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とある魔法使いの灰撒き騒動

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とある魔法使いの灰撒き騒動

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「よ、よし……あっちに目が向いている今の内に……」
 哀れな犠牲者に皆が気を取られている内に、また盾にされては敵わないと本物アッシュは後方へ回ろうとする。が、
「アーッシュ!」
「どちらへ行かれようというのですか、アッシュ様?」
そんなアッシュの前に、レオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)クレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)が立ちふさがる。
「まさか、この場から逃げるとはおっしゃいませんよね?」
 クレアの言葉に、「いや、別に逃げるわけじゃ……」と本物アッシュが口ごもる。
「アッシュ様、今あの偽アッシュ様は世間に迷惑をかけるという大それた行為を行っております。アッシュ様が世間に迷惑をかけるなど、弱肉強食という自然の摂理に反します。何としてでも食い止めねばなりません。だというのに一体何をしているのですかアッシュ様は?」
「おい待て、今完全に俺様の悪口になってたよな?」
 アッシュの言葉をクレアは無視した。
「そうよ! せっかくみんなが真剣に知恵を振り絞って考えだした素敵プロフィールがあるにも関わらず……さらなる活躍の機会を求めるだなんて! そして、その結果世間様に迷惑をかけるだなんてけしからないわ! 許せない!」
「その通りですね、レオーナ様」
「おいそれ完全に俺様の悪口じゃねーか!」
「そんな些細な事はどうでもいいのよアッシュ!」
「些細でもなんでもねーよ!」
「とにかく! あの偽者を何とかしないといけないわ!」
 強引な力技でレオーナは話題を変えた。
「そりゃそうだが……何か策でもあるのかよ?」
「あるわ」
 レオーナは頷くと、本物アッシュの肩……に当たる部分に手を置く。
「いいアッシュ……お約束的な展開では『アッシュを倒せるのは、アッシュだけ』……とか有り得そうよね?」
「おい待て、嫌な予感しかしないんだが?」
 本物アッシュは逃げようとするが、ガッチリとホールドされている上にクレアも横についている為逃げられない。
「やはり諸悪の根源の本物アッシュ(仮)に、ケジメをつけてもらわないといけないと思うのよ……と、いうわけであの偽者にアッシュ(仮)を投げつけて攻撃するわよ!
「んな攻撃が上手くいくわけあるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「女は度胸! 何でも試してみるもんよ! つべこべ言わずにケジメつけて来いやぁッ! くらえぇ偽者ぉ! 必殺真空波動アッシュゥゥゥゥッ!
 そう言うと、レオーナは本物アッシュを偽アッシュに向けて投げつけた。
「ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 投擲された本物アッシュは弧を描き、偽アッシュに真っ直ぐ向かっていく。
「スゲーことするな、アイツ」
が、偽はさらりと避ける。地面を転がり、すぐに起き上がると本物アッシュは急いで偽アッシュから離れた。
「し、死んだらどうする!?」
「大丈夫大丈夫! さーて第二波ぁッ!」
 そう言うとレオーナは再度、アッシュを捕らえる。
「必殺、拡散目が粒子アッシュゥゥゥゥッ!」
「ぬぅおぉぉぉぉぉぉぉ!」
 そして、再度弧を描いて放たれる本物アッシュ。やっぱり偽者にさらりと避けられ、急いで転がるようにして本物が逃げる。
「こ、こんなんで勝てるわけないだろうが!」
「うるさいわね! あんたのせいであたしの手までネギ臭くなってきたじゃない! どうしてくれるのよ!?」
「そんなん知るかぁッ!」
 実際、本物アッシュの腕に装着されていた長ネギがレオーナが握ったせいか、それとも地面を転がったせいか傷ついていた。その為、ぷんとネギ独特の臭いが漂う。
「つべこべ言わずとっとと玉砕して来ぉい! 必殺! アッシュ・長ネギドリルアタックぅッ!
 三度目の投擲である。ちなみにドリルは無い。
 同様に投擲され、弧を描いて本物アッシュが偽アッシュの傍らに着地する。これで転がる様に本物が逃げる、というのが今までのパターンであった。
 だが、今回は少し様子が違った。
「……っくぅッ!?」
 偽アッシュが、苦しそうに目を押さえたのである。
「お、お前……一体何をした!? 目が……目が染みる……!」
 目を開けないのか、手で押さえながら偽者が苦しそうに問う。
「え、いや何をって言われても……」
 本物アッシュも首を傾げるばかりである。

 ここで、何が起きたか解説する。
 玉ネギを切ると目に染みる、というのは有名な現象である。
 これはネギを切った際細胞が壊され、含まれる成分が気化し目や鼻の奥に染みる反応であるとされている。
 ちなみにこの成分は玉ネギだけではなく、長ネギにも含まれている。
 さて、ここで本題である。
 本物アッシュは何度も投げられ、腕に備えられていたネギがに傷がついていた。
 結果、壊れた細胞からこの成分が気化し、偽アッシュへと襲い掛かっていた。
 いくら目がいいとはいえ、気化した物までは目視はできなかった。だから逃げようが無かった。
 その為、偽アッシュは目が染みて動けなくなってしまったのである。

 だがそんな事が起きているだなんて本物アッシュを含め、全員がわかるわけも無い。
 ただ一つ解る事。それは、今がチャンスだという事である。
「な、なんだかわからないけどチャンスだ!」
 本物アッシュがそう言った瞬間である。

『くたばれやぁアッシュゥッ!』

 今までどうする事も出来なかった者達が一斉に襲い掛かった。

 詩穂が溜まった鬱憤を晴らすかのように【拡散性ミリオンバスター】を顔面に浴びせまくり、
 ターラ達は染みる目薬を押さえつけてかけまくり、
 セレンフィリティ達は腹いせのようにフルボッコにし、
 佐那は使えなかった蛍光灯で目元をぶん殴ったりガンタッカーなんかで『良い子じゃなくても絶対真似するなよ!?』というような事をしまくり、
 九条はレモン汁をかけまくっていた。

「な、なんて恐ろしい……!」
 その光景に、アッシュは戦慄していた。偽物とはいえ自分と全く同じ姿をした者が、容赦なくリンチにされているのだ。これで恐ろしいわけがない。
「ひ、ひどい……」
 フィッツも同じく、怯えた様に震えていた。
「御覧くださいアッシュ様。これが弱肉強食の摂理というものです」
 そんなアッシュにクレアが呟く。
「さよなら、アッシュ……けどネギ臭いなぁ……これ臭い落ちるのかなぁ……」
 その横でレオーナが手の臭いを嗅いで顔を顰めていた。

『あー、すっきりした』

 そうこうしていると、鬱憤が晴れたのか皆爽やかな顔で額の汗を拭っている。
 その足元にはミンチより酷い姿になった偽物が転がっていた。蛍光灯の破片であんなことやこんなことになっていたり、恐ろしい事になっている。何より恐ろしいのはピクリとも動かないことだ。
「お、おい……俺様のパーツあるって事忘れてないよな?」
 アッシュが恐る恐る、リンチしていた集団に問いかける。
『あ』
 そこで何か思い出したように一瞬固まる。だが、次の瞬間には何事も無かったかのように額の汗を拭っていた。
「あ、じゃねーよ! 忘れてたんだな!? おい忘れてたんだろ――ってちょっと待て!?」
 アッシュの目に映ったのは、動かなかった偽アッシュが変わる様――徐々に、その体が灰に変わっていったのである。
 やがて人の形の灰に変わったと思うと、形を保てなくなりボロボロと崩れだす。
 残ったのは最早人の形をしていたとは信じられない、大量の灰であった。その灰も、風に吹かれて空へ塵となっていく。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 俺様の目玉ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 アッシュが慌てて灰を撒き散らしながら漁るが、眼球らしきものは一切見つからない。
「な、無い!? 無いってどういう……うっ!?」
 アッシュの目に、痛みの様な感覚が襲い掛かり目元を押さえ蹲る。
 すると、眼窩に嵌められていたガラス玉が外れた。残ったのは空っぽの眼窩。
 だがその眼窩の底から続いて疼くような感覚に襲われる。何かが蠢くような、異様な感覚にアッシュの口から呻き声が漏れる。
 しかしその感覚も自然に収まっていき、瞼を開く。
「……これは……ガラス玉?」
 最初に映ったのは、灰の上に落ちた二つのガラス玉。それが自分の目に嵌っていた物だとアッシュが気づくのに、少し時間を要した。
「あ、アッシュくん! 目! 目が戻ってるよ!」
 フィッツが驚いたような、けれど何処か嬉しそうにアッシュに言う。
「も、戻ったのか!? 戻ってるんだな!? よっしゃ……ん?」
 ふと、フィッツを見てアッシュが訝しげな表情になる。
「え? 何?」
「いや、お前って確か……いや、何でもない。まさか、な……」
 アッシュの目を通して見たフィッツに、何と言っていいかわからない違和感があったが、気のせいと首を振った。
 すると、じっと見つめてくる詩穂にアッシュが気づく。
「ん? 何だ?」
 そう言うと、詩穂がわなわなと震えながらアッシュを指さす。
「ち、違う……こんなの、アッシュさんじゃないッ!」
 そして、詩穂が叫んだ。
「はぁ? 違うって何が……」
「まず口調からして違う! アッシュさんは横綱口調のはず! 語尾は『ドスコイ』『ごわす』じゃないんですか!?」
「それはお前らが勝手に決めた事じゃねぇか!」
 もう忘れてやってくれよ。
「それにその目! 目の色! アッシュさん、目は『邪気眼色』でしょ!? ま、まさか……本物のアッシュさんじゃない!?」
「ちょっと待て! 邪気眼色って何だよってうぉっ!? あぶねぇな何するんだよ!?」
 突如殴り掛かってきた詩穂を、慌ててアッシュが避ける。
「本物を返して下さい!! アッシュさんはこれから野菜生活にピリオドを打って人間になるという輝かしい未来が待っているんですよ!? キミが泣くまで、詩穂は殴るのをやめないぃッ!!」
「だから本物だってーの! っていうか何でお前ら全員殺気立ってるんだよぉ!?」
 殴りかかる詩穂を避けるアッシュの目に映ったのは、自身に殺気を向ける先程までの仲間達。

――アッシュの戦いは、これからが本番であった。

※その後誤解はなんとなく解けました。