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 夕刻。空京の目抜き通りを当て所なく散策する渚の前に、まだあどけなさを残す少女がやってきた。
「お姉ちゃん、迷子なのっ?」
「えっ……?」
 すっとんきょうな声を上げてしまった渚だったが、たった今すれ違った女性が足をとめた気配があった。
「どうしたのラグエルちゃん」
 そう呼ばれた少女が見上げる方を振り返ると、童話に出てくる魔法使いのような制服に身を包んだ女子が立っていた。背丈は渚と同じぐらい。連れであると思われるもうひとりの女性は、耳が尖った妖精エルフのようであった。美羽と同じぐらいの小柄な娘である。
「うん? リース? ふたりとも、どうかした?」
「だってお姉ちゃんには、いつも一緒にいてくれるおともだちがいないんだもんっ」
 ラグエルが渚を見上げて、無邪気な笑顔を見せている。すると魔道士姿の女子がぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい。ひょっとして、地球からいらしたのでしょうか?」
「はい。空大……空京大学の体験入学へ来ていたんです」
「空大に編入できるなんて、素敵ですね。あっ、えっと、私、リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)ですっ。イルミンスールっていう、魔法学校に通っているんです。この子はラグエル・クローリク(らぐえる・くろーりく)
 リースはラグエルの後ろに回り込んで腰を落とすと、彼女の両肩にそっと手を添えた。
「ラグエルだよっ、よろしくね。お姉ちゃんは?」
「私は、渚って言うの。――柿笠院 渚ですっ。――よろしくね、ラグエルちゃん」
「はーいっ、渚お姉ちゃん」
「あたしはマーガレット。マーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)ね。よろしくっ!」
「こちらこそ、よろしくお願いしますっ」
 4人で輪になると、マーガレットが話を切り出した。
「このあとって、渚は用事あるの?」
「ちょっとマーガレットったら、いきなり呼び捨てにするのは失礼でしょうっ」
「そう? 渚って呼んでもいい?」
「はい、もちろん」
「じゃあ渚っ、もし暇だったら、甘いものでも食べに行かない?」
「ラグエルも食べるーっ」
「ええっ、喜んで」
 渚はまたとないお誘いに遠慮なく同意を示した。
「この通り沿いに、すっごくおいしいクレープ屋さんがあるんだよ。くれえぷ屋さんっ」
「くれぇぷやさんっ! 行こ、行こうっ」
「ふふっ。それじゃあ柿笠院さん、出発しましょ」

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「生地と一緒に、ホイップクリームとトッピングが、あっという間にとろけちゃうでしょ?」
「ホントに。焼きたてなのも、最高ですよねっ」
 渚はマーガレットの一押しであるアップルシナモン・クレープをついばんでいる。
 リースはラグエルの口元を丁寧にぬぐっているが、いちごホイップ・メープル掛け凄いのショコラッテ・クレープに顔を埋めるようにしてかぶりつく度に、真っ白なおヒゲを生やすのだった。
「あらら。こぼさないように食べてね」
「うんっ! すっごくおいしっ」
 クレープにすっかり魅了されたラグエルを微笑ましく見やりながら、渚はこれまでのことを話した。
「今日は色々とありすぎて、お昼も食べられなかったんです」
「大変な一日だったんですね」
「イルミンの街もなかなかだけど、ここ空京は抜群に快適よねっ。渚は、こっちで生活する決心は付いたの?」
「えっと、そのつもりです」
「じゃあ近いうちに、また逢えそうだねっ」
「――はいっ」
「おともだち、ふえたー」
「これからもよろしくね、ラグエルちゃん」
「うんっ!」
 それからウィンドウ・ショッピングを楽しむ渚たちは、文房具屋で不思議な筆記用具に出会った。
「見て、渚お姉ちゃん。こうやって使うのー」
 お試し用のペンを握りしめたラグエルは、四つんばいになって床……から少し離れた空中でペンを動かし始めた。
 すると、オレンジやピンク、紫といった温かみのある色へゆっくりと変化し続ける線が描かれていくではないか。
 そして彼女が子ネコの全身像を描ききった瞬間、まるで生きているかのようにその絵が立ち上がって、薄っぺらいままではあるけど、活き活きと動き始めるのである。
「うわあー、魔法みたいなペンがあるんですねえっ」
「ふふっ。“飛び出す筆”って言うんですよ。ラグエルちゃんがとても好きなんです」
「お姉ちゃんも、何か書いてっ」
「そーだわ、渚の絵心を、ちょっと見せてごらんなさいよっ」
「わ、私は……」
 着飾った女子の姿を描くと、ちゃんと歩き回ったりするし、星を描けば、キラキラと輝いている様を意図する線まで現われて天井近くまで登っていくのだから、驚きである。
 おみやげとして飛び出す筆を購入した渚は、リース、ラグエル、マーガレットにもプレゼントすることにしたのだ。
「ありがとう、渚お姉ちゃん。わーいっ」
「素敵な記念になりました。ありがとうございます」
「ありがとっ、渚。あたしも後でこっそり、試してみちゃおっかなあー」
 地球へ持ち帰った後でも使えるかどうかは分からないけど、今日の思い出の品としての価値だけで充分だと、渚は思っているに違いない。

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 いよいよ夕暮れが近づいた頃、渚たちは郊外にあるスタジアムと空京神社をお参りしてから、空大まで一緒に歩いていた。ラグエルのことは、マーガレットがおぶっている。
「柿笠院さんの事はガイドのしがいがあって、とっても楽しかったですわ」
「あはは……ちょっと恥ずかしいかも。もっといろんな事を知りたくなっちゃいました」
「空京島なんて、パラミタの端っこの辺りなんだからねっ。早くこっちに引っ越してきなさいよっ」
「うんっ」
「パートナーを見つけたいときは、いつでも相談してね」
「その時は、よろしくねっ」
 キャンパスの正門前に着いた渚は、大鋸へ連絡を入れてみることにした。
 それから、しばらくして。
「よおー。随分と待たせてすまねえな。随分とまた賑やかじゃねーか」
 大鋸が二輪車に跨がって現われたときには、渚、リース、マーガレット、ラグエルに加えて、懲りない三二一と三鬼、そして老執事が集っていた。