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2023春のSSシナリオ

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2023春のSSシナリオ
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リアクション

【五月晴れ日に・1】


 窓の外、五月晴れの空を見上げながら神崎 輝(かんざき・ひかる)は「今日はいい天気ですねぇ」と本当に他愛も無い言葉を口にした。
「そうね。今朝は風もあって気持ち良かったわ」
ジゼル・パルテノペー(じぜる・ぱるてのぺー)もまた、微笑みながら他愛も無い返しをする。
「おかわりは如何ですか?」
 ティーポットを示されて、七瀬 紅葉(ななせ・くれは)は「おねがいします」と頷いた。
保温の為のキルトを外し、二杯目のハーブティーをカップへと丁寧に注いでゆく音が、店内に響いている。
 それ位穏やかで、静かな時間だった。
 輝と紅葉が座るテーブルから移動してオープンキッチンへ戻ったジゼルは、カウンター席に座るアレクサンダル四世・ミロシェヴィッチ(あれくさんだるちぇとゔるてぃ・みろしぇゔぃっち)に「コーヒーまだいる?」と質問するが、彼は画面に目をやったまま首を横に振るだけだった。
 ジゼルをバイト先の此処へ送った後、たった数時間の為に自宅へ帰るのも――と、ここでそのまま仕事をしているらしい。ジゼルは肘をついて、そんな兄の姿をただただじーっと見つめている。
 構って欲しいなら、そう言えばいいのに。視線を注がれるのに堪えたアレクが顔を上げると、妹の顔が目に見えて変化したので何とも言えない感情に駆られた。
「――暇なのか?」
「うん! でもお昼前ってこんなものよ。
 それに今日は蒼空学園もお休みだから、比較的スローかな」
 ジゼルは店員としてまともな事を言い終えると、我が家より慣れ過ぎたそのノリでカウンターから上半身を乗り出し、向こう側のアレクの頭を掴んで左右に振り出した。
「ねーおにーちゃーんあそぼーよー。せっかく輝と紅葉も居るのに皆お茶飲んでるだけでつまんなーい」
「客なんだからお茶飲んでて当たり前だろ。気持ち悪くなるから手ぇ離せって」
 兄妹のやり取りに輝と紅葉が吹き出している。
「やだー。皆ジゼルとあそぼぉよーねーねーねーねー!」
 押し返そうとしたジゼルはキッチンへ戻るどころかそのままズリズリとこちらに落ちてきて、アレクは片手でコーヒーカップを押しやり、ギリギリで大惨事を逃れた。
「お前は、仕事に来てるんじゃないのか!?」
「だってー、暇なんだもん!!」
 こうしてジゼルはこちらへ来てくれた輝と紅葉の手を両手に握り上下に振りながら、兄の膝の上でまんまと自分の思い通りに事が運んでいるのにニコニコと微笑うのだ。7人姉妹の末っ子というのは恐ろしい。もう少ししっかりしていると思っていた彼女は、いざ妹に戻ってみればとてつもなく甘えっ子で我が侭だった。
 紅葉はジゼルと繋いだ反対側の手で輝の服をちょんちょんと引っ張った。
「マスター、遊ぶって、何してですか?」
「そうだねぇ……。ジゼルさんは? 何かしたいことありますか?」
「んーとねー、えーっと……」
「それより客来たらどうすんだ」アレクが指摘した瞬間、店の扉についた鈴がリンと音を立てる。
 兄の『それみたことか』という顔を受けて、ジゼルは慌てて背筋を伸ばした店員モードに戻りながら入り口へ走るが、客の第一声は思っていたものと全く違っていた。

「たのもーッ!!」



「教導団のコメディグループ……。
 ジゼル、そいつらは客じゃない。戻ってきなさい」「はーい!」
 元気よく返事をして目の前で踵を返したジゼルを「どういうことですか!?」と追いかけるのはアレク曰く小鼠ことジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)
その後に少し遅れて林田 樹(はやしだ・いつき)新谷 衛(しんたに・まもる)、そして緒方 章(おがた・あきら)が入ってくる。
 寄らばひたすらにボケとツッコミを繰り返す樹とパートナー達は、兄妹にとってコメディグループにしか見えていなかった。
 家で彼らが話題に上がった時、ジゼルは『樹達ってお笑いの人達みたいだよね』と思っていたままに口に出し、アレクも『そうか。あれが日本特有の笑いのノリというものか』と納得し、ボケたらツッコむを理解したのである。自覚はないが普通に過ごしていれば日々ひたすらにボケっぱなしの二人には到底出来ない名人芸だった。
「おいこら。客じゃないとか、あれっくさん酷いじゃねーか!」
「確かに先日はアルバイト店員だったが、今日は立派な客だぞ」反論というよりも矢張りツッコミを入れている二人へ微笑む章の薬指に嵌まった樹と同じ――子供が作ったような――デザインの指輪を見て、アレクは「(ああ、例の旦那か)」と即座に理解した。
 一方ジゼルの方は「樹のお友達?」と首を傾げている。樹がそれに曖昧に返事をするのは、気恥ずかしさの所為だろうか。余り聞かない方が良さそうだと、アレクは頭の中で一人頷いた。

「でも樹様、確かに今日のワタシはただのお客として来た訳じゃ無いのでございますよ!」
 ふふんと鼻で笑いながら、ジーナは空いたテーブルの上に持っていた鞄を逆さまに持ち上げる。中からメイド服がバラバラっと――木製のテーブルの上に――落ちてきた。
「定食屋改め、カフェの新しい制服のお披露目でございます!!」
「わああ! 可愛いッ!!」
 広げられた赤に青に茶色に白に水色にと様々なタイプと豊富なサイズのそれらに、樹が「……また始まったか」とため息をつく。
 その隣では、ジーナと『似た空気』を持つ紅葉だけがキラキラと目を輝かせ歓声を上げていた。
「メイド服? 可愛いですね。僕も着たいです!」
「よく分かっていやがりますですね!
 このメイド服の中から店に相応しいものをパルテノペー様に決めて頂いた暁には、
 これを皆で着やがれ! なのですよ!!」
「マスターも一緒に着ましょうよ!」紅葉に両手を掴まれて期待に満ちた上目遣いで見つめられ、輝は「えへへ」と笑った。
 照れくさい訳では無い。元々男の娘アイドルとして歌って戦えるアイドルを目指し邁進中の身だ。フリフリもヒラヒラも抵抗は無いし、むしろノリノリだった。
「うん、折角だからボクも。
 ええとじゃあ――ジゼルさん、どれが良いですか?」
「……そうねぇ。この赤と青は食事をする場所としては目にきついかしら。
 白と薄い水色は油はねの汚れが目立ち易いし……こっちの茶色がいいいかな?」
 ジゼルが茶色のワンピースに生成りのピンストライプの入ったコーラルピンクのエプロンのセットアップを選択し、斯くして定食屋の新たな制服は決定した。
 ジーナは流れる様に視線を樹に移して熱いビームを送るが、それは首を横に振る拒否の意志を以て返されてしまった。仕方なく矛先を変えたジーナは、一番大きなサイズのエプロンドレスを持ってアレクの元へ突撃した。
「デカブツマッチョも着やがれなのです!」
 顔の真横に突き出されたピンク色に、アレクは五月蝿い面子を無視して続けていた仕事中の画面を見たまま「なんで?」と適当に返す。相手はジーナだ。面倒だが返事くらいはしないと、後々もっと面倒な事になりそうだと踏んだのだ。
「この間女装しやがったじゃないですか」
「そこの美少年達と同じにするな。お前何時も言ってるじゃないか。『デカブツ』『マッチョ』って。
 そのデカブツマッチョな容姿で何時も女装してたらただの変態だろ」
「……すでに変態でいやがる癖に……です……」
「小鼠、ケーキ食うか? お兄ちゃんが奢ってやる」
「わーい!」チョロかった。
 が、(酒乱だとしても)一応お酒も呑める年齢のジーナだ。万歳の状態から直ぐに「はっ!」っと我に帰ってきてしまう。
「だっ騙されませんですよ!」アレクが舌打ちした瞬間だ。再び店の入店の鈴が鳴った。



「こんにちはぁ」
 パーカーにスラックスというラフな服装の彼が知っている人間だと認識すると、アレクは誰よりも早く入り口まで行って出迎えて、そいつの腕を骨折する程締め上げ皆の元へと引っ張った。
「え、アレクさん!? 何……え……?」困まり顔で連行されてきたのは高峰 雫澄(たかみね・なすみ)だ。
 彼の言葉も困惑した様子も無視して、アレクは先ほどまで座っていたカウンター席に足を組みながら腰を下し、隣に立ったままだったジーナに向かってふんぞり返る。
「小鼠。俺はこの間の作戦行動中に理解した。
 女装はJapanci(日本人男性)の方が似合う。童顔で小さいし細身だからな。
 という訳でその服を着せるのなら俺では無くこのタカミネにするべきだ。
 童顔、小さい、細身。こいつはまさに逸材じゃないか」
「女装!? ア、アレクさん君……何を言って――――

 ……え?」
 雫澄の視線は下に固定されたまま、彼の時が静止する。アレクが彼のスラックスを両手で掴み、思いきり下へおろしていた。
「き やあああああああああああああああああッッッ!!!」
 ――いや、叫びたいのは僕の方なのに、何故かジゼルさんが先に叫んでいた。
「なすみのバカバカバカバカへんたいいいいい!!!」
 ――いやいや、僕のズボンおろしたの、君のお兄さんなんだけど。
「……え? 待って、何故その制服を持って僕の方に……着ないよ!? 着ないからね!?」
 ジーナに迫られる雫澄のあられもない下半身を目に入れないようにと両手で顔を覆って耳まで真っ赤に染まったジゼルの反応に、アレクは面白く無いと舌打ちする。
「タカミネは本当に俺を腹立たせるのが上手だな。
 ほら脱げよ」
「へ?」
「へ? じゃねぇよパンツに決まってんだろ。さっさと脱いで×××晒せ。そしてジゼルに暫く口をきいて貰えなくなっちまえ(実体験)。早くしろ愚図愚図しやがって鈍間が俺を待たせるんじゃねえ!
 Uradi to! Upravo sada! Vi budala!!(今やれ! 今直ぐにだ! この馬鹿!!)」
 腕を組みながら足を喋るリズムと同じく地面に足をガンガン叩き付けているアレクの明らかに苛ついた様子に、雫澄の緊張感は限界を突破し、彼は両手を上にあげて頭を下げた。
「女装はします。だからパンツだけは勘弁して下さい」

 それは完全降伏のポーズだった。



「じゃーん! 着替え終わりましたー!」
「流石ワタシの見立て。そして流石パルテノペー様。完璧なモデルぶりなのですよ!」
 章の拍手に迎えられて、バックルームからジーナとジゼルが件の新制服を着て客席に戻ってきた。
 パフスリーブは二人の華奢な肩のラインを強調し、エプロンはウエスト強調するのに一役買っている。背中に付けられた大きめのリボンはスカートの広がりの上のワンポイントになり、全体的に落ち着いたトーンながらスウィートな雰囲気を醸し出していた。
編んだ髪の毛はエプロンと同じコーラルピンクのリボンで飾られ、生成りのタイツと茶色のメリージェーンシューズで、制服に合わせて完璧にコーディネートされている。
動く度にスカートの下のパニエにつけられた細やかなフリルが見えて、愛らしさの押し売り状態だ。
「蒼学の人魚、嫌だったら断っても良かったんだぞ……」
 肩に手を置く樹に、ジゼルは首を横に振った。
「最近ね、お兄ちゃんに買って貰えるから、毎日こういう可愛いドレスが着られるようになったの。
 だからもう慣れちゃったし、私もこういうの大好き」
 意外な反応に、思わず「オウ……」と外国人のような反応をしてしまう樹の横を抜けて、ジゼルは兄の元へと軽い足取りで駆けて行く。
「可愛い? 今日は撮ってもいいよ? 写真でもムービーでもいいよ?」
「両方お願いします。そして兵卒に一人カメラマンが居るから今度そいつにも撮らせよう。
 ――と、その前にだ。俺の可愛い天使、お兄ちゃんの膝においで」
「みてみて、ここにネームタグが付けられるの。それにちゃんと大きいポケットもあって機能的。それでねー――」
 パーツを示して懸命に説明を始めるジゼルに適当に相づちをうちながら、実は話しの内容は聞き流しているアレクがジーナの方へ向いた。
「よくやった小鼠。褒めてやる。ケーキでも何でも食わせてやる。
 まあお前も十分可愛い。いや、本当にいいな。似合うやつが着ると可愛いものだ。それに比べて――

 酷いな、お前等」
 カウンターの向こう、オープンキッチンで晒されながら着替え終わった衛達に向かってアレクはそう吐き捨てた。
「お前一応見た目は女の癖に筋肉付き過ぎ……そもそも骨太過ぎ。痛々しい」
「オ、オレ様だって好きで着させられた訳じゃねー!」
 わなわなと震える衛の後ろ、雫澄が隠れているのを見つけると、アレクはホルスターから当然のように兵士達の間で『ハンドキャノン』と呼ばれるハンドガンの改造銃を抜き、45口径の銃口を当然のように彼の脳天に向けた。しかも何時の間にやら一発目は装填済みだ。
「諦めろタカミネ。出てきてその祖末な姿を晒せ」
 脅しの台詞に全てを諦めて、雫澄は文字通り肩を落としながら猫背で登場した。
 顔も身体も素のままで、世の中ではメイド服と呼ばれているドレスを着用した自分の姿はカウンターの向こうからも見えていたはずだ。だがオープンキッチンから出て、スカートから生成り色のタイツに包まれた骨張った足を見るにつけ、樹と章は遠慮なく吹き出すわ、アレクはそれを無表情のまま動画モードで撮影しているわでもう散々な気分だった。 
「……おかしい。おかしいって……」
「おかしいのはお前の頭の方だよ。この、ド変態」
「あ。そだ。こう言う時は確かえーと…………この女装野郎!!」
 兄の方に素で罵られ、妹の方には最近得た間違った知識で罵られる雫澄に、衛は「オレ様と同じマトモなシンケーしたヤツ」を発見した喜びと、自分より余程哀れな惨状に同情の涙を禁じ得ないでいた。 
「おいこら、ひかるんにくれにゃー! お前等も断るとか何とかしなかったのかよっ!」
「そうだよ! ジゼルさんとか、輝さん達とか着て似合う子『だけ』が、着ればそれでいいじゃないか!!」
 ……あれ? 輝さん達は……違う、かな……?」
 四人に遅れてバックルームから登場した輝と紅葉のその姿に、雫澄と衛はよく分からない汗を流した。
 ――似合っている。
 雫澄よりもは勿論のこと、女の姿である衛よりも二人のエプロンドレス姿は完璧だ。
「メイド服には猫耳ですよね、わかります」超感覚の猫耳を動かしている輝は、紅葉の頭にも猫耳を付けている。
「こちらも着こなしてやがりますですね!」
「ツッコミたいところだがツッコミどころが見たら無いな」
 ジーナと樹にまじまじと見つめられて、輝は反射的にポーズを決めてみせた。

「ねえねえ皆、折角だから写真撮ろう!」
 ジゼルの提案でカウンターの前に並んだ六人は、――輝に教えて貰った『片手を顎に、片手を伸ばした』完璧なるアイドルポーズで――シャッターがきられるのを待っている。
 雫澄と衛もヤケクソで頑張っていたが、ディスプレイを覗いたと樹と章とアレクは三人顔を見合わせ頷き合って、『四人のみ』が映るところへとファインダーをずらしたのだった。