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仇討ちの仕方、教えます。(前編)

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仇討ちの仕方、教えます。(前編)

リアクション

   第三幕

「とゆーわけで、女子供をターゲットにすべきだと思う」
 セレスティアからの連絡を受け、目の下に痣を作ったアキラは一同にそう言った。
 夜の部が終わった染之助一座である。舞台正面の土間と呼ばれる部分に、染之助、仁科 耀助他、契約者たちが集まっていた。ちなみにオリュンポス一座はこれよりおまけの深夜の部を開催するらしい。
「俺としてはもう一つの案も捨てがたいんだけどな」
「と言うと?」
と尋ねたのは麻篭 由紀也(あさかご・ゆきや)だ。
「いや俺としちゃあ、濡れ場ばっかりのエロエロな劇にすりゃーいいんさ。そうすりゃー客なんていくらでもグハァ!」
 ルシェイメアの拳がアキラの顔面にめり込んだ。
「それは実に素晴らしい……」
 うんうんと大真面目に頷いたのは耀助だ。
「だろ? あ、いや、冗談はさておき」
 ルシェイメアに睨まれたので、アキラは慌ててかぶりを振った。
「提案があるんだけど」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が、手を上げた。
「人間ドラマはちゃんと魅せつつ、アクションは派手にしたらどうかな? たとえば義賊もの。耀助はその座長さん演じる義賊を宿敵と追う役人。でもその義賊の正体は女の人だった! しかも美人、さらに盗みにはワケがあった! そこで耀助は……。なんて、どう?」
「ぜひやろう!!」
 耀助は染之助の両手を握った。「大成功間違いなしだ!」
 染之助はにっこり微笑み、やんわりその手を解くと、
「面白そうですね。それなら、女性にもお子さんにも受けそうですし」
「でしょ? アクションは飛行魔法も使って立体的に――」
「そりゃ無理です」
と言ったのは、掃除をしていた左源太(さげんた)だ。「小屋の天井は低いんです。飛べませんよ。あ、火気も冷気も厳禁ですからね。小屋が痛むし火事になったら困るから」
 オリュンポス一座の【インビジブルトラップ】は音だけの演出だった。ハデスは火柱を立てたがったが、役所からも許可は下りなかった。
「じゃ、【タイムコントロール】や【潜在解放】で十年前とか本気モードとか」
「スモークぐらいなら構わないか?」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が尋ねると、「大丈夫でしょう」と左源太は答えた。
「なら俺は、音や光やスモークを担当する」
「……やる気なくない?」
「来たくて来たわけじゃない」
 ダリルはふいとそっぽを向いた。元々彼は今回、ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)へ「小型精神結界発生装置」が完成した報告をしに来た。「リプレス」を提供してくれた礼も兼ねていたのだが、「あれは完全な物ではないようでありんすから」とハイナは口を濁した。「通常の精神攻撃には有効でありんしょうが、果たして漁火(いさりび)のリプレスに効くかどうか……」
 その会話がダリルの脳裏から離れない。正直、芝居どころではないのだ。
「しかし時間もあまりないぞ。稽古に当てられるのは、明日ぐらいじゃろう?」
 なるべく早く成果を見せなければ、小屋主は早々に次の一座と契約してしまうだろう。
「むしろ、やったことのある芝居の方がいいのではないか?」
「殺陣を中心にした活劇ってのは、オレも賛成だな。何かそういうのない?」
 ルシェイメアの発言を受け、由紀也はグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)ゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)ベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)に尋ねた。三人は一座の荷物から、古い台本を引っ張り出して読み耽っていた。
「………………はっ。すまない、夢中になっていた」
 そう言ってはにかむグラキエスの表情は、年相応に幼い。彼の手元には染之助一座だけではなく、他の芝居の台本もあった。それらを年代順に見てみると、葦原藩における芝居の歴史が、漠然とだが分かる気がした。
「俺よりもベルテハイトの方がこういうことは詳しいんだ。どうだろう、何か意見はないか?」
「グラキエス、あまり悩まず思い付くままに言ってごらん。 実際芝居に仕上げるのは彼女たちの仕事だ」
 グラキエスはぱちくりと両目を瞬かせ、いったん台本に目を落とした後、染之助を見た。
「俺は……彼女が気になる」
「嬉しいことを言ってくださいます」
 染之助は微笑み、グラキエスは頬を赤らめた。
「あ、いや、そういうことじゃなく――いや、否定はしない。貴女は美人だ。それは本当だ。ただ変な意味ではなく、何とか貴女をうまく活かせないかなと思うんだ」
「それはいい。それなら彼女に、男そのものでなく、男装の女をやって貰うのはどうだろう」
「あたしが女役ですか?」
 染之助は女にしては背が高い。また声も掠れているため、十歳を過ぎてからは娘役を演じたことがなかった。
「男装の麗人と言うのは妙齢の女性の心を引付ける。女性は熱中しやすく噂好きが多い。宣伝効果も期待できる」
「それなら、これはどうだ?」
 ゴルガイスが、日に焼けて変色した本を一冊抜き出した。
「……心中物は飽きられたと言うが、悲劇の類は余興として人気がある。仇討のため正体を隠すという話があるではないか。それをベルテハイトの言う男装の女主人公にさせてはどうか。女であることを隠し男として、というわけだ」
 誰かがごくりと喉を鳴らした。
 ――仇討ち。
 ちょうどその話が明倫館にもたらされていることを、契約者たちは皆知っていた。奇妙な符合だとダリルは思った。