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【メルメルがんばる!】老夫婦の小さな店を守ろう!

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【メルメルがんばる!】老夫婦の小さな店を守ろう!

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 外では徐々に銃声と叫び声が大きく響き始めている。指令を出す声とそれに応答する声は熱気を持ち始めた。扉の向こうでは戦闘が始めっているのである。外装こそおんぼろではあるが、一歩足を踏み入れると、雑貨屋はメルヘンの世界だった。深紅のベルベット張りの背もたれからのびた猫足のソファー。磨き上げられた木製のカウンターは重厚感すらある。床に敷かれたカーペットも清潔に保たれており、こまごまと配置された雑貨にはそれぞれが物語を語っているような佇まいがあった。ここを営む老夫婦の優しさと細やかな神経が行き届いている、そんなお店である。そんな中でもひときわ目を見張るのはぬいぐるみの仕立ての良さである。風馬 弾(ふうま・だん)とそのパートナーノエル・ニムラヴス(のえる・にむらゔす)は老夫婦の身辺警護を買って出たのだが、気を抜くとこのメルヘンの世界にどっぷりと浸り込んでしまいそうだった。
「気にいって頂けましたか?」
 老夫婦のご主人が風馬に優しく声を掛けた。
「男の僕が言うのも変ですけど、ものすごく可愛いです」
「そう言っていただけると嬉しわね」
 老婦人はご主人と目を合わせ、ほほ笑んだ。
「全部手作りなんですか?」
「そうじゃよ。わしの手作りじゃ。男のくせにと言われそうじゃが」
 ほっほ!と店主は大きな口を開けて笑った。
「お嬢さんは?いかがですか?」
 老婦人の問いにノエルは
「素敵です」
 と、白いリボンを揺らしながらぬいぐるみをそっと撫でた。
「あ、すいません。今はそんなこと言ってる場合じゃないのに」 
 ノエルは伸ばした手を引っ込めて、自戒するように目を閉じた。
「こんな時だからこそじゃよ。こんな時だからこそ、このぬいぐるみたちと心通わせてくれる君たちの姿が嬉しいんじゃ」
「そんな」
 ノエルは口ごもる。
「出来れば、僕たちと一緒に逃げて欲しかったんですが……」
 風馬はいまひとたび申し出てみる。
「この子たちを置いてはいけないわ」
 老夫婦の意志は固い。
「僕たちよりもご主人たちの方が強いみたいですね」
「ただの老いぼれじゃよ」
 主人は白い髭を撫でながら笑った。
「あなた達は、みんな強いんでしょう。だから私達は安心しているのよ」
「あはは。なんだか僕が勇気づけられてるみたいです」
 風馬の笑顔にノエルは安心したようにほほ笑んだ。風馬には身寄りがない。理想的ともいえる老夫婦の姿に、風馬が家族を重ねて合わせてみているのだとノエルは直観していた。と、同時に、だからこそ危ないとノエルは思っていた。万が一老夫婦に危険があれば、風馬は自らの命を盾にしてでも老夫婦を守るだろう。無論ノエル自身もそうしようと思ってはいるが、ノエルにとっての揺るがぬ一番は風馬なのだ。
「いざとなったら、僕がお二人を守ります」
 風馬の言葉にノエルはぎくりとした。
「いざとなったら私が守ります」
 ノエルはたたみかけるように言った。その表情は明るいが、心では別の事を思っていた。私が「あなた」を守ります。と。
「みんなで、ここを守ろう」
「笑顔を守ります」
 弾さんの明るい笑顔を守るために、私は安心と落ち着きを与えられればと思ってます。
 内に秘めたノエルの決心はいつも、静かに、沈着する。
「ん?なんだろ?これ?」
榊 朝斗(さかき・あさと)が手にしたのは、熊のぬいぐるみに絡まった一本の帯である。
「帯ですか?」
 ノエルは小首をかしげながら答えてみる。
「すくなくともリボンではなさそうだね」
 榊はクンクンと匂いを嗅いでみた。
「匂いでわかるの?」
 風馬が尋ねる。
「うーん。ちびあさの嫌いな匂いではないみたい」
「ちびあさ……ああ、さっきここを飛び出していった子?」
「にゃーにゃーうるさいから、紙とペンを持たせたんだけど」
 榊が広げたメモにはこう書いてあった。<メルメルっていうおねえさんが頑張ってバリケードを作ってるみたいだからぼくもお手伝いするよー>
「バリケード作り?」
 風馬は目をきょとんとさせた。
「うーん。35センチの体じゃあ、足手まといになるだけだって言ったんだけどねー」
「それで怒って出ていったの?」
「いや、あれは、出て行ったっていうよりも、怖いものに直面して逃げて行った、って言う、にゃー!だったよ」
「にゃー!でわかるんだ?!」
「スキル・ゴッドスピードで駆けて行ったし」
「どうかしました?」
 老婦人が心配そうな面持ちで近寄ってきた。
「何でもありませんよー……大丈夫なんとなくだけれど、今頃ツインテールのビキニの少女のビキニに挟まれているような気がしてきた」
 榊は帯をしまいこみながら老婦人に笑顔を浮かべた。
「え?そんな具体的にわかるの?」
「ただの勘だけどねー」
 目をぱちくりさせている風馬をよそにノエルは一体のぬいぐるみを手に取り見つめていた。
「これ、誰かに似てる」
 銀髪の少女を模したそのぬいぐるみは、どこか不安そうな瞳を浮かべている、様にノエルには見えた。
「誰に?」
 風馬はノエルの肩越しに声を掛けた。
「思い出せない……あれ?……おばあさん。このぬいぐるみって誰かにおんぶされてました?」
 人形の肩口には紐で締め付けられたような跡があった。
「……おじいさん。こんなぬいぐるみお店にありましたっけ?」
 老婦人はきょとんとした顔で主人に顔を向けた。


同刻。酒杜 陽一(さかもり・よういち)紫月 唯斗(しづき・ゆいと)と共に、商店街の住人の避難警護にあたっていた。
「酒杜。俺はイコンを相手にするために飛んできたんですが……」
 紫月はやや、不満気である。
「あっちは瑛菜達に任せておけばいい。俺達が守るべきは住人なんだ」
「地味です」
「地味も派手もない!」
 意気揚々と対イコン戦に加わろうとしていた紫月であったが、酒杜に出会ったが、100年目である。引っ張られるようにして、商店街まで連れてこられ逃げまどう住人の交通整理をしているのである。
「そっちに行っちゃだめですよ」
 幼い少女は家族と離れ離れになったのであろうか?裸足でとことこと対イコン戦の方向へ歩いている。
「お母さんは?」
 紫月は少女の目線の高さへしゃがみこんだ。
「探してるの」
「あっちに行ったら危ないですよ。お兄さんがお母さんを探してあげるから、側を離れちゃ駄目ですよ」
「うん」
 少女はぴったりと紫月に寄りそった。
「そこの車!止まってください!」
 酒杜が誘導灯を頭上で大きく振りまわしながら、叫んでいる。が、車はその速度を落とすことなく酒杜目掛けて突進する。
「!」
 酒杜は大きくジャンプして、突進をかわすが、かわした先には紫月と少女の姿があった。
「斬手!・・・」
 紫月は対イコン兵器である22式レーザーブレードを繰り出そうとするが、それを解き放つ寸前で、考え直したかのように、少女を抱え車の突進を横っ跳びでかわす。車はリアタイヤを滑らせるようにして、方向転換し、紫月に向けてエンジン音を轟かせた。
「狙われてる?」 
 酒杜は紫月に駆けより口を開いた。
「さっきフロントガラスの向こうにニヤけた髭面が見えました。確実に俺達をはね様としてるようです」
「紫月……見えていたのか?」
「ええ」
「だったら、切りこんでしまえばよかったのに」
「酒杜にいただいたこの武器<斬手>は光輝属性と雷電属性を帯びた闘気を両手に纏わせる事で、威力を発揮します。対イコン戦にと持参したのですが……」
「その闘気にこの子が巻き込まれるのを案じたのか……」
「守ると言ってしまいましたからね」
 対面した車のタイヤが空回りするほどに周り始めた、グリップを取り戻したタイヤが地面を蹴り、二人に届くまでは一瞬であろう。
「わたし、むこうにいってるよ」
「え?」
 少女は意外なほどに冷静に紫月に呟いた。
「大人の邪魔をしちゃいけないって、いつも弟にそう言ってるの。だから」
「これだからキマクの子供達は……」
 酒杜は少女の手を握った。
「こんな時は、大人に任せておけばいいんだよ。子供を守るのは大人の役割なんだから」
「任せてください」
 紫月は<斬手>を構えた。
「周りに被害が及ばないように、最小限の闘気であいつを解体します」
「出来るのか?」
「地味と派手の隙間に、斬手を滑り込ませます!」
 最大限の集中力を以て、闘気を鋭く練り込んだ紫月は、叫び声をあげることもなく、静かに両手のブレードをクロスさせていた。


 一方。非合法かつ凶悪かつ狂悪な武器を大量に荷台に積み、悪路にトラックを揺らしながらキマク商店を抜け出そうとしていたのは葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)である。
「葛城!もうちょっとゆっくり!」
「舌を噛みますよ」
「ぎゃ!」
 助手席で派手に揺れているのはパートナーのイングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)である。蛸の姿をしているが、舌も歯もあるらしい。イレギュラーで跳ね上がる助手席内で悶絶した。
「みんなが大暴れしている中がチャンスであります。この隙に荷物を運び出してしまうであります」
 凄まじい縦揺れの中、葛城は舌を噛むこともなく、いつも通りの冷静な口調を保っていた。
「今日はよい物が買えたであります」
 葛城の口角の上がり具合から、「上機嫌」なのだと判断出来たのは、つきあいの長いイングラハムならではのことである。
 トラックは小さな岡を越え、ジャンプ、車内が一瞬無重力状態になる。イングラハムはシートベルトにものすごい数の手を絡ませて叫び出しそうになるのを堪えている。
 ガシャ!
「ん?何か踏んだでありますか?」
 トラックが何かを踏みつぶしたらしい。
「ふんづけたというか何かに乗り上げていないか?」
 葛城はアクセルを踏むが、タイヤは空回りをして前に進まない。イングラハムは脚を「?」の形にしながらトラックのドアを開け、地面を見下ろしてみる。
「えーと」
「どうしたでありますか?」
「トラックが車を轢いちゃってるのだよ」
 岡を駆けあがりジャンプしたトラックは岡を駆けあがっていた車を上から覆い被せるようにして着地していた。車のドアが内側から蹴りだされ、中からいかつい男達が転がり出てきた。
「迷惑な奴らでありますな」
「そういう問題じゃないのだよ」
 男達はロケットランチャーを取り出し始めている。
「あいつら、蛮族だと思うのでありますが」
 そう言うや否や、葛城は荷台にあった秘密兵器を取り出して、ランチャー目掛けて発射した。ランチャーは粉々に砕け散り、男達はトラックの運転席を睨んだ。
「いきなり何を発射してるのだ!」
「口封じであります」
「これじゃあ、どっちが悪者かわからないであろう!」
「自分、悪者とか良い者とか興味ないであります。姿かたちだけでいうのなら、イングラハムは悪者でありますし」
「おい!」
「とにかく、相手は蛮族。心おきなく買い込んだ武器の性能を試し、口封じののち、ここを退散するであります……あ。むこうからも戦闘車両らしきものが向かって来てるであります」
 トラックを目指し、数代の戦闘車両が土煙を上げているのがイングラハムの目にも映った。そして
「ふふ」
 口角を上げ悪魔のようにほほ笑む葛城の姿もイングラハムの目に映り込んでいた。



 黄金の髪の毛をなびかせて、空中では<空飛ぶ箒 スパロウ>を跨いだリース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)がキマク商店街を俯瞰していた。
「……すごい数」
 リースの目には老夫婦の店を目指し、金属バットやらチェーンやらを振りまわし駆けていく蛮族の姿であった。
「でも」
 リースは懐から携帯電話を取り出し、ケルピー・アハイシュケ(けるぴー・あはいしゅけ)の番号をプッシュする。
「ケルピーさん!」
「おう、何かわかったか?」
「も、ものすごい数のパラ生さんが、そっちに向かっているんですけど」
「んなこたぁ、わかってるよ!」
 電話越しに、街の住人が逃げまどう声が聞こえる。
「逃げまどう住人も、必死の形相だ!俺様自身、誰に攻撃を受けてるのか?!ぎょええ!」
 混乱した状況である。
「あ、あのですね。全体的に金属で作られた武器を持っているのがパラ生だと思うんです」
「ってことは、あ!」
 電話越しに電撃の走る音がする。
「な、何をしたんですか?」
「……『蹄鉄』をスキル【ライトニングウェポン】で電気属性にした!……攻撃を『蹄鉄』で受けきれば、敵は勝手に自滅して行くってわけだ!」
「健闘を祈ります!」
 電話を切り、再びバリケード内を目指そうと方向転換したリースは悲鳴を上げた。 
 ボロボロになったイコンがバリケードに突進している。
「きゃ!」
 と再びリースあ声を上げたのは、箒の横を小型飛空艇が追い抜くようにして急降下して行ったからである。
「このやろおおおお!」
 小型飛行艇のパイロットはカル・カルカー(かる・かるかー)である。突進するイコンの眼前に飛行艇を止め、スリングショットを構える。
「む、無茶ですよ〜!」
 リースが後を追うようにカルのもとに急ぐ。案の定、スリングショットの一撃ではイコンは止まらず、カルはイコンの突進の直撃を受けて、地面にたたきつけられた。リースが駆けよると、カルは小型飛行艇のエンジンを再びふかし始めている。
「ま、またやるんですか?」
「コクピットで操縦してるってことは、外界の把握はセンサーやレーダーで行なってるっていうことだと思うんだ」
「ええ」
「外界を把握できなくなってしまえば、イコンはタダの暴走する鉄の箱になっちゃうって思ってたんだけど……あのイコン、すでに暴走してる……止めなきゃ!」
 飛行艇のエンジンが復活した。
「止めるってどうやって?」
「わかんないけど!なんとかしなきゃ!」
 ドーン!
 地響きがした。カルとリースが揺れなかったのは二人がともに上昇し始めたいたからである。上昇を重ねて、下方を覗くとバリケードに土煙が立っている。
「あ!」
 二人の声は同時に上がった。
 バリケードが崩れたのである。
「バリケードが!」
リースの瞳がバリケード周辺に一気に集中する。そこでは、
「芭蕉扇!」
 リースのパートナーである桐条 隆元(きりじょう・たかもと)は、イコンによって破られたバリケードの破片を、芭蕉扇の強風で吹き飛ばしていた。
「おぬしは下がっておれ」
 ラグエル・クローリク(らぐえる・くろーりく)に目をやり、芭蕉扇を構え直す。破られたバリケードからは、うじゃうじゃと敵の姿が現れる。
「おじいちゃん達のお家壊しちゃダメ!」
 文字通りの事が実現した。虚空に描き出した力ある文字で攻撃を行う、ラグエルの聖詩篇である。
「ラグエルもできることはするんだもん」
 ラグエルと桐条は背中合わせでひとつになった。
「わかった!わしの巻き起こす風で、おぬしの声を千里の先まで届かせようぞ!」
 リースは急降下してラグエルを箒に乗せる。続いてカルの飛行艇が桐条をさらうようにして上昇する!
「た、高いところから!そうすれば、ラグエルさんの文字がもっと遠くまで届くはずです!」
「俺も、協力するぜ!」
 リース・ラグエル・カル・桐条。即席チームではあったか、この組み合わせが功を為して、蛮族の攻撃は一気に沈静化に向かうのであった。


「なんや、メルメルちゃんおらんのかいな?」
 ピンクのリボンをロールで抱えた大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)が、残念そうに呟いたのはバリケードを破られる数分前のことだった。
「もしかしたらバリケードの外で闘ってるのかもしれんな……なら」
 と、その脚先はバリケードの外に向かった。
「泰輔さん?どこへ?」
 レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)は不安げなまなざしを大久保に向けた。
「立ちのきを迫るんに実力行使とは、今日びヤー公でもせーへん……やられる前に、こっちからやったるわ」
「わたしも!」
 大久保はレイチェルに一冊の本を手渡した。
「これ、返ってきたらメルメルちゃんに渡そうと思うねん。レイチェルはここでバリケードとこの本を死守してもらいたいねん」
 大久保はレイチェルにここにとどまるように言った。
「……」
 レイチェルは複雑な面持ちである。はたして大久保のこの言動は、レイチェルを守りたいが故のものなのか?その判断は大久保のパートナーであるフランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)にもつきかねた。
「僕が彼女を守るから、盛大に、少佐の為に、戦ってください」
 フランツは目を伏せながら呟いた。
「ん?なんや?なんか引っかるモノ言いやなぁ?」
 大久保は、小首をかしげながらフランツの方に目を向けた。
「前衛攻撃であれば、我もお伴しようぞ。泰輔」
 讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)は凍てつくような眼差しで、バリケードの外を眺めた。
「ほなら、後はよろしく頼むわ!」
 大久保と讃岐院はバリケードを越えて、戦闘態勢に入った。
「帰ってください!」
 レイチェルは大久保の背にそう投げかけると、フランツを振り返る。
「フランツさんの戦況把握と指示は、的確なので戦いやすいです。よろしくお願いします」
「……はぁ……」
 フランツはさきほどの自分の言葉を後悔するように、ひとつため息をつく。
「……まったく……一番呆れられるのは僕自身じゃないか……」
「え?」
「何でもない」
 そう言うとフランツはスナイパーライフルを構え、大久保らの援護に回る。照準を大久保の頭にあわせてみる。
「いっそ、撃っちゃおっかな」
 ぱしゅ!
 フランツは大久保の背中に回った敵の脚を狙い撃ちした。
「残念、そこも射程範囲内だったね」
 スコープには讃岐院の攻撃が映り込んだ。【召喚】でトリッキーな場所に現れ【アルティマ・トゥーレ】で敵を凍てつかせ、連携で攻撃を繰り出し、合間に【光術】で敵の視覚を奪いひるませてトドメ。敵を一体一体周到に仕留めていく姿は悪魔の申し子のそれである。
「逝ね、痴れ者!」
 そう吠える表情は、戦闘そのものを楽しんでいるかのようである
 ドーン!!!
 と、バリケードが崩れ落ちたのは、その瞬間である。フランツはバランスを崩しながらも着地に成功する。
「フランツさん!」
 レイチェルは、フランツに駆け寄る。
「こっちはだいじょうぶ!」
 ぎいい。とコックピットが開く。
「コックピットが……」
 レイチェルはイコンのコックピットに目掛けて一気に飛び移った。フランツは援護射撃に備えてスコープを覗く。
 スコープにコックピット内のパイロットの姿が映った
「フランツさん。これ」
 レイチェルが困惑しているのも無理はない。
 ボロボロに崩れ落ちたイコンのパイロットは、一体のぬいぐるみだったのである。
「どういうことだ?」
 フランツも動揺を隠せない様子で呟いた。
 その、ぬいぐるみは、意識を失ったかのように、二度と動く事はなかった。