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●して、せんせぇ

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●して、せんせぇ

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ショートホームルーム

 ここは、教室。
 学ぶ者と教える者が存在する場所。
 だが、今この場にいる者に限っては、彼らの関係はそれだけではなかった。
 殺す者と殺される者。
 艶然と微笑むセーラー服の少女と、彼女を教える“せんせぇ”たち。
 果たしてどちらがどちらに属するのか――

「まずはお名前が知りたいわ」
 暗殺対象の少女に向かって、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は屈託ない笑顔を向ける。
「そうね。私は遠野 歌菜(とおの・かな)。貴方の事は何て呼んだらいいですか?」
「呼びにくいだけじゃないわ。ものを教えるにあたって、互いの意思疎通を図る上で必要なことなのよ」
 ルカルカと歌奈の言葉をセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が捕捉する。
「……せんせぇがそう言いますのやったら、何か呼び名があった方がええんやろなぁ」
 少女はまるで他人事のように、そう応える。
「お、もし名前がないんだったら、俺が名づけても良いか?」
 それを聞いた朝霧 垂(あさぎり・しづり)が身を乗り出す。
「せんせぇのお好きにしはってください」
「う〜ん、そうだなぁ・・・『かの』なんてのはどうだ? お前自身がこれから先、この世界で経験する『可能性』ってな感じの意味で」
「あのね、“学びたい人”だから、『マナビ・タイ』ちゃんっていうのはどうかな? マナビちゃんって呼ぶの」
「でしたら、『識得(しきえ)』さんというのはどうだろう。知りたがりみたいですしね」
 垂の提案に、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)紫月 唯斗(しづき・ゆいと)も口を出す。
「だったらもう少し先を見て、『芽育(めいく)』なんてどうかしら? 学んだ知識で美しい物を創る……MAKEを祈って」
 そこに想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)も加わっての提案に、しかし少女は首を傾げたまま。
「フハハハハ、ならば俺からも提案だ! 大陸を消滅させる力を持つ存在とは面白い! ならば消滅させるもの、『バニッシャ―』と名付けよう!」
「えー!」
「ええー」
「それはちょっと……」
 ドクター・ハデス(どくたー・はです)の提案に、周囲から一斉にブーイングが響く。
「……ええどすなぁ」
「おぉ!?」
 その中から聞こえる唯一の肯定の声。
 京都弁。
 少女はハデスの方を見て、ほんの僅か笑みを浮かべた。
「どのお名前も美しぃおすが、白衣のせんせぇのお名前が一番しっくりきましたえ」
「え、あ、フハハハハ、そうだろうそうだろう!」
 当人が一番驚いた様子を見せたが瞬時にいつもの調子を取り戻すハデス。
「ならば、お前の名前はバニッシャーだ!」
「あい」
「えー」
「それはあんまりな名前じゃ……」
 ブーイングに応えるように、ハデスが捕捉する。
「だが言いづらいので愛称はバニーと呼ぶことにしよう!」
「あい」
「バニー……」
「バニーちゃん……」
「なら、良いかな……?」
 こうして暗殺対象の少女の名前はバニッシャー、通称バニーとなった。

「それじゃあ、改めて……バニーさん、か。よろしくな。俺は、神崎 優(かんざき・ゆう)だ」
 一歩進み出た優は、バニーに軽く頭を下げる。
「優せんせぇ、どすな。よろしゅうたのんます」
 恭しく礼を返すバニー。
 そんな彼女に向かって、優はひとつの質問を投げつけた。
「ひとつ、聞きたいんだが……貴女は何故この大陸を消滅しようと思うんだ? そして何故消滅する前にこの大陸の事を知りたいと思ったんだ?」
 それは至極もっともな質問だった。
 この場にいた誰もが知りたいと思っていた。
「そうだな…… 俺達は君の事を知らない。そして知りたいと思っている。授業が終わってからでも構わない。もし良かったら、君と言う存在を教えてくれないか?」
 優の質問に誘発されるように、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)も口を開く。
 二人の先生を前に、バニーは小さく小首を傾げる。
 長い黒髪がさらりと流れる。
「それは、無理どすなぁ。授業が終われば、この大陸は消えてしまうんどすから。せんせぇごと」
「む……」
「それでも、せんせぇのご質問なんで、授業をお願いした理由だけお答えしまひょか。理由は――特にあらしません。あえて言うなら、もったいないから、どすか?」
「勿体ない?」
「お勉強というものを一度、しておきたかったからどす。壊す前に、ただ知っておきたかった…… ああ、そうどす」
 傾けていた首を元に戻すと、バニーは得心がいったように微笑んだ。
「言うてみるなら、ひまつぶし、どすかな」
「暇潰し?」
 優が軽く眉をしかめた。
 大陸を人質にとってまで行う授業が、暇潰し。
 彼女を教えるために集まった者たちに対して、それはあまりにも失礼な話ではないだろうか。
 しかし、その後の彼女の言葉は、優を更に失望させた。
「うちにとってのメインは、大陸の破壊どす。授業はあくまでもおまけ…… 前菜にもなりまへん」

 バニーの言葉にしんと静まり返った教室。
 そこに、一人元気よく息巻く教師……少女がいた。
「それでも何でも、あんたに最初に言っておかないといけないことがあるわ!」
 バニーに向かって人差し指びしりなポーズを決めるのは、藤林 エリス(ふじばやし・えりす)
「今後一切、私を殺してとかほざくんじゃないわよ! いーい、命を粗末にするような発言は許さないわ!」
「あい」
 素直に頷くバニー。
「何故、それを言ったらいけないのか教えてくだはったら、せんせぇの言葉に従いまひょか」
「任せて」
 瞳に怒りの色を湛えたまま、エリスは頷く。
「あとで、たっぷり“授業”をしてあげるわ」
 しかし彼女の怒りはそれだけでは収まりそうになかった。
「全く、バカ教官が何言おうがほっときなさいよ。危険な存在だから死ねとか何様のつもりよ!」
 彼女の怒りの対象――それは、バニーを暗殺しろと命じた教導団だった。
「だったらもっと危険な存在の契約者とその集まりの教導団が真っ先に死ねって言い返してやんなさい!」
「あい」
 素直に頷くバニー。
「そんなら、教導団の方々を殺してまいりまひょか」
「え!?」
「せんせぇが死ね、とおっしゃるなら、大陸を壊すより先にそれを殺してきますで?」
「ちょ、違うわよ! 今のは……」
「『殺して』は駄目で『死ね』は、ええんどすな」
 何か納得した様子で頷くバニー。
 まずい。
 エリスの背中に冷たい汗が流れる。
 彼女は、本気だ。
 ひとつ言葉の選択を間違えば、大変なことになる……
「ま、あれや。君は弱い子やね」
 バニーの京訛りとは少しイントネーションの違う関西弁が聞こえた。
 その訛りより、言葉の内容にその場の誰もが息を飲む。
「弱い、どすか」
 バニーもまたそれは例外ではなく、初めて意外そうな表情を見せ、声の主を見る。
 声の主、大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)は優しい瞳に笑顔を湛えたまま、バニーに話し続ける。
「ああ。世界を全否定して滅ぼすか、己を全否定して殺してもらうかなんてのは随分極端やけど、自死の責任を他人に委ねてるのは狡いというか……弱いやね」
「狡くて、弱い……」
 バニーは驚いた様子で泰輔の言葉を聞いていた。
「うちにそんな事言うたのは、せんせぇが初めてどす」