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リアクション
第二章 機晶石の研究所 1
そこはもはや、捨てられた土地であった。
もしかすれば、かつては何らかの繁栄を築いていたのかもしれない。朽ち果てた研究所跡の様相は、人の姿こそないものの、全体像がひと目ではわからないほどに広い土地にあった。建物は崩壊し、そこかしこに瓦礫が散らばって、壁は鬱蒼とした黒い植物に覆われている。それでもまだ、その痕跡が残っているだけ、遺跡としてはマシだと言えた。
と、そんな研究所の入り口に――考えこむような仕草でたたずむ一人の青年がいた。
「あれ? ……真人さんですか?」
「おや、皆さん。こんなところでお揃いで……。いったいどうしたんですか?」
小首を傾げた御凪 真人(みなぎ・まこと)に対して、レインたちは事情を説明した。
契約者たちの間では、真人はそれなりに名の知れた相手だった。顔見知りから話を聞いて、すぐに事情を理解した真人は、なるほどというようにうなずいた。そこに、偵察に出ていたらしいセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)が戻ってきた。
「なに、なに、どうしたの?」
「いえ、実は――」
真人は、セルファに簡単に状況を説明した。ふんふん、とうなずきながら話を聞いてたセルファは、感心したり、驚いたり、見ていて飽きないリアクションを取った末に、最終的にこう結論づけた。
「だったら、私たちも手伝ってあげればいいじゃない! どうせ、遺跡の調査をしないといけないところだったんだし!」
「遺跡の調査?」
レインたちが首をかしげると、真人が補足してくれた。
「ええ。俺たちは実は、この遺跡の話を聞いて、調査にやってきたんです。お偉い学者さんたちも、どうやら装置が稼働したままの遺跡をそのままにしておくわけにはいかないという結論になりまして、契約者たちに現地に赴いてもらおうという話になったそうですね」
「私たちは、そのメンバーの一人ってわけ。他にも、とっくに中を調べてる人たちがいるよ」
セルファは元気にそう言って笑う。
すでに、一緒に行く、ということは彼女の中では決定されているのか、みんなを先導するように遺跡の中に入っていった。
「早くきなよー! 置いてくわよー!」
「…………と、いうことらしいので、ぜひ。俺たちも、仲間がいると心強いです」
真人にとっては、こういうことは日常茶飯事らしい。フォローするように笑って、レインたちをうながした。
どうする? ――というように、お互いを見やるレインたち。年長者の八雲が、迷いを断ち切らせた。
「お言葉に甘えようじゃないか。僕たちはまだ、遺跡のことはなにも知らないんだからな」
それもそうだ。八雲の言うことは間違いない。
レインたちは、真人の後を追うように、遺跡の中へと足を踏み入れた。
遺跡の中は、ひどく朽ち果てた様子だった。
当然だ。この遺跡は、もう何百年という悠久の時を過ごしてきたのだ。それと同時に、それだけの時間、緑豊かだった森が“禁じられた森”と呼ばれて久しいということを考えると、レインたちの心にも、気鬱な苦しみがのし掛かってくるようだった。
真人たちに案内されて、レイン一行は、他の調査員である契約者たちのいる場所へと向かった。
元々は何らかの実験室であった場所だった。うねうねと動く黒い植物たちは、邪魔にならないよう、すでに氷の魔法で凍結されている。
そこに、清泉 北都(いずみ・ほくと)と白銀 昶(しろがね・あきら)の姿があった。
「あれ? 真人さん。その人たちは……?」
小首をかしげた北都に、真人は事情を説明した。すると北都は、思いだしたように言った。
「そっかぁ……! 君が“月の蜜”を探してるとかいう薬草研究家か」
「知ってるんですか?」
真人がたずねると、北都はうなずいた。
「もちろん。町で協力者を募ってたしね。僕は北都。よろしく」
「う、うん。よろしく」
レインと北都は握手をかわしあった。
それから彼らは、現在の調査状況を話すことにした。真人が、たずねてくる。
「進展はどうですか?」
北都はぼろぼろになった本を片手に、肩をすくめた。
「案の定、資料はほとんど残ってるよ。たぶん、逃げるように研究所を捨てたんだろうなぁ。資料の運び出しはまったくおこなわれてないみたいだ」
「くんくん、くんくん……。うげぇ……腐ってやがる」
昶が、その手に掴んでいた、なんらかの液体でびしょびしょになった本の匂いをかいで、顔をしかめる。
ちょうどそのとき、がやがやと他の調査員たちが戻ってきたところだった。
「あれ? 佐々木さんや、詩穂さんたちがいる。こんなところで何してるの?」
「皆さん、お揃いで……」
それは榊 朝斗(さかき・あさと)や、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)たちだった。
彼らはどうやら、別の場所で調査をしていたらしい。その手や腕には、いくつもの資料を抱えていた。すっかり埃を被り、虫食いだらけになっている本や、遺跡の研究員が着ていたと思わしき白衣など。
ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)やアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)が、いまだに遺跡に残っているという防衛用の機晶姫たちを警戒して、周辺に気を配っている最中――朝斗とザカコは、レインたちを交えて、調査結果を報告していた。
「どうやら、地下に暴走した装置があるのは間違いないようですね」
難しそうな顔をしながら、ザカコが言った。
遺跡はどうやら、機晶石の秘められた力を調べる研究所だったらしい。そのため、機晶石を用いた様々な実験が行われていたようだ。朝斗が持ってきた本には、そんな実験結果が無数に書き綴られていた。そしてそれは、最後に一つの実験を記したレポートで終わっている。
「――それが、地下のエネルギー装置」
朝斗はその箇所を指さしてから、言った。
機晶石に植物の成長を促進する力があるのではないかと考えた研究員たちは、エネルギー装置を作って森にそのエネルギーを放出することを考えた。だが、無論――いまの?禁じられた森?の結果からわかるように、実験は失敗。機晶石の力が突然暴走をはじめ、むしろ、森を死滅させてしまうエネルギーを生み出してしまうことになった。
「ここで記録は終わってる。たぶん、自分たちもそのエネルギーに巻き込まれないように、逃げ出したんだろうね」
朝斗は、あまり快くはなさそうにそう言った。
すると――
「ところで、“月の蜜”でしたか……。レインさんたちが探しているのは」
そのとき、ルシェンが話に混じるように近づいてきた。無論、アイビスもだ。
戦闘用機晶姫が近づいてくる気配がなく、心配はないと判断したのだろう。
ルシェンは、レインが探しているという“月の蜜”に興味を持っているようだった。
「どうやら研究所では、そのような名前の花を育てていた形跡があります。機晶石のエネルギー実験にも使われてみたいですし、もしかしたら、地下にあるのかもしれませんね」
「ほ、本当ですか!?」
レインは思わず興奮して身を乗り出した。
あくまで可能性――だが、行ってみる価値はありそうだ。それに、いずれにしても調査員たちも地下に赴かなくてはならないらしい。レインたちは一緒に行くことを決めて、地下へ繋がる階段へと向かうことにした。
「アイビス?」
そのとき、朝斗はアイビスがなにか思い悩んだような顔で立ち止まっているのに気づいた。
「どうしたの?」
「…………なんだか、嫌な予感がするんです。私の身体の……機晶石が、ずっと泣いている……そんな感覚が……」
それは、恐らくはアイビスだけが感じることの出来る予感だったのだろう。
まるで何かに脅えるように、アイビスはぶるぶると震えている。
と――その手を、朝斗が握った。
「大丈夫だよ。……きっと。僕たちもついてるから」
そのときなぜか、不思議と身体の震えが止まった気がした。
アイビスはほほ笑んだ。
「……はい。ありがとうございます」
朝斗もそれに応えるようにほほ笑んで、先にレインたちを追った。
あの感覚はいったい、なんだったのか。アイビスにはわからない。しかし、心が痛み、震え、泣いている。それだけが、はっきりとわかるような感覚だった。
あれは――
「アイビスー! 置いてくよー!」
「あ、はい! ま、待ってください!」
今は、理解することは出来ないが――
アイビスは、急いで朝斗たちの後を追った。
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