで迫る刃を全て弾き、リュートが【ライトブリンガー】で敵を怯ませる。

「ぼさっとしない! 私達でエッツェルさんを止めるって決めてたでしょっ」
「そうです。迷っている暇はありませんよ。……この時のために、用意した歌なのでしょう。花音?」
「う、うん。でも……もしボク達が失敗したら……」

 リュートの言う通り、花音にはこの時のために用意した特別な歌があった。
 それは、対エッツェル用と名づけても過言ではないもので、攻撃というよりは封印に近いもの。
 同じイルミンスールの者として、彼の暴走を止めてあげたい……そんな彼女の願いが込められている。
 だからこそ、それが失敗した時のことを、花音は恐れている。
 それは、他ならない心を拒絶されるに等しい事なのだ。
 思いを踏み切れない花音───の傍らを横切り、申 公豹(しん・こうひょう)も参戦した。

「さっき、姫を手にかけようとしやがったな……お返しの挨拶だ!」

 申公豹はHA【雷公鞭】を操り、発生できる最大の威力で雷を叩きつける。
 ただし、標的はエッツェル本人ではなく、周囲を取り巻くモンスター達だ。
 エッツェルのスキルによって半ばアンデット状態のそれだが、元が海洋生物だったため、電雷属性は有効だった。

「「ピギャアアアア」」

 感電して動きを鈍らせるモンスターの集団。
 その隙を衝いて申公豹は美羽達の近くに降り立ち、援護を要請する。

「エッツェル氏を止める秘策があります。ですが長い詠唱が必要です……お願いします。共に姫を守ってください!」

 花音の状態に気を向けず、申公豹は強引に申し出た。いや、それによって背中を後押ししようとしているのか。
 ……が、美羽は少し迷った。
 もしその策とやらを失敗すれば、消耗の激しさが祟り、いよいよ防衛陣は決壊するだろう。
 が、結果的には申公豹の真剣な目つきに押され、代替案も無いので了承することになる。

「そ、そこまで言うなら仕方ないなぁ。ホントは私より目立つのは許さないんだけど……っ」
「特別に主役を譲ってやるってさ。もちろん、僕もできることなら協力するよ」

 目を泳がせながら言い訳を続ける美羽に、それをなだめるコハク。
 こんなギリギリの状況には似つかわしくないかもしれないが、むしろそれが良かった。
 ずっと緊張の面持ちで佇んでいた花音が、そのやり取りを見てクスリと笑ったのである。
 ウィンダムはその仕草を、心の整理が終わった合図と受け取った。

「私達の準備は万端よ。歌えるわね? 花音」
「……みんな、待たせてごめんね」

 花音は、今度こそ覚悟の風貌をたたえて顔をあげる。
 視線の先には、仮面をつけた異形の姿があった。

「これ以上、犠牲を生まないためにも、ボク達が止めないとね……! キミのために創った歌───聞いてください。

『アヴァロン』





この胸に眠る小さな灯 封印された心の奥に

 明確には、アヴァロンという曲そのものに大きな力があるわけではない。

 この曲で力を行使する場合は、歌詞に伝説的な意味を込めて効果を決定付けた後、
 花音が歌い上げる際の声を『光条兵器』に乗せ、光子を織り成して結界を作りあげていく必要がある。
 そういった過程があるので、歌い終えない限りただちに効果が発揮されることはない。それが弱点なのだ。

「で、その弱点を私達がカバーすると。……それでいいんだよねっ!?」

 美羽は開き直って敵の足止めに邁進する。
 『雷術』を駆使して迫り来るモンスター共を薙ぎ払い、【百獣拳】で威嚇して寄せ付けない。
 コハクはそのサポートに回っている。
 攻勢に出る美羽が反撃を受けないよう、【疾風突き】で死角より迫る攻撃を全て撃ち落としていく。

深い悲しみを越えて 譲れない意志に出逢える

 申公豹もモンスターを相手取り、撃墜していく。
 彼のHA【雷公鞭】は、先の一撃でわかった通り海洋モンスターに相性がいいのだ。

「私がいる限り、姫には触手一本触れさせません」

おとぎ話に広がる地図 古の記憶と幻想の地

 そしてエッツェルの相手は、ウィンダムとリュートの2人がかりだ。
 といっても、美羽がモンスターに向かっているように、攻め込むわけではない。
 こちらは防衛戦……『アヴァロン』が完成するその時を、完成させる為の盾となり、ひたすら待つ。

「………………」

 が、エッツェルは動かない。
 こちらの隙を窺っているのか、それともまさか歌に聞き入っている───わけはないだろうが。

時の螺旋の中紡がれる世界 真っ直ぐな瞳で見つめて

 ひどく長く感じる、けれどもあっという間だったような、そんな時間が過ぎた頃。
 歌が完成に近づくにつれ、結界のもつ力を悟ったのか、エッツェルに動きが現れた。

「………………!」

 彼は、花音の歌唱を阻止しようとする。
 それも今までにない規模の攻撃だ。必死に抵抗しているようにも見える。

「「これは……ッ!!」」

 噴きつける闇黒の凍気と死の香り。【クライオクラズム】と【死の風】の同時発動だ。
 これには守りを固めていた2人も、さすがに体勢を崩される。
 ただでは済ませまいと、ウィンダムはお返しに【グレーターヒール】を叩き込んだ。
 が、それは距離をとっていたために、『神霊結界』で無効化される。

未来の扉に約束の鍵 全て包み込んで輝け

 眼前でそんなやり取りが行われているにも関わらず、花音は歌い続ける。
 きっと届く……そう信じているから。
 破られた盾の合間を縫うように、『怪異の躯』が迫る。展開されつつある結界陣の術者を捕食しようとする。
 それを止めることができる者は、もう誰もいない───!!


 ……………………


 曲がっていた。
 異形の肉体から伸びる怪蟲は、花音に至る直前で不自然な方向へ折れ曲がり、捕食に失敗していた。
 ただし、その原因がわからない。
 姿の見えない何者かが弾いたわけでもなければ、凄腕の狙撃手が狙い撃ったわけでもない。
 そもそも物理的な要因ではなかった

「私の災厄体質は折り紙付きでね……どんな災いも、引き寄せてしまうのよ」

 雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)が、厨房の入り口───怪蟲が折れ曲がった方向に、いつの間にか姿を見せていた。

「ごめんなさいね。そんな体質を持つ私だから、これ以上迷惑はかけられないと思って避難していたのだけど」

無限の夢に答えを刻もう 蘇る伝説へ……

「素敵な歌声が聞こえてくるもんで、つい覗きに来ちゃった。……最後まで聞けてよかったわ」

 結界陣が完成する。
 エッツェルは『怪異の躯』を伸ばしきった状態のまま、湧き出す光の中に全身を包まれた。

「…………───ッ!!?」

 彼は本能的に危機を察知したのか、すぐさま『水晶翼』を展開して結界陣から逃れようとした。
 しかし、完成された結界陣はその異形の躯につきまとい、振りほどくことを許さない。

「エッツェルさんっ!」

 歌い終えた花音は叫んだ。
 その結界は侵食の遮断に特化したもので、苦しめるためのものじゃないんだ。
 しかし、その言葉は届かなかった。
 振りほどけないのなら、せめて追撃を受けないように距離をとろうとしたのだろうか。
 エッツェルは天井を破り、光の軌跡を残して彼方へと飛び去っていった───

 その後、仮面をつけた異形がどうなったのかは、まだ誰にもわからない。