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リアクション
【図書館清掃 其之弐】
一方、歴史書コーナーでは、詩穂(プラス部下役の美羽)と遭遇した幽那とハンナが、絶体絶命の危機に陥っていた。
先攻として、セレスティアーナ・アジュア(せれすてぃあーな・あじゅあ)のモノマネを披露した幽那達だったが、詩穂の笑いのツボにはまるでかすりもせず、録音しておいた、
『はーっはっはっは!』
の、甲高い笑い声だけが無情に鳴り響くのみであった。
これに対し、詩穂は、【明智光秀謀反により本能寺で窮地に立った信長と部下の会話】というシチュエーションのノリツッコミをカウンター攻撃としてブチかましてきた。
以下、信長役が詩穂で、部下役が美羽。
信長『ヤリを持て』
部下『殿、ヤリです』 いいながら、イカを手渡す。
信長『これはヤリイカじゃ』
もうこの時点で、幽那の頬がやばくなっている。
更に詩穂は手加減せず、一気に畳み掛けた。
信長『ヤリを持て』
部下『殿、ヤリです』 ふたたび、イカを手渡す。
信長『よし、これで光秀の顔に墨をぬってやれ』
最早、ここまで。
幽那は鼻から牛乳の洗礼を浴びてしまい、ここに祖母孫コンビ【グランマ・アンド・グランチ】の戦いは終焉を迎えることとなった。
それにしても、詩穂の勢いは雅羅タウンからとどまるところを知らない。
ダークホースとして、このまま一気に優勝を窺うか、という程の勢いであった。
だが、そんな詩穂の前に立ちはだかる影がふたつ。
ジェライザ・ローズと学人のふたりが、ここで詩穂を止めておかねば後々厄介になると踏んで、幽那達が敗退した直後に勝負を仕掛けてきたのである。
詩穂は一旦飲み下した牛乳を、再び紙パックから口内へと補充する。真正面から受けて立とうという、堂々たる王者の風格すら漂っていた。
ジェライザ・ローズには秘策、という程のものがある訳ではなかったが、ここは正々堂々とぶつかり、力で捻じ伏せるべしとの判断が働いていた。
学人が、缶ジュースを二本放り投げ、ジェライザ・ローズが受け取る。
そしてジェライザ・ローズは、両手の中指を立てながら、自らの録音音声を最大音量で再生させた。
『And that’s the bottomline,’cause Stone Cold said so!』
そこから響き渡ってきたのは――どう考えても、ダミ声の中年親父のものであった。
勿論、なななとフリューネが録音に立ち会っていたのだから、声自体はジェライザ・ローズ自らが吹き込んだものであったのは間違いない。
それでも尚、どう聞いても中年親父にしか聞こえない野太い声で咆哮をかますジェライザ・ローズに、詩穂は目を白黒させた。
一応解説しておくと、これはアメリカの有名なプロレスラー(かつて、ストーンコールドと呼ばれた人物)のモノマネであったのだが、詩穂自身は全く知らない上に、英語で、しかも相当早口にまくし立てている為、何をいっているのかさっぱり分からない。
だがそれでも、詩穂が目を白黒させたのには、理由がある。
実のところ詩穂は、変声にからっきし弱かったのだ。
しかも、ジェライザ・ローズのような中性的な美貌が、いきなりおっさん声を放ったものだから、もうたまったものではない。
(うぐっ……も、もう駄目っ)
懸命に堪えに堪えた詩穂だったが、最終的には自身も鼻から牛乳の地獄を味わう破目となった。
変熊とにゃんくまは、ムッシュWのケツバットで遥か彼方へと吹っ飛ばされてしまっていたが、それ以外の敗北した面々は図書館内のモニタールームに集められ、最後の戦いをモニター越しにじっと見つめている。
「残ったのは、ジェライザ・ローズ組と菊さんか……下手すりゃ、一方的になるかもね」
詩穂の言葉を受けて、幽那はムッシュ・レンズマンから手渡された資料に素早く目を落とした。
両者の持ちネタは、それぞれひとつずつが残っている状況である。
詩穂自身も、実はもうひとつだけネタを残したまま敗退してしまったのだが、仮に使えたとしても、果たして勝利に結びついたかどうか。
「どっちも微妙ね。これまでの対戦結果から見ると、双方とも、相手のツボを衝く笑撃は残ってないんじゃないかしら」
幽那の分析は、的確だった。
派手なリアクション系をツボとする菊と、頭脳派のネタに弱いジェライザ・ローズ。
お互いの持ちネタを考えると、長期戦に発展する可能性すらあった。
だがいずれにせよ、泣いても笑っても(いや、笑ってはいけないのだが)これが最後の一戦である。
菊とジェライザ・ローズ組は、司書カウンター前で対峙した。
* * *
ここで清掃員に扮した正子が、最後の戦いを見届ける為に司書カウンター前へと姿を見せた。
何故か背後に、
ゴゴゴゴ
などと妙な轟音が鳴り響いているのだが、菊とジェライザ・ローズには、いちいち気にしていられるだけの余裕も無い。
そしてそんな正子の隣には、ムッシュWの姿もあった。
優勝者が決まる瞬間を、その目で確かめようというのであろう。
やがて、最後の戦いが始まった――。
先に動いたのは、ジェライザ・ローズと学人のコンビである。
ふたりとも絶妙なタイミングでお互いの間を計り、それぞれの声音を録音した音声を再生する。
『犬が消えた……春先に家出した』
『!? ……い、犬ー? ……あ、だ、ダジャレになってない』
ダジャレになっていないダジャレで学人のツッコミを引き出す、アドリブ系ノリツッコミであった。
が、菊の表情に変化は無い。
こういう頭を使う笑いは、菊には通じない、というよりも、ほとんど理解出来ていなかった。
矢張り、このまま長期戦に入るのか、と誰もが覚悟を決めたその時。
菊が不意に、パ○チDEデートなる往年の名番組ばりのアナウンスを流し始めた。
このアナウンスでの妙は、当時の漫才で『グー』という発声ギャグが定番であるところにある。そしてこれは同時に、サニー・ヅラーの持ちネタ(?)のひとつでもあった。
菊は敢えて『グー』ではなく、チョキを出した。
一発ギャグに、微妙なボケをミックスした小技であった。
この程度、普通であれば何てことはない小ネタであったが、しかしジェライザ・ローズに限っていえば、非常に大きな意味を持っていた。
実はジェライザ・ローズは、サニーさんとは旧知の仲であり、菊の仕掛けたこのギャグが、自身の記憶の中で微妙にサニーさんの行動とリンクしてしまったのである。
(し……しまったぁ!)
心の中で叫んでみたが、もう遅い。
ジェライザ・ローズは堪えているつもりであったが、その頬に、笑みの形が浮かんでいた。
勝者、弁天屋菊。
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