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空京通勤列車無差別テロ事件!

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空京通勤列車無差別テロ事件!

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【馬場正子 二】

 わしの背後に、妙な気配が湧いた。
 それまで、そこには無かった筈の段ボール箱が、さも当たり前のように鎮座しておる。
 直後――その段ボール箱の蓋を突き破り、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)めが飛び出してきおった。
 両手を組み合わせ、左右の人差し指を突き立てたまま、勢い良くわしの尻目がけて突入してきたぞ。これは、アレか。カンチョーという奴だな。
 だが……我が肛門の前には、吹雪のカンチョーなど知らぬ、通じぬ。
 勿論、刺さることには刺さったが、我が鍛え抜かれた尻の筋肉に阻まれ、奴の指は抜けなくなっておる。
「自分が暗殺者なら、貴方は死んでいたであります!」
 吹雪め、いいおるわ。
 だが、うぬこそ甘い。指が抜けなくなったままでは、暗殺に成功しても脱出に失敗しておるぞ。
 ここはひとつ、教育してやらねばなるまい。
 わしは尻の筋肉に僅かながら力を込め、軽く腰を振った。
 吹雪の指は、抜けるには抜けた。が、その両人差し指はあらぬ方向に曲がっておる。あれは、折れたな。
「ひ、酷いであります! 指を折るなんて……!」
「いいや、慈悲深いぞ。指を切断しなかっただけな」
 そう。
 我が尻の筋肉をもってすれば、指の一本や二本を切り落とすなど、造作もないこと。
 吹雪めは、脂汗を流しながらにやりと笑った。
「……グッドであります……どんな相手であろうと、決して舐めてかかってはいけないという教訓として反省するであります。この指は、その罰として受け入れるであります」
 どうやら、腹が固まったようだ。
 吹雪の次なる手は?
「自分は、非リア充エターナル解放同盟公認テロリストとして戦いにきたのではないでありますッ! 生まれついてのカンチョラーだからッ! 戦いに来たのでありますッ!」
 ほう、良い面構えになってきおった。
 カンチョラーとしての自覚に、目覚めたようだな。
 だが。
「確保ー!」
 吹雪の覚悟は刑事の確保の前に、敗れ去った。
 捜査官としてこの車両内で息を潜めていた月摘 怜奈(るとう・れな)が、杉田 玄白(すぎた・げんぱく)と共に吹雪を取り押さえにかかる。
「な、何をするでありますッ! 自分はカンチョラーとしての誇りと責任を……ッ!」
「えーっと……申し訳ないんですけれど、少しだけ大人しくしてて下さいね」
 吹雪のカンチョラーとしてのやる気満々な態度とは対照的に、玄白という男の面倒臭そうな態度は、見ている方がやるせなくなってくる。
 だが兎に角も、指を折られてカンチョラーとしての機能を失った吹雪は、誤認でも冤罪でもなく、普通にただのテロリストとして捕縛されおった。
 金団長も、頭が痛いところであろうな。
「ご協力に感謝します」
 怜奈が凛々しい表情で、ぴしっと鋭く敬礼を送ってきた。
 刑事として、相当に鍛えられているらしいな。その正義感も、なかなか好感が持てる。
「あやつはわしの友人のひとりだ。そこそこ説教して絞ってやれば、適当に放り出して貰って構わん」
「では、そのようにさせて頂きます」
 この後、吹雪は怜奈にこってり絞られたそうだが、果たして本人は堪えているのかどうか。

 連れて行かれる吹雪の後ろ姿を眺めておると、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)が、幾分緊張から解放された様子で近づいてきた。
「全く、人騒がせな……教導団の者が無礼を働いたことを、代わってお詫び致します」
 ゆかりが頭を下げると、マリエッタもつられる形で頭を下げてきた。
 いや、わしは別段、気になどしておらんのだがな。
 それにしても、この車両は全くといって良い程に痴漢がおらぬな。
 わしがそういった意味のことを口にすると、マリエッタが引きつった笑みを浮かべる。
「いや、それはその……馬場校長の全身から噴き出る闘気が、問題なんじゃないかと……」
 そうなのか?
 わしは、全くそのつもりはないのだが。
 折角美羽が、防犯ブザーやらスタンガンやらを提供してくれたというのに、これでは顔向けが出来んな。
「金団長の方には、痴漢悪魔が出たそうだ。うぬらも、あっちの車両で待機してはどうだ?」
「はい、それも、そうですね」
 そう答えてはいるが、ゆかりの表情は何とも冴えぬ。
 いや、冴えぬというよりも、暗い恩讐の炎のようなものが、瞳の奥にちらちらと燃え上っているようにも見えるのだが、過去に何かあったのか?
「移動するんだったら、私もご一緒しようか」
 この暖かい陽射しだというのに、何故かコートを羽織っている九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が、ゆかりとマリエッタに声をかけてきた。
 メイクも、いつもとは少し違うのだが……もしかして、こやつ、今日はあっちの方針か。
 わしの視線に気づいたのか、ジェライザ・ローズは意味ありげな笑みを返してきおった。
「えぇ、お察しの通りです。今日は、あっちの顔で勝負します」
 矢張り、そうか。
 まぁ良い。どのようなスタイルであろうと、結果を出せれば、それで良いのだからな。
「あー、もしかして車両移るんですー?」
 何故か、派手なメイド服に身を包んだ月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)が、同じようなメイド服の美奈子をずりずりと引きずってきて、ジェライザ・ローズに呼びかけてきた。
 あゆみの胸元が違和感たっぷりに膨らんでおるが……こやつまさか、肉まんなんぞを突っ込んでいるのではなかろうな?
「にゃにゃにゃ、あゆみ、車両移動するのかにゃ? 折角おやつとサンドイッチで休憩しようとしてたのに、片付けにゃいといけないにゃ」
 ミディア・ミル(みでぃあ・みる)が、ぶつぶつと文句をいいながら、座席に広げた食い物やら飲み物やらを片付けようとしておる。
 しかし、ちょっと待て。
 この満員電車で、何をやっておるのだ、こやつは。思いっ切り傍迷惑な奴だな。
「お嬢様、如何致しますか? 車両移動してまで、悪魔とやらをおびき出す必要があるのかどうか、疑問に思うところも多分にあるのですが」
 アイリーンの問いに、コルネリアは僅かに小首を傾げておる。
 そもそも、囮捜査が何であるのかも、あまり分かっておらんようだ。判断がつかぬのも、無理のないところであろう。
 しかし美奈子の奴は、やる気のようだな。
 何が動機になっているのかは知らぬが、珍しくやる気満々ではないか。
「閉鎖空間ともいえる車両内で、逃げ場をなくした女性の抵抗を封じ、あんなことやこんなことを……羞恥に頬を染める穢れなき乙女の切なげな吐息……ななな、なんて、うらやま……いえ、下劣な行為でしょうか! このようなことが、許されてよいのでしょうか! いや、許されざるよ! 悪魔か何か知りませんが、痴漢など絶対許すまじ!」
 ……成る程、そういう訳か。
 美奈子め、相変わらずといえば、相変わらずだな。

 もう間もなく、特別仕様列車は学研環状線内に唯一存在するトンネルに入ろうとしている。
 異変は、その時に起きた。
「移動など、する必要はない。こちらから出向いてやったわ」
 不意に背後から、渋い声音が飛んできた。
 我らが一斉に振り向くと、そこに、奇妙な人影がふたつ、佇んでいた。
 一方は、全身を包帯でぐるぐる巻きにしたミイラ男のような姿。そしてもう一方は、バネ、即ちスプリングに手足が生えて、服を着ているという奇怪な姿。
 どう見ても人間ではないが、かといって、コントラクターという訳でもない。
 もしかすると、こやつらは悪魔か?
 だが、痴漢という訳でもなさそうだ。痴漢ならば、わざわざ名乗り出て己が正体を晒すという愚行はせぬ。
 では一体、こやつらは何者なのだ?
「女の体から性エネルギーを吸い出す為に触れる方法は、何も性的接触……即ち、痴漢行為だけではないということを、我ら七人の悪魔ゲイ人が手ほどきしてやらねばならんな」
「それはつまり、こういうことかな?」
 応じたのは、ジェライザ・ローズだ。
 それまで羽織っていたコートを脱ぎ捨て、ジェライザ・ローズは女子プロレスラー『ろざりぃぬ』としての姿をあらわにした。
 すると、悪魔ゲイ人とやらは我が意を得たりとばかりに、くぐもった笑みを返してきた。
「名乗らせて貰おう。俺は悪魔ゲイ人・バネ。隣に居るのは悪魔ゲイ人・ミイラだ。我らの他に、牛、魚、山、カセット、そして暗黒の五人が居る。この場で改めて、貴様らに戦いを挑むとしよう」
 ゲイ人と名乗るからには、恐らく奴らは、女に対して性的な興味はないのだろう。
 であれば、こちらとしても一切手加減容赦する必要は皆無だ。
 すると、この車両の屋根の上から、ハーティオンが大声で呼びかけてきた。
「敵が現れたのだな!? ならばこの私も、戦いに加わろう!」
 屋根の上で、巨体が立ち上がる気配が伝わってきた。
 と同時に、特別仕様列車がトンネルに突入した。
 更に続けて、頭上で何か大きなものが堅いものに激突する音が伝わってきた。のみならず、色んなものに引っかかり、連続してぶつかる音までが響いてくる。
 これは、拙いな。
 車両がトンネルを抜け、再び陽光が降り注ぐ窓の外に目を向けると、ラブが甲高い悲鳴を上げた。
「うひゃぁ! ちょ、ちょちょちょちょっとぉ! 窓から何か、赤い血ってゆーか、オイルみたいのが! ねぇ正子ッ! 外ッ! 外、スプラッタな絵になってる!」
 窓の外に、ハーティオンの腕が力無くぶら下がり、ラブがいうように、血なのかオイルなのかよく分からない液体が風にあおられて飛び散ってゆく光景が、そこにあった。
 ハーティオンめ、戦闘態勢に入るのは良いが、何もトンネルに入る前でやらずとも良いではないか。
 一方、悪魔ゲイ人・バネは屋根の上の惨劇など知らぬとばかりに、不敵な笑みでずいと一歩、進み出てきおった。
「今のトンネルを抜ける瞬間に、我が同胞達が車両屋根上にリングを設置した。我らを退けたくば、このリングの上で勝負だ!」
 ……何でまた、そういう展開になるのかはよく分からんのだが、売られた喧嘩は買わねばなるまい。
「良かろう、我らコントラクターの力を甘く見たことを、後悔させねばならんな」
 こうして戦いの舞台は、車両内から屋根上リングへと移った。