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壊獣へ至る系譜:機晶石を魅了する生きた迷宮

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壊獣へ至る系譜:機晶石を魅了する生きた迷宮

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■ 機晶石を魅了する生きた迷宮 ■



 柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は呼ばれた気がして後ろに振り返った。しかし背後はただ機晶石が剥き出しになっている洞窟であり、恭也を呼ぶような存在は全くといっていいほど無かった。
「なんだよ誰もいないじゃな――」
 呟いて再び前を見た恭也は、自分の呟きを飲み込んだ。自分の前を歩いていた三人の姿がどこにもなかったからだった。
「おい?」
 銃型HC弐式・Nに視線を落とし、何度か弄る。
「――うそ、だろ?」
 まさか、はぐれたのか。
 綺麗に塗り変わっている位置情報。現在地はどこを指しているのか不明。と、銃型HC弐式・Nが音声受信の知らせに明滅した。
『調査員全員に告ぐ――』
 末端から今回の指揮を執っている李 梅琳(り・めいりん)の声が響いた。
「おいおい、単なる洞窟調査の護衛っつー簡単な仕事だっただろ」
 現状を把握しようとする梅琳から待機を命じられて恭也は思わず呻いた。まさか、調査という調査すらされていない未開の地に独り取り残されるとは。
「マッピング無効とか一昔前のRPGかっての」
 移り変わりの激しい地図情報を眺めて、所持品を確認した恭也は歩き出した。
 待機しろと言われたが、戻れないのなら前に進んだほうがマシと判断したからだ。



 調査本部、事務所内。
「『シャンバラ女王』を探し続けていたシャンバラだし、そんな記述が残されているのなら契約者がパラミタに来る前も後も、何度か本格的な探索が行われた事もあるんだろうね。それでも女王を発見出来なかったという所から、曖昧という評価なのかな?」
 開かれた本を閉じた黒崎 天音(くろさき・あまね)に、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は唸るように頷く。
「国家神のように災害を遠ざけ、土地を豊かにし、民を飢えさせず、国土を安定させ、太古の技術をもたらす。そんな機晶石が実在したら、夢のような話だな。誰か探さないわけがない」
「そんな喉から手が出てしまうような洞窟の調査に君も参加しているなんてどういう面白い偶然だろうね? ――ハナちゃん?」
 周辺地図と時折入る梅琳や調査員の情報を書き殴った紙や、地質学やら何やらの本などが積み重なっているテーブルの隅でひたすら紙に文字を書き込んでいた破名・クロフォードが、囁きの声で呼ばれて顔を上げた。
 二人長いこと留守番をしていながら、ここにきてやっと目を合わせた悪魔に天音はにこりと笑った。
「そもそもそんな話があるのならこの洞窟は未探索でしたなんてわけないよね?」
「別の何かの目的、それこそ調査隊を引き寄せる為に。という可能性もあるが?」
 国家神への渇望を知らぬわけはないだろう。
 撒き餌の様にも見えなくもない。
 疑惑というより確信の目で見つめられて、悪魔は肩を竦めた。
「さぁ? 国家神云々は文献を持ってた人間がそう言ってるだけだし、洞窟自体は地元人からは入ったら二度と出てこられないという情報しか得られてない。だから俺はそれ以上は何も知らない。それと」
 破名の声が一段小さくなった。
「便宜上ここではクロフォードと呼んでくれ」
「じゃぁ、君――」
「そこの人! 何をやっているんですかッ!」
 事務所内に突如として少女の甲高い声が響き渡った。
 少し離れた場所で丁寧に飾られた文献に今まさにサイコメトリを行おうとしたメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は自分たちの事かと顔をそちらに向ける。
 事務所入口で、少女は怒りに両肩を震わせていた。
 びしり、とメシエを指さす。
「下がって下さい。もう一歩! 貴方もです!」
 二歩メシエが下がったのを確認して、エースにも離れるように促した。文献との距離が確保されたので満足したのか肩を震わせるのを止めて、少女は靴音も大きく二人の元に歩み寄る。
「今何をやろうとしていたんですか?」
「何って、洞窟の調査の手伝いの為の準備だよ。というか、君は誰?」
 聞かれて、少女は一瞬戸惑いの表情を浮かべた。すぐに気を取り直して、二人に深々と頭を下げる。
「大変に失礼致しました。私、手引書キリハ・リセンと申します。この度は私の主様秘蔵のコレクションを貸し出しておりますので、私の許可無く触らないで下さい。と、お伝えしたはずなのですが?」
 人の目に触れずして現代まで残った文献。その貴重さが何故伝わっていないのか、所用で席を外していた魔道書の少女は留守番役の二人にきつい一瞥を向けた。事務所に三人目が居たことに契約者達は驚くが、文献の持ち主から送られた監視役の少女を数に入れてない破名は書き物を続ける。
「それは……ごめんね」
「……見張り役付きとは、ねぇ」
「ですが協力しろとのお言葉に偽りはありません。どうぞ、触れないでいただければ写真なり記憶術なりお好きに写しを取っても構いません」
 手引書キリハは二人に見えるように触った先から崩れてしまいそうなほど脆い文書の一枚を捲った。



 最初は団体行動を、と心がけていたのだが、
「え、髪ッ」
 洞窟に入った途端、ふわりと浮いた髪……もとい、頭の上に乗っていたギフトのシーサイド ムーン(しーさいど・むーん)リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は反射的に自分の頭を片手で押さえた。
「え、待って」
 軽く走る速度で宙を滑る、普段なら自分の頭の上に陣取って離れることのないムーンの異変に、個別に動く危険性を理解しているリカインは軽く唇を引き結んで、悩み、そして彼の後を追った。
 リカインの頭の居心地の良さを知っているムーンは名残惜しげに、後ろ髪を惹かれる思いで、何度も何度もリカインに振り返るが、自分を前に進ませる衝動を抑える事ができなかった。
「ムーン! 待って、お願い。どこに行くの」
 追うリカインにムーンは体を左右に振った。その「イヤイヤ」としている仕草に、リカインは超感覚を展開させる。引きとめようとする腕は難なくすり抜けてしまうパートナーとはぐれるわけないは行かない上に、途中危険にいち早く察知するためにと判断した結果だった。
 気づけば、ムーンが振り返らなくなっていた。不安定な洞窟内を走っていたリカインは速度を更に上げた。
 先に入った機晶姫エレーネ・クーペリア(えれーね・くーぺりあ)に異変が訪れたと言う。ギフトにも影響があるのか。リカインは本部に通信を繋げる。



 洞窟内は潤沢な機晶石に満ち綺羅びやかで、眩しさに負けて眼の奥が痛くなってくる。
 片手で両眼を軽く揉みしだいた玖純 飛都(くすみ・ひさと)は目の前にあった機晶石に軽く触れる。
 伝わるのは冷たい石の感触だけだった。
 ちらりと持ち込んだ機晶銃に視線を落とすが、こちらは相も変わらず使えない状態である。
「洞窟に入ってから、変化らしい変化は無いな。 ……どちらも」
 飛都の目はまるで学者のような光を奥に宿していた。
 機晶石を密やかに研究している飛都にとってこのような現象は格好の「材料」であった。その成り立ちすら不明な不思議な力を秘めた鉱石。その謎の一端でも解明できるならと紛れ込んだものの、得ていることと言えば洞窟に入ってから機晶を動力にする武器が全く使用できないことくらいだった。
「……またか」
 何度目かのため息を吐いた。
 目を離した一瞬で一本道が三本道の選択を迫っている。
「自然だな。法則でもあるのか」
 壁には、移動しました、という切れ目が無い。道が変わるごとに、変わるまでの時間も測っているがこちらはバラつきがあり、時間で変化しているわけでもなさそうだ。
「やはり変化はない、か」
 それに、燦然と生えている機晶石が移動動力として使われている様子も無い。
 飛都はトレジャーセンスを発動させた。謎は追わねば解かれない。



「はい。わかりました。では、引き続き調査します。ええ、何かあれば連絡を入れさせていただきます。それでは失礼します」
 梅琳との通信を切った叶 白竜(よう・ぱいろん)は大きく息を吐いた。そんな彼に世 羅儀(せい・らぎ)は首を傾げる。
「なんだって?」
「怪我もなく今の所は無事だそうです」
「今の所?」
「通信系が生きているからと安心はできないということです。無理やり迷子にされたも同然なんですから」
「まぁ、そうだな」
 洞窟に突入する時、事前に近場の地元人の聞き込みをしていた白竜は、あまりの収穫の無さに複雑な気分になっていた。
 皆一様に「一度入れば二度と戻れない」と口を揃えているのが、なんとも不気味だ。片手が無精髭ばかりの顎に触れる。
「あまり機晶石関係の研究には詳しくないのですが、この洞窟はそういった「意思」を持つのでしょうか?」
「意思?」
「無理やり迷子からの連想ではないのですが、こう、人の目を避けて内部を変化させていることに違和感を感じます」
 誰かに見られているような視線を感じなくも無い。ずっと、気配を感じる。
「何か人間に見つけられたくない、もしくは見つけて欲しいものがある、という可能性でしょうか……拒絶されず洞窟外に誘導されないところを見ると後者と見るべきですね」
「石っころなのにか?」
 真剣な面持ちながら、持ち前の地質学を惜しげもなく使用している白竜に何がそんなに楽しいんだろうと羅儀は思うが、
「話によれば洞窟のどこかに機晶姫があるらしいですよ。それも女性形の」
じろりと睨んだ白竜の次の台詞にぱっと顔を輝かせた。
「助けを求めているなら、それは駆けつけなくちゃね」
 同じく洞窟内に閉じ込められた女性であれば助けない話はないだろう。



 最奥を目指してみよう。そう提案したのは誰か。そしてそれに同意したのは誰か。
「大丈夫ですか〜?」
 問うホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)に機晶姫であるブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)はまだ無事と返した。周囲にはブリジットのセルフメンテナンスの音が鳴り響いて反響している。
 虎穴に入らずんば虎子を得ずではないが、あえてブリジットの投入を許した夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)は前を歩く三人を無言で眺めていた。
「何が出るか解からんからのぅ。一応警戒はしておくのじゃ。それに、ブリジットをいわば囮に目的地に行こうという作戦ではあるが」
 ちらりと草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)はブリジットに視線を配る。
「操られてしまう可能性も否定できん」
 だからと言って倒してしまうわけにもいかないだろう。拘束する場合にはラブアンドヘイトが妥当だろうか。頭の中で色々とシミュレーションしてみる。
 セルフメンテナンスの音が耳に慣れて来た頃、甚五郎はふと、異変に気づいた。
「ブリジット」
 止まれの意味で名前を呼ぶが、パートナーは止まらない。
「ブリジット!」
 セルフメンテナンスの音は変わらずに鳴り響いている。
 そんな機晶姫の変化に色めき立つ一団のやや後方で、付いて行けば迷わずして目的地に辿り着くことができるだろうと考えた人間が居た。
「向こうさんの囮作戦成功って感じかなー。お、あっちに進むんだな」
 沈黙したままのフェンリル【サンダーブレードドラゴン】の頭をハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)はそっと撫でる。
 洞窟に入ってから持ち込んだアイテムの幾つかが使用できなくなった。体も多少の不自由を強いられている。
「まぁ、完全に動けないだけいいとしますか。 ――と」
 足元に転がる機晶石を拾い上げた。
「ほんとごろごろしてんなー」
 文字通り拾い放題だ。
 前を歩くシャンバラ教導団を警戒しつつ、手に持った機晶石を隠しに入れた。もう一個拾って、素早く隠しにしまう。歩きながら何度かそれを行う。
「あの人達ケチな事多いから報酬とかもらおうとしてもアレだし……」
 一人で居なくなる時用に機晶石が欲しくて救出という名の元来てみたが、手伝いますと言ったら本当に手伝うだけで報酬も知れているかもしれない危惧が拭えず、ハイコドの機晶石を拾う手は止まらない。
 強くなるために家族すら置いて修行の旅に出る為の下準備は着々と進んでいる。