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争乱の葦原島(前編)

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争乱の葦原島(前編)

リアクション

   七

 瀬田 沙耶は明倫館の敷地内にある、ミシャグジの洞窟にやってきていた。彼女としてはハイナを傍で守りたかったが、麻篭 由紀也の考えにも一理あると思ったのだ。漁火を捕えれば、問題は解決すると。
 それでもなるべくハイナの近くにいたかった彼女は、率先してミシャグジの洞窟を張り込むことにした。
 漁火は、まだ来ない。


「いやいやまさか、あんな会話が録音されているとはなー。モッタイナイ精神万歳」
 新風 燕馬(にいかぜ・えんま)は携帯電話を弄りながら言った。妖怪の山で落とした電話に、漁火と何者かの会話が録音されていたのだ。これは貴重な手掛かりだった。
 協力者の正体が分かれば、その人物から漁火の居場所も分かるはずだ。しかし、容疑者の大半が放校処分を受けており、当の相手の現在地が分からない。
 するとリューグナー・ベトルーガー(りゅーぐなー・べとるーがー)が、一つの推理を述べた。
「録音されていた会話の中に、聞き覚えのある声と話し方の人物がいましたわ。確か名前は第六式・シュネーシュツルム(まーくぜくす・しゅねーしゅつるむ)……パートナーは、明倫館の生徒ですわね」
「明倫館の人間が、漁火の共犯者ってことか?」
「漁火がベルナデット・オッド(べるなでっと・おっど)の身体を乗っ取って、逃げたことがありましたでしょう? その時、顔を隠した人物がいたのを覚えているかしら?」
 燕馬は寝ぼけ眼でしばし考え込み、「……ああ」と頷いた。本当に覚えているか甚だ心許ないが、リューグナーは続けた。
「その人物は顔を隠す必要があった――明倫館の生徒であれば、条件に符号しますわ」
「……確かに」
「駄目で元々、調べてみましょうかしら」
 というわけでローザ・シェーントイフェル(ろーざ・しぇーんといふぇる)は、東 朱鷺(あずま・とき)の家を見つけると、腕時計型携帯電話に【●式神の術】をかけた。
「いい? 銀髪でロングウェーブの女性。その人が出てきたら尾行して、『黒髪紫眼の女』か『緑髪青眼の女』と会ったら知らせるのよ」
 腕時計型携帯電話は、返事の代わりにぴょんっと跳ねた。
 ローザが燕馬たちの元へ戻り、腕時計型携帯電話が張り込みを始めた直後、暴動は起きた。無論、腕時計型携帯電話にそんなことは分からない。ただひたすら待ち、半日が過ぎた頃、銀髪でロングウェーブの女性――東 朱鷺子(あずま・ときこ)が家から出て来た。
 朱鷺子は自称「東 朱鷺の未来の姿」である。であるが、朱鷺より幼い。しかし、腕時計型携帯電話には、そこまで分からない。ぴょんぴょんと跳ねながら、朱鷺子についていった。
「朱鷺子! どうしタ!?」
 朱鷺子は第六式と合流した。これは、対象人物ではない。腕時計型携帯電話は、尾行を続行することにした。
「朱鷺子は、タイムワープの影響で精神力が弱くなっています」
「? 意味不明ネ」
「正常な思考が出来ません。さあ第六式、一緒に遊びましょう」
 思い切り棒読みだったが、第六式は喜んだ。
「ヒャッハー!! オレ様、朱鷺子と遊ぶ! オレ様 朱鷺子に勝つ!! 何して遊ブ!?」
「明倫館に行って、ハイナ校長を捕まえましょう。どっちが早くできるか、競争ですよ」
「オーケーオーケー! 任せるネ!」
 朱鷺子と第六式は、明倫館に向かう暴徒に混ざった。腕時計型携帯電話は、ぴょんぴょんとついていく。途中で、役人が鎮圧のために現れた。
「ヒャッハー! オレ様の大活躍の時間が来たようネ! オレ様の名は、第六式・シュネーシュツルム!! 凍てつく冥府の吹雪をココに再現してやるネ!」
 第六式は、「ダンシングエッジ」から【アルティマ・トゥーレ】を放った。剣を、踊るように振り回す。その先に腕時計型携帯電話がいた。冷気を受け、腕時計型携帯電話はそのほとんどの機能と活動を停止した。
【●式神の術】が解けたことを、ローザは明倫館で知った。燕馬の持つ腕時計型携帯電話のGPS機能を使い、場所を特定する。三人は、そこへ向かった。すぐ近くで小競り合いが続いている。
「いましたわ!」
 リューグナーが第六式を指差した。どう見てもスケルトンな第六式は、暴徒からは避けられ、役人からは標的にされていた。
「ア痛、ア痛タタタタ。多勢に無勢とはこの事ネ。ダガシカシ、オレ様に物理攻撃はキカナイネ」
 役人の中にいた陰陽師が、第六式をアンデッドと勘違いし、【悪霊退散】を使った。
「アァァァァァァァァ! 属性攻撃禁止! キンシキンシーーーーーーーーー!! オレ様、シンデシマウ。オレ様 特別なスケルトンだから、今生きてるノ! だから ヤリスギルト死んじゃうノ! ヤメテ、ヤメテ、ヤメテ! ァーーーーーーーーー!! こうなったら、兄貴を呼んじゃうヨ。オレ様の兄貴 最強ヨ? 第七式の兄貴!! オレ様 ピンチ! 助けてクレネ!!」
 第六式の叫び声と同時に、地響きが鳴った。空から、それ――第七式・シュバルツヴァルド(まーくずぃーべん・しゅばるつう゛ぁるど)は現れた。家々を踏み潰し、人々の頭上に瓦や木片が降り注ぐ。暴徒たちも何が起きたか分からず、蜘蛛の子を散らすよう逃げ出した。そして第七式は「デスティニーフォール」を陰陽師の方へと伸ばした。
「させるか!」
「オニキスキラー」が火を噴く。「デスティニーフォール」は弾かれ、陰陽師はその場を逃げ出した。
「ここは任せて!!」
 ローザは【光条兵器】を使い、巨大な刀を取り出した。
「『断塞刀』!! 城壁ごと叩き斬るわよ!!」
 地面を蹴り、第七式へ飛び掛かる。
 第七式は【正義の鉄槌】を下した。ローザは吹き飛び、第七式も反動で大きくよろけた。
「ローザ!!」
 朱鷺子に「オニキスキラー」の銃口を向けながら、燕馬はちらりとローザに目を向けた。その隙を朱鷺子は見逃さなかった。使い魔の蛇が燕馬の足元から這い上がっていく。燕馬はぎょっとした。
「ちょっ!」
 更に朱鷺子は距離を縮め、燕馬の手首を取ると大きく捻った。
「うわっ!」
 燕馬は咄嗟に「オニキスキラー」を手放し、そのまま自身も大きく地面を蹴った。くるりと一回転し、着地と同時に朱鷺子の足元を払う。そして喉元に手を当てた。朱鷺子は反撃しようと身を浮かせたが、すぐに諦めたように力を抜いた。
「俺の勝ちネ!」
 朱鷺子が捕えられたのを見て、第六式は踊るようにリューグナーへ襲い掛かった。
「そなたも負けですわ!」
 リューグナーの時計から針が飛び出す。――が、その瞬間、第六式の姿が消えた。
「させませんわ!」
 リューグナーは【顕微眼(ナノサイト)】で第六式の居場所を見抜き、再び【古代の力・熾】を使った。
「ギャアアァァァァ!」
 叫び声を上げ、第六式は姿を現した。スケルトンはもう、動けなかった。