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争乱の葦原島(前編)

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争乱の葦原島(前編)

リアクション

   二

 葦原島のほぼ中央に位置するこの山は、正式な名称があるにも関わらず、誰もその名で呼ぶことがない。
 誰が呼んだか妖怪の山。妖怪やゆる族、変わり者の人間、幽霊や仙人、果てには宇宙人までが棲んでいるという。
 一雫 悲哀(ひとしずく・ひあい)カン陀多 酸塊(かんだた・すぐり)、アイラン・レイセン(あいらん・れいせん)の三名は、麓の村へとやってきていた。
 この山では、何千年もの間、食糧が尽きるといったことがなかったらしい。だが、ここしばらく、妖怪たちは力が増すと同時に食欲も増しているという。そして狂暴化している。
 その原因を突き止める必要がある、と悲哀は考えたのだ。
 だが村へ足を踏み入れるなり、異様な雰囲気に三人は息を飲んだ。人気がない――だが、四方から殺気が突き刺さる。
「どういうことだろう?」
 酸塊は不思議そうに呟いた。彼に首があれば傾げたろうし、眉があれば寄せただろう。
 ヒュッ、と音がして、酸塊の顔にこつんと石が当たった。
「イタッ」
 小さな物だったが、痛みはある。
「誰っ!?」
 酸塊が怒るや否や、またヒュッと音がした。続けて三投目。
「悲哀ちゃんっ、逃げるよ!」
 アイランは悲哀の手を取った。酸塊は素早く、悲哀の背にしがみつく。
 村の外へ逃げようとする三人へ向け、次から次へ石が投げつけられる。どういうことかは分からないが、村人が――もしくは、別の何者かが悪意を持っていることは確かだ。
「こっちです!」
 アイランは足元から聞こえた声に従い、村の近くの橋の下へ体を滑り込ませた。
「きゃっ」
 転びそうになった悲哀の口を、ごつごつとした手が塞いだ。
「しっ。危害は加えません。しばらく静かに――」
 甲羅のような手とはイメージが合わぬ童顔で、和泉 暮流(いずみ・くれる)は頼んだ。悲哀はこくりと頷き、酸塊は噛みつこうとするのをやめた。
 しばらくして、五人ほどの足音が近づいてきた。橋を渡り、「どうだ?」「見えねぇ」「どこ行ったべか?」「見つけたら、嬲り殺してやんべ」「取り敢えず戻るべ」といった会話を交わし、彼らは戻っていった。
 その内容に、悲哀もアイランも青ざめる。
 やがて彼らの気配が遠ざかると、その手が離れた。
「もう、大丈夫でしょう」
「――彼らは、一体」
「村人たちです」
「それは分かっています! いえ、本当に村の人たちなのですか!? 先日お会いしたときには――」
「私も驚いているんですが……」
 暮流は、パートナーの麻篭 由紀也(あさかご・ゆきや)瀬田 沙耶(せた・さや)と手分けして、漁火を探していた。暮流の担当はここ、妖怪の山だ。登らずとも、何かの情報を得ることは出来るだろうと、気軽に村人たちに話しかけたのだが、
「石を投げられまして」
「同じですね……」
「あの殺気立った感じ、この前の大蜘蛛と同じだった……」
 過日の登山で、悲哀と酸塊は大蜘蛛に捕えられた。その時は、蜘蛛型ギフトである酸塊を仲間と勘違いしてくれたので何とか逃れた二人であったが、人間である悲哀に対しては容赦のない殺気と、食欲を抱いていたようだった。
「……やはり、この件は誰かの意思で、時期を図って起こされた事象と考えるのが自然だと思います」
「私もそう思います。間違いなく――」
 漁火の仕業だろうと暮流たちは考えていたが、まだ証拠は何もない。
「誰かの意思で行われたものならば、それを起こした原因というものもあるはず。それを突き止めて、なんとかあの暴動を止めてしまわないと……このままでは怪我人が、もしかしたら死人が出てしまいます。そして、私の知ってる色んな人が傷ついてしまう可能性がある――そんなのは、嫌です」
「山に登ったところで、原因が分かるとは限りませんよ」
「分かっています」
「それに危険だ。村にすら入れない」
「それなら、反対側から登ったらどうだろうー?」
 アイランの提案に、暮流はふむ、と考え込んだ。妖怪の山の反対側は、酷く険しい獣道だという。以前登った人間が、遭難したという話もある。人の手が入らない分、妖怪の数も多いだろう。
 だが少なくとも、村人と争うことはない。
「――分かりました。とにかく、気を付けてくださいね」
 暮流に見送られ、悲哀たちは妖怪の山の反対側へと向かった。


 その頃、北門 平太(ほくもん・へいた)ニケ・ファインタック(にけ・ふぁいんたっく)は、夜加洲地方でも最も大きな青藍(せいらん)という町に着いた。
 指揮を一手に担っているゲイル・フォード(げいる・ふぉーど)は、援軍――になるかどうか分からぬが――を快く受け入れてくれた。
「夜加洲地方は、街道沿いに宿場町、外れたところにいくつか村があるが、人口はそれほど多くない。全てを合わせても、城下町を少し超えるぐらいだろう」
 もっとも城下町は出入りが激しいため、正確な人数は誰にも把握できていない。
「各地に飛んだ忍びによれば、街道沿いの町、その他の村、全てで小競り合いが起きている」
「広範囲ですね」
 ラップトップで地図を確認しながら、平太は目を丸くした。
「青藍での例を上げると、最初はちょっとした喧嘩だったそうだ。それが小競り合いになり、次第に周囲を巻き込んで大きくなり……最後に相手が官憲になった。取り押える役人たちも、どういうわけか必要以上に暴力的になり、結果」
「火に油、ですか」
 ぽつんと漏れたニケの言葉に、ゲイルは頷いた。
「更に盛大な油を注ぐことになりかねないので、今は少人数で取り押えることにしている。だが、このままでは町は破壊されかねないな」
「首謀者は?」
とニケ。
「いない。少なくともこちらは掴んでいない」
「城下町とは違うのでしょうか……」
「どうだろう。陰から操っている可能性もあるが……」
「あの、漁火さ――漁火って人は、いないんでしょうか?」
 ゲイルはかぶりを振った。彼も、平太とそのパートナーの出来事は知っている。
「残念ながら。ただ、手配書の人物を見たという話はある」
「じゃ、もしかして!?」
 平太の顔がぱっと明るくなった。が、
「手配されている人間は多いから、はっきりしたことは言えない。それにその報告者も」
 ゲイルは言葉を濁した。おそらく、暴れた末に捕まりでもしたのだろう。
 平太はがっくりと肩を落とした。元より、夜加洲に漁火がいるという確証があったわけではない。単に、城下町で鎮圧に当たるよりは、地方での情報収集の方が向いているだろうと、丹羽 匡壱(にわ・きょういち)レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が勧めてくれただけのことだ。
 それでもニケには、妙な確信があった。――いや、ニケにとっても縋りつきたい希望だったかもしれない。