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種もみ学院~環太平洋漫遊記

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種もみ学院~環太平洋漫遊記

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アメリカンドリームを追いかけて


 ロサンゼルス空港で降りた面々を見渡し、チョウコはニカッと笑った。
「よぅし、ここで良い人材を捕まえるぞー!」
 トーマス・ジェファーソン(とーます・じぇふぁーそん)もニッコリして頷く。
「ようこそ、アメリカへ」
 彼女の手にはアメリカの国旗が握られている。
「私は、このアメリカ合衆国大統領トーマス・ジェファーソンよ」
 この自己紹介に誰よりも強く反応したのは南 鮪(みなみ・まぐろ)だった。
「マジで!? ……ん? いや待てよ。トーマス・ジェファーソンだと……?」
 記憶術を駆使して詰め込んできたアメリカに関するあれこれの中に、このような名前があっただろうか? それも大統領?
「大統領……と言っても、私がその地位にいたのは222年も前のことだけど」
「うぐっ。できれば今の大統領に会いたかったぜ〜」
 肩を落とす鮪に、トーマスは悪戯が成功したような笑みを見せた。
 が、鮪はすぐに立ち直り、顔をあげる。
「ヒャッハァ〜! この先の諸々がうまくいくように、幸運のおまじないだァ!」
 南 鮪(みなみ・まぐろ)が両手を高々と掲げると、何となく光るモヒカンが輝きを増し、その光がチョウコ達を包み込んだ……ような気がした。
「これで怖いものなしだな! 天音がくれたガイドブックもあるしね。鮪はバーバンクに行くんだよな? 健闘を祈る!」
「お互いにな」
 ロサンゼルス組と鮪はここで別れた。
「さて、まずは賑やかなところに……」
 チョウコがさっそくガイドブックを開いた瞬間、キャロライン・エルヴィラ・ハンター(きゃろらいん・えるう゛ぃらはんたー)の手がページの上にかざされた。
 怪訝な顔をするチョウコに、キャロラインは明るく笑って言った。
「アメ〜リカのことなら、あたしに任せて! ロスも頻繁に来てたわけじゃないけど、おもしろいトコ知ってるよ!」
「アンタ、ここの出身?」
「生まれは中西部のサウスダコタ。さ、こっちこっち!」
 キャロラインはチョウコの腕を掴むと、グイグイと引っ張って歩き出す。
 どこへ行くとチョウコが聞いても、
「いいからいいから」
 と、軽く返すのみ。
 ポカンとして見ているロサンゼルス組に、チョウコは掴まれていないほうの手を振って声を張り上げた。
「後で合流しような〜!」

 そんなわけで到着したのはダウンタウン。
 ずっと早足に歩き続けてきたキャロラインが、不意に足を止めてチョウコへ振り向く。
「アメリカと聞いて思い浮かべるスポーツは!?」
 勢いよく聞かれて戸惑うチョウコ。
「え……えっと、野球!」
「NO! 他は?」
「何!? じゃあ、アメフト!」
「NO! 次!」
「えぇ!? う〜ん……この分だとサッカーやゴルフでもないんだな?」
「ふふっ。コレよコレ!」
 キャロラインは弾んだ声で言うとチョウコを離し、地面に手をついてカウントを取り始めた。
「3! 2! 1! レッスル! レッスル!」
「れっする……?」
「かけ声よ! とにかく、もうわかったでしょ?」
「プロレスだな?」
「その通り! アメリカに来てプロレス見ないとかありえないから! さ、行くよ」
「ちょっ、まっ」
 キャロラインはチョウコにスリーパーホールドをかけ、目的地の屋内競技場へ引きずっていく。
 チョウコは助けを求めるようにトーマスへ手を伸ばしたが、彼女はニコニコしながらアメリカ国旗を振るだけだった。
「シャロンは筋金入りのプロレスマニアよ。空軍時代も地元に興行が来たら欠かさず見に行っていたらしいし、基地内で同好会も主催していたらしいわ……あら? シャロン、大変よ。気絶しちゃったわ」
 大変と言いつつも落ち着いた様子でキャロラインを呼ぶトーマス。
 ヤバッ、と慌ててキャロラインはスリーパーホールドを解いた。
 二人は気まずそうに顔を見合わせていたが、すぐにカラッと笑って言った。
「起こせばいいんだよねっ」
「ええ、そうね」
 頷き、そっとチョウコを揺さぶるトーマス。
「チョウコくん、起きなさい」
「ん……んはぁ! 首を絞めるなぁ!」
 跳ね起きるチョウコ。
「ごめんって。もうすぐ着くから行こう」
 キャロラインの言う通り、目的地にはすぐに着いた。
 ここでチョウコは、音楽部の新たな可能性に出会う。
 プロレスラーの入場曲だ。
「大きな大会だと、ミュージシャンはレスラーの曲を生演奏したりできるの」
「生演奏か。腕の見せ所だな。下手な演奏をすると試合がぶち壊しだ」
「気に入ってくれた? ねぇ、この熱狂と情熱の中でやってみたいとは思わない? 込み上げてくるもの、感じない?」
「ふ、ふふふふ……プロレスラーも勧誘してみるか。興行やってんならオアシスにも来てもらおう! まずはメルアドの交換だ!」
 新たな格技場が必要になったな、とチョウコの野望が増えたのだった。

☆ ☆ ☆


 テキサス州──。

「巨大なビルが……でも、ボクが会いたいのはカウボーイ」
 桐生 円(きりゅう・まどか)の呟きは、忙しなく行き交う自動車の音にかき消された。
 そんな彼女に、たまたま目的地が同じになった種もみ学院生がガイドブックを広げて言った。
「俺、これ知ってるぜ。NASA! 打ち上げの瞬間見れるかな?」
「さあ、どうだろう」
「この肉料理もうまそうだな。行こうぜ」
「ボクもお肉は好きだよ」
「そうかそうか! だがチビッコは野菜もちゃんと食わねぇと大きくなれねぇぞ。ピーマンとか色の濃い野菜な! ……と、農場のおばちゃんが言ってたぜ」
「君達、まだ懲りないみたいだね。この前はけっこう酷いことしちゃったから、今日はお詫びにサポートしようと思ってたんだけど……」
 円の目が妖しく光った時には、種もみ学院生の姿は影も形もなくなっていた。
 逃げ足だけは早い。
 円は軽く舌打ちすると、牧場を目指した。

 カウボーイと言っても、ロデオではない。
 以前の危機で仕事や家畜をなくした人達が対象だ。
「いると思うんだよねー、そんな人。できれば、ぽにーてーるで、頭文字で沈黙がついてそうで、素手でイコンを壊せそうで、セカールさんって名前の人いないかなぁ」
「ずい分具体的だな」
 いつの間に戻ってきたのか、種もみ学院生が円と一緒に歩いていた。
「知り合いか?」
「ううん。でね、その人きっと保安官なんだ。ん……金髪でカウボーイハット被って馬に乗って、リボルバーぶっ放すようなイケメンもいいな!」
「本当に知り合いじゃないのか?」
「ううん、違うよ。──他にも、放牧技術とか、農業やってる人もいいかもねぇー。後は貿易とか、開拓したい人もなじむかもー」
「うん、そうだな。そういう奴らは頼もしいな」
「そうだよねー。まぁ、いきなりは見つからないと思うから、気長に回ってみよう」
 こんな会話をしながらバスに乗ったりヒッチハイクしたりしながら広い農場へやって来た。
 隣の家が見えないくらいの広大な土地の持ち主がいるようなところだ。
 そして見つけた寂れた牧場。
 牧場面積のわりに家畜がずい分少ない。
 円は臆することなく家を訪ねた。
 いきなりやって来た異国の少女とついて来たいかつい種もみ学院生達に、主人がライフル銃を向けてきたりと出会いで一悶着あったが、訪問の理由を話すとそれなりに納得してくれた。
「パラミタねぇ。そこに行けば何とかなる保障でもあんのか?」
 こう聞いた主人の顔には、危機以来すっかりダメになってしまった家業の疲れがにじんでいる。
 避難の際、彼は家畜を放していた。
 結果としてパラミタが落ちてくることはなかったが、放した家畜を取り戻すのはほぼ不可能に近かった。
 家族は誰も責めなかったが、一家の主として気に病んでいた。
「少なくとも、ここにいるよりはマシだと思うよ。懐が広いから雇用もあるし。何より荒野は物価が安いしね。ま、文明的には遅れてるけど、この国だってそうやって発展してきたんだよね?」
「一からやり直せってか?」
 主人は難しい顔でしばらく考え込んだ後、こう答えた。
「じきに息子らが帰ってくる。話し合って決めるから連絡先を教えてくれ」
 なかなか良い手ごたえではないだろうか。
「息子さんは俺らの種もみ学院がいつでも歓迎するぜ! 身ひとつで来てくれてかまわねぇ」
 学院生がそう言い残して、円達は家を後にした。
「保安官でもイケメンでもなかったけど、まあいいか。さ、次行こー。ついでに賞金稼ぎにでも会えるといいなー」
 円達は賑やかにおしゃべりをしながら、広い大地を歩き始めた。

☆ ☆ ☆


 ネバダ州──。

 家族で遊びに行けるカジノのある地。
 そこで、ジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)は警戒と好奇の目にさらされていた。
 3メートルの巨体は立ってるだけでも威圧的だが、それが歩いているのだ。
 人々は自然と道を開けていた。
 しかし、ジャジラッドにはどうでもいいことだ。
 彼は自らが目指す『ドージェ・カイラス国立記念遊園地』開園のために、ディーラーを探しに来ていた。
 なぜディーラーなのかというと、子供から大人まで楽しめるリゾート施設には、カジノは欠かせないと考えたからだ。
 しかし、ただのディーラーはいらない。
(このオレを目の前にしても動じずにまっすぐ目を見て話せる奴。それくらい肝の座った奴がいい)
 そう思い、ディーラー養成学校の前まで来たのだが……。
「チッ。軟弱者ばかりか」
 ジャジラッドとは誰も目を合わせようとしなかった。
 それでも粘り強く待つこと数時間。
 彼に声をかけてくる者がいた。
 髪も髭も真っ白になった老紳士だ。洒落た帽子の下からジャジラッドを見上げる目は鋭い。いろいろなものを見てきた者の目だ。
 彼は言った。
「若い学生を怯えさせんな。話があるなら聞いてやる。ついて来い」
 老紳士の声はしっかりしている。
 ジャジラッドは彼について行くことにした。
 やがて着いたのは小さなパブだった。
 席に着き、ビールを注文すると老紳士はさっそくジャジラッドに尋ねた。
「用件を言う前に聞いておきたいことがある。おまえは契約者か?」
「いいや」
「では知り合いに契約者はいるか? ネット契約者でもいい。契約したもののまだ会ったこともないとかな」
「さあ……わしの周りにはおらんな」
「そうか。まあいい。──本題に入ろう。オレはパラミタに開園予定のカジノのディーラーを探している」
「パラミタにディーラーはいないのか?」
「オレのいるところは少しばかり変わっててな。4以上の数を数えられる奴が少ない……」
 老紳士は驚きに目を見開いた。
「そこで、カジノで有名なここに来たのだ」
「……こう言っちゃ何だが、そんな未開の地にカジノなど作れるのかね?」
「フ。シャンバラ大荒野だ。不毛の地ゆえ確かに未開の地と言えるが、逆に大きなものを作ろうと思えば作れるだろう? このラスベガスだって砂漠の中に栄えている」
 なるほど、と老紳士は頷いた。
「本当は若くて美人のディーラーがほしかったが、おまえでもいい。オレと一緒に来ないか?」
「そのカジノ、開園までは時間がかかりそうだな?」
「まあな。無理矢理連れて行こうとは思ってない」
「見かけによらず……か」
 ククッと笑う老紳士に、ジャジラッドもニヤリと笑う。
「こういうのには信頼関係が必要だろう?」
「わしの知り合いにも声をかけてみよう。運が良ければ、おまえさんがほしい若い美人が来るかもな。わしの名前は登録しておいてくれよ。引退したとはいえ、有名ホテルでディーラーをしていた身だ。新天地でもう一花咲かすのも悪くない」
 二人は連絡先を交換しあった。

☆ ☆ ☆


 ハワイ州──。

「これが海かー! パラミタ内海とは違うんだろ?」
「人もいっぱいいるし、ここならいいだろ」
 すごいすごいと無邪気に感心する種もみ学院生に、泉 椿(いずみ・つばき)は少し笑う。
「じゃ、ここからは自由行動にしようぜ」
「ヒャッハー! 遊ぶぜェ! おっ! 綺麗なおねーちゃん発見!」
「うまいもんねぇかな〜」
 男子達はたちまち好き勝手な方向に散っていった。
 女子はというと、ガイドブックを広げてのぞき込んでいる。
 聞こえてくる内容から、数人で固まって移動らしいことがわかった。
「椿はどこ行くの?」
「あたし、フラドレス着てみたいんだ。だから店を探すよ」
「フラドレスって、この綺麗な服だよね? あたしも行く! そんで素敵なカレシ作るんだ〜」
「あたしもイケメンに会えたらいいな」
 こんなわけで、出会いを求める種もみ学院生の女子と一緒に歩き出したのだった。

 椿は大輪の花の模様の色鮮やかなフラドレスを着て、ビーチを歩いていた。
 世界でもトップクラスのビーチで、海水浴、ボディボード、日光浴、シュノーケリングなどをいつでも楽しめる。
 明るく陽気な雰囲気に、自然と鼻歌を歌ってしまう。
「やっぱここを選んで正解だったぜ。あっ、いいカンジの奴、みーつけたっ」
 二人組の若い男を見つけ、椿はさっそく駆け寄っていく。
「おーい、そこのお兄さん!」
 ひらひらとドレスの裾をなびかせて走ってくる椿に、最初こそ驚いた様子の二人組だったが、すぐに人懐っこい笑顔になった。
 椿好みのイケメンで、地元の人のようだった。
「ボディボードに来たのか? ……あっ、あたしは泉椿。よろしくな! さっそくだけど電話番号とメルアド……じゃなくて、あたしと一緒にパラミタの学校へ行かねぇか?」
「パラミタ?」
 二人の若者はそろって空を見上げた。
「そう、そのパラミタ。楽しいことがたくさんあるぜ♪ 強くなれるしな」
「へぇ! 行く行くー」
「今から行く?」
 二人はあっさりすぎるほどに椿の誘いに乗ってきた。
 逆に椿が呆気にとられてしまうほどだ。
「えーと、誘ったあたしが言うのも何だけど、そんな簡単に決めていいのか?」
「いいのいいの。いつかは自立しないとダメだから。椿が来たのがいいチャンスだ」
「でも、契約しないと行けないって聞いたぞ」
 片方が言ったもっともな疑問にも、椿は頼もしい笑顔で応じる。
「小型結界装置があるから、当面はそれで頼む。パートナー探しも手伝うよ。本当に来てくれるなら、あたしが責任持って面倒見るぜ」
「やった! それじゃあ、椿がここにいる間は俺達が面倒見るよ。案内しよう、こっちこっち」
「えっ? え!?」
 椿は二人にぐいぐいと手を引かれ、ビーチから離れていく。
 ひょっとして変なところに連れ込まれるのではと警戒して思わず踏ん張った時、気がついた若者が苦笑して言った。
「行くのは、友達の女の子のとこ。誤解しないで」
「よかったら、その子達も誘ってよ。みんなで行ったほうが楽しいだろ?」
 こうして椿は陽気でお気楽な友人を得たのだった。