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種もみ学院~環太平洋漫遊記

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種もみ学院~環太平洋漫遊記

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青い海と宝石の夜空


 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)に教えてもらい、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)はパラオのカヤンゲル環礁を訪れていた。
「きれーい! 見て、この海水の透明度! 一度来てみたかったんだ!」
「エースにちゃんと礼を言っとけよ」
「パラミタ内海の青も素敵だけど、こっちも素晴らしいよね。どっちも好きだなぁ」
「聞いてるのか?」
 南国の日差しを反射し眩しく輝く海に感動しきりのルカルカは、ダリルの話をBGM程度に聞いていた。
 ダリルもそれを察し、話は後にすることにした。
 実際、彼にとっても息を飲むほどの絶景だった。
 やさしい色合いの白い砂浜、明るいエメラルドグリーンの海、その水平線と接するコバルトブルーの広大な空。
 ふと、自身もこの光景に溶け込んでしまいそうな錯覚をおぼえる。
 そうこうしているうちに、ルカルカは飛沫をあげながら砂浜を海へと駆けていた。
 ここで思い切り泳ぐつもりでルカルカはウォータブリージングリングをはめてきていた。
 おかげで水中でも難なく呼吸ができる。
「いるといいなー。一緒に遊びたいよ」
 ルカルカが期待するのは野生のイルカ。
 ダリルによると、ここにいるのはハシナガイルカというらしい。かなりの広範囲を移動しているため、会えるかどうかはわからないとか。
 しばらく泳いでいると、ずっと先のほうに何かがいるのが見えた。
 泳ぐ勢いを強くして接近すると、それは会いたかったイルカ達だった。
「イルカさーん!」
 もともと人懐こいのかルカルカの好意が伝わったのか、イルカは彼女とつかず離れず遊ぶように泳ぐ。
 その内の一頭がくるりと旋回してルカルカの後ろにまわると、彼女を背に乗せるようにして海面上へ飛んだ。
「きゃあ!」
 と、思わず叫んだ直後には再び海の中。
 何度かそんなふうに遊んだ後、イルカと別れて海面に顔を出すと、ダリルが機晶サーフボード「アクアウインド」で楽しんでいる様子が見えた。
 ルカルカは手を振ってダリルを呼んだ。
「ルカにもそれ貸してー!」
 二人で交代でサーフボードで海面を疾走し、時にはわざと飛沫を浴びせて遊び倒した後は、それに体を預けて、ただ波の上を漂った。
「最高の旅行だよ。こういう休日大歓迎! また来たいな♪」
「俺にも異論はない。次回はカルキや淵も連れてきてやらねばな」
 拗ねている二人でも思ったのか、ダリルは小さな笑みを浮かべた。
 ふと、ダリルに疑問が生じた。
「ところで、突然地球に誘ったのは何か理由があったからではないのか?」
「……あ」
「今、やばいと思ったな? 何を隠している?」
「隠してるってわけじゃないんだけど……」
 ルカルカは瑛菜から聞いた、種もみ学院のことを話して聞かせた。
 聞き終えたダリルは、呆れ顔で大きなため息をついた。
「……何故そんな重要な用件を忘れるんだ、このたんぽぽは」
「た、たんぽぽ……うぅっ、ごめん」
「俺に謝っても仕方ないだろう。そもそもここに人なんかいないだろ」
 確か島民は約100人だったか、と呟くダリル。
「観光だけでもいいと瑛菜は言ったらしいが、事情を聞いてしまったからな……」
 ダリルは何かを考え込む様子。
 じっと見守るルカルカと目が合うと、これだ、と頷く。
「お前、責任とって在籍しろ」
「えー!」
「えー、じゃない。創世学園に籍があるのと同じだ。俺はそうだな……担当医でもやるか。戻るぞ、瑛菜に連絡する」
「あっ、ダリル……うわっ」
 善は急げとダリルはルカルカを置いて、携帯を取りに岸に戻っていった。
 その際、ルカルカは急に動き出した機晶サーフボードに弾かれるような形にされたのだった。

 同じ頃、エースとリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)はボートで環礁を堪能していた。
「地球って、ビルだらけで車だらけって思ってたけど、こんな素敵なところもあるのね!」
 リリアのはしゃいだ声にエースも楽しそうに微笑む。
「今日は運が良かった。天気が良くないとこのカヤンゲル島には渡れないんだ。──ほら、ボートの波に誘われてイルカが寄ってきた」
「かわいい! あっ、跳ねた!」
「今日はイルカもご機嫌だね。歓迎してくれてるのかな。リリア、潜ってみようか」
「海の中も美しいのかな?」
 もちろん、とエースは頷いた。
 シュノーケルを装備して潜った海中世界は、地上の景色とはまるで違った優美さを持っていた。
 エースとリリアは身振り手振りでそれを伝え合う。
 色鮮やかな南国の魚も繊細で芸術的な珊瑚も、いつまで見ていても飽きないものだった。

 夜は四人でキャンプをして過ごす。
 ルカルカに「お腹がすいた」と急かされながら料理するダリルを、エースが手伝う。
「君達は所属的に野営することも多そうだけど、今回は敵の警戒もいらないからゆっくり寝てくれ」
「そうだな。のんびりした夜もなかなか貴重だな。──よし、できた。定番のカレーライス」
「いい香りだ。待ちわびてる姫達も喜ぶだろう」
 文句は言わせない、と笑みを浮かべるダリル。
 食事中の話題の中心は、やはりこの島の自然についてだった。
「同じ音でも、風にそよぐ葉の音や鳥のさえずりは不思議と耳に心地良いね」
「元気をたくさんもらったわ」
 花妖精のリリアは、特にここが気に入ったようだ。
 陽はすっかり沈み、空には代わりに月と星が輝いている。
 エースはそれを眺めながら、この国の国旗を思い出していた。
「太平洋の海を表す青色に、黄色い満月か」
 どちらも、この自然をよく表している。もちろん他にもさまざまな意味が込められているのだが。
 夕食の片づけも終わった頃。
 リリアとダリルは星明りの下の砂浜をゆっくり歩いていた。
「昼間の上からの眺めも良かったけど、夜の星空も素敵ね。ここは本当に、何もかもが素晴らしいと思わない?」
 ダリルは同意するように微笑む。
 昼間、二人は一緒に空からの眺めを楽しんだ。
 ダリルの空飛ぶ魔法で自由に宙を漂いながら、深い蒼色の海と淡い白に浮かび上がるサンゴ礁の色の対比はパラミタではまだ見たことがない。
「パラミタと似てるけど違う星なのよね。ダリルは地球の星座のことも知ってるの?」
「あのへん」
 と、ダリルが空を指す。
「南十字星じゃないか?」
 南十字星というのは……という説明から、だんだん専門的なものになっていったが、リリアは楽しそうに耳を傾けていた。



音楽を通して


 タイの国道をローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が運転するレンタカーが走っていた。
 同乗者はエリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)熾月 瑛菜(しづき・えいな)
 さらにもう一台借りた乗用車には、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)もいる。
 瑛菜が東南アジアの音楽に興味を持っていると知ったローザマリアが、ロニアット・アエックという打楽器を紹介したのだ。
 観光も含めてローザマリアが勧めたのは、チャンタブリー県とトラート県の真ん中くらいにある港町だった。
 ここならタイの音楽やラナートといった楽器に加え、国境の近いカンボジアの楽器であるロニアット・アエックにも会えると思ったのだった。
「ぅゆ……アテナ、来れなかったんだ、ね。元気?」
 仲良しのアテナに会えなくて残念そうにしているエリシュカに、瑛菜はすまなさそうに言った。
「うん、ごめんね。おみやげ買ってくつもりだから、よかったら一緒に選んでほしいな」
「うんっ」
 タイにはどんなものがあるのかな、とアテナと瑛菜はガイドブックを開いた。
 二人がおしゃべりしている間に目的地に着いたようだ。
 まずは荷物を置くためにホテルへ入ると、伝統楽器による演奏が出迎えてくれた。
「木琴に似てるね。あれがラナート?」
「そうよ。瑛菜、荷物を置いたら市場に行きましょう」
「おもしろいものがありそうだよね。呼雪達も行くだろ?」
「ああ。せっかく来たんだから、見れるものは全部見ておかないとな」
 瑛菜はその返事に嬉しそうに頷いた。
 そして繰り出した市場。
 田舎町とはいえ、それなりに賑わっていた。
 日本やアメリカ、パラミタでは味わえない食べ物や工芸品に興味を引かれ、あっちへこっちへと気の向くままに歩いていると、どこからか音楽が流れてきた。
 ホテルで聞いた音と似ている。
 音楽に誘われて音のするほうへ行くと、二人の奏者がラナートを叩いていた。
 エリシュカはその楽器の形を見て言った。
「はわ……船みたいな形、ね」
「うん。叩き方も木琴より穏やかだよね。撫でてるみたい。それにほら、この二つは音域が違うよ」
 瑛菜の指摘にローザマリアが説明した。
「ラナートには高音と低音があるの。高音のはラナート・エク。低音のはラナート・トゥムというのよ。他には鉄琴もあるわ」
「へぇ、詳しいね!」
 瑛菜は感心した様子でローザマリアを見た。
 演奏が終わると瑛菜は大きな拍手をして奏者達に話しかけた。
「初めて聞いたけど、とても綺麗でやさしい音だね」
「ありがとう。観光?」
 奏者の一人が愛想のいい笑顔で聞いた。
 答えたのはローザマリア。
「ええ。ここの音楽に触れるのが中心の観光なの。もっと聞かせてくれるかしら」
「あたし達も音楽やるんだ。だから、知らない音に触れるのはすっごく刺激的で楽しみなんだ!」
 会話が弾む横では、エリシュカが念のために海洋特殊強襲偵察群【SBS】に周囲の警戒を頼んでいた。
 無警戒でいられるほど安全ではないからだ。
 何かが起こるなど滅多にないだろうが、未然に防げるならそれに越したことはない。
 それから数曲が終わると彼女達はすっかり打ち解けていて、いつの間に一緒にやることになったのか、ローザマリアと瑛菜がギターを準備していた。
「楽しくなってきたね!」
 うきうきとした気持ちを隠せない瑛菜。
「うゆ、エリーはどうしようかな……」
 さすがにドラムセットは持って来れなかった。
 すると、近くのレストランからロニアット・アエックが運ばれてきた。
「こいつも混ぜてやってくれ! 誰か弾ける奴いないか?」
 そう言った男性はレストランの主で、開店前の今は、まだ奏者が来ていないのだという。自分では弾けないが、この即興のライブには加わりたいということらしい。
 もちろんこれにはエリシュカが真っ先に手を挙げた。
 ドラムとは全然違うが、店の主から簡単に叩き方を教えてもらった。
「はわ……ラナートに似てるけど、音は違うんだ、ね」
 新鮮な感触にエリシュカも気持ちが高ぶってきているようだ。
 呼雪もハーモニウムで参加することになった。
「いったいどんな音楽になるんだろうね」
 楽しみだと笑うのはヘルだ。
 気がつけば周りは人でいっぱいで。
 楽譜もなく共通で知っている曲もなかったが、ラナートをメインにそれぞれの楽器がお互いを尊重するように重なっていく。
「何もかもが違っても、メロディ一つでわかりあえたりするのよねぇ」
 うっとりとした見物人から出たこの言葉が、ここにいるすべての人の様子を見事に表現していた。

☆ ☆ ☆


 タイの港町で別れを惜しみ惜しまれながら一行が次に向かったのは、インドネシアのジャカルタだった。
 タイもそうだったが……。
「暑い」
 車を降りたヘルは正直に言った。
 ヘルほど素直に口に出さないが、呼雪もその気持ちはよくわかった。
「ここもやはり日本とはだいぶ違うな。同じアジアなんだけど」
「でも共通点もあるんだよ。納豆や寿司のルーツは東南アジアだって言われてるんだって」
「熾月、そのカンペは……」
「あっ、見るなっ」
 瑛菜はガイドブックに挟んで隠していたカンペを発見され、慌てて本を閉じたがもう遅い。
 呼雪やヘルだけでなく、ローザマリア達にも笑われてしまった。
 瑛菜は大きな咳払いをして無理矢理に話題を変える。
「そういえば、ここで種もみ学院の連中と合流しようって言ってたんだけど……」
「いないな」
 目立つモヒカンやリーゼントはどこにもない。
「ま、いいや。こっちはこっちでやろう」
 瑛菜はあっさり諦めた。
 呼雪の提案で彼らはガイドを依頼することにした。
 ガムランが演奏されている場所を中心に案内してもらう。
 ガイドが連れていってくれたところは、ヤシのように背の高い木々の木陰で、ガムラン奏者達が練習に励んでいる広場だった。
 青銅楽器と竹製楽器の音が賑やかに聞こえてくる。
 それらの音にヘルは苦笑した。
「ガムランてやっぱり、体の芯にゴンゴン響いてくる感じ?」
 ヘルは静かな雰囲気の音楽が好きだ。
 特に呼雪のピアノはお気に入りだ。
「確か、ホッとするような曲もあったはず……」
 旅行前にいくつか聞いてきた中にそういうのがあったなと呼雪が思い出していた時、広場の中に見たことあるような人影があった。
 個人的に知り合いというわけではない。
 呼雪は、ガイドとガムラン楽器の素材について話している瑛菜を呼んだ。
「あれはもしかして……」
「あ! 種もみの……! 何か、なじんでない?」
 特徴的なモヒカンやリーゼントが、奏者に混じって楽器に触れている。
「何を話してるんだろう」
 こっそり近づいて聞いてみると……。
「なあ、向こうの踊りやってるねーちゃん、美人だよなー。あんたの好みは誰だ?」
「試しにやってみるか? スルントゥムとボナン・パヌンブン、どっちがいい?」
 まるで通じていなかった。
 どちらも好き勝手にしゃべっている。
 見かねたヘルが通訳に向かった。
 とりあえず仲良くやってるようなので、放っておくことにする。
 呼雪は瑛菜とガイドの会話に加わった。
「あの大きな銅鑼は、縁起を担いで吉日に作られると聞きましたが」
 と、聞いてみるとガイドは頷き、
「もとは祭器として使われていたのが理由と思われます。青銅楽器よりも最近は竹製楽器の制作に苦労していて……」
 こんな感じで、呼雪の熱心な質問にガイドは知っている限りの知識を教えてくれた。
 それから彼らは、ここの先生を訪ねた。
 呼雪がリュートを見せてセッションを申し込むと、おもしろそうだと乗って来てくれた。
「ふふっ。タイの時とはまた違う音楽になりそうだね」
「種もみ学院の人達はどうしようか?」
 ギターケースを開けた瑛菜に聞いた呼雪に答えたのは、通訳を買って出ていたヘルだった。
「ここの奏者達と一緒にやるってさ〜」
 問題なしのようだ。
 ローザマリアもギターの音を調節すると、エリシュカは今度は銅鑼のような金属楽器に挑戦することにした。
 楽譜まで見せてくれたのだが、音階がまるで違うのことに瑛菜は驚いていた。
 簡単に説明を受け、先生の合図で曲が始まった。
 ゆらぎを特徴とする不思議な音の世界を感じながら、呼雪は自身の演奏への姿勢の変化を改めて思い返していた。
 音楽の輪に、いつしか踊りを練習していた女性達も加わり、世界はとても華やかになっていく。
 その日のホテルの部屋で、呼雪はヘルにこの気持ちを打ち明けた。
「かつての俺にとって、演奏とはその楽器と自分が語らうだけのものだった。けれど、今はそれだけでなく、他者と世界と繋がることもできるのだと感じているんだ」
「わかるよ。僕は呼雪のピアノを聞くと、いつも呼雪を感じるもの。ああ、今日は嬉しいことがあったんだなとか、辛いことがあったんだなとか」
 そう言って、甘えるようにくっついてくるヘルの頭を、呼雪はやさしく撫でたのだった。