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リアクション
第一章 禁じられた森 2
「ふぅー、やっとやぁ。やっと抜けたぁ」
湿地帯を抜けだして、泰輔が身体を伸ばしながら言った。
ぬかるんだ土を踏んできたせいで、靴は泥まみれである。持ってきた水筒や、水の魔法を使える人たちが協力しあって、泥を落とす。ようやく準備が整うと、レインたちは先に進んだ。
「それじゃあ、みんな、こっちの方向に――」
「ストーップ! ストップですわぁ!」
綾原さゆみがみんなを先導しようとすると、慌ててアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が止めに入った。
どうやらアデリーヌいわく、さゆみの方向音痴は壊滅的だという。さゆみから地図を奪ったアデリーヌは、それをレインに渡し、これまで通り地図係はレインに任せるようにさゆみを説得した。
「むぅ……私、別に方向音痴なんかじゃないのに」
「そうですわよね。さゆみはそう思ってますわよね」
なぜか、さゆみは頑なに自分が方向音痴であることを認めない。アデリーヌはふくれっ面になってるさゆみをなだめながら、レインたちの後をついていった。
「ねえ、レインさん」
「はい?」
まだまだ長く続く死した森の道中、レインに話しかけたのは騎沙良 詩穂(きさら・しほ)だった。
「レインさんの妹さん、まったく目が覚めないって言ってたじゃない? それって、“月の蜜”を使えば治るものなの?」
そのために、レインは月の蜜を手に入れると言っていた。だから、もしかしたら、どこかで確実に治るという保証を手に入れてきたのかと思った。
「……いいえ」
だが、レインは首を振った。
「月の蜜を使ったからと言って、治るとは限りません。実例がないですし……」
「それじゃあ、どうして……」
「それでも、可能性はあります。妹がもしかしたら、治るかもしれないという可能性が。それがすこしでもあるなら、僕はそのために月の蜜を手に入れるつもりです。どうしてでも――」
レインにそう言われると、詩穂はそれ以上なにも言えなくなった。
誰か大切な人のために一生懸命になる気持ちはよくわかる。ほんのちょっとの可能性にかけて、必死になってしまうのだ。
「そっか。それじゃあ、絶対に見つけないとね」
詩穂はそれだけ言うことにして、レインの背中をばんっと叩いた。勇気づけられたレインは、詩穂を見てから、ほほ笑んだ。
「くんくん、くんくん」
一行の先頭に立って、鼻をひくつかせていた雲入 弥狐(くもいり・みこ)は、ぴくっと何かに気づいたような顔になって後ろをふり返った。
「近いよ! もうすぐ、遺跡も見えてくるかも」
弥狐は狐のような耳と尻尾をもった獣人だった。
まるで犬みたいにパタパタと尻尾をふり、ピクピクと耳を動かしている。獣人特有の獣の感覚が、目的地が近いことを本能的に告げているのだった。
「さて……ここらは惑わし火や、動く植物の敵も多い。用心しないとな」
佐々木 八雲(ささき・やくも)がみなに言った。
八雲の言う通り、周りには不吉な生物たちの影がちらほらと見られるようになってきていた。惑わし火と呼ばれる、森に足を踏み入れた者たちを道に惑わす鬼火までただよっている。沙夢と弥狐が、破邪の刃や、バイタルオーラの光を放ち、それから仲間たちの身を守っていた。だがいつのときも、どれだけ用心深くしていようが外敵は来るものだ。
「まずい。囲まれてるぞ」
うねうねと不気味な音を発しながら動く樹木たちを見すえて、白砂 司(しらすな・つかさ)が言った。
司は斧槍タイムラプスと呼ばれる巨大なハルバードをかまえた。瞬時に、サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)と目配せをして、二人は左右へ跳んだ。敵は森の木々たちだけではない。そこに潜み、真っ赤な光学レンズの光を輝かせていたのは、すでに自我を失って悠久の時をさまよってきた、戦闘用機晶姫たちだった。
「サクラコ、全力でいくぞ」
「了解です! サクラコ、いきまーす!」
司が飛びだしたのを見て、反対側に跳んでいたサクラコも敵へ攻撃を仕掛けた。
左右の腕に装備された獣王シャスールの鉤爪が、機晶姫の外装を切り裂く。すかさず、司のハルバードが敵を貫いた。無闇に破壊しようとは思わない。無力化させられればそれで良いと、司たちは判断していた。
「リーズ! こっちも準備は万端だ!」
木々たちをあるポイントに誘い込んでいた紫月 唯斗(しづき・ゆいと)がさけんだ。
龍覇剣イラプションをかまえるリーズ・クオルヴェル(りーず・くおるう゛ぇる)が、その声に反応して動く。
「ナイスよ、唯斗! さあ、見せてあげる。“炎の力を”――!」
パラミタを護る八龍の力を宿すと言われている大剣は、大地に突き立てられると、リーズの気合いに呼応して火炎を生み出した。巨大な炎の柱が、うごめく木々たちを一斉に焼き尽くす。
その炎はまさに灼熱だ。柱に包まれまいと、樹木たちは道を空けて逃げていく。
「わちゃっ! わちゃちゃちゃ! リーズっ! 焼けるぅ!」
……まあ、一部、巻き込まれている人影があるような気がしたが。
どうせ唯斗だからなんとかなるかと、リーズは放っておいた。
「みんな! いまのうちに急げ!」
八雲が仲間を先導した。リーズの放った炎で道が開いたこの隙を、逃してはならない。
司とサクラコたちも機晶姫を撃退して合流し、急いでうごめく樹木と惑わし火がただよう空間を抜けた。
するとその先で、思いがけない人物と出会った。
「お? みんなお揃いで。そちらさんも修業か?」
戦闘用機晶姫と戦っていた、柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)だった。
恭也は、ヴェンデッタやメルトバスターといった武器を手に、機晶姫たちを次々と無力化していた。ナノマシンで形成された戦闘用義手は、敵が近づいた瞬間、瞬時に巨大な爪へと姿を変えて、その身を切り裂く。爪に貫かれた機晶姫の下腹部からは、人間の流血の代わりに火花を散っていた。さらに、浮遊島で手に入れた生体銃のメルトバスターが、恭也本人が望む任意のタイミングで実体化する。バスターから放たれたエネルギー弾によって撃ちぬかれた機晶姫たちが、そこら中に散らばっていた。
レインたちから事情を聞いた恭也は、同情するように言った。
「そういやこいつら、まるでなにかを守ってるみたいに、俺に襲いかかってきたもんな。まあ、だからって、別に容赦しようとかそういうわけじゃねえんだけどよ。ちょうど、武器のテストにもタイミング良かったし」
背後に機晶姫が迫る――。
瞬間、刹那のタイミングでふり返った恭也は、その巨大な爪で機晶姫の頭部を引き裂いていた。
「俺も、人間辞めてきたってところかねぇ……」
そんなことをつぶやく。
「まあ、いいや。ものはついでだ。連中の相手は引き受けたから、さっさと先に行けよ」
「すみません。助かります」
「いいっていいって。んじゃな」
後ろ手にひらひらと手を振って、恭也はレインたちを先に行かせた。
「さてと――」
メルトバスターをエネルギー体化して身体の中に収め、ヴェンデッタも通常の義手化させた恭也は、消え去った炎の柱の向こうから近づいてくる、うごめく木々たちと惑わし火、それに戦闘用機晶姫の兵たちを見すえた。
拳をぎゅっと握り込み、しぼるような音を鳴らす。それから、指先で挑発のポーズを取った。
「かかってきな。いつでも相手になるぜ」
その瞬間、敵は一斉に恭也へと襲いかかってきた。
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