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【冥府の糸】記憶都市の脱出劇

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【冥府の糸】記憶都市の脱出劇

リアクション


第一章

 厚い日差しと渇いた風に晒されたシャンバラ大荒野の真ん中に、忽然と現れた淡い光を放つ魔法陣。赤から紫へ変わるその光は人の心を引き寄せ、素知らぬ顔で近づいた者をその中へと取り込んでしまう。まるで標的を待つ食虫植物のようにじっとその時を待っていた。
 そんな魔法陣の射程ギリギリ外で国頭 武尊(くにがみ・たける)は舌打ちする。
「やはりダメか。直接行って確かめるしかないな」
 武尊が汗ばむ手で耳に当てた携帯電話からは、女性の澄んだ声が無慈悲な言葉を繰り返す。
『……この電話は現在電源が入っていないか、電波の届かない所にあるため……』
 シャンバラ大荒野の治安担当である恐竜騎士団。そこに届いた行方不明になった運搬業者の捜索依頼。団員である武尊は指令を受けて、すぐさま業者の進行ルート上に現れたという魔法陣に急行した。
「お待たせ〜。情報が届いたよぅ」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)が急ぎ足でやってくる。その手に握られた銃型HC弐式・Nには、行方不明になった業者の親族から聞き出した情報が送られてきていた。
「ありがとう。……確認した。他の皆にも共有を急いでくれ」
「わかったぁ」
 北都は魔法陣に乗り込もうとする生徒たちに情報を渡していく。彼らの大半は業者の所属する会社から直接依頼を受け、あるいは親族の頼みを聞いて参加を決めた者たちだった。
「それじゃあ行きますか」
 装備を確認した武尊は魔法陣の外郭を跨るように踏み込んだ。
 すると、身体が無重力状態に放り出されたような感覚に襲われる。
「っ」
次の瞬間、目の前が眩い光に包まれ、視界が真っ白に染まった。全身に感じていた気だるい太陽の熱も奪われた。肺は圧迫されたように息が詰まり、胸を抑えるがその手の感覚さえなかった。
そんな死をイメージさせられる感覚から解放され、全てが正常に戻った時――
「ここが……沈んだ都市か?」
見たこともない街並みが目の前に続いていた。
渇いた土を固めて作られた茶色い家々は、二階から三階ほどの高さがあった。ぽっかり空洞になった窓には、二色以上が交互に並ぶボーダー柄の日よけが付いていた。
「周囲に人の気配はないな。とりあえず上に上がってみるか」
 武尊は民家の壁を叩いて強度を確かめると、3−D−Eのワイヤーを上部に打ち込み屋上に上がっていった。
 そこから見える光景は衝撃的だった。
「街が沈むというのは本当だったらしいな。急いだ方がいいか」
 周囲を覆う流砂の滝。その無数の粒が徐々に都市を浸食しているのである。
 武尊は携帯で再び業者の番号を呼び出した。数秒後、画面が通話状態に切り替わる。
「おい、聞こえるか!?」
『きこ……たす……』
 耳を劈くほどの雑音交じりに男性の声が聞こえる。生存を確認することはできたが、詳しい場所を聞き出すことができない。発信機の反応は複数あり、通話相手の彼がどこにいるかは特定できない。
 その時、流砂に押しつぶされた建物が斜めに崩れ落ちた。携帯から聞こえる音が大きく、近くだと知らせている。
「向こうか!?」
 受信している発信機の方角を確認。急がなければ男性のいる場所が呑み込まれかねない。
「いま行く待っていろ!!」
 武尊は屋上の風化した床を全力で駆け抜けた。淵に足をつけ、思いっきり宙に躍り出ると、瞬時に状況を確認する。
「眼下に敵影確認。光学迷彩発動――」
 武尊の体が光の中へと消えていく。落下しながら民家に再びワイヤーを打ち出し、それを支点に通りを進行する影たちの真上を振り子状に駆け抜ける。
 風切音を感じた影は一瞬頭上を見上げるが、その目に武尊が映ることはない。
「このまま要救助者の元へ向かう」
 再び空中の放り出された武尊は、次のワイヤーを射出しながら街を見渡し避難場所を探した。

「セレン何か見える?」
セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は屋上から【ホークアイ】で周辺状況を確認するセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)に問いかけた。
「広場ではもう戦闘が始まってるみたいね。他の所でもそれらしいものは見えるけど……」
「どの辺? 必要なら迂回した方がいいわよね」
 上がってきたセレアナは詳しい状況を確認しながら発信機の場所へのルートを決めた。
 二人は道路まで戻ると、持ち込んだ装輪装甲通信車へと乗り込む。
「急ぐつもりだから振り落とされないでよ」
「大丈夫余裕よ」
 助手席に座ったセレンフィリティは鼻を鳴らして笑ってみせた。
「じゃあ遠慮なく」
 セレアナはハンドルを握りしめると勢いよくアクセルを踏み込んだ。構えていたセレンフィリティも驚く急発進だった。
 運転に集中するセレアナに変わって、セレンフィリティは二人で決めたルートを指示していく。直角の曲がり角を激突すれすれで、タイヤが甲高い音を立てて進むたび、セレンフィリティは何度も肝を冷やした。
「セレン出番よ」
「りょ、了解!」
 セレンフィリティは半身を乗り出して銃を構える。進行方向に複数の人型をした影が立ち塞がったのである。
 片方の手はしっかりと座席を掴んだまま、セレンフィリティは影めがけて引き金を引く。車体にしがみついてくる相手を振り払いながら、セレンフィリティは自身が振り落とされないか時々心配になった。
 ハンドルが勢いよくきられ、セレンフィリティの鼻先を渇いた土の匂いが通り過ぎていった。
「敵は振り落としたわね。あとはこの道を進むだけよ」
「そ、そう。よかった」
 影を振り切り安堵するセレアナ。セレンフィリティも別の意味で安堵していた。
 座席に深く腰を下ろしたセレンフィリティ。周囲に敵影はなく、気配も感じない。当分は大丈夫だろうと考え、発信機の反応と未だ雑音交じりの通信機を確認し始めた。
「危ない!」
 そんな時、セレアナが叫び声と同時にハンドルを勢いよくきった。突如道を逸れた車体はそのまま民家へと突っ込んだ。
「っ……何が起きたの?」
 訳がわからずにエアバックから解放されたセレンフィリティは頭を押さえながら運転席を振り返った。すると、セレアナが車を飛び出し、道路へと向かっていってしまった。
 セレンフィリティは車を降りてセレアナを探すと、道端で倒れた少年に駆け寄っていた。
「もしかして飛び出してきたの!?」
「ええ、怪我してるから手当しないと」
 少年は車が民家に激突した際に飛び散った破片で頭を打ったらしい。すぐ近くには血のついた小石が転がっていた。
「ひどいものじゃないから傷はすぐに治るわ。じっとしてあちょっと!?」
 少年はふらつきながら立ち上がると、よろよろと広場を目指そうとする。その瞳は虚ろで正気とは思えない。言葉にならない音を発しながら進む姿はゾンビを連想させる。
「もしかして誰かに操られてるの?」
「可能性はあるわね」
 放っておくわけにはいかなかった。少年を気絶させると、セレアナは改めて傷の手当を行う。
「これで大丈夫ね。後は安静にしていれば問題ないわ」
「うん。でも、ゆっくりはしてられないかも」
 セレンフィリティは抜けてきた曲がり角から姿を現した無数の黒い影を見つめていた。
「車はダメね。今から瓦礫をどかしていたら時間がかかりすぎるわ。回収は後回しにしましょう」
「じゃあ、徒歩ね。この子はあたしに任せて」
「ありがとうセレン。こっちよ」
 セレンフィリティは少年を背負うと、セレアナに続いて細い路地に入る。
「入り組んだ細い路地が進むわ。遅れて迷子にならないでよ」
「了解!」
 セレンフィリティは返事と共に後方へ銃弾を放った。