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機晶姫と夜明けの双想曲 第1話~暗躍の連続通り魔事件~

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機晶姫と夜明けの双想曲 第1話~暗躍の連続通り魔事件~

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■動き出す暗躍
 ――とある場所の奥深く。明かりも満足に付いていないその部屋に、二つの人影があった。
 ひとつは大柄な甲冑鎧姿の影。そしてもう一つの影は……薄明りでよく見えづらいが、その造形はクルスそのものと言っても過言ではない。
「……そろそろ新しい人員を増やそう。多いに越したことはないからね」
 甲冑鎧でないほうの影がそう呟く。甲冑鎧はただ静かにたたずみ、相方に同意の意思を伝えていった。
「同じタイプの作業員でいいかな。まぁ、いつも通りにやれば大丈夫か」
 あっけらかんと、そして無邪気に犯行計画――といっても、とても粗末なものだが……を、練り始める。まるでどこかに遊びに行くかのような感覚だ。
 しかしその雰囲気には一部の隙すら見受けられない。やることは既に決まっている、意思の強さの表れがそこにはあった。
 ……少しの会議を経て、二人は部屋を出ていく。今夜の行先が決まったようで、その場所へと向かっていったのであった……。


 時刻は既に深夜を回り、街の明かりは徐々にその明るさを消していく。この時間ともなると、深夜営業の飲み屋なども次々と店じまいしていっているようだ。……通り魔事件のこともあり、客足が遠のいているのも原因の一つなのかもしれないが。
 それに合わせ、人通りも少なくなっていく。この時間に出歩いているのは、閉店寸前まで飲んだくれている酔っ払いか、よほどの物好き……そして、通り魔事件の犯人を捕まえるべくおとり捜査を行っている契約者や特殊9課候補生たちであった。
 ――それぞれのタイミングでおとり捜査を始めてから数日。空京やヒラニプラを中心に、犯人が次に事件を起こしそうな裏通りを調べたりなどして犯人をおびき出そうとしていたのだが、その成果は芳しくない状況だった。
 無差別、無秩序に犯行を起こしていることが災いしてか、正確な犯行日時や犯行場所を掴むことが難しい状態が続いていた。特殊9課側は候補生たちの働きによってある程度の犯行範囲を見出すことに成功はしているものの、より正確な情報は以前調査中のままである。
 独自捜査やミリアリアから依頼を受けて動いている契約者たちに至っては、もはや噂を頼りにしてのしらみ潰し的な調査がメインとなっている。……リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)もまた、ミリアリアから依頼を受けてクルスの無実を証明するために調査を行っていた。
「噂によれば犯行の大部分は深夜、このくらいの時間に行われてるはず。犯人に接触できればいいんだけど」
 武器を持たないスタイルで、裏通りを歩いていくリカイン。……そのリカインの頭にはシーサイド ムーン(しーさいど・むーん)が優雅なカツラライフを過ごしており、リカインに何かあればその時に応じて状況判断をする算段でいるようだ。ちなみに、ムーンが頭に乗っかっていることはリカインは知らずにいる。
 ――暗がりの道を調べながら進むリカインであったが、ふと感じた気配によって足を止める。……裏通りの奥から、二つの人影が近づきつつあった。その影はそれぞれ大小はっきりしており、暗がりからではその表情を伺いづらい。
「――お前、機械とか機晶技術に詳しい奴か?」
 ……リカインはその声に聞き覚えがあった。ミリアリアの想い人であり、デイブレイカー事件における関係者……クルス、そのもの。雲に隠れていた月が姿を現すと、その月光によって人影もまた露わになり――クルスの姿を映し出す。
「……残念だけど、そこまでは」
 まさか自分に当たるとは思わなかった雰囲気を見せ、ひとつ後ずさりしながらも相手をしっかりと観察する。声をかけてきた背の低いほう……つまり、クルスと同じ姿をした存在は、まさにクルスの生き写しと言わんばかりである。姿形はもちろんのこと、声も同じであり、完全に本人と間違えても仕方ないレベルだ。
 そして隣にいる大きい体格の甲冑鎧。……その背には大きな両刃斧を担いでおり、機械とも思わせるような雰囲気を漂わせている。一切の言葉……否、呼吸すら感じさせないそれはもはや人間ではないと見たほうがいいであろう。
(対峙してわかった……やっぱり、クルス君たちは犯人じゃない。それじゃあ、この二人は一体……!?)
 何度かクルスやモニカと会っているからこそわかる、二人から感じる違和感。片方は一切の生気を感じさせず、そしてもう片方には……クルス特有の無垢さがまったくない。
「そう。――じゃあ用はない、動けなくしろ」
 目的のものでなかったのか、クルスと同じ存在はため息をつくと……甲冑鎧へ目で合図を送る。すると、甲冑鎧は背に担いでいた両刃斧を手にすると、殺気も何もないままリカインへ斧を振り下ろしていく!
「―――!?」
 しかし瞬間、リカインは『トリップ・ザ・ワールド』を展開して甲冑鎧の攻撃侵入を防ぐ。半径1メートル……リカインが展開に集中する限り存在する、絶対不可侵の特殊フィールドだ。
 そしてそのフィールド内ではリカインが認めたもの以外の侵入を一切拒む。……当然、それは頭部に乗っかっているムーンにも適用されるわけで……。
「……っ!」
 ――激しい勢いと共に、リカイン後方へと一気に吹っ飛ばされるムーン。リカインが気づいていないモノを認めている……なんて道理は通らなかったようだ。
 しかし、これはムーンにとっても幸運なことであった。今の状態ではリカインは防戦一方、《麻酔時計》による抵抗も考えたが聞くかどうかは一切不明。それならば、こうやって一気に戦略的撤退を行い、助けを呼んだほうが効率的と考えたからだ。
 そしてその幸運はまだ続く。ちょうど通りへ飛び出た際、通り魔事件の目撃者探しをしながら犯人の襲撃を待っていたエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)の二人とぶつかったのだ。
「おっと……!? なんだこれ……毛玉?」
「金髪のカツラのように見えるが。……ん、いや違うな」
 技士っぽい雰囲気の恰好をしていたメシエは、『ディメンションサイト』による周囲警戒によって裏通りの異変にすぐ気付く。そして同時に、金髪のカツラ……もとい、ムーンがギフトであることと助けを求めていることにも気づいたようだ。
「まさかここでビンゴとはね……! メシエ、連絡のほうは頼んだよ!」
「了解だ。連絡を終えたらすぐに加勢する」
 メシエに各所への連絡を頼み、エースはすぐに裏通りの中へと駆け込む。――そこにあったのは、甲冑鎧が振るう両刃斧の攻撃を『トリップ・ザ・ワールド』のフィールドで必死に受け止めているリカインの姿であった。
「増援か……! 今日は中止だ、戻るぞ!」
 エースの姿を見て増援が来ることを察知したのか、クルスと瓜二つの機晶姫――以下、偽クルスと称する……は甲冑鎧へ撤退指示を出す。エースの目的は通り魔事件の犯人を捕まえること。何としてでも撤退を阻止しなくてはならない。
「逃がすわけにはいかない! 『エバーグリーン』!」
 裏通りで健気に咲いている植物を『エバーグリーン』で活性化、増殖させて偽クルスへ絡みつかせることで動きを封じようとする。なんとか撤退を防ぎ、捕縛と共に特殊9課の増援を待ちたかった――のだが。
「―――!!」
 甲冑鎧が両刃斧を豪快に振り回し、襲いくる植物を一刀両断していく。どうやら、甲冑鎧は偽クルスの護衛を務めている感じのようだ。
「このままここを抜け――何っ!?」
 一気に裏通りを脱しようとした偽クルスと甲冑鎧であったが、その勢いは止まってしまう。……偽クルスたちを阻んだのは、同じく甲冑鎧に身を包んだ魔女の騎士モニカ、そしてエヴァルトと唯斗の3人だった。
「悪いがここはたった今封鎖された。間もなく各地でお前を探している特殊9課候補生たちが応援に駆けつけてくる! 大人しく捕まれ!」
 エヴァルトが声をあげて犯人二人へ警告する。――モニカを迎え入れて行われたおとり捜査中、ちょうど近くを通ろうとした時にメシエからの『テレパシー』による連絡を受けてここへ急行した次第である。無論、エヴァルトや唯斗を通じて、特殊9課候補生各員へ緊急応援要請が飛んでいったのは言うまでもない。
「――貴様が、姉やクルスを困らせていた張本人か。なるほど、その容貌ならばクルスに疑いがかかってしまうのも無理はない」
 モニカはそう言いながら、手に持った槍の柄を強く握りしめる。そして、その握りは怒りに震えていた。
「エース、クルスと『テレパシー』で連絡が取れた。どうやら康之と一緒にいるみたいだ……つまり、そこにいるのは確実にクルスの偽者ということになる」
 エース側のほうも、クルス、そして警察関係者であるエヴァルトへ『テレパシー』で連絡を送ったメシエが合流。本物のクルスが蒼空学園の寮で康之と一緒にいるのを確認したことを伝えると……改めて、リカインと共に目の前にいる偽クルスたちへ対峙していく。ちなみにムーンはこっそりとリカインの頭部に戻っているようだ。
 ……思わぬ形で挟み撃ちとなってしまった偽クルス。このままでは捕まるのも時間の問題、と苦虫を潰したかのような表情を浮かべる。甲冑鎧は偽クルスを守るようにして、殺気を持たぬまま両刃斧を構えて敵へ対峙している。
 しかし……事態は思わぬ乱入者によって、大きく変わっていくこととなる……。