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・ロシアンカフェにて


「おや、お疲れの様子だねぇ、お客さん」
「ちょうど、パラミタ一周してきたところなんですよ。ちゃんとプレゼントを配るためにも、下見は毎年欠かせませんからね」
「ははは、まるでサンタクロースだ。まあ、こんな若くてかわいいねーちゃんが来たら、『プレゼントよりもサンタさんをくれ!』って言うヤツが出てくるだろうぜ」
 という具合に、マスターがカウンターに座る女性客と話しているところへ。
「マスター!」
 朝霧 垂(あさぎり・しづり)は、控え室から彼を呼び寄せた。
「ん、どしたー?」
「俺の姿をよく見てくれ。コイツをどう思う?」
「すごく……似合ってると思うぞ」
「そうじゃない! この店の制服はメイド服だって聞いてたんだが、これはサンタ服じゃないか」
 海京には、メイドが接客を行うロシアンカフェがある。そんな噂を聞いていた垂だが、いざ非番の日に来てみれば、用意されていたのはミニスカサンタ服であった。
「いやぁ、今はクリスマスシーズンだろ? ってことで、今月はサンタデーをすることに決めたんだ。あと、たまに勘違いする奴がいるんだが、うちはいつもメイド服ってわけじゃねーぞ」
 そう言って、マスターは制服を見せてきた。メイド服とは意匠が異なるが、フリルがついた可愛らしいものだ。着てみたいと思う女性が多くても不思議ではない。
「あ、そうだったのか。大声を出して申し訳ない」
「はは、そう気にするな。しかし助かるよ、ちょうど人手が足りなくて困ってたところなんだ」
 垂には、教導団の軍人として以外に、もう一つの顔がある。むしろ、そっちの方がある意味で本職かもしれない。
 雇われメイド。メイドを必要としている人のところで仕事を受け持ち、働く。いわゆるフリーランスのメイドだ。
「うちの看板娘が二人ともしばらくの間来れなくなっちまってさ。まあ、もうすぐ学院を卒業するわけだし、生徒会の仕事もあるから仕方ないんだけどな。学生バイトを多く抱えていると、連中が忙しい時はどうしても人が不足するんだ。しかも、そういう時に限って季節行事が被ってたりする。
 ……んじゃま、今日は宜しく頼む」
「任せな! ところでマスター、猫耳と尻尾はあるか?」
「あるにはあるが……着けるのか?」
 やや困惑気味のマスター。
「どうせなら、こだわった方がいいだろ」
 マスターがすぐに耳と尻尾を持ってきた。
「おっと、お客さんだ。これから増えてきそうだな。この人数で回せるか……」
「何、心配はいらない! もし俺の知り合いが来たら、手伝わせる。制服はあるんだろ?」
「お、頼もしいねぇ。給料はちゃんと払うから、目ぼしい人を見つけたら俺に言ってくれ」
 その時、カウンター席――マスターと話していた女性客の隣に座っていた修道服姿の少女が、声を発した。
「お忙しいようね。あたしも少し手伝ってよろしいかしら?」

* * *


「で、悠美香ちゃん。海京警察の方はどうだった?」
「悪くない感じよ。お膳立ても整えられているみたいだったわ」
 月谷 要(つきたに・かなめ)霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)は、この場所で合流した。
「うちの委員長が頑張ってるみたいだからねぇ。あ、俺も何とかなりそうだよ。
 ……若干、科長が何考えてるか分からないから怖いけど」
 それでも進路の目途が立っているだけ、マシというものだろう。
「そうそう、海京警察といえば、さっき――」
 面談が終わった後、要は榊 朝斗(さかき・あさと)アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)の二人にまた会った。
 その時に、海京警察に特務機関が設立されるかもしれないという話を聞いたのである。そのことを、要は悠美香に伝えた。
「……なるほどね。まあ、学院との橋渡し役として動けるなら、その方がありがたいわね」
 その方が風紀委員としての経験も活かせることだろう。
「そういえばあの二人もここに来るとか言ってたけど……いないなぁ」

 その頃、アイビスは店の前に辿り着いていた。朝斗の姿はない。
 先に行っててくれと、急用の入った彼に言われたためである。
(今日のあの格好……朝斗が無事だといいけど――)
 ポン、と肩を叩かれる。
「よう。何店の中を覗いてんだ?」
 視線を向けると、そこにはマスターの笑顔があった。
「いえ、これはですね……」
「ちょうどよかった。今、人手が足りねーんだ」
「あ、あの朝斗は?」
「ん、一緒じゃないのか? 何だ、いりゃあ丁度よかったのに。まあいい。手伝ってくれ。カウンター専任だから、別にサンタの格好はしなくていい」
 そのままアイビスはマスターに引っ張られていった。

* * *


「ご注文はいかがなさいますか?」
「ロシアンティーとシャルロートカを」
 店の中に入った宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は席に座り、注文を行った。
「人いっぱいだねー!」
 宇都宮 義弘(うつのみや・よしひろ)がきょろきょろと周囲を見回す。
 さすがに観光ガイドに載っていることはある。ほとんどが天学生や海京で働くビジネスマンだろうが、賑わいを見せていた。
 その割にホールスタッフの人数が少ない。せわしなく動き回っている。
(写真を見た限り、美少女猫耳メイドは小柄で黒髪。……違うわね)
 黒髪の猫耳サンタ服の後ろ姿が見えるが、祥子ほどではないにしろ背丈はやや高めだ。
 もう一人は小柄。しかし、ポニーテールになっているウェーブがかった髪は、光が透けるほどに白い。
 左目にあるレースがあしらわれた眼帯が少し浮いているが、少女のまるで人形のように整った造形を目にすると、それも気にならなくなる。そして、隠れていない方の瞳は宝石のような碧眼だ。
「…………」
 祥子はその幼い少女、否、女性に見覚えがあった。
 だが、人違いだろう。地球側の重要人物であり、ヨーロッパにいるはずの彼女が、海京のロシアンカフェでアルバイトをしているはずがない。
「お客様、どうなさいました?」
 営業スマイル……の中に覚えのある不敵な笑みがあった気がするが、それも気のせいだろう。そうに違いない。
「い、いえ、お気になさらず……」
「お、こんなところで奇遇だな」
 そこに、声がかかる。
 もう一人のホールスタッフは、教導団にいた頃からの知人である垂だった。なぜここ海京でアルバイトをしているのかは定かではないが、これもまた予想外のことである。
「ちょうどいい。見ての通り、人が足りないんだ。来てくれ!」
「あ、ちょっと待って。せめてこれ飲み終わってからで」
「お母さん、手伝うの〜? じゃあ、僕もー!」
 何やら引くに引けない状況となってしまった。
 白髪の美少女が、遠目で楽しそうに祥子たちのことを眺めている。その仕種だけで、祥子が想像している人物で間違いないという確信に至った。
「おや、またいい感じの子が来たじゃない」

(アイビス、先に入ってるのかな?)
 朝斗はロシアンカフェの中に入った。
 風紀委員用端末に直接連絡があり、それに対処せざるを得なかったため、アイビスに先に行ってもらったのである。用というのも、単に後輩の相談に乗っただけだ。進路相談が終わったと思ったら、今度は自分が相談を受ける側になろうとは。
「朝斗?」
「え……アイビス? その格好どうしたのさ?」
 アイビスはカウンターにいた。キッチンにいるマスターと同じウェイター姿である。まさに男装の麗人といったところだ。
「……マスターに頼まれて」
 戸惑う朝斗の前に、彼よりもさらに小柄な少女が笑顔で迫ってきた。
「おにーさん、はい♪」
 手渡されたのはミニスカサンタ服と、猫耳と尻尾だった――。


「さっきの話の続きだが……この街の戦いの中で、俺はある少女と戦った」
 ロシアンカフェに入ってひと息ついていると、レン・オズワルド(れん・おずわるど)ガウル・シアード(がうる・しあーど)に街での話の続きを切り出した。
「それまで俺は、彼女たちは被害者だと思っていたが、実際は違った。その少女は自分の意志で、自分の居場所を勝ち取るために戦っていた。
 強化人間……それはこの街が抱える大きな闇の一つだ。だが、そんな闇の中でも彼女たちは諦めていなかった」
 レンが紅茶をすする。
「過去に悲惨なことが起こっていたとしても、それを乗り越えているからこそ、今のこの街がある。街で、ガウルはそう言ったな。
 その通りだ。諦めていなかったのは、彼女たちだけではない。この街で生きる多くの人間が闇を知り、それでもなお前に進もうとしている。受け入れる強さ。それは俺にはない強さの形だった」
 その時のレンの感情は、ガウルには推し量れない。彼自身、かつて闇に飲まれたものの、こうして今を生きている。どこか、その少女とは重なるものがあった。
(……人の心は、変わりゆくものだ)
 そこで頭を振る。大事なのは今だ。
「もし彼女と会うことがあれば、あの時の非礼を詫びたいと思っている。……本当にな」
 真剣に話すレンの言葉に、ガウルは耳を傾けた。
 この街に潜む闇。
 先ほど控え室に連れて行かれた少年が、少女となってホールに戻ってきた。人間だったはずなのに、猫耳と尻尾が生えている。
「……確かに、この街には私の知らない大きな闇があるようだ」
 身体が震える。これが「得体の知れないもの」に対する恐怖なのだろうか。
 が、それはそれとして意識をレンの話へと切り替える。
「レン、人の想いは複雑だ。誰かのためにと思っても、余計なお世話で終わることもある。
 少なくとも、相手を『被害者』という立場ではなく、意思をもった一個人として見ることになれば大分違ったものになるだろう。少なくとも、今のレンは、彼女の見方を変えたように思える。
 今日はまだ時間もある。いつか再会したらではなく、今から会いに行ってみるのもいいだろう」
「今から?」
「別に用事がなくてもいい。元気にしているかだけでも見たいと思ったら、それが理由になるさ」
 レンはしばし俯く。考えているようだ。
「……そうだな。いつまでも悩んでいても仕方がない」
 そこに、新たな客がやってきた。
 天御柱学院の風紀委員の制服を着た、二人の女生徒。
 一人は、長い黒髪と赤い瞳。もう一人は、制服をチャイナドレス風にアレンジした、ショートヘアの少女だ。
「……その様子だと、ちょうど会う機会が訪れたようだな、レン」
 レンは席を立ち、少女の元へと歩み寄った。