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壊獣へ至る系譜:共鳴竜が祈り歌う子守唄

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壊獣へ至る系譜:共鳴竜が祈り歌う子守唄

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■ 共鳴竜 我を失った老竜 ■



 ノイズ混じりの場面。
 どこかの個室。
 明るい部屋。
 光源は見当たらない。
 四角い扉。
 プレートの文字。単語。読めない。
「おは――う」
 割れた音声。
「私が、――、で君のお世話をします。で、こっちがサポート――の破名。君の話し相手も兼ねてます」
 自己紹介。顔はノイズで見えない。
 明るい部屋。
 暗い色の壁。
 読めない文字。
 ノイズだらけの回想。
 それは、誰の、視点だろうか。



「ガガ、ガガッ!」
 呼びかけの声にガガ・ギギ(がが・ぎぎ)はうっすらと目を開けた。夢の様に見ていたノイズで掠れた情景が一瞬で霧散する。苦痛に歯を食いしばっていたのか顎が酷く痛い。
 肌の粟立ちを思い出してガガは悪寒にぶるりと身を震わせた。
「大丈夫かい?」
 弁天屋 菊(べんてんや・きく)は徐々に悪化していくパートナーの様子に焦る自分を唇を引き結ぶことで抑えた。
「全く、ガガだけでなくシー・イーも。こりゃとっとと片付けねぇとやばそうだな」
 ひとりごちて身を隠すのが精一杯の岩陰からそっと様子を伺う。
 然程離れてない場所には相変わらず砂色の竜が大地に座していた。
「そっちはどうだい?」
 問いかける菊にシー・イー(しー・いー)は浅く吐息した。体格差なのだろうか、一番長く滞在しているシーよりガガの方が重症に見える。
 ドラゴニュートのみが羅患する鱗病。
 その発症原因が老いた竜が歌う竜の子守唄だという。
「歌わせるなって言ってもなぁ」
 どこから攻めようか、と考える王 大鋸(わん・だーじゅ)にシーは「頼ム」と繰り返す。
 鱗病の症状が酷い。共鳴で体力を削られているのか見るからにつらそうだ。
 菊達は買い出しの途中近場を通りかかっただけだった。大鋸から連絡を受けていなければガガの突然の異変に途方に暮れていたかもしれない。



「大鋸! 連絡ありがとう。でも何があったの?」
 スレイプニルの手綱を握って現場に駆けつけたのはルカルカ・ルー(るかるか・るー)だ。
 突如として響き渡った龍の咆哮に大気が音を立てて揺れた。
 砂色の老竜の前でカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)は再度胸一杯に空気を吸った。
 鱗が一枚腐って剥がれるがそんなものも気にも止めず、咆哮を使って意思疎通を図ろうとするカルキノスへとルカルカはスレイプニルの頭を向けさせた。
「どうしたよ大先輩……どっか辛ぇのか?」
 両眼を閉じ一身に祈る共鳴竜の前に再び回り込んだカルキノスの頭上が影で翳った。
「カルキ!」
「原因を見てくれ!」
 知性を持った竜は偉大なる大地の守護者だと信じているルカルカはパートナーの訴えに力強く頷いた。手綱を握り直して共鳴竜の側面に回り込む。
 その飛来した人影に共鳴竜が、カッと両眼を見開いた。そのまま攻撃に転じる為、身を捩る!



 突如として動いた巨体の前に踊りい出たホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)は常闇の帳を展開させた。闇色の障壁に阻まれ振りかざされた老竜の前脚は獲物を見失った。
「それにしても……既視感、だな」
「奇遇じゃの。わらわも考えておった。似てるのぅ、とな」
 夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)の呟きに草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)は手に持った双龍箒【炎烈翼】に乗っかった。
「暴走、歌、救難信号、本来ありえないドラゴンの行動……また悪魔か魔女じゃろうか?」
「実験と称してろくでもない事をした挙句に自分じゃ手に負えなくなった悪魔か魔女が、あのあたりに……埋まっている気がするな」
 竜が座す場所を一瞥した甚五郎は歴戦の飛翔術を使って地面を蹴った。
「どちらにしろ竜を何とかしないと、だ」
 憶測は憶測でしかなく、竜を退かして埋没した人物を救出せねばならない。この事態を引き起こした犯人ではなく、ただの一般人という可能性がある。憶測だけで見捨てるわけにはいかない。
 ジェットブーツの小さな翼をはためかせブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)と共にホリイが二人の元に戻った。
「攻撃対象があるみたいです。人に反応しています」
 ホリイに続いてブリジットが状況を伝えた。
「報告します。竜の体表全ての鱗に刻印を確認。記録と照合した結果前回の古代文字と一致。ただ、配列パターンが違います。それとやはり音声の確認はとれません。ドラゴニュートの方達には同種の歌を歌う事は難しいのでしょうか?」
 歌は歌で対抗または相殺できないのか、問いかけるブリジットに甚五郎はこればっかりはと首を横に振った。
 竜の子守唄は成体の竜でしか歌えない。ドラゴニュート達に断言されていた。
 羽純が動いた。生き埋めになっている人物がどうであれ、竜の子守唄を止めないと被害は増える一方なのだ。
「さてはて、今回は歌は効くかのぅ」
 羽純の歌声が荒野の風に乗ったのを合図に、竜の誘導が始まった。



 その様子に目を細めた国頭 武尊(くにがみ・たける)は足元に置いた数本の銘酒「熊殺し」を見下ろした。
「まぁ、悩んでたって仕方ね〜し、とりあえず竜の無力化を目指すか」
 動き出した武尊に、その意図を察した菊も買い込んだ酒類を地面に並べる。
「お酒ならあたしも持ってる」
 超有名銘柄の日本酒、高級日本酒、御神酒、他にも調理用のアルコール。結構な品揃えである。
「これで足りるといいんだけど」
 巨大注射器にしか見えないハザーダスシリンジとレティ・インジェクターとをそれぞれ取り出した二人は次の作業に進んだ。



「ご老体に、あまり痛めつけるような真似はしたくないが……」
 猛然と突進してくる共鳴竜の軌道線上に源 鉄心(みなもと・てっしん)はグラビティコントロールを乗せてスレイプニルの手綱を捌いた。同時展開させたアブソリュート・ゼロが共鳴竜の攻撃を受けて、そして、耐えた。耐えたが次の衝撃はどうだろうか。ミラージュも使って氷壁に掛かる負担を分散させた方が良いか。念には念を押す。
「あとはそうだな」
 蒼氷花冠の指印を切ると鉄心の腕に花の形をした氷の盾が出現した。
 目的は時間稼ぎだが、容赦なく襲ってくる共鳴竜はそれを許してくれるだろうか。図りかねて再度指印を結ぶ。
 グラウンドストライクの特性を生かし少しずつだが移動していく共鳴竜の退路を断つティー・ティー(てぃー・てぃー)は、胸の前で両手を握りしめていた。
「ごめんなさい」
 唇が謝罪を紡ぐ。
「どうか、それ以上暴れないで……」
 傷つけたくないと思えば想う程、そんな綺麗事が通じないこの状況は、両手を握りしめてもただ悲しい。
 堪りかねて指先が眠りの竪琴を引き寄せた。
 一弦を爪弾く。
 ドラゴニュートにしか聴こえない歌を歌っていると言う。その歌が自分にも聞こえたらその曲に合わせて竪琴を爪弾くこともできるのに。



 ノイズ混じりの場面。
 光源の無い明るい部屋。
 光を吸収する暗い色の壁。
「――え? ――る子守唄ですよ。破名も歌って――ああ、彼は竜語で歌――」
 割れた音声。
 白衣は目に痛いくらい、白い。
「――ら同じ歌です」
 出された紙切れ。
 書き込む。
 渡された紙片に綴られた文字は、読めない。
 読めないけど、プレートの単語と同じ文字もあった。
 きっと同じ読みで、同じ意味だろう。
「私達の――これが歌詞――で、こういう内容になりま――、一種の暗号から――言語ですが、歌くらいは単純に――だから、え? ええ、破名なら竜語は多少――だって、脱走するでしょう?」
 問われた。
 向けられた眼差しは厳しい。
 これは、誰の、視点だろうか。



「カルキ!」
 突然腕を掴まれて、カルキノスはハッと我に返った。
「突然どうしたのよ」
 地面に降り立ったルカルカに答えず、地面に下ろされたカルキノスは軽く頭を横に振った。
 時間にしてほんの一瞬なのだろうが、ドラスティックフォーゼを使用してから後の記憶が飛んでいた。
 共鳴竜の砂色の鱗に浮かぶ古代文字は時間が経過するごとに活性化し、より複雑に蠢き、いくつかのアイテムとスキルを拒絶するようになってきた。
 ルカルカは奥歯を噛み締める。
 同じようにドラゴニュートの腐敗も進んでいく。
 どれだけの距離を離すことができただろうか、三人の姿を確認した甚五郎は視界を巡らせる。羽純の歌声に交じり合うように耳に届いた眠りの竪琴の旋律に鉄心はティーの側に移動した。
 甚五郎と鉄心がほぼ同時にパートナーの腕を取った。羽純とティーが居たそれぞれの空間を共鳴竜がその太い尾で容赦なく振り払ったのだ。
 ホリイとブリジットが陽動に空を駆けるがもっぱらホリイが狙われている。
 老竜の咆哮が大気に歪な余韻を残した。
「これで最後だよ」
「よし、行くか」
 準備が整った菊がレティ・インジェクターに飛び乗った。
「ナマハゲ風に悪い子を脅かすのに準備してたんだけど、よもやここで使うことになるとは」
 孤児院への買い出し途中だったのだ。思わずぼやいた菊はハザーダスシリンジを装備し直した武尊に振り返る。
「あたしが囮に出るから、頼んだよ」
 菊にサインで返した武尊もまた地面を蹴った。
「ヒプノシスが通用すれば楽なんだが」
 共鳴竜の注意が誰に向けられているのか一瞥後判断した武尊は、目の前を旋回する囮に食いついた巨竜の側面に素早く回り込んみ、
「催眠術が通用するような雰囲気じゃね〜んだよな、っと」
グラビティコントロールの重力操作で共鳴竜に飛び乗った。
「……う、わ」
 背に乗ってしまえば攻撃範囲から外れるしスキルで振り落とされもしないだろうと予想したが、予想通りだった。ただ、一歩を進むごとに浮かぶ無数の古代文字が波紋のように虹色に揺らめいて足を持っていかれそうな気分にさせられる。
 進むことを止めて集中に入った。場所はどこでもいいのだ。真空波で鱗を一枚引き剥がせれば、それでこの銘酒「熊殺し」をたんまりと仕込んだハザーダスシリンジを打ち込むことが出来れば、場所など選ぶ必要など無い。
 皮下注射で全て注入した武尊はすぐさま離脱した。隙を見て第二弾であるレティ・インジェクターもぶすりと行くはずだ。
「もっとも、竜に解毒能力とか有ったら無意味かも知れんが」
 極太針を刺されたというのに、共鳴竜は反応しなかった。
 執拗に人の形を狙っている。



「何も聞こえませんの!」
 イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)はふるふると首を横に振った。
 なんとか身を隠せる岩陰で炎雷龍スパーキングブレードドラゴンのサラダと共に待機中なのである。
「シーさんの聞き間違いではありませんの?」
 シー達の容態に今にも泣きそうな顔をし、傍らのルシュドの薬箱が蓋を開けようとして、
「あわわわ…」
 動揺に指を滑らせ箱の中身をひっくり返してしまった。
 そんなイコナを宥める様にシーの唇から微笑の吐息が漏れた。
「聞き間違いじゃない、歌おうカ? 確か出だしは、そう、愛しい子よ。ダ」

   愛しい子よ、眠りなさい
   私がそばにいてあげる
   癇癪持ちの神様が世界を壊しても
   あなたは知らなくていい
   世界の裏側でひとりぼっちの獣が泣いていても
   あなたは知らなくていい
   それはただの夢の話
   あなたが目覚めれば本当の世界が動き出す
   だから愛しい子よ、ただ眠りなさい
   まだ眠っていなさい
   あなたは知らなくていい
   愛しい子よ、ただ眠りなさい
   あなたを脅かす悪夢は私が払ってあげる

 そのままの子守唄だった。
 竜の子守唄という独特の歌声で、竜が本当に子守唄を歌っている。
「歌えるダケじゃないゾ」
「え?」
 思わず聞き返した。
「字もわかル」
「シーさん?」
 疑問の声は幽かに震えた。
「今、目の前に、文字が見えル」
「……何を、見ていますの?」
 イコナの目にはシャンバラの荒野しか映っていない。